【続】ろーかる・ぐるぐるNo.145
「なんかいいよね」OK!
2018/11/22
東京生まれの東京育ち。親族はみんな巨人ファン。王貞治さんの世界タイ記録ホームランは後楽園球場で見たし、幼稚園の時には公園で長嶋茂雄さんと相撲を取ったし。でもぼくは、根っからの中日ドラゴンズファン。スナック菓子についていた、一枚のプロ野球カードの、谷沢健一さんが着ていた水色のユニフォームに魅せられて、以来ひとすじです。
「だから名古屋には思い入れがあるんだけどさぁ、でもイマイチ街に文化を感じないんだよねぇ」
ある集まりで酒を片手に嘯いていたら、創業寛永11年(1634年)、「御菓子所両口屋是清」専務(13代目)の大島千世子さんがニコニコしながら「いちど遊びに来てください」。
これは怒らせてしまったゾ、と内心ビクビクしながらお伺いしたのですが、実に多くのことを教えてくださいました。
「日本三大菓子処といえば京都、金沢、松江が有名ですよね。でも江戸時代御三家筆頭の尾張徳川家のお膝元である名古屋には京都にも匹敵する文化が根付いているんです。日本屈指の抹茶生産地、西尾市も名古屋の近くにありますしね。これが知られていないのはわたしたちがちゃんと情報発信してこなかったから、かもしれませんね」
「『都の春』という、春を代表するお菓子があります。これは古今和歌集の『見渡せば 柳桜をこきまぜて 都ぞ春の錦なりける』から生まれたんです。ちなみに名古屋の中心には『錦通』という大通りがあり、『錦』といえば繁華街としても有名ですが、これは既にある桜通と柳薬師をこの歌になぞらえて、新しく作った道り名に『錦』を用いたそうです。けっこう文化的な土地柄でしょ?(笑)」
そんな地域に育まれた老舗で、大島さんは(他にもさまざまなお仕事があるのでしょうが)広告会社の「クリエーティブ・ディレクター」にも通じる役割を果たしていました。
「お店で販売する商品以外に、実はお客さまのリクエストに応じて『オートクチュール』的なお菓子をつくることが大切なお仕事です。お茶会やお祝いなどのテーマに合わせてお菓子をご提案するのです。たとえば以前、明治村の監獄を茶室に見立てた会があり、それにふさわしいお菓子をリクエストいただきました。悩んで、悩んで、たどり着いたアイデアが芥川龍之介の『蜘蛛の糸』。地獄の底を思わせる監獄に、極楽から垂らされたひとすじの希望を表現したいと思ったんです。職人にそれを伝えて、一緒に試行錯誤して、完成させました」
正解のない問題を解決するアイデアを言語化し、チームメンバーを導くのは、まさにクリエーティブ・ディレクターの仕事です。
だからこそ広告業界では「なんかいいよね禁止」なんてことが、よく言われます。感覚的によいと思ったら、そこで止まることなく、その理由を徹底的に考えて言葉にする習慣づけです。その話をご紹介しながら「和菓子も広告も、一緒ですね(笑)」と申し上げたら、大島さん。少し困った顔をなさいました。
「半分その通りで、半分は違います。たしかにお題に対してどう答えるか、という点については言葉を使うことが多いです。わたし自身『なんとなくこうしたいんだよな』という感覚を言葉にして職人さんに伝えることの意義は十分理解しているつもりです。でも、わたしたちはただ美味しいお菓子をつくればいいんじゃない。『両口屋是清らしい』お菓子をつくらなければならない、どんなに美味しくても両口屋是清らしくなくちゃ、ダメなんです。そしてこの『両口屋是清らしさ』は言葉で言い表せないのです。
たとえば、同じ紅葉を表現する際にも、その表現方法はお菓子屋さんによって異なります。言葉で言えば、両口屋是清のお菓子は「より抽象的に、淡い色合い」で表現するということになるのかもしれませんが、そのあたりは、日々の製造の中で、実際のお菓子を見ながら、この味や表現方法は両口屋是清らしい、この部分は両口屋是清らしくないという会話の繰り返しの中で我が事として身に付いていくんだと思います。
わたしやベテランの職人さんは自然に一致する感覚。それに照らし合わせて『なんかいいよね』『そうですね』。それで十分なんです」
なんと、「なんかいいよね」がOKとは!
クライアントに対してすべて説明する責任がある広告会社と、半分は自分たちがクライアントという側面を持つ和菓子屋さんの違いでしょうか。とはいえ「感覚」という、そんな曖昧なものをどうやってチームで共有し、しかも400年近い伝統を守っているのか?
謎は深まるばかりですが、そろそろページもなくなってきました。続きは次回。
どうぞ、召し上がれ!