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高崎卓馬のクリエイティブ・クリニック特別編No.3

いいミッションさえ発見すれば、表現の点数は自然とあがる。

2019/04/22

<目次>
トミタくんの寿ビデオ、という難問
さまざまなコミュニティーが混在する「披露宴」で全員に伝わる表現とは?
ミッションが確定すると表現は忽然と現れる
 


トミタくんの寿ビデオ、という難問

「寿ビデオつくってもらえませんか?」

愛すべき後輩トミタくんがついに結婚する。それはとても嬉しい。そしてそこそこちゃんとした式をあげるそうだ。それにも相手への思いやりを感じて幸せな気持ちになった。

でも…そんな発注がくるとは。スーツを着るためにダイエットしなくちゃなとぼんやり思っていたから不意を突かれた。

「髙崎さん、スピーチよりそっちのほうが上手そうだし」

トミタくん、どうして映像の才能を褒めるために、スピーチの才能をディスる必要があるんだ。まあでも可愛い後輩のためだし、その昔はずいぶん寿ビデオをつくったことがある。久しぶりに腕もなるし、やってみるか。

「あ、有名人とか使うのなしで。彼女、そういうのあんまりウケないんで」

あ、見透かされた。撮影で一緒になるあの人とかあの人とかに軽くお願いをしてコメントをもらったりすればスベりはしないだろう、と瞬時に思っていたのだ。しまった。こういうときのトミタくんは鋭い。クライアントにはいてほしくないタイプだ。

それからその日は、ずっと寿ビデオのことが気になって企画が手につかなかった。寿ビデオは流しているその場に視聴者がいて僕も当然いる。晒されてしまう。始まったら修正のできないライブなのだ。滑ったときの恐怖はもはやトラウマ級だ。

そして企画を難しくさせる最大の要因はいくつものコミュニティーがそこにはあるということだ。家族もいる。やや遠い親族もいる。おじいちゃんも若者もいる。今の仕事のことを知らない旧友もいれば、おつきあいの仕事関係者もいる。

「超期待してます。当日まで観ないようにしますから」

トミタくん、何かヒントは?制約をもらえないと僕らは能力を発揮できない体質なのは分かっているでしょ?いつもみたいに「あれはやんないでください」「彼女の家族必ず入れてください」「だけど短くお願いしますね」「ギャグよりは感動系で」「レディー・ガガなら特別に呼んでもオッケーです」とかドンドン言ってよ。とにかくとっかかりをください。

「全部、お任せします。髙崎さん信じてますんで」

ひー。えらいことになった。こんなときに限って「自由につくって」という悪魔のオーダー。制約を反転させてアイデアをつくって「さすがです」と言われるのが僕たちの仕事なのに。やっぱりトミタくん、君は絶対クライアントにはしたくないタイプだ。

さまざまなコミュニティーが混在する「披露宴」で全員に伝わる表現とは?

その日、僕は結局なんのアイデアも浮かばなかった。何をやっても滑りそうな気しかしない。そして次の日、僕はもうこれはひとつの仕事としてやろう、とスイッチを切り替えた。

  1. ミッションの確定
  2. それを達成するための表現方法

ごく当たり前のことだがそこを徹底的に考えることにした。

まず、このビデオのミッションを確定させよう。何を達成させたらいいのか。いろんなひとが来るがそこに共通していることは何か?

それは「トミタくんと彼女」だ。こういうビデオには笑いと愛が必要だ。笑いを発生させるには「トミタくんいじり」が必須になるとまず考えた。

CMのクレームを自分なりに解釈していくと根本に「分からない」が起点になっていることがとても多い。「分からない」と思った瞬間、ひとは疎外感を感じるのだ。その疎外感から自分を正当化するために「むかつく」という感情が生まれ、それが「そんなのを流してどうかと思う」というクレームに昇華する。

つまり笑いをつくるときにもっとも大切なのがこの「分からない」をなくすことになる。披露宴の場合、全員が分かるのが「トミタくん」ということだ。

トミタくんをいじるときに、そこにはそんなトミタくんを選んだ彼女というナイーブな存在がいることも忘れてはいけない。つまり、彼女が笑えるトミタくんいじりが理想だ。

ちょっと前に何かの授賞式でトミタくんのご両親とお会いしたことがあった。とてもユニークで朗らかなお母さんと、誠実で優しそうなお父さんだった記憶がある。ふたりからトミタくんが生まれるのは逆の意味の奇跡だ。

「ご両親は彼女のこと気に入ってるの?」

僕の質問にトミタくんは見たことがないくらいノロケはじめた。

「彼女との結婚が、僕の最大の親孝行です。ふたりともそう言ってます」

ふーん。見たことがないトミタくんのその表情を僕はロックオンした。彼が一番驚き、一番喜ぶものにしようと決めた。さて、ミッションが確定した。

  • 【目的】トミタくんが笑いながら感激すること

それをどうやって達成するか。ミッションが確定すると霧が晴れるようにアイデアの大地が現れる。視界良好。僕はトミタくんを蚊帳の外に置くという作戦にした。

つまりトミタくん以外のみんなを当事者にして、トミタくんの不在でトミタくんを浮き彫りにするのだ。「当日まで観ない」と言っていたのでサプライズにもなる。サプライズは人の心を鷲掴みにする最大の武器だ。

それにどんなにトミタくんをいじっても、彼の家族が当事者だから、そこには間違いなく愛がある。そしてトミタくんにとって家族と彼女の言葉は何よりも宝物になるはずだ。

  • 【方法】トミタくんの家族・彼女に、トミタくんの知らぬところでインタビューする

でも、これでは面白くない。面白いことをさせようとしても素人だから限界がある。そこで僕は一計を案じる。質問と答えを適当に編集してしまえ。編集によって意味を変えるモンタージュ理論の応用だ。

例えば

  • (A)驚く
  • (B)抱きしめる

というふたつの素材を、(A)→(B)と並べると、その出会いに喜んでいる驚きに見えるが、(B)→(A)と並べると、抱きしめた相手に何か問題があったように見える。そうやってまったく違う意味を編集によってつくってしまうのだ。

素材の並べ方

ミッションが確定すると表現は忽然と現れる

トミタくんのお父さんとお母さんには、「宇宙人にでくわしたらどうなります?」とか「うなぎを言葉で表現してください」とかを聞いていく。それにふたりはとても真面目に答えてくれる。その映像の直前に「彼女についてどう思うか?」「息子についてどう思うか?」といった質問をタイトルで入れてしまう。


質問「彼女とはじめて会った時どうでした?」

「怖いです。嫌いなんです」


質問「小さい頃のトミタくんはどんな子でした?」

「ちっちゃくて目がおっきくてヌルヌルして」


みたいな編集が続く。だから最初はみんな「?」となる。カンのいいひとは3つめくらいでどうやらこれは質問と答えがずれているぞ、と気がつきはじめる。
 


質問「彼女がお父さんにお酌してくれたらどうします?」

「そりゃもう、ぶっとばします。っていうかぶっとばすとあれだから警察呼ぶかな?なあ、かあさん」

「私本当は苦手なの、噛んだときのあの感じがとくに」


そのうち元の質問が何だったかをみんなが想像しはじめて笑いだす。そして後半にちょっといい話を盛り込んで、だんだん小さい頃の苦労話とか、直接言えなかったいい話などを混ぜていって、読後感を「感動」にふっていく。

こうすると、式にいるひとはみんなそれぞれの距離感で楽しめるし、目の前ではじめて映像を見るトミタくんの狼狽ぶりも楽しめるので、ライブ映像として二重の面白さを持つことができる。

実際、トミタくん両親と彼女の愛おしいキャラクターによってビデオはとてもいいものになった。トミタくんには本当にもったいない家族だ。

ミッションを確定すると表現は忽然と現れる。これはオリエンとは違ってその仕事が何をなすべきものか、何のために生まれるのか、ということを決める行為だ。完全にクリエーティブ・ディレクターの仕事になる。ミッションを間違えるとどんなに企画が面白くても機能しない。

ご祝儀袋

「僕、髙崎さんの後輩でよかったです」

お、トミタくん泣いてる?きっと君みたいな性格だとこれからいくつも壁にぶち当たるだろう。うまくいかないことも多いだろう。でも、君の家族を見てるとなんとかなりそうだなと思ったよ。僕が君をなんだか好きな理由がわかった気がする。この仕事はオンとかオフとかよく分からないことが多いけど、こんな素敵な家族を、まず大切にね。

「でも、髙崎さんってスーツ着ると七五三ですね」

うるさいわ。

面白くならない企画はひとつもない 髙崎卓馬のクリエイティブ・クリニック
書籍『面白くならない企画はひとつもない  髙崎卓馬のクリエイティブ・クリニック』(発行:宣伝会議) 四六判、279ページ、1800円+税 ISBN 978-4883354573
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