十人十色のパラ卓球
2019/09/05
「車いすの選手は、台から距離をとったプレーは少ないんですよ。選手同士が近い距離で繊細な技術でやり合うんです。緻密なボールコントロールで、相手の嫌なところを狙ってね」
そう言って、にやりと笑うのは、土井健太郎選手。車いすに乗った、パラ卓球の選手だ。
彼は先天性骨形成不全症のため、生まれつき歩くことができず車いすで生活をしている。小学6年生から卓球を始め、現在は2020年の東京パラリンピック出場を目標に、競技力を磨く日々。試合会場で「けんたろー!」と名前を呼んで応援してもらうのが一番燃えると言う。
パラ卓球を知りたくて、彼に話を聞いた。
卓球と言えば、“チョレイ”でおなじみの張本選手などが、卓球台から遠く離れたところからダイナミックなフォームで対戦相手と激しいラリーを繰り広げているシーンや、映画化された漫画「ピンポン」のようなド派手な動作が印象的。とにかくラリーが激しくなると、どんどん選手が台から遠ざかり、強打を打ち合うイメージが強い。
先日、日本で初のITTF公認の国際大会(ジャパンオープン)が行われると聞いて見に行ったパラ卓球は、半分そのイメージに近く、半分そのイメージと違う世界が繰り広げられていた。
それはまさにパラスポーツらしい多様性ゆえのこと。パラ卓球は、車いすと立位の選手に分かれ、それぞれ障がいの度合いによって五つのクラスに分かれて競う。確かに車いすの選手は台の近くからあまり動かなかった。
ちなみにパラ卓球は、パラスポーツの中でも世界の競技人口が3番目に多い競技だという。確かに卓球はヨーロッパでもアジアでも人気だし、スポーツをあまりしない人でも気軽にできる(それこそ温泉とかでも)身近なスポーツだ。競技としてプレーする人が多いのも納得できる。
土井選手が卓球を選んだ理由も、興味深い。いわく、「卓球は安全」。彼は生まれつき骨が折れやすいという病気がある。
「卓球はラケットも球も軽いし、もし球が当たってもさほど痛くない。そして相手選手と接触するリスクがない。比較的安全なんです」
確かに車いすバスケや車いすラグビーなどは激しくぶつかったり転んだりして、卓球とは全く違う。卓球は、まさに老若男女さまざまな人ができる懐の深いスポーツなのだ。
プレースタイルは多種多様
さて、今回観戦したジャパンオープンについてもう少し触れたい。
開催場所は、東京・田町駅近くの港区スポーツセンター。
真新しいエレベーターで5階まで上がると、競技会場の入り口近くに、あの”バタフライマダム”の姿があった。競技歴が長く、知名度の高い彼女は車いすクラスの選手で、会場内でも他の選手やスタッフから声をかけられていた(印象的なスタイルのため一度見たら忘れません。ぜひ「バタフライマダム」で検索してみてください)。
私が訪れたのは、予選の日。会場には卓球台が14台ずらっと並び、奥では車いすのクラス、手前で立位クラスの試合が一斉に行われていた。
入った瞬間、圧倒された。多くの試合が行われており、どこから見たらいいか分からない。どのクラスの試合がどこまで進んでいるんだろう…?
まずは一番近い卓球台の対戦に見入る。一人の選手は杖で移動しながら球を打っている。対する選手は、特に杖をついていないし、義足なども着けていない。二人は同じクラスの選手なのだが、一見、不思議な感じがした。
でも考えてみたら、障がいの度合いは人によって違う。パラスポーツの「クラス分け」は、さまざまな障がいを抱える選手たちが、フェアに競い合えるようにするもの。その中で、各選手が自分に必要な器具を使っていて、それぞれ違うのは、多様性を考えると納得がいく。
隣の卓球台に目を移すと、選手それぞれ器具だけでなくプレースタイルも千差万別。自分のウィークポイントをうまくカバーして器用にプレーしている。いわゆるカット型といった戦型以上に幅広いプレースタイルで試合が繰り広げられているのだ。
激しくなさそうに見えて、実はハード
次は車いすクラスの試合に目を向けた。こちらは一見静かに見える。車いすをガシガシ動かすようなことはない。卓球台の近くに車いすを寄せて、台に体がつくくらいでプレーしている。自分が抱いていたイメージとは大きく異なっていた。
「車いすを動かすとリスクが大きいんです」と、土井選手が教えてくれた。
選手同士が卓球台の近くに陣取っているから、選手同士の距離は短く、打ち合う球の速度は速い。打った球はすぐに返ってくる。だから、車いすを操作して動いていると、次の返球に間に合わない可能性が高いのだ。
「車いすの選手は台に近いところにいる分、台の端まで目いっぱい飛んでくる球は自分の体に近くなって、打ちにくい。深い球、ってやつです。僕はその打ちにくい球を粘り強く相手に打ち続けて、相手のミスを誘います」
そう言って見せてくれた土井選手の試合映像では、確かに何度も何度も深い球を相手の体の近くに打っていた。そしてちょっと浮いた球が来た瞬間、ズドンと打ち込む。「来たっ…よし!」と見ている方も拳を握ってしまう。なるほど~。
「基本的に車いすは動かさないけど、時々動かすことはあります」
次の映像では、卓球台の端まで移動して打ち込んでいた。得点につながった一撃だったが、返球されたら正面はがらりと空いている。相手の状況を見て、チャンスだったから取ったリスク。
しかも、通常は車いすの片方の車輪のブレーキをかけてプレーしているという。つまりあの一瞬でブレーキを外して車いすを動かして打ったという早業…。
ジャパンオープンでは、車いすの選手同士で繰り広げられる駆け引きの楽しみ方が十分には分からず、遠目からぼーっと観戦してしまったが、激しくなさそうに見えてこの競技はしたたかでハードだ。
選手目線で戦略を読みながら楽しめる
パラ卓球を観戦するときはどこから見るのがいいのか、土井選手に教えてもらった。
「僕なら、真後ろか上からですね。真後ろなら選手目線に近いところで、試合を楽しめます。上からだと、球がバウンドする位置が見えて、深い球で攻めてるな、といったことが分かる」
なるほどなるほど。ついつい選手の大きな体の動作だけを見ていたことを痛感。選手目線で戦略を読みながら楽しめるんだな、ということに気付いた。
パラ卓球に使用する台は、通常のものとほぼ同じ。多くの人が温泉卓球などで利用したことがある、あのサイズだ。そしてルールも一般のものとほとんど同じ。
世界中から各クラスのトップ選手だけが出場を許される、来年の頂上決戦。会場は国立競技場のそばにある東京体育館だ。今回のジャパンオープンは、地元の声援に後押しされて、日本人選手の躍進があったとのこと。本番でも声援は日本の選手を勇気づけてくれるだろう。
「出場できて、会場で自分の名前を呼んでくれる応援が聞こえたら本当にうれしいですね」と、土井選手も顔をほころばせて言う。
日本人選手の活躍を目の前で見れたら、きっと楽しいに違いない。