共創の時代のブランディングNo.9
価値共創を促す、組織ブランディングの未来〜個人が主役の共創プラットフォーム組織とは?〜
2019/10/24
社員の働き方を変え、人材のポテンシャルを引き出す組織ブランドや、企業を超えた新しい価値共創について、前回に続きGame Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)代表の深田昌則氏に話を聞きました。
Game Changer Catapult(ゲームチェンジャー・カタパルト)とは…
パナソニックの家電部門カンパニーであるアプライアンス社内で、2016年から活動をスタートさせたオープンイノベーションプロジェクト。「未来のカデン」を生み出すため、組織の枠を超えて社員が集まり、社外とも協業。イノベーションの創出に取り組んでいる。
個人が主役の組織プラットフォームづくり
深田:ゲームチェンジャー・カタパルト(以下、カタパルト)は単なる新規事業組織ではなく、時代に適合して新しい価値を生み出すべく、働き方を変えていくための組織ブランドでもあります。
従来の企業や組織を超えた、オープン・イノベーションがより重要視される時代には、大企業とベンチャー、中小企業の垣根が低くなり、自由に行き来する人も増えてくる。こうした環境においては、固定的な会社組織ではなく、「自分のやりたいことが実現できるプラットフォーム」としてのブランドが大事だと思います。
やりたいことを実現させてくれる会社だから所属しようという人も増えていますが、今後はその会社に所属しているかいないかはあまり関係なく、外部の人も加わることができる目的ベースの共同体のようなものが、組織ブランドの役割になるのではないでしょうか。
小西:その点は新規事業部門に限らず、今多くの大企業が抱えている組織文化や働き方の問題に対する大きな示唆があり、非常に興味深いですね。
ところで、こうした目的ベースの共同体や組織のエンゲージメントをつくっていくときには「パーパス」(目的)、すなわち自分たちがチームとして何を実現していくのか、どれだけ共感できるかが求心力として重要だと思うのですが、実際に組織運営を行ってきていかがでしょうか。
深田:その点はまだ課題がありますね。なぜかというと大企業の中でリスクを冒してイノベーションをやりたいという人は、やはり少ないからです。本当に世の中を変えていく「パーパス」志向で動く人もいますが、企業を超えた集まりでは、どちらかというとコミュニティーやネットワークにいる「帰属意識」的な楽しさがあるから参加している人が多い印象です。
それから「自分のスキルを高めたい」とか「自己開発」に興味のある人も多くいますよね。実際には、参加の動機はいろいろあると思うんです。
だから組織の大義としてはパーパス・ドリブンで設定していますが、個人のモチベーションの部分は、必ずしも「目的に共鳴しているから」という理由でなくてもいいと考えています。
小西:組織に関わることで得られるメリットというのは人によっても違ってくるし、あまりそこを強要しない。多様な価値観と動機を受け入れることも大事なのですね。
もう一つ、組織ブランドという意味では、大企業の中でも異なる価値観やアイデンティティーを内外に打ち出していくことは、外部との共創の観点でも効果的ではないでしょうか。
深田:まさに小西さんの言う「共創のブランディング」ですね。共創をテーマにすると自社の能力を主張するより、「自分たちはこういうことをやっている組織です」と発信することが重要になってきます。見た人が「そういうことをやっているなら一緒にやりましょう」と言いやすくなる「旗印」としてのブランドづくりが必要ですよね。カタパルトも「カデンの未来をつくる」「(既存の事業を破壊する)ディスラプトモデルでやります」など、組織のアイデンティティーを表明しているので、社外の方から声が掛かるケースが多いです。
リスクテイクの仕組み化と、人材ポテンシャルを引き出す触媒効果
小西:カタパルトとして活動を始めてから4年目になりますが、パナソニック本体への貢献も含め、組織の役割や成果の面で具体的な成果も出てきていると思われます。
深田:われわれのアプローチは、アプライアンス社の未来のゲームチェンジにつながる戦略的なアイデアを、既存事業から離れたところで一回試行してみる(トップダウン)。一方、自分自身や参加する人からもパッションを持って参加できるようなテーマを持ってきて(ボトムアップ)、両方からやってみる。
企業としての戦略性と社員の参加側のパッションをうまく使うわけです。外部と一緒にプロトタイプをつくったり、戦略的なマーケティングを展開したりしながら、やる気のある人には専門スタッフがサポートしますよ、というふうに支援していきます。
これまで3年間で120以上の事業テーマが生まれ、このうち5、6テーマは事業化を検討中で、すでに二つぐらいは、私が取締役を務める新規事業投資会社「BeeEdge」の傘下で、実際に会社を起こして事業を始めています。
家庭の手料理や市販総菜などを、見た目はそのままに要介護者向けに軟らかくできる家電「DeliSofter(デリソフター)」を開発しているGIFMO(ギフモ)社や、ホットチョコレートマシンの事業を展開するミツバチプロダクツ社などです。
小西:リスクテイクの仕組み化と、事業化プロセスのスピードアップですね。実際のところ大企業は、ブランドの品質基準や信頼性を担保する必要や既存事業のしがらみがあり、なかなか領域侵犯的なものは難しいというのがありますね。
深田:新規事業を起こすときにはリスクがあるので、そのリスクをいかに低減するか。もう一つ、BeeEdgeは大企業に埋もれているビジネスアイデアの早期事業化に取り組むジョイントベンチャーですが、パナソニック、INCJ、スクラムベンチャーズの3社の資本が入っていて、パナソニックはマイノリティー株主です。
マジョリティーがベンチャーキャピタルなので、本体の事業的なリスクヘッジができるとともに、ベンチャーキャピタル的な行動様式を是とする会社のため、われわれはむしろ学ばせていただいています。
失敗しても成功するまでやったらいいし、例えば1000個ぐらいやって990個失敗しても10個成功すればいいという世界をつくり、それを「成功」と呼ぼうよという話ですよね。多産多死のモデルをちゃんとやって、中で成功はちゃんとしようというモデルです。
小西:もう一つの成果として、大企業の組織に埋もれがちな社員個人の主体性やポテンシャルを引き出す触媒効果も大きいですね。“0-1(ゼロから新事業を立ち上げる)”ような外部人材を取り込んでそこから学ぶことで、人材育成や組織のカルチャー変化など、将来に向けて見えない資産をつくるインパクトも生まれているのでは、と感じます。
深田:カタパルトの卒業生を「カタパリスト」と呼んでいるのですが、カタパリストは若い世代を中心に社内に180人以上いて、現在もその数は増えています。UX(※1)、ラピッド・プロトタイピング(※2)の発想やアプローチなどもどんどん身に付きつつあります。
こうした動きに触発される形で、本社部門では、Panasonic β(※3)や、Future Life Factory(※4)、あるいは外部連携のイノベーションの場づくりとして100BANCH(※5)という取り組みもあります。同時多発的にたくさん生まれ始めたというのは、ひとつの見えない効果でもあると思います。
売り上げが10億円あるいは100億円の事業をつくっても巨大な企業の中では収益インパクトは少ないかもしれませんが、むしろこうした取り組みがM&Aのケイパビリティー強化にもなって、全社の事業ポートフォリオの入れ替えにつながることも目的にしているわけです。
企業を超えた、未来の産業クラスターを共創する
小西:5年、10年後にカタパルトはどうなっているべきか、ビジョンはありますか。
深田:二つの考え方があります。一つ目は、パナソニックの中のカタパルトという考え方。パナソニックでは、事業ポートフォリオの入れ替えは常に発生します。そこでカタパルトが一歩二歩、先を行きながらパナソニックの未来づくりを行う出島機関として存在していく。ひょっとしたらアプライアンス社だけでなく、いろんな事業のカンパニーにも貢献していく可能性もあります。
二つ目は、新しい資本主義の形としてのカタパルトという視点です。パナソニックに限らない形でいうと、「未来の産業クラスター」をつくる役割もあるのではと思います。これは事業ポートフォリオを組み変えていくときに自社だけで社会課題を解決できない場合も多く、企業か団体かは問わず、複数が集まって産業のあり方を構築する。例えばSDGsの達成に向けた枠組みを生み出すという役割です。
小西:そこはまさに、これからの時代の焦点ですね。「エゴ・システムからエコ・システムへ」とも言われますが、ネットワークでバリューチェーン全てがつながっていく時代に、プラットフォーム競争で特定企業がデータや利益を独占する発想ではなく、オープンに連携しながらより大きな社会価値共創によって市場創造の動きを形成していく。
深田:パナソニックでは家電や住宅領域を「共創事業」として位置づけていますが、1社で解決できないことをパートナーシップで何社か集まってやるというのは、これから絶対起こります。欧州のダイムラーとBMWがカーシェア事業で統合したように(※6)ドラスティックな業界再編も起こるはずです。最近のフードテックやスポーツテックなどもそうですが、カタパルトがこうした従来の企業を超えた、新しい価値共創の枠組みを生み出すような存在になっていけたらと思っています。
(対談を終えて)
企業や組織を超えてイノベーションを加速
大企業内のイノベーション組織がなかなかうまく機能しないという課題を抱える中、ゲームチェンジャー・カタパルトは、パナソニックから独立した組織ブランドを確立し、異なるカルチャーやビジョンを体現する「運動体」として、非常にユニークな取り組みを行なっています。そして、こうした組織や人材の“外部化”によるコラボレーションは、これからの時代に求められる、企業や組織を超えた社会価値共創の一つの枠組みとして、大きな可能性を持っているのではないでしょうか。