世界の企業から学ぶ「イノベーションの成功ポイント」
2018/06/08
皆さんこんにちは。前回は、スタートアップ企業のイノベーションを支える、シリコンバレーの生態系と「失敗を奨励する文化」についてご紹介しました。今回は、経営戦略の大家であるロバート・バーグルマン教授が行うスタンフォードビジネススクールの名物授業、「Strategic Management of Technology and Innovation」を通じて、私が実際に学んだ、大企業のイノベーション事例をご紹介します。
事例1:Alphabetを支えるイノベーション工房、X(エックス)の挑戦
数ある事例の中で最も印象に残っているのが、Googleの持ち株会社であるAlphabetの傘下でイノベーション工房として活躍する、X(エックス)と呼ばれる独自組織の事例です。Alphabetは、日本最大であるトヨタ自動車(約25兆円)の3倍以上という圧倒的な時価総額を誇るビッグカンパニーで、2018年5月9日時点での時価総額7520億ドル(約83兆円)。その成長の一端を、Xが支えています。
Googleの共同創業者であるラリー・ペイジ氏の肝いりで発足したXは、「ムーンショット」(※)と呼ばれる革新的なニュービジネスの種を生み出すことを使命としています。例えば自動運転の分野は、Xによって深耕されたのちWaymoという事業会社にスピンアウトされた実績があります。
※ムーンショット…“50年以上前、アメリカ大統領のジョン・F・ケネディは次のように述べて、世界の夢をふくらませた。「我が国は目標の達成に全力を傾ける。1960年代が終わる前に、月面に人類を着陸させ、無事に地球に帰還させるという目標である」。こうして、ムーンショット(月ロケットの打ち上げ)という言葉は、「困難な、あるいは莫大な費用のかかる取り組みで、実現すれば大きなインパクトが期待できるもの」を意味する用語となった。”
出典:ダイアモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー「ムーンショットー未来から逆算した斬新な目標」から抜粋
Xが機能する上で重要と思われるのが、「組織の独立性」「スピード重視のプロセス」「失敗を奨励する文化」の3点です。
言わずもがなですが、大企業が存続できるのは既存事業の収益があるからです。これが揺らぐことは最も避けるべき事態であり、競争力を維持するために常に注力が必要です。しかし経営陣が同時に考えなくてはならないのが、新しい事業価値をつくること、つまりイノベーションになります。しかしイノベーションへの取り組みの悩ましいところは、すぐに収益を生み出すとは限らないことです。人件費を含めさまざまなコストが掛かる中で、例えばそれを横目で見つつ既存事業に従事する社員からすれば「誰のおかげで食べていけると思っているんだ」と言いたくもなるでしょう。このような摩擦はイノベーションを担う組織に独立性が求められる理由のひとつと考えられます。
イノベーションを生むという使命を全うするために、周囲から適度な距離を保てる環境づくりや、スタートアップ企業並みに素早い意思決定、シリコンバレー的な組織風土を備えていけるようにすることが必要です。XはもともとGoogle内のR&D部門のような位置付けで設立されましたが、持ち株会社Alphabetができたことで、Googleから離れ完全に独立した会社になりました。AlphabetのCEOラリー・ペイジ氏直轄で、他の事業会社に遠慮することなくチャレンジができるようになったのです。
またXがイノベーションを生み出すプロセスでは、スピードが重視されています。筋の良いアイデアには、数十万円の予算と数週間の猶予が与えられ、即プロトタイプをつくり、実現性をテストします。社内にエンジニアやプログラマーがいるが故のスピード感だと思いますが、プロトタイプをつくるのに半年や1年もかけないのです。この初期段階のテストで大半のアイデアが落選し、通過したものはさらなる予算と時間を与えられ、プロジェクトとして詰めていくことになります。最終的に事業化するまで四つのステップを経るそうですが、何といっても特徴的なのは、上述したように「発案から間もない段階で、予算をつけ高速でプロトタイプをつくりテストをする」スピードだと思います。
そして、Xの文化には、前回もご紹介した「フェイル・ファースト」が根付いています。スピード重視のプロセスはまさにそれを体現したものだといえそうです。Xでは「失敗の奨励」を非常に重視しており、アイデアが採用されず落選となった際、それに関わったチームは「よくぞ早く失敗した!」と、挑戦をたたえて上司・同僚から拍手で迎えられる上に、何とボーナスが出るそうです。そこまでやるのか…と感じてしまいますが、「新しいモノを生み出し続けるためには、失敗の奨励(そしてそこから学ぶこと)が不可欠である」ということを確信しているが故の制度だと思われます。
独立した環境で、スピーディーに挑戦・失敗・学習のサイクルを回し続け、多くの失敗の中から一握りの成功が生まれる。Google・Alphabetがこれまでの成功に安住することなく、将来にわたりラディカル・イノベーション(従来の技術と連続性を持たないような、より革新的なイノベーション)を生み出し続けるための仕組みのひとつがXなのです。
事例2:ドイツの伝統的メディアグループ、アクセル・シュプリンガーの再生イノベーション
もうひとつご紹介したいのが、1946年に創業されたドイツ発のメディアグループ、アクセル・シュプリンガーの事例です。ドイツ国内の有力紙を一手に保有し、そこから国外へと勢力を拡大しヨーロッパでは知らぬものがいない有力メディアとなりました。ところが、同社が保有していたメディアは新聞・雑誌の紙媒体が中心で、それゆえに90年代の終わり以降、インターネットの普及とコンテンツのデジタル化に伴い苦しい経営状況に置かれました。
しかし同社は、2002年に39歳の異例の若さで社長に就任したマティアス・ドフナー氏の強力なリーダーシップによって、見事にデジタル化とグローバル化に対応し、現在も更なる成長を遂げようとしています。70年もの歴史を持つ伝統的大企業のイノベーション成功事例。貴重な例として、スタンフォードビジネススクールでもケーススタディーとして研究されているのです。
同社のイノベーションは、先述したラディカル・イノベーションに対し、インクリメンタル・イノベーション(既存のものに積み重ねて改善する)と呼ばれるものに該当します。メディア事業のデジタル化を進める上で、会社のミッションから根本的に見つめ直し、戦略・組織・文化を再構築するといった取り組みを行いました。電通をはじめ、既存事業の存在感が強い大企業にとって参考になる事例です。
同社のイノベーションが成功に至った最も大きなポイントは「われわれは何者か?なぜ社会にとって必要な存在といえるのか?」という根本的な存在意義の問いに向かい合い、企業のミッションを再定義したこと。同社は、自らの核となる使命を「われわれの本分はジャーナリズムである」と明らかにしました。
その上で、同社がこれまで競争優位としていたメディア「網」ではなく、コンテンツそのものを「強化すべきケーパビリティー」と定め、コンテンツのクオリティーアップに注力。Facebookなどのテクノロジープラットフォームとの関係を再構築し、コンテンツをどうマネタイズするか?という課題に向き合っています。
さらに、シリコンバレーに社員を送り込みスタートアップ企業から直に学ぶVisiting Fellow Programをつくるなど、さまざまな「自前主義ではなく、外部との関わりを通じた学びの仕組み」を推進しています。
己の存在意義と、主要なケ-パビリティ-が何であるかを見つめ直す。その上で、自社の殻に閉じこまらず、外に向かって手を伸ばす。アクセル・シュプリンガーは、外部との密なパートナーシップを通じて日々学ぶことで、イノベーションを起こせる企業へと進化し続けています。
第5回となる次回は、スタンフォードでの学びを総括しながら、広告についても考えてみたいと思います。