車いすバスケットボールの誘い方。
2019/08/01
遡ること、2カ月前。
ゴールデン過ぎた今年のゴールデンウイークに、さらに2連休まで付け足した私は、完全に休みボケのままその日を迎えていました。日曜日の午後、穏やかな日差しの中、ぼんやりとタクシーから外を見ていると、陽射しよりも強い弾丸トークが飛んできたのです。
「あそこ今日車いすバスケだよね!天皇杯!
数日前から予選だったでしょ?昨日はね、選手の人、乗せたんだよ。
迫力がすごいんだよね。車いす同士がぶつかってさ」
なにやら詳しそうな運転手さん。
「運転手さん、観戦したことあるんですか?」
「いや、ない」
ないんかい!
「面白そうだから興味あるんだけどねぇ」
その感覚がすごく腑に落ちました。
私も今回こういう機会をもらったから来たけれど、
興味はあっても足を運ぶには少しハードルがある。
意外と高いその壁をどうすれば越えられるか。
あの運転手さんが、どう誘われたら見に行きたくなるか。
今回はそんなテーマで書いてみようと思います。
入社13年目、コピーライターの有元沙矢香と申します。
今回はパラスポーツの中でも花形といわれる「車いすバスケットボール」(以下、「車いすバスケ」)についてご紹介します。
バスケ経験は「スラムダンク」と「ブザー・ビート~崖っぷちのヒーロー~」を嗜んできた程度で 、スポーツ観戦経験もにわかレベル。そんな私がパラスポーツ観戦記を書く機会を頂き、車いすバスケの試合を観に行ってきました。初心者の目線で気付いたことなどをお伝えできればと思います。スポーツ観戦が趣味の方や、パラスポーツに詳しい方には薄味の可能性がありますが、広い心で読んでいただけると幸いです。
車いすバスケは、必ず想像を超える。
今回私が見に行ったのは、クラブチームの日本一を決める大会「天皇杯」。
決勝戦は、11連覇がかかった絶対王者「宮城MAX」VS「埼玉ライオンズ」。
開始1分。私はあっけにとられました。
速い。激しい。美しい。
自分が思い描いていた車いすバスケとは全く違っていたのです。
まず、車いすに車感がないといいますか、すべての部品がとても細くしなやかで、体の一部のよう。選手たちは転んでも反動を使ってすぐ自分で起き上がり、転ぶことを恐れずに体当たりしていくのです。
また、車いすバスケには「ダブルドリブル」の反則がありません。ボールを持った後、こいで、ドリブルして、を繰り返せます。ただし、「トラベリング」は取られるので、こげるのは2回まで。2回大きくこいではドリブルして、を繰り返し、コートの端から端まで、1人の選手が車いすとボールと一体となって軽やかに、飛び跳ねるように動いていく姿は車いすバスケでしか見られない美しさだと感じました。
また、もう一つの見どころが、ゴール。実はゴールの高さもコートの広さも普通のバスケと全く同じ。でも、もちろんジャンプはできないし、立ち上がることもできない。つまり、圧倒的に低い位置からゴールを狙うことになるのです。
会場ではそれを体験できるブースが設置してあったのですが、いざ体験してみると、予想以上の高さ。しかも足で踏ん張れないとなると、相当の腕力とバランス感覚が必要になることを実感します。その難易度を知ると、選手がゴールを狙うたび、ついおなかに力が入ってしまうのでありました。ちなみに、会場にはVRなどで車いすバスケを体感できるコーナーがいくつかあり、試合の合間も楽しめる場所になっていました。
あれ、女性がいる!健常者もいる!
今回いちばん驚いたのが、男女混合チーム、しかも、健常者も参加可能であったことです。まずは、チーム編成についてご説明します。
車いすバスケでは、障がいの度合いによって持ち点が定められています。腹筋、背筋が機能せず、座った状態でバランスが取れない重度の障がいの方が1ポイント、そこから軽くなるほど、0.5ポイントずつ上がっていき、両手を上げて車いすを傾けてもバランスが取れる方が4ポイントとなります。
そして、選手5人で、合計14ポイント以内になることを条件に、チームがつくられています。つまり障がいが軽い選手ばかりでチームを組むことはできません。今回そこまでは理解が追いつきませんでしたが、障がいの程度に各選手の強みを加味して戦術を練っていく。そこにも車いすバスケならではの面白さがありそうだなと思いました。
話を戻して、女子選手と健常者選手の話を。
女子選手は、2017年から男子チームでの試合登録が可能(同時プレーは2人まで)となりました。その背景には、女子選手の強化・育成を図る目的があるそうですが、宮城MAXの藤井郁美選手のシュートの正確さは男女合わせても群を抜いていました。彼女がシュートを決めるたび、会場からは「藤井さーん」と黄色い歓声が飛んでいました。
そんな彼女に惹かれて調べていくと、なんと中学時代に骨肉腫で人工関節を入れ、19歳の頃には潰瘍性大腸炎により大腸を摘出し、そして一昨年前には乳がんの手術を乗り越えられた方でした。そして、彼女は1児のお母さんでもあるのです。かっこよすぎる!しかも旦那さんは、同じ宮城MAXの藤井新悟選手。この方がまたバスケもうまくてイケメンで、切磋琢磨されているお二人の姿に、あっという間にファンになってしまいました。
健常者選手の登録が可能になったのは、昨年7月から。健常者選手は男性だと4.5ポイント、女性だと3.5ポイントでの参加となります。しっかりと体幹が鍛えられている健常者選手と一緒にプレーすることで、障がい者選手は普段とは違う筋力や技を身に付けることができるそうです。ただ、健常者の参加を反対する人もいて、宮城MAXは健常者選手を一人も使わずに戦っていました。インクルーシブ社会の意義と難しさを初めて実感を持って理解できた気がしました。
はやくハマった人ほど、楽しめる。
結果は、71-35のダブルスコアで宮城MAXが優勝をおさめました。
試合中、結構実力差があるなと感じたのですが、実はもう1つの有力チームNO EXCUSEのエースが海外チームにも所属しており、天皇杯に参加できなかったとか。海外リーグへの挑戦、女性や健常者の登録など、ありとあらゆる方法で男女ともに実力を加速させようとしている車いすバスケは、今が一番面白いのでは?と思いました。
また、正直なところ、1回見ただけでは消化不良なところもありました。ルール、戦術、そしてなにより選手一人一人が持つヒストリーを知れば、きっともっともっと面白くなるだろうなと。
少し前、井上雄彦先生の車いすバスケの漫画『リアル』の連載が4年半ぶりに再開されました。そして、14巻目にしてついに主人公の1人が障がいを乗り越え、車いすバスケを始めます。その日に至るまでの苦悩や絶望、努力、勇気、一瞬一瞬がものすごい物語でした。そして、同じように私たちの心を揺さぶる物語をそこにいる選手の一人一人が持っているのだろうなと思うと、より深く知りたくなりました。
共感の時代といわれますが、車いすバスケはストーリーの宝庫。気になる選手を見つけたり、強くなっていくチームに思いを重ねたり、今から見始め、知り始めたら、一番盛り上がるときに、心から楽しんで感動して観戦できるはず。
いつかあの運転手さんに会ったら、そう話そうと思いました。