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スタンフォードで広告会社の未来を考えるNo.3

イノベーションを巻き起こす「失敗の奨励」という考え方

2018/06/01

皆さんこんにちは。今回のテーマは「イノベーション」です。イノベーションはあらゆる企業・組織が実現したいと考える経営課題。少し古いところだとApple、Google、Facebook、Amazon、比較的最近だとUber、Airbnb、Netflixというような企業がイノベーションを成功させ、世界にその名をとどろかせました。

この種のラディカル・イノベーションと呼ばれる、これまでにないような全く新しい価値を生み出すイノベーションの担い手は、資金・人材・ネットワークにあふれる大企業ではなく、自宅のガレージに象徴されるような何もないところから生まれたスタートアップ企業が中心です。そして、私が今、ビジネスを学んでいるスタンフォード大学とシリコンバレーは、まさにこのスタートアップ企業を輩出し続ける中心地なのです(一方で大企業などに多い、既存のものに積み重ねて改善していく革新をインクリメンタル・イノベーションと呼びます)。

なぜ、ここシリコンバレーからこれほど多くのスタートアップ企業が生み出されているのか。必要な土壌、イノベーション成功の秘訣とは―? スタンフォードビジネススクールのアントレプレナーシップ(起業に関連する授業やプログラム)を通じて学んだことや気付いたことをレポートします。

シリコンバレー発のイノベーションの象徴ともいえるGoogleの本社
シリコンバレー発のイノベーションの象徴ともいえるGoogleの本社

起業は回数を重ねることで成功確率が上がる

ここで学ぶと、イノベーションは、全て起こるべくして起こっているのだと気付かされます。イノベーションが起こるには、起こる上での条件を満たしている必要があるのです。それは優秀で野心あふれる若い起業家たち、彼らを導き支援する教授をはじめとするメンターたち、起業家に賭けてみようと資金を出す多種多様な投資家―特にベンチャーキャピタリストたち、プロダクトを形にするエンジニアやプログラマーたち、そしてスタートアップ起業を支援するパートナー企業や顧客企業が存在していること。これらの人や組織がそろって初めてスタートアップ企業は大きく開花します。シリコンバレーがイノベーションの中心地である理由は、スタートアップ企業を生み出し育むための要素がそろっていて、生態系を備えているためなのです。

付け加えるならば、企業がイノベーションを単独で成し遂げることは難しく、生態系の中におけるさまざまなプレーヤーとの協力や連携が不可欠だと考えられます。

シリコンバレー生態系の中核ともいうべきスタンフォードビジネススクールでは、スタートアップ企業を創るための方法論が研究され、起業家を輩出し続けるべく教育を行っています。例えば私が受講している「Entrepreneurship: Formation of new venture」という授業では、起業家に求められる資質とは何か、起業アイデアの生み出し方、共同創業者・起業メンバーの選び方、どのタイミングでどのような資金調達を行うべきか、投資家が注視するポイントは何か、どのように組織をスケールさせていくべきか、エグジットをどう考えるか、といった起業家が直面する意思決定について実際のビジネスケーススタディーを用いて学んでいきます。

授業には、ケースに登場する起業家たち自身が登壇し、何を思ってどのような意思決定をし、その結果がどうであったか実話を聞かせてくれます。つい先日は、自動車の中古車販売仲介サービスを起業した先輩が自分の失敗談を共有してくれました。それはアイデアの発想時に行った顧客テストが良好だったため起業したものの、顧客サンプルがスタンフォード学生に偏っていたため、いざスケールする段階になって想定していなかったオペレーションやコストアップの問題にぶつかってしまい、アイデアそのものを後からピボットせざるを得なかったという話でした。

このように過去の先輩起業家たちの経験から学び、彼らとネットワークを築き、その師事や支援を仰ぐことなども、シリコンバレーという生態系の中で日常的に行われています。数年前に授業を受講した学生たちが卒業して起業家となり、現役学生たちに教えるために講師として登壇する。そのような光景が繰り返されています。

授業の中で登場したデータによると、起業は回数を重ねることで成功確率が上がる傾向にあるようです。Googleほどのインパクトを持つイノベーションはさすがにまれにしか生まれないわけですが、それは決して偶然ではなく、生態系の中における膨大な数の挑戦と失敗、そして失敗からの学習の果てに必然的に生まれている結果なのだと感じます。

アントレプレナーシップの授業では、3、4人のチームをつくり自分たちのスタートアップアイデアを、教授やベンチャーキャピタリストのアドバイスを受けつつ練っていきます。最終日にはGoogleのトップだったエリック・シュミット氏と全クラスメートの前でプレゼンを行います(著者中央)。授業のアイデアのまま在学中に起業をする学生も多々います。
アントレプレナーシップの授業では、3、4人のチームをつくり自分たちのスタートアップアイデアを、教授やベンチャーキャピタリストのアドバイスを受けつつ練っていきます。最終日にはGoogleのトップだったエリック・シュミット氏と全クラスメートの前でプレゼンを行います(著者中央)。授業のアイデアのまま在学中に起業をする学生も多々います。

 

若者をイノベーションへと駆り立てる“魔法の言葉”

 

スタンフォードビジネススクールにて刻まれている、ナイキ創業者のフィル・ナイト氏の言葉。「まだ生まれていない新しい価値と、その創造を志すものたちにささぐ」。彼の寄付によってつくられた新校舎が、イノベーションを生み出す将来の若者たちのためのものであることが示されています。
スタンフォードビジネススクールにて刻まれている、ナイキ創業者のフィル・ナイト氏の言葉。「まだ生まれていない新しい価値と、その創造を志すものたちにささぐ」。彼の寄付によってつくられた新校舎が、イノベーションを生み出す将来の若者たちのためのものであることが示されています。

全く新しいことを起こすには失敗のリスクが伴います。よくスタートアップ企業の9割は失敗するといわれますが、授業で紹介されたデータによると、シリーズAと呼ばれるベンチャーキャピタルによる最初の資金調達がうまくいったスタートアップですら、その内の60~70%は投資家に対して十分なリターンを生むことができず、資金難からつぶれていくといわれています。

しかし上述したような生態系の働きもあり、スタンフォードから起業する若者は後を絶ちません。統計的にかなり分が悪い挑戦だと分かっていながら、その恐怖を乗り越えて行動を起こすことができるのはなぜなのか?

強い成功欲求は間違いなくあるでしょう。成功できた暁には巨額の富と名声が手に入ります。しかしそれだけではありません。

スタンフォードで学んでいて念仏のように聞かされる、イノベーションが生まれる上で不可欠と思われる文化的要素があります。それは「フェイル・ファースト」と「ミッション・ドリブン」です。この考え方には、私たちをリスクのある挑戦へと駆り立てる魔法があるのだと感じます。

まず「フェイル・ファースト」とは、直訳すれば「早く失敗しなさい」ということです。「失敗を恐れるな」ではなく、「失敗を許容しよう」ですらありません。これは「失敗の奨励」なのです。日本の感覚では、失敗は避けるべきものだと考えますよね。しかしシリコンバレーでは「挑戦した結果の失敗は、善である」と捉えているようです。なぜなら「失敗=学びの宝庫」だからです。「フェイル・ファースト」とは、恐れずに挑戦し失敗するまでやってみる、失敗してもそこから学べば次の成功に近づく、という考え方になります。また、シリコンバレーには強いフィードバック文化があり「ネガティブフィードバックは宝である」とよく言われます。皆、自分のパフォーマンスや行為に対して「私のパフォーマンスはどうでしたか? ぜひフィードバックを下さい」と他者の意見を求めます。失敗からの学びと同様に、批判的な意見に対しても、皆そこから学んで成長していくのです。

職場で上司から「絶対に失敗するなよ?」と言われるのではなく、「早く失敗できるように挑戦し続けなさい!」と言われることを想像してみてください。恐怖を乗り越えてトライしようかな…という気になってきませんか?

2点目の「ミッション・ドリブン」とは、直訳すると「ミッション=社会的使命、に突き動かされる」ということを指します。シリコンバレーの起業家たちは、世の中にある大きな問題を解決し、より良い社会を創りたいという使命感を持っています。スタートアップ企業のアイデアを構想する上で「ミッション・ドリブン」であることを重視することは、己を含め社員や協力者の共感を生み出し「大いなる使命のために成功しよう!」という強いモチベーションを生み出すことにつながります。

例えば、世界に名だたるイノベーション企業は以下のようなミッションを掲げています。

Google:Organize the world’s information and make it universally accessible and useful. (世界中の情報を整理し、誰にでも使えるようにする)

テスラ:Accelerate the world’s transition to sustainable energy. (持続可能なエネルギーへ、世界の移行を加速する)

Facebook:Bring the world closer together.(世界中の人々をつないでいく)

*引用元は各社ウェブサイト。

すべて「World=世界」が対象になっていることにお気付きでしょうか。「そんな大げさな…」と感じますか? いえいえ、みんな大真面目です。とてつもなく大きい夢や、高い理想をぶち上げる。それを社長が日々連呼し、オフィスの壁に張り、企画書のテンプレートに入れ込み、仲間たちと日々語り合い、心から信じる。「ミッション・ドリブン」であることで生まれるポジティブなパワーが、これらの企業によるイノベーションを後押ししているように思います。

例えば電通であれば、「クリエーティビティーあふれるコミュニケーションのチカラで、社会のあらゆる問題に向き合い、より豊かで幸せな世界を創る」と言ってみる。そのミッションの実現のために、既存のやり方に縛られず、全く新しい方法やアイデアを試し、「フェイル・ファースト」の精神で早く失敗できるよう挑戦し続ける。どんなことでも実現できるような気がしてきて、ワクワクしてきませんか・・・?

次回は、成功に安住せずさらなるイノベーションを生み出そうとするGoogleやその他の大企業に見られるイノベーションの試みについて触れてみたいと思います。