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ジャンル別イノベーターの時代No.6

「コト消費」の時代に生まれた新ジャンル「プロトラベラー」とは

2019/05/23

若者が「モノ」を買わなくなり、消費ニーズが体験や経験などの「コト」へとシフトしているといわれています。「ジャンル別イノベーター※1」を活用したマーケティングを探る電通ギャルラボの連載第6回では、「コト消費」の代表として挙げられる「旅」に注目しました。中でも、若い女性の間で人気なのは「フォトジェニック旅」という写真映えに重きをおいた旅。その新たな旅ジャンルの立役者ともいえるのが、雑誌GENIC※2編集長・藤井利佳さんと、GENICでも活動する、旅を生業とする「プロトラベラー」羽石杏奈さん。

お二人をお招きし、女子に支持される旅、旅行に対する価値観の変化を伺い、新価値のなかで「旅」のジャンル別イノベーターとして支持される理由を探りました。

※1 ある特定の分野においてオタク的知識を持ち、その分野において市場を動かす鍵を握っている影響力の高い人のこと。
 
※2 毎日をフォトジェニックに送りたい女性のためのヒントをたくさん詰め込んだ、カメラとトラベルのライフスタイルマガジン。流行の写真のスタイルや世界が注目する旅先、最先端のカメラの紹介など、読むだけで日々をセンスアップできると人気。
 
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今、「旅」というシーンが変わってきていると思っています。その背景にあるのが価値観の変化。

ひと昔前は、高級車やブランドもののスーツなど「モノ」を持っていることがステータスでした。そして、バブル崩壊後はおしゃれなスポットやおいしい店など「情報」を持っていることが重視されるように。しかし、インターネットで誰でも情報にアクセスできる時代になると、いつでも引き出せて、誰でも持てる情報は価値を持たなくなりました。そんな中で、次に注目が集まったのが「表現」。SNSの普及もあり、自分の体験を人にシェアすることは、今や当たり前のことになりました。人の心を掴むような「表現」ができる人が目立つ世の中になったわけです。そこでぐっと価値を持つようになったのが「旅」。非日常の経験・体験ができる「旅」のシーンは、最高の表現の舞台だからです。

一方で、Instagramのような、写真を前面に出したSNSの台頭により、「自撮り」の文化にも変化が生まれました。「自撮り」初期は、撮る角度を工夫したり、美肌に加工したりして、自分を「よりかわいく」見せることに必死。いくつものビューティー系アプリが流行しました。

ところが最近は、「盛った」写真をアップする人が減り、あえて横顔や後ろ姿で写ったり、シーン(光景)の中に自分を溶け込ませたような写真をアップする人が増えています。「いかに自分をかわいく見せるか」という時代から、「いかに写真を作品としてシェアするか」という時代に変わったのです。

そんな「旅」の価値観アップと「自撮り」の変化の中で、高い表現力・演出力を持った「旅好き女子」が多数生まれています。「旅」によって非日常シーンを演出し、自分を主役に見せないような写真を作品として「自撮り」する。そんな新しい表現ができる旅好き女子たちが多くの女性たちから支持を得ています。

毎日会社に行って帰っているだけでは、なかなか新しい表現を生み出すのは難しいですよね。そんな中で今、「旅」は女性たちの間で「表現するための理由のひとつ」として重きを置かれるようになったという変化が見られます。

旅好き女子に浸透した「#genic_mag」マーケティング

このような時代背景から生まれたのが、旅と写真を掛け合わせたライフスタイル誌「GENIC」です。根底にあるのは「女の子にもっと自由に楽しんでほしい」という思い。憧れの対象のような写真をたくさん掲載していますが、誰でも自分ゴトにすることができるんです。脳裏に残った1枚の写真、それがいつかの行動のきっかけになったらいいな、と思って作っています。

この雑誌から、「#genic_mag」(mag= Magazineの意味)、「#genic_travel」などのハッシュタグも生まれました。今では「genic_」とタグ検索すれば、前方一致で#genic_hawaii、#genic_kyotoなど、さまざまな地名のタグがヒットし、その土地土地のおしゃれな写真が並んでいます。

「#genic_」は私たちが作ったオリジナルのハッシュタグで、編集部が#genic_magなどのタグがついた写真をリポストしたり、雑誌に掲載したり地道な活動を続けてきましたが、「#genic_」のタグがここまで浸透した理由は、instagramのタグ検索の特性である「前方一致」に合った「#genic_」の派生タグを作ったことがとても大きな要因だったと思います。

今では「#hawaiiで検索してもハワイのおしゃれな写真が見つからないけれど、#genic_hawaiiで検索すると欲しかった写真が見つかる」という声も多く頂き、おしゃれな女子旅のタグとして「#genic_」がブランディングできていると感じます。現在、#genic_magのInstagram投稿数は135万以上、#genic_travelは63.5万以上に達しています。もし、「#hawaii_genic」「#travel_genic」のように逆にしていたらこうはなっていなかったと思います。

「プロトラベラー」に求められる資質と可能性

旅好き女子に注目するうち、「プロの登山家やプロの料理人はいるのに、旅のプロっていないよね」という話になりました。旅行会社の社員やツアーコンダクターは「旅のプロ」といえますが、「旅行者のプロ」ではありません。そこで私たちが「プロトラベラー」という職業を提案することにしたのです。

プロトラベラーは、旅に出かける「実行力」とそれをすてきに見せる「演出力」を持つ、新しい表現ができる女子たちです。最初はスカウトでしたが、公募した際には4万件を超える応募がありました。大事なのは、InstagramなどのSNSのフォロワー数よりも表現力。プロトラベラーは、旅の素晴らしさを表現を通して人に伝えるプロ表現者なのです。

「プロトラベラー」は当社が商標を持っているため、現在プロトラベラーとして活動しているのは、当社に所属している5人の女性です。各国の政府観光局や国内の自治体、旅行会社、航空会社、旅に関連する様々な企業からお声掛けいただき、個人のInstagramの他、動画、雑誌、テレビイベント出演など、さまざまなメディアを通じて旅の魅力を伝えています。

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「旅好き女子」から「プロトラベラー」へ

プロトラベラーを目指したのは、旅行が大好きだから。私が発信したことを通して、一人でも多くの方に「旅行してみたい!」と思ってもらえることがモチベーションになっています。高校時代からアルバイトでお金を貯めては、休みのたびにバックパックを背負って旅行していました。友達にも「ここ、すっごく良かったよ!」とお勧めすることが多く、自分の影響を受けて友達が旅に出掛けてくれると、とてもうれしかったんです。

Instagramのフォロワー数は、現在約10万人。フォロワーが最初に増えたきっかけは、「テラスハウス ALOHA STATE」への出演です。番組が放送されていた頃は旅好きよりも「テラスハウス」ファンが多かったので、フォロワーにも男性が多かったのですが、プロトラベラーとして活動するようになってからは変わってきて、今では圧倒的に旅好きの女性フォロワーが多くなりました。女性が7割で、18~34歳が大半を占めています。

実際、私のInstagramの投稿を見て「ここに行くことにしました」「今日フライトを予約しました」とDMをもらうことも。それが、プロトラベラーとしてのやりがいにつながっています。

プロトラベラーがこだわる「旅+写真」の表現法

プロトラベラーになる前は、あまり深く考えずに写真を撮っていました。服装、写真を撮る場所、画角、加工などを意識するようになったのは、プロトラベラーになってからのこの2年です。

Instagramに載せる写真は、多い時には1カ所で100枚ぐらい撮ります。カメラマンやスタイリスト、ヘアメイクは同行しないことが多いため、服装やメイク、構図や角度を決めるのはすべて自分。日本にいる時にはできないファッションを楽しむのも海外旅行の醍醐味なので、事前にその場所について調べ「このシーンで撮るならこの色が合うはず。それならこのワンピを持っていこう」と風景込みでコーディネートも考えます。もちろん現地で買った服を着て、その地に合ったメイクをすることも。旅行を思いっきり楽しむための出費は惜しまないのも「コト消費」の時代ならでは、でないでしょうか。

自分自身もそうですが、フォロワーの人たちを見ていても、旅先や行く場所の決め方が変わってきていると感じます。「次の休みどこ行こう」って探し始めるんじゃなくて、日常的に見ている雑誌やInstagramなどから流れてきた場所が「この写真のところ、あの写真のところ」といった感じで「行きたいところ」として頭の中に積まれていくというか。「この写真を撮りたい」「この場所に立ちたい」といった「実物を自分の目で見たい」という旅の目的は昔から変わっていないけれど、その場所の決め方や行き先の決め方は変わっているんだと思います。

だからこそ私も発信をする際は、自分の投稿を見て「次はここに行ってみたい」と記憶に残せるような写真を撮ることを心がけています。

海外ではトラベルインフルエンサー=あこがれの仕事。Instagramのフォロワー数が100万を超える人たちもたくさんいます。でも、日本ではまだトラベルインフルエンサーという職業が海外ほど広まっていないので、これからもっと認知度が上がっていけばいいな、と思っています。私自身も、今は日本語でInstagramに投稿していますが、今後は英語と日本語の両方で投稿して日本のトラベルインフルエンサーの存在を世界に広め、より多くの方々に旅の楽しさを伝えることを考えています。

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去年は年間14カ国を旅したほど「旅好き女子」の私も、旅先を決める際はGENICやプロトラベラーのInstagramを参考にしていることもあり、今回の対談は共感するポイントが多くありました。その中でも、お二人のお話を通してジャンル別イノベーターを活用して「コト消費」を動かすための重要な三つのポイントをまとめます。

①価値観の変化による、「新たなライフスタイル」に着目する

 

GENICやプロトラベラーが登場した背景にあるのは、スマホやSNSの普及と様々なサービスの登場による旅のスタイルの変化です。

旅行会社を通さなければ、なかなか旅行ができなかった時代から、スマホで簡単に航空券やホテルを比較して予約したり、SNSでリアルタイムに現地の情報を収集できたりする時代になりました。

このように、誰でも簡単に情報が入手でき、自分オリジナルの旅をアレンジできるようになったことで、旅はより身近でパーソナルなものに変化しています。旅好きに求められる人も「旅のプロ」(=旅の情報を知っている人)から「旅行者のプロ」(=旅の楽しみ方や表現方法を知っている人)に変わってきたことで、「プロトラベラー」というジャンル別イノベーターが支持されているのです。

藤井編集長が羽石さんを見出したように、多くの人に支持されて消費を動かすことができるジャンル別イノベーターを見出すためのポイントは、価値観の変化によるライフスタイルの変化から生まれるニーズを見つけ出すことです。

②キュレーションしたコンテンツを発信することで、独自ジャンルを確立する

 

「旅」のジャンルにおけるジャンル別イノベーターの場合、「旅の情報を発信している旅好き」ではなく、女子たちの心がときめく旅先のすてきな風景や体験、新しいスポットをキュレーションして表現して紹介してくれる「プロトラベラー」という独自の存在が、女性たちに支持されるジャンル別イノベーターとして確立していることが分かりました。

今回お話を伺った羽石さんは、元々はテレビ番組の出演者として番組ファンたちから広く人気を博していました。プロトラベラーとなり自分自身が編集し発信するコンテンツにファンがつくようになったことで、「女子旅」というジャンルにおいて消費を動かす力を持つようになり、ジャンル別イノベーターとして多くの旅好き女子たちから支持されるようになっています。

GENICオリジナルハッシュタグである 「#genic_hawaii」「#genic_kyoto」といった「#genic_(地名)」のハッシュタグは、今では旅好き女子たちが旅先の情報を収集するための定番の検索ハッシュタグに。これも「#hawaii」で出てくるような漠然としたハワイの情報ではなく、ハワイでおしゃれに写真が撮れるスポットや、心がときめくホテルやカフェなど、女性たちの「ワクワクするハワイの情報が知りたい!」というニーズを的確に捉えて、キュレーションされた的確な情報が集まる場所をつくったことが、女性たちの行動に強い影響力を持つ独自のハッシュタグへ成長した理由だと思います。

「コト消費」を動かすために必要なことは、「コト」を細分化し、そこでのニーズを捉えた独自ジャンルをつくり、発信していくことが重要なポイントになります。

③大量の情報の中から、Bucket list(バケツリスト)入りを目指す

 

SNSの登場により自ら探さなくても、興味のある情報がどんどん流れ込んでくるようになりました。今、旅先や行く場所は検索するのではなく、流れてきた情報の中から興味のある情報をストックし、条件に応じて場所を選んでいくようになっています。死ぬ前にやっておきたいことや達成したいことを書き出したリストのことを海外では「Bucket list(バケツリスト)」と言いますが、まさにこのBucket listに入ることがコト消費を動かす重要なポイントになります。

情報がコモディティー化した現代において「情報」よりも「表現」にこそ価値がある、という藤井編集長のお話の通り、まさにプロトラベラー独自の視点と表現力で切り取られた一枚の世界・景色が、女性たちの「私もここに行きたい!」「こんな体験したい!」という気持ちを掻き立て、記憶にストックされ、実際に人を動かすパワーを持つのだと強く感じました。

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