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インドのデジタルクリエーティブエージェンシーで働いてみた

電通イージス・ネットワークで世界のビジネスを学ぶ EIBAレポートNo.1

2019/07/22

インドのデジタルクリエーティブエージェンシーで働いてみた

秘伝のクリエーティブスパイスを探して

私「ブリーフ読みました。次の打ち合わせはいつ?」
Aさん「多分明日」
私「明日のいつ?」
Aさん「午後かなあ?」

この会話が行われているのが東京のオフィスで、相手が新入社員だったら、私はきっと丁寧に、ビジネスで人に時間をもらうことの意味を説き、Outlookでのアポイントの入れ方を教えただろう。

しかし、ここはインド。大気汚染全開の経済都市グルガオンのオフィス。相手は優秀な上司だ。

2019年1月から、インドにある電通イージス・ネットワークの会社の一つ、Dentsu Webchutney(電通ウェブチャットニー)というデジタルクリエーティブエージェンシーで働いている。

日本での肩書はコピーライター/クリエーティブプランナー。10年ほど統合コミュニケーションの企画と制作に携わってきた。インドへ来たのは、電通のEIBA(※)という研修のメンバーとして、海外拠点で“グローバルビジネス”の修業を積むためだ。

インドのデジタル広告市場は成長著しく、その成長率は年に30%を超える。Dentsu Webchutneyはそのなかでも実績を残している会社だ。インド最大の広告祭GOA FESTでは、2年連続でデジタルクリエーティブエージェンシー・オブ・ザ・イヤーを、今年はさらにPRカテゴリーでもエージェンシー・オブ・ザ・イヤーを獲得している。

アイデアの質に厳しいことで知られるOne Club系列の広告賞Kyoorius Creative Awardでも、グランプリにあたるBlack Elephantを受賞した。受賞作「Hagglebot」はインドの総合ECサイト「Flipcart」のためのアイデアで、インドの買い物の醍醐味である「値切り交渉」をGoogle アシスタント相手に行うことで、ディスカウントを得られるという企画。ローカルの文脈とテクノロジーの組み合わせが大きな支持を得たそうだ。

オフィス
同じオフィスで働くことで、その成長を支える秘密が知りたい。そんな期待を胸にここへやってきた。きっと秘伝のスパイスみたいなものがあるはずだ。数学に強いインド人ならではの発想とか、言語や文化が多様な国ならではのインサイトの見つけ方とか!

ところが、約5カ月を過ごしても、複雑に調合されたその仕事の秘密はなかなか解けない。想像していたことの多くはステレオタイプから来る誤解で、「デジタル広告市場でのクリエーティブな仕事」の大部分は、秘伝でもなんでもなく、日本と変わらない、地味で地道な作業の積み重ねだったりもした。それでも、このオフィスの成長を支えるいくつかの構成要素は分かってきた気もする。そこで今回は、私がこれまでの仕事から発見した、Dentsu Webchutneyの二つの「スパイス」を紹介したい。

スパイスその1:変化に対応するSpeed

記事冒頭のやりとりは、実際に私が毎日のように行なっている会話だ。スケジューリングの方法だけでも、日本とはだいぶ様子が違うことをご理解いただけるだろう。

似たようなエピソードから、インドの人は時間にルーズという印象を持っている人も多いかもしれない。ISTは India Standard TimeではなくIndia Stretched Timeだ、というジョークがあるように、たしかに時間に対する感覚は日本と大きく違う。しかし、実際に働いてみると、彼らが決して「だらしない」わけではないということに気づく。

スケジュール管理がフレキシブルな一方、一度取り掛かるとものごとを進めるスピードは非常に速い。特にファーストドラフトを出すまでの瞬発力には目を見張る。

競合プレゼンの準備中、朝ブリーフを共有されたら夕方には企画を持ち寄った打ち合わせ。同じプレゼンに向けた打ち合わせが1日に2回以上開かれることもしばしば。会議のための資料作りはほとんど行われず口頭ベース。デスクの周りで急に議論が始まることもある。

そうして数日間にわたって議論を重ねた後、一気に資料化。東京のオフィスでは、営業チームやプロデューサーたちがきっちりスケジュールを組んでくれていたし、一つの案件に関する打ち合わせは1~2日あけるのが通常だったから、このペースに慣れるまではかなり苦労した。

日本のスタイルだと、スタッフが個別にアイデアを出し、資料化して持ち寄るため、集まった時点でかなりアイデアが深められ、練られている。また、その場にいなかったメンバーにも共有がしやすく、議論を後から振り返りやすい。

一方、こちらのスタイルでは「その場その場でその時のベストを語ることが、最善策を見つける近道」というような、瞬発的な議論が繰り返され、口頭でのコミュニケーション比重もとても高い。

議事録作成やデータ共有も行われないので、はじめは「前回と言ってることが違う!」「え、そこは結論が出たんじゃなかったの?」というように、何度も同じ話を繰り返している気がして非効率に感じた。

会議

しかし、いくつか案件に参加していくうちに、だんだんとこのやり方の強みも分かってきた。

ここでは、企画のベースとなる「大前提」が変わる事態がしばしば起こる。日本にも「オリエン返し」なんて言葉があるけれど、ここではクライアントの課題も、予算も、メディアやプラットフォームの状況も、国の制度すら大きく変わる。

ある日突然、担当者が退社する、TikTokのダウンロードが禁止される、高額紙幣が廃止される、といったことが、当たり前のように起こる場所。オリエンは、ひっくり返るのが当然なのだ。

会議2

そうなると、とにかく対応にはスピードが求められる。一つ一つのステップを「検討」「整理」「資料化」していると、途中段階での企画の精度は上がるものの、無駄な作業のリスクが増える。全てをカチッと決めてから進めるのではなく、考えながら決めて、決めながら作り、作りながら変えていくことが、変化の多い市場でより多くのアイデアを世に出す秘訣なのだ。

実際にこのスピードが生かされた事例として、今年カンヌライオンズでダイレクト部門のシルバーを受賞した「Voice of Hunger」がある。フードデリバリーアプリ「Swiggy」をクライアントとするこの企画は、インスタグラムのボイスDMで食べ物のかたちに似た波形を作るというものだったが、ローンチされたのは2019年2月。インスタにボイスDM機能が追加されてから約2カ月後というスピード感だった。

スパイス その2 :とにかくProactiveな提案姿勢

もう一つの秘密はプロアクティブなアプローチ、自主的・積極的な提案をし続けることだ。このオフィスでは、「自主提案」はオプションでもサービスでもなく、必須に近い。とにかくどんな案件でも、口を開けばProactive。

競合プレゼンや新規クライアントの仕事だけでなく、継続的にビジネスをしているクライアントや、すでに制作内容やメディアがほぼ決定している案件でさえも、Proactiveなアイデアを加えて提案し続ける。

日本の、決定した企画を丁寧に定着させていくやり方も知っている身としては、「Proactiveはいいけど、そろそろ企画やめて作り始めなきゃ間に合わないんじゃない?」なんてヒヤヒヤすることも。

この背景には、前述した、「大前提が変わる」市場において、ある時点で求められていることだけに応えていくのはリスクだという理由がある。

さらに、仕事を続けるうち、Dentsu Webchutneyという会社の成り立ち自体も、この姿勢に大きく影響していることに気づいた。

「GOA FEST」のガラパーティーで、会社の創業者であり、ECDでもある2人と話をする機会があった。

そこで語られたのは、20年前、オフラインの小さなデザイン事務所から始まった彼らの会社が、黎明期だったインドのデジタル広告市場(会社ができた当時、インドのインターネット普及率は1%未満)に目をつけ、少しずつビジネスを拡大してきた歴史。

はじめてグローバル企業からもらえたバナーの仕事に対して、オリエン外の企画も提案し続け、ついに実現する機会を得たこと。Proactiveな提案から生まれた企画が、広告賞を取り、さまざまな競合プレゼンにも呼んでもらえるようになったこと。クライアントが増えるに従ってだんだん従業員も増え、3拠点にオフィスを構えるようになったこと。創業から14年目、よりグローバルなネットワークを求めて電通グループへの参加を決めたこと。

クリエーティブエージェンシーとしてビジネスを拡大させていくためには、常にクライアントや社会の課題にアンテナを張り、求められているもの以上のことを提示できる会社だとアピールし続けなければいけない。書いてみると当たり前の話に聞こえるが、同期だけでも200人以上いた東京のオフィスで聞くのとは、切実さが全く違う。

そもそも、私にとって「創業者」と同じオフィスで働くのは初めての経験。「今年はデジタルとPRで、『エージェンシー・オブ・ザ・イヤー』をもらったから、来年は初心に帰ってデザインも狙いたい」と話す創業者は、穏やかな口調だが、会社をつくって生き残ってきた人の強さを感じる。

世界の広告業界に目を向けると、10年前には存在していなかった会社が巨大クライアントや巨大プラットフォーマーとなり、それらも10年後には存在していないかもしれない状況。Webchutneyのクライアントである、flipkartやSwiggyもインド発のユニコーンだ。自らもスタートアップだった会社だからこそ、猛スピードで成長し、常にサービスを向上し続けなければならない彼らの状況を、パートナーとして理解できている部分も大きいはずだ。

授賞式

それでもクリエーティブの基本は一緒

今回紹介した二つの「スパイス」以外にも、このオフィスならではの成長の秘密はまだまだありそうだ。一方で、同じ電通グループの広告会社として、共通点もたくさんある。特に、「考えるやつが一番えらい、世に出せるやつはもっとえらい」という、クリエーティブの根っこの部分は、どこにいても変わらないんだ、と感じる。インドでの日々は最短あと半年。ひとつでも多くのアイデアを実現し、ひとつでも多くのクリエーティブスパイスを発見していきたい。

(※)EIBA (Emerging International Business Assignment)
次世代を担う人財育成の一環として、電通イージス・ネットワークの拠点に、若手社員を1年間派遣する実務研修。異文化環境下で業務経験を積み、国内外を問わず、プロジェクトの現場リーダーとして必要な視点、スキル、人脈の獲得を目指す。