【続】ろーかる・ぐるぐるNo.146
老舗の人材育成術
2018/12/06
「御菓子所両口屋是清」大島千世子さんを訪ねる名古屋の旅。根っからのドラゴンズファンとしては、ドラフト1位根尾昴さんの出身地、飛騨のお酒で乾杯した夜も最高でしたが、何よりあまり聞く機会のない、老舗の人材育成に関するお話が興味深かったです。そしてそれは「感覚の共有」「現場にまかせる」「10年単位で」という、大きく三つのポイントがありました。
洋菓子の世界がパティシエ「個人」の味で勝負するのに対し、和菓子は良くも悪くも「屋号」の味。つまり前回コラムでも話題になった「両口屋是清らしさ」が大切です。和菓子はまた「五感の芸術」とも言われるので、レシピを正確に再現するだけでは表現しきれない伝統をどうやって継承するのかがポイントになります。
そんな時。かつては職人さんが「先輩の技を盗む」「背中から学ぶ」というやり形が一般的でした。さすがに昨今は「ちゃんと言葉で、丁寧に教えていますよ(笑)」ということですが、いまも昔も、菓子学校などの色がついていない真っさらな人材を長期にわたって雇用することで、じっくり「感覚の共有」を図っているそうです。
ふたつ目は「現場に任せる」という点です。ぼくが勝手に想像する老舗は、頑固な主人や職人頭がトップダウンで何をつくるか指示して、現場はひたすら作業をこなすイメージでした。
しかし大島さんは「仕事をしていて一番楽しいのは、お菓子、商品、ブランドを生み出す瞬間ですよね。もちろん出来上がるまでは苦しいですが、自分たちがつくったものをお客さまが喜んでくださる姿を見るのは何にも勝る喜びです。そんな楽しいことを、わたしがひとり占めしちゃいけないでしょ?(笑)」とおっしゃいます。
しかも、この「現場に任せる」アプローチは最近のことではなく、少なくとも30年前、先々代の頃には全従業員が参加して新しいお菓子を考える仕組みがあったようです。
一方「人材育成」には、こういった現場スタッフをどうやって育てるかだけでなく、すぐれたマネジメントの継承という側面もあります。最近たまたま『商家の家訓』という本を読みました。企業の寿命が5年とか30年とか言われる中で、200年300年続く老舗の秘密を、24家の「家訓」からひもとくという大作です。たとえば近江商人、外村家の家訓は…
第一条「自分勝手の戒め」
第二条「倹約が家を守る基本」
第三条「身分の上下をわきまえること」
第四条「外村家の格式を大切にすること」
第五条「取引先や懇意な先では礼儀正しくすること」
第六条「いつも陰日なたなく勤務すること」
第七条「家内一同は仲良くすること」
第八条「主人に忠義、親に孝行、人情を知ること」
第九条「慢心してはならない」
第十条「正直を旨として精進すること」
第十一条「家内の乱れは奢りから生ずる」
第十二条「心正しきが大切」
第十三条「金銭の貸し借りはしてはならない」
第十四条「掛売りについての心得」
第十五条「保証人取引についての心得」
第十六条「不良債権の回収」
第十七条「延滞利息」
第十八条「仕入れの時期」
博多商人、島井宗室の家訓を抜粋すると…
第一条「貞心・律儀・慇懃なること」
第二条「五十歳までは後生願いは無用のこと」
第三条「賭事を禁ず」
第四条「分際を過ぐべからず、奢侈を禁ず」
第八条「節約を勧む、主人自ら竃の火を焚くべし」
第十一条「飯米・味噌・塩の消費の心得、主人夫婦は率先して雑炊を食うべし」
第十二条「宗室若き時下人同様の食事をす」
第十六条「喧嘩口論に干渉すべからず」
(吉田實男『商家の家訓』清文社)
この本で紹介されている家訓は、とても「べからず」が多いことに驚きました。質素に、正直に、仲良く。それが多くの老舗に共通する関心事のようでした。そこで大島さんに両口屋是清のケースを尋ねたところ、「山路盆」という菓子盆を出してくれました。その箱には、
「山路の辺は 座右の銘なりや のぼりくだりは 世の習いとて」
と書き記されています。「この菓子盆の縁のように、世の中はいいときもあれば悪いときもある。そのことを肝に銘じておきなさい」というような意味ですが、それを「目先の出来事に一喜一憂することなく、事業はゆっくり、焦らずに」という意味で伝承しているそうです。
最大の得意先であった大名を明治維新で失ったり、戦後の物資不足の中でやりくりを迫られたりした老舗ならではの知恵なのでしょう。他の家訓とはひと味、違います。
そしてこれは「『両口屋是清さんは変わった』と言われたらダメ。10年後に『そういえば』と思われる程度のスピードで進化していく」という現在の方針にもつながっています。
大島さんご自身は大学院(MBA)でがっちりマーケティングを学んだので、スピード感のある変革をよしとする一般論は十分ご存知です。しかし、人材も商品も「10年単位で」ゆっくり育てていくのが「両口屋是清らしい」アプローチだと考えていらっしゃいます。
いやはや。
「名古屋には文化を感じないんだよなぁ」なんてつぶやいていた自分が恥ずかしくなります。お土産の銘菓「ささらがた」をほお張りつつ、大島さんのお話をゆっくり、ゆっくり思い返すのでした。
どうぞ、召し上がれ!