Dentsu Lab Tokyo × Dentsu Craft Tokyo テクノロジーとアイデアのおいしい関係No.2
AIと創造性 - 組み合わせの図書館とAI
2019/10/07
昔々、まだラテン語が一般に使われていた頃のお話。あるところに巨大な図書館がありました。それはそれは巨大な図書館で、過去に書かれた本はもちろん、これから「書かれるかもしれない」本までもがすべて収められていたそうです。すなわち、ラテン語のアルファベットのありとあらゆる「組み合わせ」を網羅する図書館です。
すべての組み合わせの本がここに収められているのであれば、中には「ハリーポッターと賢者の石」もあれば「聖書」もそしてこの原稿自体も(もしラテン語で書かれていたとしたら)、この広大な図書館のどこかに収められているはずです。ただ、ほとんどの本はきっとこんな感じでしょう。
"aatlewpukwhzep,uvtpqstymfhmpfbrteleaiswxuxxkouufdcg.opidjwn, prgjigdo,yldyhptnmrvvcejsa.xxchmxoihesl xsdckue bqsrbe.."
ここまで述べた設定は、アルゼンチンを代表する作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの短編小説「バベルの図書館」をベースにしています。この本の主人公の司書は、この図書館の中で生を受け、意味のある本を探して図書館をさまよいながら一生を過ごす定めにあります。
もしあなたがこの司書だったとしたら、どのように本を探すでしょうか。ランダムに図書館を歩いて、偶然面白い本に出合う可能性はどのくらいあるのでしょう。それはこの図書館の蔵書数を算出すると想像がつきます。
「バベルの図書館」の設定をそのまま引き継いで、一冊の本が400ページほどで構成されていて、25文字のラテン語のアルファベットを使い、1ページに80行、 1行40文字からなるとしたら、 という蔵書数が導かれます。この宇宙に含まれる原子の総数が
と予想されているので、それをはるかにしのぐ数の本が存在していることになります。
もし、この司書が未発表のハリーポッターの新作を、あるいは誰も読んだことのない面白いSF小説をこの図書館の中で見つけられたとしたら、彼または彼女はとてつもなく創造的だったのに違いありません。
AIで新しいナニカを生み出すために
そう、「創造性」というと、無から何かを生み出す行為のように思われがちですが、組み合わせを探索する問題としてとらえることが可能です。既知の有限の要素(アルファベット)の組み合わせによって、無数、それでも有限のバリエーション(本)が生まれるわけです。文章だけでなく、音楽も音符の列と楽器の組み合わせで、またグラフィックや写真もピクセルの色の組み合わせを網羅することで、ありとあらゆる表現を(近似的に)網羅することができるでしょう。
昨今、人工知能(AI)の社会実装が進む中で、AIのクリエーティブ領域への応用の可能性も注目を集めていますが、クリエーティブなAIを作るというのは、まさにこうした「組み合わせの図書館」の司書を作っていることにほかなりません。可能な組み合わせの中から、優れたものを選べればよいのです。『Wired』誌の創刊編集長のケヴィン・ケリーは『Out of Control: The New Biology of Machines, Social Systems and The Economic World』(P239)の中で、「利己的な遺伝子」などの著作で知られる進化生物学者のリチャード・ドーキンスについて以下のように引用をしています。
”Richard Dawkins echoes this when he asserts that “effective searching procedures become, when the search-space is sufficiently large, indistinguishable from true creativity.”
つまり、「探索空間が十分大きければ、効果的な探索の手続を真の創造性と区別することはできない」ということです。
ここで注目すべきは、「評価」の部分です。高速に本をスキャンする機構ができたとして、AIはどのようにその本の良しあし、面白さを判断するのでしょうか。
ほとんどのAIの場合、それは過去に人間が書いた文章のパターンとの類似性で評価することになります。「パター」と来たら次に来る文字は「ん」や「グ」ではなく「ン」の可能性が高い、「人間が書いた」と来たら次はきっと「文」「本」「小説」などでしょう。こうして、過去の名作とされる文章や音楽を学習データとして集め、そこに含まれるパターンをAIが学習することによって、夏目漱石っぽい文章を生成したり、バッハっぽい音楽を生成することが可能になります(原理的には、です)。短文は作れたとしても、小説のように起承転結、ストーリー性を持った長文を生成することはAIが苦手としているところです。
もう一歩、考えを進めて、誰も読んだこともないような新しい文体やプロットの小説を書いてみたい、聴いたことのない音楽を作りたいという場合はどうでしょうか。まだ世の中にないものを評価することができるのでしょうか。数年前、コンピューター囲碁プログラムの「AlphaGo」がそれまでの常識を覆すような奇手で、囲碁の世界トップクラスのプレーヤーを破ったという事例が大きな話題を呼びましたが、ルールや勝負の判定が明快な囲碁とは違って、表現の世界では、良しあしのルールを端的に作ることができません。
そこで、小説や音楽の良しあしを直接評価するのを諦めて、別のタスク、AIが得意なタスクに置き換えることで、結果的に人間の模倣ではない「新しいナニカ」を生み出そうとする、そうした試みが始まっています。
例えば、ニュージーランドのアーティストで研究者のTom Whiteはこうした考え方を絵画の生成に取り入れています(10月10日、11日に開催するAIと創造性についてのイベント、Creative Aliensでの講演も楽しみです)。絵画の評価を、AIが得意とする画像認識の問題と捉え直すというものです。
ランダムに丸や線を画面に並べた上で画像認識の仕組みにかけ、それが特定のオブジェクト(例えば扇風機)として認識される度合いを調べます。そしてその絵がより扇風機らしくなるように、要素の位置や大きさをアップデートしていくのです。このプロセスを繰り返すことによって書かれた絵は、私たちが扇風機というものに対して抱くイメージの本質を圧縮したような抽象画になります(下の図の左上)。他の絵が何を表現しているのか考えてみるのも面白いでしょう。そして何よりも注目すべきは、過去の誰の作品の模倣でもない、独自のスタイルを持った絵をAIが生成しているという点です。
私が代表を務めるQosmoでここ数年取り組んでいるAI DJ Projectでも同様です。生身のDJの過去のプレイリストを学習するのではなく、音楽ジャンルや使われている楽器の種類などを推定するモデルをもとに楽曲の雰囲気の類似度を算出するモデルを使って、AI DJは選曲していきます。それによって音楽の流れをキープするというDJの基本的な役割をこなしつつ、固定観念にとらわれない自由な発想の選曲を可能にしました。
組み合わせの創造性を超えて
「計算機(コンピューター)自体は創造的にはなりえない。なぜなら人に言われた通りにしか動作しないのだから」
これは世界最初のプログラマーといわれるエイダ・ラブレスが19世紀(!)の中頃に残した言葉ですが、今でも非常に示唆的な言葉だと思います。人に言われたことしかできないコンピューター、学習したことしか分からないAIを使って、新しいものを生み出せることを証明しようと、私や他の研究者やアーティストは日夜、研究・制作に励んでいるわけです。
冒頭の全ての本を含んだ図書館の話には、実は裏があります。この図書館の中には存在しない本を、人間なら誰でも作ることができます。組み合わせの図書館の中を探すだけではなく、可能な組み合わせの数そのものを増やす、すなわち図書館そのものを拡張することができるところに、AIにはない人間ならではの創造性があります。それをどうAIと組み合わせていくかを考えるのが私自身の目標です。
バベルの図書館に存在しない本がどういう本なのか、分かりましたか? 答えがわからない、どうしても答えを知りたいという方には、Creative Aliensの私の講演に参加することをお勧めします。2019年10月10日 電通ホールでお待ちしています。