loading...

【続】ろーかる・ぐるぐるNo.133

十字フレームが誕生するまで

2018/06/07

長野県茅野市のとある精肉店には、いつも馬肉があります。牛肉がなくても、豚肉がなくても、たいてい「特上」と「上」の2種類が並んでいます。しかもどちらも100グラム400円前後。東京ではなかなか手に入らない炒め用の馬肉ですが、やわらかくてクセがないので子どもでも喜んで食べます。そこで先日、友人一家が遊びに来るときに準備したのが「馬肉の行者にんにくしょうゆ炒め」(この春の超絶美味な山菜については、改めて)と「鹿肉のロースト」の、文字通り「馬鹿」肉ディナー。子どもたちも大盛り上がりでした。

前菜は大人向け
メインの「馬鹿」肉

さて、きょうはこのコラムでも繰り返しご紹介している「十字フレーム」が、どのような経緯で生まれたかをお話ししましょう。きっと、この枠組みを深く理解していただくご参考になるので。

世界的名著『知識創造企業』を著した野中郁次郎先生は、組織が知識創造を通じてイノベーションを起こすプロセスの中核に「二つの次元」を見いだしました。

出典:『知識創造企業』(野中郁次郎/竹内 弘高 著/梅本勝博 訳)東洋経済新報社

一つは知識創造の主体に関する存在論。企業内で新たな知識を創造する主体は、個人からグループ、グループから組織、組織から組織間へとダイナミックに移り変わるという事実。個人の着想がグループ内の議論で鍛えられ、やがて営業や調達、企画や製造といった組織の枠を超えて共創が始まるイメージです。

もう一つは「知識とは何か」に関する認識論。西洋社会で一般的に認められている客観的で理性的な「形式知」(例えばデジタルデータ)だけでなく、主観的で経験的な「暗黙知」(例えば経験・勘)までをも「知識」として扱うことが、野中理論の大きな特徴でした。

「個人と組織」と「形式知と暗黙知」。二つの軸における相互作用がコンセプトを生み、イノベーションを実現する推進力となる、という考えです。

前著『<アイデア>の教科書 電通式ぐるぐる思考』を書きながら、広告会社の発想法とイノベーションの関係性について考えていた時、当然この「二つの次元」についても研究しました。

そして広告アイデアの開発において理性的な「形式知」だけでなく、主観的な「暗黙知」をも活用すべきことは自明のように思われたので、そのことについては大胆に記述を省略しました。

一方、広告クリエーター個人の着想が、マーケティング上の課題解決を通じて企業のビジョンに結び付いているという整理は重要に思えたので、そこに焦点を絞って四枠のフレームをつくりました。

これは時に曖昧な意味合いで使われる「コンセプト」の役割を明確に規定するのに役立ちましたが、現実にそれを開発する段になると無視できないヒトとモノ・コトとの新しい結び付きを求めて七転八倒するプロセスに触れていない点が次第に物足りなくなってきました。

そこで『コンセプトのつくり方 たとえば商品開発に役立つ電通の発想法』を書くときに開発したのが「十字フレーム」です。タテのマネジメント軸は「知識の存在論」と、コミュニケーション軸は「知識の認識論」と関係しています。

野中先生の2軸をきちんと踏まえた結果、いくつかのモヤモヤした感覚をスッキリ言語化することができました。たとえば前回このコラムに書いた「商品開発がうまく行かない原因は、結局ふたつしかない」(マネジメント軸がうまく行っていないか、コミュニケーション軸がうまく行っていないか、そのどちらかだ)という考察も、このフレームが出発点です。

複雑な現実社会を完璧に整理できる枠組みなんて、ぼくのような人間がそう簡単に開発できるものではありませんが、これからも議論を重ねながら一歩ずつバージョンアップして行こうと思います。

どうぞ、召し上がれ!