ジャンル別イノベーターの時代No.4
メークにもっと自由を。
常識を変え、市場を創り出したジェンダーレス男子。
2019/03/26
電通ギャルラボが提案する「ジャンル別イノベーター(※1)」を活用したマーケティングを探る本連載。第4回は、昨今拡大している「男性向けコスメ市場」に注目。メークといえば女の子が楽しむもの、というイメージが強いですが、その常識はだんだんと変化してきています。その背景には、男女の境なくメークやファッションを自由に楽しむ“ジェンダーレス男子”の存在がありました。
そんなジェンダーレス男子を代表する、こんどうようぢさんと、ブームの仕掛け人であるプロデューサーの丸本貴司さんをお招きし、いかにして新ジャンルをつくったのか、マーケットにどのような影響を与えているのかについて伺いました。
※1:ある特定の分野においてオタク的知識を持ち、その分野において市場を動かす鍵を握っている影響力の高いインフルエンサーのこと
丸本:そもそも、ようぢ本人は自分のことをジェンダーレス男子だと言っていたわけじゃないんです。大阪から上京してきて最初の撮影のとき、他のモデルたちのレベルを目の当たりにして自信喪失して、コンプレックスを隠すためにメークを始めました。
2014~15年頃ちょうどファッション業界で「ジェンダーレス」というワードが話題になってました。「ジェンダーレス男子」というツッコんでもらいやすい言葉も含め、最初はひとつのファッションスタイルのジャンルとして打ち出すのがいいと考えました。言葉にしてジャンルをつくることでいろいろとバズりやすくなるなと思ったんです。
こんどう:姉と妹と母の女系家族なのでスキンケアだけは中学生の頃から自然にしていましたが、初めてメークをしたのは19歳のとき。今のジェンダーレス男子から見れば遅いです。
周りがかっこいい人ばかりで、自分がモデルとして成功するなんて無理だと思い、そこから化粧を研究するようになりました。
女性誌やメーク本を読んで研究するうちに、どんどん自分が変わっていくのが楽しくなっていきました。メークをすると、やっぱり自分のテンションが上がる。みんなやればいいのにって思います。僕は女の子になりたいわけじゃないけど、気持ちは女の子がメークをするマインドと変わらない。だから女性用商品も使うし、逆に「男性用」という言葉に違和感があります。
ただ、男がメークなんて! みたいな反応はありましたね。面白がって周りから女性以上に女子力がある姿を求められ、ちょっと大変でした。でも、実際に会いにきてくれる人たちが、まねをしたり応援したりしてくれたので、やめようとは思わなかった。
ユーチューブの配信を始めたときも、「意外と普通なところを知って好きになりました」と言ってくれる人が増えました。
丸本:特に、SNSで見せる等身大のようぢが受け入れられたんだと思います。実際に会えるイケメン系タレントの場合、男性のフォロワーは1割くらいしかいないのに、ようぢの場合は3割と男性ファン率が高めです。
こんどう:今、男性向けのメーク講座をやっているんですが、全然やり方がわからないようなビギナーの方にも教えています。知識や技術を売買できるスキルシェアリングサービスを活用し、事前に相手の情報や希望を教えてもらい、必要なメーク道具を用意してもらってからビデオチャットで1時間ほどのレクチャーをします。難しいけど、自分の技術も上がるし、男性に教えることは新しいチャレンジなので楽しんでいます。
こういうメークやファッションをしたくてもできなかったという人もいたし、「ようぢ君を見て、こんなに変われるならやってみようと思った」と言ってくれる人もいます。僕みたいな男の子が生きやすい世の中になるキッカケをつくれたのかな。
丸本:新ジャンルって、狙ってつくるものじゃないと思うんですよ。ジェンダーレス男子のように発信することから始めるしかないのではないでしょうか。それによって共感してくれる人が増えていくと考えています。他の人から批判されたとしても、気にせずに、薄めないことが大事。いろんな人の意見を聞いた折衷案は、SNSでは大概面白くない。ちょっと過剰でも自分の意見をドンと出すのが一番いいと思いますね。
こんどう:発信するメディアとして重視しているのはインスタとユーチューブです。インスタはファンの方との交流用、ユーチューブは自分の素を出す場所ですね。ツイッターはその二つにアップした情報の拡散用に使っています。
今、インスタとユーチューブに寄せられるコメントの半分ぐらいが韓国の方からです。ファンの方が僕の動画にハングルの字幕をつけて転載してくれるようになったのがきっかけでした。
丸本:日本だけで考えるとジェンダーレス男子のフォロワーは限られているので、中国や韓国などアジアも視野に入れています。中国のSNSにもようぢのインスタやユーチューブ、ツイッターの投稿を転載、拡散していますが、ついこの間「weibo」のフォロワーが急に1万人以上増えるなど、動向が読めない部分があります。
また、中国のインフルエンサー事情は日本より進んでいて、スーパーインフルエンサーの下にジャンル別の指揮者のようなインフルエンサーが存在しているようです。さらに、コスメというジャンルの中でも美白専門のインフルエンサーなど細分化されています。
こんどう:日本の男性向けメークのジャンルも細分化してきていますね。僕がバラエティーメークで、他にも成分とか美容の細かいことを言っている方、すっぴんとのビフォーアフター整形メーク専門の方など。こちらも女の子と変わらないぐらい細分化してきていますよ。
丸本:私見ですが、今後は年商何百億級のファッションブランドはあまり生まれないと思います。メジャーではなく小規模だけどそのジャンルの中では有名で、実は大きな利益を出しているというブランド、さらに個人で稼ぐことができる人がいっぱい現れるでしょうね。
例えば、「歌い手」というジャンルのインフルエンサーがいます。発表の場は主にネット動画で、カバー曲を歌ってアップする人たちのことです。顔は出さず、イメージをイラストで補完しているのも特徴かな。僕の友人の歌い手は、その歌い手のグッズやアパレル商品の販売をして年商3億ほど稼いでいます。ECショップのみを、最小限のスタッフで運営している。
特殊なジャンルなので、広くは知られていないじゃないですか。でも、そういう子たちがライブで幕張メッセのような会場を埋めていて、ビジネスも好調です。彼らは別に大勢に知られなくてもいいと思っている。それは、ファンから直接お金をもらった方が安定するからなのかな、と。
そうなると、ファンから信頼されることが大事になります。SNSではうそはすぐに見抜かれてしまうので、ようぢも二重メーク系とか、ダイエットものとか、彼自身に必要性のないものはできないよね。
こんどう:僕自身も商品の宣伝を頼まれることがありますが、引き受けるのは基本的に自分が使ってみたいものだけですね。また、依頼された商品にせよ個人的なオススメ商品にせよ、ちゃんと使ってみてから、過剰なアピールはせずにいいところを紹介するように心掛けています。
丸本:今後のインフルエンサー・マーケティングについてお話しすると、インフルエンサー側は、ファッションブランドとひも付くことを意識するといいのではないでしょうか。
ファッションブランドは、雑誌のような分かりやすい記号となり得ると思います。雑誌って「こういう人が読んでるんだろうな」って、ファン(読者)の顔が見えるじゃないですか。同じようにファッションブランドの場合も来店しているファン(お客さん)の顔が見えますよね。
一方でインフルエンサーというのは、ファン(フォロワー)の顔が見えにくく、どうしてもフォロワー数で判断されてしまいます。インフルエンサーは、自分とファッションブランドをひも付け、自分のフォロワーのペルソナを発信することで、企業から選ばれやすくなるのではないかと思っています。
また、企業側はSNSを研究する担当者を置くべきです。僕はファッションブランドWEGOのPRを担当しており、ようぢも一役買っています。自社のブランドにひも付いたインフルエンサーとつながっている、WEGOでいう僕のような立場の人間がいるといいのかもしれません。
こんどうさんと丸本さんのお話はとても参考になりました。ギャルラボが今後ジャンル別イノベーターを研究していく上で注目したいポイントは、以下の2点です。
①影響力の大きいジャンル別イノベーターは新しい価値観を広めることができる
これまではマイノリティーだった、男女の区別をつけない「ジェンダーレス」という価値観の拡大には、それを後押ししたこんどうさんのようなジャンル別イノベーターの存在が欠かせなかったとギャルラボでは考えています。初めこそ奇抜に見えた価値観も、発信し続けることで、共感する人が現れ、新たなトレンドとして広がっていくのです。
こんどうさんのメークの始まりが自分自身へのコンプレックスだったように、「目の下のクマをどうにかしたい」「吹き出物を隠したい」と悩む男性は今まで顕在化していなかっただけで実は多く存在しています。それでもすっぴんで過ごすしかなかったところを、こんどうさんの発信により男性がメークをすることのハードルが下がり自分に自信を持つことができるようになったのではないでしょうか。
さらに、その活動を支える丸本さんのようなプロデューサーが、こんどうさんというジャンル別イノベーターの存在を確固たるものにしました。
・周囲からどんなに雑音が入ってもSNSでの発信をブレさせない姿勢
・日本という市場に固執せず軽々と海を越えて、世界を視野に入れる挑戦心
・決してうそはつかない姿勢による信頼関係の構築
これらの積み重ねが、強いファンをつくり、影響力のあるジャンル別イノベーターを生むのでしょう。
②新たな価値観が、新たな市場を生む
実際、メンズ用のコスメを使う男性や脱毛サロンに通う男性が、周囲に増えてきています。
特に化粧水を使うことは、若い男性の間では珍しくなくなってきており、デパートやドラッグストアの化粧品売り場を見ると、メンズラインが充実してきています。昨年には大手デパートコスメブランドもメンズラインをローンチさせ話題となりました。
2013年まで年々拡大し、その後、落ち着きを見せていたメンズ用フェイスケア市場(※2)は「ジェンダーレス男子」が登場し始めた2015年頃から再び拡大、過去10年間での販売額の成長率は53%増で、2019年には233億円の市場規模が期待されています。
※2:フェイスケア市場とは、洗顔料、整肌料(化粧水や美容液)、顔拭きシート、メイクアップアイテムの総合
また、大手化粧品メーカーでも、ビジネスマン向けにスキンケアの大切さやその方法を伝える講座の提供を開始するなどの動きも始まっています。この場合は、男性が肌に気を使うことを「ビジネススキル」のひとつとして扱っていることが多いですが、一方で海外では、「男性が自分をより美しく見せる」ためのアイテムの人気が加熱してきており、アイライナーやマスカラを使って美しくなることを楽しむ人もいます。
この波は男性→女性という矢印だけでなく、女性→男性という逆矢印の「ジェンダーレス女子」でも浸透してきています。いわゆる「イケメン」で男性的なファッションを好み、中性的な魅力を持つ女性を指す言葉として使われることが多いです。
もっと身近な事象でいうと、先日、デパートにリップケア用品を探しに行ったのですが、店員さんにオススメをきいたところ、メンズラインのリップを差し出されました。「保湿力が高いので、女性のお客さまに人気なんですよ。」とのこと。このように、商品が良質だから、メンズライクなファッションの方がかわいいから、といった単純な理由から特に抵抗なくメンズものを身に着けたり使ったりする女性も増えてきています。
こんどうさんが「男性用」という言葉自体に違和感がある、とインタビューで話していたように、今後は女性用/男性用という商品の区別自体がなくなっていくかもしれません。
細分化されたジャンルだからこそ、CtoCでも成り立つほどの強い影響力と購買を動かす力を持つ、ジャンル別イノベーター。そんなジャンル別イノベーターと企業の双方のマッチングのシステムや在り方がもっと改善していけば、本当に欲しい人の手に商品の情報が届き、悩みから救われる人が増えます。私たちは、彼らに特徴的な旗が立つのを待つのではなく、しっかりと彼らを理解するための時間を割き、専用の役割を担うポジションをつくって自ら見つけに行くことが大事なのかもしれません。
引き続き、この連載ではさまざまな角度からジャンル別イノベーターが消費にもたらす可能性を探っていきます。次回は、10代の女の子に絶大な人気を誇るガールズバンドsuga/esのボーカル兼モデルで、SNSのカリスマと呼ばれている佐藤ノアさんにお話を聞きます。