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TANTEKI -新しすぎるアイデアが、伝わる。加速する-No.4

「ことば」は経営に貢献できるのか?-iettyの場合-

2019/11/05

コピーライター/CMプランナーの諸橋秀明です。CMなど広告制作の傍ら、スタートアップのコミュニケーションをサポートするTANTEKIの活動に参加しています。業務の中で多くの経営者と会話する機会に恵まれ、経営において「ことば」は大きな役割を発揮できることを学びました。そんな学びのいくつかを紹介させてください。

<目次>
急成長に潜むスタートアップの課題。
世界を変えよう、では社員はひとつにならない。
大切なのは幹部合宿よりも客観。

 

急成長に潜むスタートアップの課題。

急成長。急拡大。まさにスタートアップの醍醐味であり魅力です。

一方で、そこに潜む大きな課題があることが経営者との会話の中で分かってきました。それは急成長に伴う社内コミュニケーション不全です。

創業当初、社内をまとめるものは経営者の情熱で十分かもしれません。語り合い、共に汗を流すことで社員は同じ方角に向かって走れます。中心が煮えたぎっていれば、半径10メートルほどなら十分熱せられるのです。

しかし社員や企業規模が一定を超えると、その熱が隅々まで行き届かなくなってくる。新しくジョインした社員と古参の社員の意識のズレ、経営という視点で未来を見つめる社長と、目の前の待遇を改善したい社員の温度差。やがて社内の一体感は失われ、離職率や不満が高まってしまう。

そんな危機感を抱いていたのはietty (イエッティ) の小川泰平社長でした。iettyは店舗を持たず、オンラインで完結するため、仲介手数料を大きく削減でき、またユーザーに最適な物件を紹介できる賃貸不動産サービス。まさに急成長を続けている注目のスタートアップです。

イエッティ

TANTEKIの活動の縁で小川社長を電通に招いて、事業内容などを話していただく機会がありました。その中で、「社員によってコミットメントしているものがバラバラになりつつある」という一言が印象に残りました。

つまり、Iettyは冒頭で述べたスタートアップの課題に直面しているということ。そしてこれはきっと「ことば」で解決できるかもしれないな、とも思いました。

そこでTANTEKIで提案したのが “企業の価値を定義することば”です。

企業の価値を定義することばとは、単に事業を最大公約数的にまとめた大きなことばではありません。

  • 企業がなぜこの世に存在していて、
  • いま何をしていて、
  • そしてこれからどこへ行くのか

そんな根っこの部分を再定義していくものです。根っこが明確になれば、事業が明確に規定されるばかりでなく、そこを起点に多様に拡大されていきます。

そして何より、企業の価値を定義することばは社員のよりどころになります。自分がなぜこの会社にいるのか。会社の仲間たちと何を生み出しているのか。企業の価値が明らかになることで、一つ一つの業務がみずみずしく感じられるようになる。

企業の価値を定義する言葉とは?

iettyの事業は「ウェブで完結するため、仲介手数料が削減でき、ユーザーにとって最適な物件を提案できる賃貸不動産サービス」ですが、それだけでは、後からジョインした社員たちに、会社の価値や目指す世界観が伝わりきりません。

そこで、小川社長の話を丁寧に深掘りしていくと、iettyの事業の根っこには社長の賃貸不動産業界への危機感、特に属人的な商習慣における非合理的・不都合的ユーザー体験があることが分かってきました。

筆者は、

社長はウェブ完結の賃貸不動産サービスを提供したいのではなく、世界で最も「誠実」な賃貸不動産サービスを提供したいと願っているのではないか

と感じました。そのためにはウェブ完結であるべき、という順番なのかもしれない。

そこさえ見えたら、後は簡潔かつ正確に言語化し伝わりやすくする。コピーライターの本領発揮です。

イエッティの企業価値

このことばは、社長を代行して社員を一つにしていく言葉です、と添えて提案しました。

「ずっと知っていたのに、いま気付きました」という社長の反応が面白かったのを覚えています。そして、何か判断に迷ったとき、新サービスを考えるとき、取引先に接するとき、すべての指針にして、全社員がコミットすべきものにします、というありがたい言葉をいただき、お買い上げとなりました。

その後、ietty社内の打ち合わせで「そのUIって誠実を実現してるのかな?」なんて会話が出るようになったと伺いました。またこの言葉に共感して入社を決める者、転職を思いとどまる者もいると聞き、社内を一つにする、という課題解決に貢献できたのかなと思っています。

世界を変えよう、では社員はひとつにならない。

iettyのケースのように、企業や事業の価値を定義する重要性は、社会的に認知され始めていると感じています。実際に多くのスタートアップのウェブサイトにはミッションやビジョンの形で、さまざまなことばが掲げられています。

ただ、残念ながらそうしたことばの多くは「さぁ、世界を変えよう」といった、抽象度が高いものが多い印象を受けます。その志は分かる、けれど、そのことばをどう具体的に機能させるかまで考え抜かれていない。

世界を変えよう、と言われても社員は次のアクションに進めないのです。私はそれを「ことばと行動のギアが噛み合っていない状態」と呼んでいます。

「ことば」と「行動」のギアは噛み合っているか?

大切なのはことばの具体性のバランスです。焦点は絞らなくてはいけない、けれども近視眼的になり過ぎてもいけない。また、どこに具体性を持つか、どの単語を選ぶのか。その判断がなかなか難しいのです。

大切なのは幹部合宿よりも客観。

多くのスタートアップは自社のミッションを決めるために“幹部合宿”を行っていると聞きます。iettyも、かつて実施したことがあるそうです。

ただ、そこで行われるのは、参加者がみんなの顔色をうかがいながら意見を出し、それらのいいところを取り入れながらなんとなくまとめていく作業。そこに合宿の高揚感をまぶすと、結局「さぁ、世界を変えよう」のような、社員のアクションに結びつかないミッションに落ち着くのだそうです。

私は、自社の価値を決めるときほど、“外部の耳と頭”を入れるべきだと考えます。まっさらな耳を相手に、事業や思いを語り尽くしてもらう。そして、社長に忖度しない冷静な頭で整理して、重要なところを抽出し、言語化してもらう。客観的である、ということが何より大切だと思うのです。

もちろん、ミッションを決める幹部合宿がすべてうまくいかないとも思いません。が、そこにひとり、客観性を持ったことばのプロがいると、その成功確度はより高まるのではないでしょうか。

次回は、そんな客観的な耳と頭を求めた経営者のお話から、別の視点での経営における「ことばの役割」をご紹介できればと思います。