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プランナーが行く、“気になるゲンバ”No.1

奥村誠浩が行く、
三重県伊勢市「ゑびや」

2018/10/30

第一線で活躍中の電通のコミュニケーション・プランナーが、自身のアンテナに引っ掛かった「今ちょっと気になる現場やスポット」をリポートする企画です。

プランナーの奥村誠浩氏(電通)
プランナーの奥村誠浩氏(電通)

“AI×ローカル×老舗、のチャレンジ”

創業100年以上の歴史を持つ、三重県・伊勢神宮すぐの食堂&お土産店、ゑびや。2012年に小田島春樹氏が入社後、独自開発したAIの活用で利益は大幅増、同時に従業員の働き方も劇的に改善した。各種ビジネスシーンからも注目を集めている成功の実態を探る。

ゑびや商店

奥村が気になったポイント

❶ ローカルな老舗が、世界も驚くAIテクノロジーの活用で大きな結果を出している。実現させた小田島社長はどのようなマーケティング視点を持っているのか。
❷ 100年企業を数年で劇的に変化させるのには相当な勇気と行動力が必要なはず。どのような哲学を持ち、どんな挑戦があったのか。
❸ さらに、その成功体験をベースとした“飲食店発のソリューションパッケージ”を普及させ、日本全体を盛り上げようとしている。どのような経営戦略、ビジョンを持っているのか。


小田島春樹社長に聞く

(左から)小田島春樹社長(ゑびや)、奥村誠浩氏

【Q1】

AIをどのような形で導入し、活用されているのですか?

2012年まで、ゑびやは食券とソロバンを使う“ザ・老舗”な食堂でした。売り上げ減で100年の歴史に幕を下ろして不動産経営をしようかという話も。何かにチャレンジすべきだと考えた私は、「データによる来客予測」にトライしました。

当時のゑびやはデータ収集などもちろんしていなかったので、まずは食券に鉛筆で番号を振り、お客さまに渡った枚数をエクセルに打ち込むという作業からのスタートでした。

3年ほどたった頃に、たまったデータと天気情報、参拝客数などとの相関を分析する機械学習AIを独自開発。さらに17年には画像解析AIも導入。店の前の通行人の数、そこから入店したお客さまの数はもちろん、その方たちの年齢、性別、笑顔の数まで自動で把握可能に。

現在は明日の来客数やメニュー想定数が、自動的に通知される状況になっています。的中率は91.3%。他にも気温1度の上昇がサイダーの売り上げを何本増やすか、店頭のディスプレーで入店率や売り上げがどれだけ変動するかも分析できています。

結果、12年から利益は10倍に、食べログの点数は2.8から3.5に上がりました。併設したお土産店では、AI分析に基づいて開発した商品を販売中です。
この夏にラスベガスで行われたマイクロソフトの総会でゑびやの事例が大トリで紹介される(ゑびやのAIはMicrosoft Cognitive Servicesを使用している)など、世界的に注目していただけています。

ここまで精度が高い顧客分析を行っている事例は、大手企業を含めてほとんど見たことがない。マーケティングデータを現場に取り込むスピード感もすごい!(奥村)

 
 店舗2階の事務所は老舗らしからぬ雰囲気に包まれている
店舗2階の事務所は老舗らしからぬ雰囲気に包まれている

【Q2】

サービス業におけるAIの価値をどのように捉えてますか?

サービス業なのにAIで効率化・・・の根底には、あらゆる無駄を排除することで「お客さまへのおもてなしの質」「仕事に関わる従業員・生産者の満足度」の二つを高めたいという私の考えがあります。

「おもてなし」に関しては、例えば、食堂ではその日のメニュー注文想定数を把握しているので、お客さまに10分以内に料理を提供できる準備ができています。伊勢神宮の参拝時間にも制限がある環境の中で、観光客には非常に大切な“時間”も重要なおもてなし材料です。

さらに、スタッフの注力が単純作業から対人コミュニケーションにシフトできます。暑い日にはキンキンに凍ったおしぼりを提供するとか、折り紙を折って渡すとか、お金に換えられない価値の提供が可能に。究極、スタッフが「時間があるのでお客さまに伊勢神宮を案内してきます」と言える世界にしたいですね。

「従業員・生産者の満足度」に関しても、正確な来客予測で的確な人員配置が可能になり、スタッフへの休みを増やしつつ給与アップという状況がつくれています。次は、社員全員が年に1回、1カ月の休暇を取れる体制にするのが目標です。

また、廃棄リスクの減で仕入れ予算の無駄も減り、三重の食材生産者の方々とも値切るようなことはしない良好なお付き合いができています。すると良い食材が頂けるから、お客さまも喜び、評価も上がり・・・という好循環も生まれるんですよね。そして今は生産者側には負担をかけない自動発注の仕組みも実験中。こういった、関わる方全員の“笑顔”の創造が、AIの真の価値だと考えています。

地方はこれから「観光客に何を持って帰ってもらうか」が大きなテーマになるはず。ローカル×ITによってつくり出せる体験があるということは、多くの地域にヒントを与えるのでは。(奥村)

 

従業員の声 / 秋吉 しのぶ さん

AIによる効率化が進めば進むほど、仕事が楽になるだけでなく「空いた時間で何ができるか」と自分の価値を発揮する方法を考え、トライできるようになるので、働くモチベーションも上がります。だから私たちスタッフも笑顔で、心からのおもてなしができていると感じます!

秋吉 しのぶ さん

【Q3】

ビジネスへのAIの今後の活用に、どのようなビジョンをお持ちですか?

このたび、ゑびやの運営で開発したソリューションを小売・飲食業界に提供する「EBILAB」という会社を立ち上げました。特徴は、“現場視点で生まれたソリューション”を“低価格”で提供できること。例えばBIツールは月額2万5000円、画像解析ツールは月額1万円。実は、自分たちがAIを取り入れようとしたとき、欲しいシステムが1000万円以上と高額過ぎて手を出せなかった悲しい経験が根底にあります。

今、地方の小売・飲食業界では、来客数の減少や人手不足に苦しんでいる状況がありますが、ゑびやの事例を知っていただき「『地方だから』と諦めないで」と啓発したいと考えています。

一方で、事業の急拡大を望む気持ちはありません。従業員やわれわれに関わる方々の幸福度といった、密度を重視した企業でありたいと思っています。単純に、伊勢という土地の居心地がいいから、離れる時間を増やしたくないというのもあるんですけどね。満員電車もないしサーフィンできる海もある。結局AI活用の目的は、売り上げ増といったことではなく、企業のクオリティーを上げることで、顧客と従業員双方の満足度を高めることだと思っています。

(左から)奥村誠浩氏(電通)、小田島春樹社長(ゑびや)

最後に...(by奥村)

「ゑびや」さんを知ったのはフェイスブックのタイムラインの記事から。ローカル老舗食堂にどのようなイノベーションが起きたのか、その源泉を知りたいと思い取材に伺いました。小田島さんのフィロソフィーとして、AIはあくまでもツールであり、AIを活用して効率的になった手間や時間を、従業員のおもてなしの質に変えていく、そこにこそゑびやの価値がある、ということに大変共感しました。同時に、AIが仕事を奪うのではなく、役割分担して従業員満足度を同時に高めていくことは本当に素晴らしい企業文化です。従業員が空いた時間を活用してAI・ITスキルを習得し自ら開発することもできるなど、本当に驚きばかりでした。