AIはマーケティングを強くできるか
2019/11/28
電通グループが推進する「“人”基点」の統合マーケティングフレームワークPeople Driven Marketing(以下、PDM)は、人の「意識」と「行動」に着目したPDM2.0、さらに今秋スタートした3.0へと進化する。今回は、データとAIがマーケティングに取り組む企業と、その先の消費者にもたらす価値について、AI活用プラットフォームDataRobotのチーフデータサイエンティストであるシバタアキラ氏、電通デジタル デジタルイノベーショングループ マネージャーの有益伸一氏に語ってもらった。
マーケティングにおいて高まるAI・機械学習の重要性
── AIの活用が広がっていますが、マーケティング領域ではどのように有用なのでしょうか。
シバタ:AI、機械学習はデータが大量にある領域で何かを予測することに役立つテクノロジーです。マーケティングはそのひとつ。「人の行動を予測したい」というニーズがマーケティングにあるからです。
有益:マーケティングや広告の領域で機械学習が利用されるようになったのは、2010年ごろからといわれています。デジタル広告の自動入札や一部のテキスト自動生成で使われ始めました。
その後、誰もがスマホを持つようになり、顧客とのコンタクトポイントが増えて集まるデータが飛躍的に増加しました。
人の行動パターンを認識し、広告配信や顧客管理を最適化するのに、とてもマーケターの人力だけでさばききれる状態ではなくなり、機械学習へのニーズが高まってきたのです。
シバタ:マーケターがさばくには不可能なボリュームでも「機械学習が自動的に処理してくれるのなら」と、とにかくデータをできるだけ蓄積したくなるところです。
しかし実際には、データの容量が大きければ優れているとは限りません。
価値のあるデータとは
シバタ:人の行動という広い範囲に対して、1つの企業が捉えられるのはごく一部です。例えば、そのお店で買った情報は分かるけど、そのお客さんのお財布全部の中身がどうなっているかまでは分からない。
でも、マーケティングで本当に知りたいのは、財布の中身の内訳です。
有益:その通りですね。財布に1万円が入っていて、そのうちお店で使ってくれたのは1000円だけで、残りの9000円は別の店で使ったとしましょう。1000円だけでその人が1万円をどんなことに使っているか、といった興味の全体像を見るのは難しい。
マーケティング的な観点でいくと、それは間違った解釈につながる可能性があるということですね。
シバタ:分かりやすい表現ですね。
全体像を捉えるためには、自分たちで持つ「1stパーティー」のデータに加えて、ほかの企業が持っている「3rdパーティー」データを入手することで補完しようと考えます。
── 「1stパーティー」と「3rdパーティー」データをもう少し具体的に説明してください。
有益:例えばあるクレジットカード会社が、最終的にカードを何度も使ってくれる顧客を獲得したいと仮定しましょう。
ところがそのカード会社が持っているデータは利用履歴だけだったとします。それ自体は価値ある「1stパーティー」データですが、新規顧客の獲得に役立つでしょうか。
新規獲得のためにデジタル広告を配信するタイミングでは、広告の受け手がどのようにカードを利用しているかというデータはありません。
つまり1stパーティーデータだけでは、カードを何度も使ってくれそうな新規顧客を予測して広告配信することは簡単ではありません。
ですが、3rdパーティーデータと1stパーティーデータとが連携し利用履歴と興味関心データがひも付いたとします。そうするとAI(機械学習)が「カードを何度も使ってくれそうな新規顧客」を「興味関心のパターン」に基づいて予測し、そうしたターゲットを狙った広告配信が可能になるわけです。
もちろんこれはしっかりとカード会員からデータ利用に関する同意を受けているのが大前提です。
シバタ:未来が予測できるということですよね、端的にいうと。もちろんその人が100%買うかどうか分からないものの、「メールを送る」「電話する」といった介入によって「買う」というアクションの確率を高められるわけですが、その精度を上げられる、と。
有益:そういうことですね。電通デジタルが持つ3rdパーティーデータ「People Driven DMP」と接続することで、精度を上げることができます。
LTVを最大化するデュアルファネル視点
シバタ:多くの企業は新規顧客の獲得重視で、獲得のためにいろいろなマーケティング施策に資金を投じる傾向があります。
でも今、さまざまな業態で、利益を1度だけあげるのではなく継続的にあげるビジネスに変わりつつあります。トラディショナルな組織ほど、この変化への対応に苦労している印象です。
有益:今までは新規顧客獲得を目指せばよかったマーケティング部門が、営業、製品開発やサポート部門も含めた融合に苦労しているわけですよね。
もともとマーケティングと営業は意思の疎通が難しいケースが散見されます。双方が違うKPIを追っていたりするからです。マーケティング部門はCPA(Cost Per Action:顧客獲得単価)、営業部門は売り上げを追っている。
マーケティング部門が低いCPAでたくさんのリードを獲得した。ところが、実は質の良くないリードばかりで売り上げにはつながらず、営業部門は困ってしまうといったケースなどですね。
複合的にデータを活用しようとすると、今まで別々に動いていた組織の融合が不可欠。BtoBであれBtoCであれ、中長期的にその顧客がどのくらいの価値となるかの指標「LTV(=Life Time Value)」を伸ばすことを部門横断のミッションにすべきなのです。
そうすれば、LTVに関する予測モデルを機械学習で作成し、マーケティング部署はそのモデルを使って「高LTV顧客の予測」や「高LTV~低LTV顧客のアクションや属性の違いから打ち手を探索する」などといったことが可能になります。
つまり、新規顧客獲得から既存顧客管理までを統合的にに考えられる「デュアルファネル」の視点が重要なのです。
シバタ:フリーミアム(基本のサービス・製品は無料で提供し、さらに高度な機能などを導入する際に課金する仕組みのビジネス)のようなモデルはもっと分かりやすいかもしれません。
最初は無料や安価で始められて、だんだんたくさん使ってもらう。今いろんなものがサービス化しているので、顧客のエンゲージメントを高める後半を重要視する流れが起こっていますね。
DataRobotでも、このほど「AI サクセスプログラム」の提供を始めました。ライセンスを売ることに変わりないのですが、機械学習やAIを実際に使えるようにプランニングなどをサポートするのです。
先ほどのカード会社の例であれば「いい新規顧客を獲得できたか」「獲得した顧客のLTVを上げられたのか」といった顧客企業が重要視している指標を達成すれば、おのずと継続利用してもらえて利用範囲も広がり、DataRobotの売り上げが連動することになります。
AIによるセレンディピティ
シバタ:データを使って消費者のことを理解して、行動も予測できるというと、「気持ち悪い」という反応が返ってくるのは、おそらく生理的なことでしょう。
だからWin-Winの関係をどうつくるかがすごく重要です。
例えば、情報があふれる中で、自分が欲しいと思えるものを短時間で見つけられるとうれしいですよね。企業にとってもそれは購買につながる。消費者と企業のベクトルをできるだけそろえていくことが重要で、それこそがAIの提供できる価値です。
あるいは、意識的に探していたものでなくても、思ってもみなかったようなものをリコメンドされると、新鮮な驚きや出会いがある。これはもう、AIによる新しいセレンディピティ(偶発的な出会い)と言えるのではないでしょうか。
マーケティングは理論から離れているというか、結構「人間的」な不確実な側面が強い。本来なら新しい技術が応用されるまですごく時間がかかる分野です。人間の行動を予測するとなると、だからこそ、単なる統計ではなく機械学習が役立ちます。
人の興味がどんどん細分化され、それぞれの好みもある。それに対して、実際に好みを満たせるだけモノがあふれている。たとえば、リュックを例にしても、ビジネス用なのかカジュアルなのか、ハンドルの位置は上なのか横なのか。
その結果、ほしい人といいモノをどうつなげられるかという問題が顕在化しているわけです。すると、アルゴリズムのおかげで出合えたという恩恵の幅が大きくなっているはず。
どこまでデータを使うかという「飛び越えてはいけない線」は引くべきですが、セレンディピティを提供できれば、データ活用の価値は認めてもらえるものだと思います。
AIの民主化が始まった
── 有益さんは、5年以上前からマーケティングへのAI(機械学習)活用を検討されていたとか。どんな変化を感じていますか。
有益:AIや機械学習の活用が進んできたのは、データ量がバラエティも含めて増えただけでなく、DataRobotのようなプラットフォームが出てきて、多くのことを自動化できるようになったのがブレイクスルーだと感じています。
5年前なら、例えば機械学習をマーケティングに活用しようとしたら、すごく大変だったんですよね。それがDataRobotが日本市場に出現した2017年以降、徐々に「マーケティングの領域でももっとカジュアルに機械学習が利活用できそうだね」という会話をマーケターが始めたような感触があります。まさにDataRobotの掲げる、「AIの民主化」が始まりつつあることを感じさせます。
現在は、DataRobotに投入するためのデータセットをどのように集めどう加工するかや、作成した予測モデルから得られた示唆を、実際にデジタル広告・マーケティングオートメーションやウェブサイトでどう活用するか、さらにBtoB営業のターゲティング精度向上やレコメンデーションの最適化などさまざまな領域が課題として挙がっています。
電通デジタルもDataRobotも、この間を取り持つためのコンサルテーションをしているところです。
シバタ:ウェブサイトは、紙のカタログとは違って動的なコンテンツをつくれるメディアです。機械学習は、何を見せるとより満足できるコンテンツになっていくかを、どんどん先読みしていくことができるので、親和性がある技術です。
これは以前から夢のように語られていたけれど、実現できる技術力や発想を持っている事業会社は多くありません。それに対してDataRobotも、技術を提供するのが主になっています。
リアルに具体化していくには、顧客企業との関係やデータに対する深い理解で取り持つ役割が必要で、そこが電通デジタルの強いところでしょう。
AIで売れるプラモデルは作れるか?
有益:DataRobotのようなプラットフォームが進化していくと、自動化できることが増えていきます。過去のデータをもとにした広告の出し分けのような仕事は減っていくでしょうね。
それによって、セレンディピティに近い部分をいかに発想するかといったクリエイティブな領域に、マーケターの時間が割かれるようになるべきです。
シバタ:そういうコンテンツに依存するところこそ、人間にしかできない。最終的にコンテンツ力は、AIは人間にはかなわないところがあります。
有益:以前「AIで売れるプラモデルのデザインを作り出せないか?」という相談を受けたことがあります。AIが出してくれる過去のパターンに基づく示唆をアイデアの源泉にしたり、自分が持っている感覚とぶつけて新しいアイデアを生み出すのはとてもすてきです。
AIをうまく活用しながら、よりクリエイティブなマーケティングを提供していきたいと思っています。