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Dentsu Design TalkNo.108

格闘家・青木真也は電通で何を伝えたかったのか?

2019/08/20

今回のデザイントークは、著書『ストロング本能 人生を後悔しない「自分だけのものさし」』(以下「ストロング本能」)を刊行した格闘家の青木真也氏を、格闘技を愛する電通のコピーライター・橋口幸生氏が迎え撃つ異色の対談企画。

「修斗」「DREAM」「ONE」の3団体で世界チャンピオンになった青木氏に、格闘家としてのメンタルとフィジカル、闘い続けるための生活習慣のあり方を聞き、広告業界で生き抜くためのヒントを探りました。

<目次>
ストロング本能とは「自分のものさし」で生きること
スポーツ選手は実はみんなメンタルが弱い!?
勝敗はコントロールできない、だから「あとは運」と言えるまで頑張る
 
※本記事はイベント「Dentsu Design Talk Vol.185 ストロング本能 青木真也@電通」の内容を再構成したものです。
 
格闘家・青木真也氏、コピーライター・橋口幸生氏
格闘家・青木真也氏、コピーライター・橋口幸生氏
 

ストロング本能とは「自分のものさし」で生きること

橋口:青木さんの著書『ストロング本能』では、ご自身の考え方や生活スタイルをビジネスパーソンにも分かるようにひもといていて、とても勉強になりました。まず「ストロング本能」とは、世間のものさしではなく「自分のものさし」で生きていこうという意味なんですね。

青木:はい。国や会社が壊れかけていて、年収という一つの「ものさし」もずれてきている今、自分が欲しいものや好きなものをしっかりと自分で把握して、それを判断のものさしにして生きることが大事だと感じています。

橋口:本の中で「好きなことや夢中になれることはなかなか見つからない。簡単に見つかる人を天才と呼ぶ。夢中になれるものは、実は苦しんでいる時に見つかる」という言葉がありました。青木さんはどうやって夢中になれることを見つけましたか?

青木:父から勧められていたこともあり、22歳で「楽をしたい」と思って警察官になったんです。でも、他の人は目的や使命感を持って入ってきているのに、僕には大義もなくて、ただ職務がつらくて仕方なかった。それは他人のものさしで仕事を選んだからですよね。警察官になって幸せじゃなかったことで、「自分が本当にやりたいことは格闘技だ。後は食べていく程度のお金が稼げれば幸せだ」と気づくことができました。

橋口:そこから青木さんの「自分のものさし」に従った生き方が始まったと。青木さんが世間のものさしとは違うところで物事を決めているのが分かりやすいエピソードが、2012年9月にシンガポールの総合格闘技団体「ONE Fighting Championship」(以下ONE)と契約されたことです。

青木:格闘技界ではわりとブーブー言われた案件ですね(笑)。

橋口:当時の総合格闘技ではアメリカの「UFC」が圧倒的なブランドでしたから、僕みたいな無責任なファンからすると「なぜ!?」というのはありました。本の中では理由として、「アジア人がアメリカでビッグになるにはマニー・パッキャオぐらいじゃないと無理だから」と書かれていますね。

青木:僕はONEと契約する前にアメリカでわりと大きな試合をしているのですが、3試合ほどで「負け役で呼ばれているな」と気づいたんです。リング上はフェアだけど、そこまでの持っていき方には、つくられる要素や担がれる要素が多くて。そこで、その頃立ち上がったばかりのONEに自分の立ち位置を見つけたんです。

橋口:ファンや業界のいろんな声もある中、UFCブランドに乗っからず冷静に決断したのは、本当にすごいと今は思います。青木さんの実績なら、UFCに参戦しようと思えば絶対にできたわけですから。僕たちも普段いろいろな選択をしていますが、なんとなくこっちの方がいいとか、それこそ「ブランドがあるから」とか、世間のものさしで決めてしまっていることが多いんですよね。

青木:大きいところにいたら良い仕事が来るわけではないし、本当にやりたいことは案外違うところにあったりします。自分の幸福度や、どうすれば気持ちいいかを考えて、そこにまっすぐ行っていいと思います。当時、思ったことを全部書き出して、これは絶対にONEだなと確信したので、自分としては一切ぶれませんでした。

橋口:そう、「書き出す」という行為は青木さんの本の中に何度か出てきます。自分がどう考えているのかを知るために重要ですね。

青木:あらゆることを書き出すと、自分の状況を客観視できます。その上で、何事も自分で決断する習慣をつけるのがいいと思います。だって、自分の人生を他人に決裁させることはリスクじゃないですか?

橋口:「ビジネスあるある」なのですが、いろんな人がいろんなことを言っているうちに、決断じゃなくて調整になってしまうんですよね。「みんなの意見をまとめると、こうなるでしょ」と。その結果、誰一人好きじゃない案が選ばれるとか。

青木:僕らみたいな自分でやっている仕事でも、周りの目を気にして主導権を失ってしまうことはあります。だから、他人のものさしに左右されない、自分のハンドルは絶対に離さないマインドは大切だと思いますね。

橋口:本の中では青木さんは「カウンターカルチャー的な生き方をしたい」と書かれていました。何かの影響を受けてそうなったのでしょうか?

青木:僕が強く影響を受けたのは、ケンドー・カシンというプロレスラーです。ケンドー・カシンみたいな格闘家になりたくて。

橋口:ああ!これは多分皆さん分からないと思いますが、ケンドー・カシンと言われると青木さんのスタンスがすごく納得できます。プロレスを知らない人は、ぜひ検索してみてください(笑)。

青木:いわゆるメインの人がやっていることって、僕はあんまり面白いと思わなくて、常に反対側にいたいんです。会場に1万人いたらその中の10人に向けてメッセージを送るようなことをやりたくて。

スポーツ選手は実はみんなメンタルが弱い!?

青木真也氏

橋口:続いて伺いたいのは、仕事をする上でのコンディションのつくり方です。青木さんは「メンタルはみんな弱くて、スポーツ選手はごまかし方をいっぱい知っているだけだ」と書かれていますね。僕は格闘技選手って人一倍気が強い人がやる仕事だと思っていました。

青木:今から殴り合いに行くなんて、みんな怖いに決まっているじゃないですか(笑)。案外、自分って簡単にだませるんです。例えばまず朝起きて外に出て「今日もいい日」と考えながら太陽を見上げ、両腕を広げて「今日も力が集まってきている」「みんなが力をくれている」と声に出して言います。試合1時間前には、控室で「俺は負けない!」「絶対倒れない!」と声に出して、スイッチを入れます。

橋口:他にもいろいろな方法が書かれていますが、自分の「心」に向き合うのではなく、セルフトークをして「体」で解決していくのが面白いなと思いました。また、セコンドの重要性についても書かれていますね。

青木:実はセコンドって、格闘技ができない人でもいいんです。技術的なことは自分で分かっているし、それよりも「大丈夫」「行ける」「一緒にいるから」といった言葉で、背中を後押ししてくれる存在が大事ですね。試合前に仲間とハグをする格闘家が多いですが、あれも一人じゃないと物理的に感じられて、緊張が解けるからやっているんです。僕も試合前に緊張してくると、セコンドに手を握らせてもらったりしますよ。

橋口:僕はそのエピソードを読んで、ビジネスパーソンもセコンドが必要だと思いました。周りの人をセコンドだと思うだけで気持ちが楽になるなと気づいて。例えば、プレゼンの前に妻にメールをすると「なんとかなるよ」「きっと勝つよ」という返信が、機嫌が良いときは来ます(笑)。それだけで気持ちが楽になるので、人から言われるポジティブな言葉ってすごく影響があるなと。

青木:逆に良くないのが、人のかわりに決断したがるやつですね。そういう人も、こっちを思いやって言ってくれているんだとは思いますけど。「やめとけ」って言われたって、結局自分で決めた通りにやるので、背中を押してほしいですよね。

勝敗はコントロールできない、だから「あとは運」と言えるまで頑張る

橋口幸生氏

橋口:青木さんは、世界でもトップの寝技技術を持った格闘家ですが、本の中で「自分の寝技の完成度は95%。これを100%にするのはすごく大変。それよりも、80%の完成度の武器を沢山持った方が良い」と書かれていますね。

青木:ある程度高いレベルまで行くと、95から100に持っていくみたいな、「本当の上澄み」を伸ばすのってすごく大変なんですよ。そこに労力を割くのもいいけど、他の武器を増やすのがいいかなと。

橋口:これって、今のクリエーティブの悩みのヒントになると思います。広告クリエーティブの世界って、昔はスターになるための明確な道筋があったのですが、今の広告はそれこそ総合格闘技なんです。コピーもあれば、CMもあり、デジタルもある。何でもありすぎて、何をしたらよいのか分からなくなることがあると思います。

青木:自分の強み、軸になるものは必要ですが、完成度80%の武器をいくつか持つのはありだと思います。意外と、「8割まで行くのは難しくないテクニック」っていっぱいありますから。いくつかチャンネルを持つと自分の強みが出てきて、それが個性になると思います。

橋口:さて、これまでは、どうやってビジネスで成功するかを聞いてきました。逆に、うまくいかない時の対処方法について教えてください。

青木:うまくいくかどうかって、周りがあって、景気があって、いろんな要素があってのことなので、ダメな時は何をやってもダメです(笑)。でも、結果が出なくても、やめたり変えたりせずに、淡々と「続ける」ことですね。

橋口:そこで僕が個人的に救われた一文なんですが、「全ては運。勝っても調子に乗らないし負けても引きずらない。だからこそベストを尽くして、後は運と思える状態まで持っていく」と書かれていますね。

青木:僕はよくインタビューで、「運が良かった」「運だね」と言うんですが、みんないい顔をしないですね(笑)。それは「運」の認識が違っているから。勝負事は水ものだからこそ、「後はもう運だけ」って言えるところまで頑張ったら、後は試合に勝ったのはラッキーだと思うようにしています。

橋口:僕は今まで、大きな仕事を逃してしまうたびに1週間くらい落ち込んでいたんですが(笑)、「全ては運」という言葉を読んでから気持ちの切り替えが早くなりました。あとは勝ち負けでいうと、「勝ち負けだけではつまらない。今自分が表現できているかを常に確認する」という文章も、なるほどと思いました。

青木:挌闘技はどうしても勝った、負けただけになりがちですが、僕は常にもう一つの軸として、「自分の物語が面白い方に転がっているか」を考えています。僕はいま36歳で、格闘技を現役で20年やっている人なんてほぼいないから「そろそろ引退か」みたいな雰囲気になるんですけど、「ここから先はやればやるだけ得だから、やるに決まってるじゃん」と(笑)。やり続けること、自分の歴史を持つことは最強ですよね。

橋口:続けるということについては、本の中に「自分が望む形とは違うかもしれないけど、必ず日の目を浴びる」という言葉があって、すごく説得力がありました。僕自身、新入社員のときに「こうなりたい」と思っていたところには来ていない。でも、なっていないから何もないかというと、決してそうではない。青木さんと対談することになるなんて、若手の頃の僕に言っても信じませんよ。

青木:誰でもエースで4番になりたいけど、全員はなれないじゃないですか。でも、「だから続けても無駄だ」ということではなく、ベストを尽くしてやり続けていれば、何かしらの持ち場を持てるんですよ。

橋口:自分のものさしを持って、やりたいことをやり続けるのが最強ということですね。今日はありがとうございました!

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