なぜいま、 “喜び”をもたらすコンテキストが必要なのか
2019/04/23
電通メディアイノベーションラボは、2月に『情報メディア白書2019』(ダイヤモンド社刊)を刊行しました。
巻頭特集では「平成の30年 情報メディアの変貌と革新」と題して、メディアの利用者動向とビジネス動向の両面から、現在へと至るメディアの歩みを振り返っています。
連載の第3回から第5回(今回)までは、平成の30年間を通じて情報メディアが私たちの社会へともたらした価値(豊かさ)について、三つの「C」、Communication(コミュニケ―ション)、Content(コンテンツ)、Context(コンテキスト)をキーワードとする読み解きを進めています。
今回(第5回)は、その締めくくりとして、3つ目の「C」、Context(コンテキスト)の観点を取り上げて30年を振り返ります。
【目次】
▼コンテキストの可能性を広げるのが情報メディアの役割
▼暮らしにスマートで便利なコンテキストがもたらされた
▼高度なレコメンドエンジンの時代だからこそ人による後押しの力が重要
▼新たなコンテキストとの出合いは体験型から?
コンテキストの可能性を広げるのが情報メディアの役割
「コンテキスト」は「文脈」とよく訳されます。コンテキストとは何か、ということについてはいろいろな考え方がありますが、ここでは「日常生活の場面で私たちを取り巻く状況と、その中で私たちが考えたり行動したりできることの組み合わせや結び付き」と考えてみましょう。
ここ30年で情報メディアの大きな役割となったのが、人々を取り巻く状況と行動の組み合わせの選択肢を広げ、質を高めてくれたことです。早速、『情報メディア白書2019』の年表に掲載された出来事を抜粋し、それが私たちにどのような豊かさがもたらしたのか振り返りつつ、今後の課題を考えてみましょう。
暮らしにスマートで便利なコンテキストがもたらされた
平成10年/1998年:Google設立
平成14年/2002年:Google AdWordsを日本で開始世界が今後迎える本格的なAI時代。その端緒のひとつは20年前のグーグル社の設立へとさかのぼることができるでしょう。グーグルは高度なインターネット情報検索サービスに加え、ユーザーが検索した入力ワードに関連する広告(検索連動型広告)の表示サービス「アドワーズ」により、巨大プラットフォーム事業者の地位の基盤を築いてきました。
検索サービスや検索連動型広告は、いずれも人々のパーソナルなニーズに応じて適切な一般情報や商品情報を提供する仕組みとして進化を続け利用シーンを拡大してきました。情報メディアが生活のコンテキストをスマートで便利にする役割を果たした事例の代表といっていいかもしれません。
平成11年/1999年:NTTドコモ、携帯電話のインターネット接続サービス iモード開始最新の気象情報や交通情報・乗換情報を、知りたい時刻や場所ごとにカスタマイズして得られる情報サービスは、今ではごく当たり前となっています。しかし、その多くはモバイル端末とインターネットとが結び付くことによって初めて一般の人々が利用できるようになりました。日本でその大きな一歩となったのが、1999年のiモードの登場です。
モバイルインターネットは、私たちの日々の状況の中での行動予定の調整を容易にしたり自由度を広げたりすることで生活の質を高めるのに貢献してきました。
平成13年/2001年:JR東日本、ICカード乗車券Suica登場
平成16年/2004年:NTTドコモ、おサイフケータイ対応機種発売
平成28年/2016年:Apple Pay 日本でスタートさらに、日常生活へのモバイルメディアの浸透は「情報提供による行動予定の支援」から、「その場での行動支援」へと、領域拡大をもたらしてきました。
代表的な領域のひとつが「決済」です。2001年には電子マネーサービスのSuicaやEdy(現在の楽天Edy)が本格運用を開始し、高速道路料金のETC決済もこの年に本格運用が開始されました。
また、その3年後には携帯電話に電子マネー機能を搭載する「おサイフケータイ」が世界に先駆けて登場しました。世界的には2016年、iPhoneにApple Payが搭載された頃から、スマートフォンを利用した実店舗での「キャッシュレス決済」の手段が多数登場し、しのぎを削る時代に突入しています。
なお、この課金・決済の周辺での特筆すべき変化として「ポイント経済圏」の拡大を挙げることができます。楽天スーパーポイント(2002年)、Tポイント(2003年)が登場するとともに、2000年代には、航空会社が提供するマイレージサービスとの相互交換サービスも生まれ、注目されました。
平成27年/2015年:Apple Watch発売
平成29年/2017年:Amazon Echo、Google Homeなどスマートスピーカーが人気にさらに近年になると、情報メディアによる暮らしのコンテキストの支援は、ますますリッチかつスマートになってきました。2015年発売のApple Watchに代表されるウェアラブル端末や、2017年に登場したAmazon EchoやGoogle Homeなどのスマートスピーカーがそれです。
ウェアラブル端末は、心拍・歩数・睡眠の計測などヘルスケア領域での利用を中心に定着が進んでいます。日々の体調を把握し適切な運動や睡眠の管理を通じて生活の質(QOL)を高めたいユーザーの支持を取り付けています。
スマートスピーカーは別称「AIスピーカー」とも呼ばれ、利用者が発した音声を解析し、ニーズを適切に推論し、家電のコントロールや情報やコンテンツの再生、ネットショッピングの支援などを対話的に実行してくれます。AI(人工知能)の力により一人一人の状況に合わせて高度なコンテキスト支援が行われる時代がやってこようとしています。
高度なレコメンドエンジンの時代だからこそ人による後押しの力が重要
インターネットが以前の時代にはない情報メディアとしての真価を発揮したのは、大規模災害状況に直面した時でした。
平成7年/1995年:阪神・淡路大震災にて、インターネットが安否確認などに利用される
平成23年/2011年:東日本大震災時、TwitterやYouTubeといったSNSを活用した情報発信の有用性が再認識された平成に発生したニつの大規模災害(1995年の阪神・淡路大震災と2011年の東日本大震災)では、いずれも、その時点でのネットの普及状況やテクノロジー水準に応じた活用が見られ、安否確認・被災状況確認や物資の支援、交通網の寸断・復旧状況などに関する情報のやりとりが行われました。困難な状況に立ち向かい、行動しようとする人々にとって、ネットを介した人々による情報が大きな助けとなったのです。それは、テクノロジーが高度化した今でも、同じことがいえると思います。
AIや情報処理技術は大きな進歩を遂げてきましたが、メディアを通じた人々の幅広い参加や情報交流こそが厳しい状況に対する力強い行動力・突破力となることを、私たちは数々の災害で経験しました。
平成22年/2010年:Groupon、ポンパレといった共同購入型クーポンサイトの登場
平成26年/2014年:Fril、メルカリなどのフリマアプリやBASEやSTORES.jpなどのインスタントECが普及し、ユーザー間での購買行動が活発化
平成29年/2017年:インスタ映えより日常的な商品の購買検討などの場面でも、先ほど触れた検索連動型広告やインターネットサイト閲覧履歴に基づく広告(リターゲティング広告)や高度なレコメンド(おすすめ)エンジンが大きな役割を果たすようになりました。また、メルカリなどのフリマアプリやインスタントECなど、人が発信する情報や呼びかけを頼りとして自分の行動を選択するという様式も弱まることなく、むしろ一層の広がりを見せてきました。
2017年の流行語となった「インスタ映え」は、同世代のリアルな写真や動画投稿を通じて、店や商品による体験を共有し合うコミュニティーの中から流行となった現象です。
人による行動の後押しが持つ普遍的な力の表れとして、@cosme(1999年~)やカカクコム(2000年に現在のサービス名)など、ユーザー自身による商品レビューや口コミを原動力とするレビューコミュニティーサイトの台頭が見られたことも特筆すべきでしょう。
平成24年/2012年:口コミサイトの「やらせ」やSNSでの「ステマ」が社会問題化他方、近年、こうしたオンラインコミュニティーの力に着目した企業側の新しいマーティング活動が活発化する中で、その行き過ぎた形として「やらせ」や「ステマ」など消費者を欺くものが横行し、問題となりました。
新たなコンテキストとの出合いは体験型から?
ここまでの流れを改めて振り返ってみましょう。第3回から今回まで情報メディアが過去30年間にわたり果たしてきた役割を「コミュニケーション」「コンテンツ」「コンテキスト」の三つの価値軸に沿ってたどってきました。
今回見てきたように、私たちの日常生活は、情報メディアとりわけインターネットを通じたさまざまなサービスを取り込むことで、「コンテキスト」を押し広げスマートで便利になってきたといえます。個人の状況に即した合理的な行動選択のための情報や、頼りにできる口コミ情報(時にはその悪用が社会問題にもなりますが)にも恵まれるようになりました。
しかし他方では逆説が頭をもたげているのも感じます。今よりも得られる情報がずっと少なかった時代に、その数少ない貴重な情報と出合った際に感じられたあの強烈な「喜び」。「ああ分かった、自分がずっと求めていたのはこれだったんだ!」と言いたくなるような情報との出合い(これを、セレンディピティーといいます)の喜び。こうした喜びは、スマートで便利な生活のコンテキストを手に入れたのと引き換えに、むしろなかなか感じられにくくなったようにも思われます。
さらに、だからこそ鮮烈な新たなコンテキストとの出合いを提供できる次世代の仕組みが待ち望まれているともいえます。
今後、強い喜びを伴う新たなコンテキストとの出合いの機会は、今までの「情報」との出合いという形から、身をもって「体験」する形へと比重を移していくかもしれません。近年、若年層を中心として音楽フェスやリアルなイベント参加が台頭しています。
また、近年、進化の著しいVR(バーチャル・リアリティー)にも大きな可能性が感じられます。VRは、従来とは異なる「情報」の表現形式と「体験」が交わる領域に喜びという価値をもたらすアプローチとして非常に有望です。
イベントやVRは、今後考えられる方向性の例ですが、これまで30年間の変化を踏まえると、きっとこれだけではとどまらないでしょう。電通メディアイノベーションラボでは、平成後の「令和」に向けていまだ予想もつかない情報メディアの進化が人々の生活のコンテキストに新たな喜びをもたらす未来を想像しながら引き続きリサーチに取り組んでいきたいと考えています。
『情報メディア白書2019』では、紙幅の都合によって本記事内で紹介できなかった年表の完全版を採録しております。ぜひともお手に取ってご確認いただければ幸いです。