三澤茂太が行く、
広島市「ビールスタンド重富」
2019/06/24
第一線で活躍中の電通のコミュニケーション・プランナーが、自身のアンテナに引っ掛かった「今ちょっと気になる現場やスポット」をリポートする企画です。
奇跡の生ビールで実現させた“競争しない”地域活性化の形
今回プランナーの三澤茂太氏が訪れたのは、広島を代表する繁華街・流川エリアにある酒卸店の脇に構える「ビールスタンド重富」。注ぎ方の違いで全く違うビールの味わいを提供する。営業時間は夕方5時から7時の2時間のみで、1人2杯までがルール。地元飲食店街の活性化を目指し、「サクッと飲んで他の店に流れること」が理念だ。
重富酒店の社長・重富寛氏は1962年生まれ。戦前から続く「重富酒店」の3代目であり、ビール好きの間では有名な“ビール注ぎ”の達人。「ビールスタンド重富」運営の他、おいしいビールの注ぎ方を伝える「広島生ビール大學」開講、映画「日本の麦酒歴史(ビールヒストリー)」自主製作など、さまざまな形でビールの魅力を広めている。
今回、三澤氏が気になったポイントは、以下の3点だった。
①他の居酒屋などと「競合する」のではなく、「共生する」という位置付けに至った背景は?
②共生する上で気を付けているポイントは?
③お客さまに本質的に提供している価値を何と捉えているのか?
重富酒店・重富寛社長に聞く!
【Q1】
「生ビールで地域を元気にしよう」というコンセプトはもちろん、営業形態すべてがユニーク。現在の形を選んだ理由を教えてください。
「ビールスタンド重富」は私が父から継いだ酒屋「重富酒店」の隣に設置した定員10人程度の小さな角打ち(酒販店の商品をすぐ飲める)ビールスタンド。私はここで「平成のサーバー」と「昭和のサーバー」を使い、5種類の生ビールを提供しています。ただし、扱う銘柄は常に1種類のみ。時期によって異なりますが、皆さんが普段から飲まれているような一般的な銘柄を、注ぎ方の違いだけで「一度注ぎ」「三度注ぎ」「マイルド」など異なるメニューとして提供しています。サーバーによって流量や泡の密度が異なり、注ぐ際のグラスの角度、泡の量などでも驚くほど喉越しや味が変わる。それを楽しむため、全国からお客さまがいらっしゃいます。
また当店の特徴として、午後5時から7時の2時間のみという営業時間、提供は1人2杯までというルールも挙げられます。つまみも提供しません。お客さまには「2杯飲んだら次の居酒屋へ移動してください」と伝えており、常連さんたちからは飲み会前に勢いづけに立ち寄る「0次会居酒屋」などと呼ばれているようです。
このルールを設定したのは、「酒屋が居酒屋を始める」ことで、卸先である周辺の居酒屋さんのお客さまを奪うのとは逆の状況をつくるため。バブル崩壊後から自分の酒屋を含めてこのエリアの景気は悪化していましたので、周辺の居酒屋と一体となって盛り上げる必要性を感じていました。私の注ぐビールに興味を持ってこの街に来たお客さまが2軒目へと流れ、地域経済活性化のお手伝いができればと考えています。
重富さんも、初めからこのスタイルで始めたわけではなく、ご自身でも居酒屋を経営するなどで、最終的に行き着いたのが今のスタイル。「お客さまを囲い込むのではなく、お客さまをシェアする」という言葉は金言でした。(三澤)
【Q2】
重富さんはビールを起点に「ひろしま元気プロジェクト」を推進されています。どのような考え方でしょうか?
ビールを扱っていながら意外に思われるかもしれませんが、私が本当に笑顔になってほしいのは「広島の子どもたち」なんです。娘が小学3年生の時PTA会長になり、子どもたちを笑顔にするには、まず親を笑顔にすることが必須であると感じたことがきっかけですね。子どもたちのために私ができることは、広島においしい生ビールを増やし、疲れている大人を元気にすることだと考えました。
ビールは「過ごした1日」とのマリアージュで楽しむもの。生きていればさまざまなストレスがあると思いますが、それがたまればたまるほどビールがおいしくなると考えれば、つらいときも前向きな気持ちでいられますよね。そんな価値観を、広島の大人たちに持ってもらえたらと願っています。
私は広島を、どこでもおいしいビールを飲める地域にすることで、平和にしたい。広島で「平和」をつくろうとすると、原爆の歴史があるためつい難しい話になりがちですが、だからこそそうではない身近なことを重視したいのです。
現在私は「日本屈指の注ぎ手」などと注目してもらえていますが、極端な話、この技術が広島中の居酒屋に普及してどの店でも高品質なビールが飲める県になり、「重富のビールは広島で一番まずい」くらい言われるような状況になったらいいと思っています。
普段の仕事でも手段と目的は混同されがちですが、ビールはあくまでも手段で、ゴールは、自分の生まれた広島を笑顔で元気にすること、と明確でした。
【Q3】
地ビールの“注ぎイベント”など活動は全国規模のものもあり、分野も拡大していますね。今後の展望は?
最近ではありがたいことに東京を含めて北海道から沖縄まで、さまざまなお店やビールメーカーさんから声を掛けていただき、全国出張しています。扱っているビールは広島産ではないのですが、私の注ぎ方、ビール哲学自体が「広島産」として日本中に知られ、広島がビールの街として認識されたらと考えています。
もちろん、ビール業界全体を盛り上げたいという思いもあります。私の注いだビールを飲んで「初めてビールをおいしいと思った」と言ってくださる方も多いので、“ ビール嫌い”の方も含めて、日本のビールファンを増やしていくような活動が必要だと考えています。自主映画製作もその一環ですね。
ちなみに今さらですが、実は私自身としては、そこまでビール好きではありません (笑) 。けれど、何事も距離を置いて見ることで分かることやできることってありますよね。これからも私なりの視点でビールの可能性を考えながら、幅広い方々においしい1 杯を注いでいけたらと考えています。
卸先の居酒屋「酒肴処 よしもり屋」
マネージャー・八熊浩さんに聞いた!
重富さんからビールの注ぎ方はもちろん、サーバーの清掃・管理方法、グラスへのこだわりなどを学びました。僕も全スタッフにそれを教えています。ビールの仕入れ先を超えた存在ですね。
“重富さん仕込み”の店かどうかは、ビールを飲めば一口で分かりますが、最近ではこの近辺には随分増えているような気がします。ライバル店が増えて悩ましいわけですが(笑)、このエリア全体を活性化したいとの重富さんの熱量を受け、みんなで盛り上げられれば、と思っています。
最後に...(by 三澤)
欧米流のマーケティングやディスラプションという言葉が躍っている昨今、日本なりの在り方があるのでは、と、もやもやしてました。今回は、価格競争から脱して、コミュニティーが確立している日本らしいスタイルのヒントとして、重富さんを訪ねました。 「お客さまをシェアする」「自分の持つ技術や知見をオープンにして世の中を底上げすることが、結果的に良い循環を生み出す」という視点は、ビジネスや企画を考えるときに、ぜひ持っておきたいと思いました。最後に。皆さんが重富酒店に伺った時は、「一度注ぎ」「シャープ注ぎ」をぜひ飲み比べてください!