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デジタル・マーケティングの今とこれからNo.3

なぜデジタル化で「顧客体験」の重要性が変わるのか

2019/12/11

NewsPicks|データがかなえる顧客体験の本質/安西敬介氏(アドビシステムズ)、鈴木良和氏(電通デジタル)

“人”基点で電通グループ内のマーケティング手法を結集・高度化した統合フレームワーク「People Driven Marketing(PDM)」。多彩な企業と連携を図っており、なかでもクリエイティブ系ツールの巨人、アドビシステムズ(以下、アドビ)との関係は興味深い。アドビの製品エバンジェリスト安西敬介氏と、電通デジタルでWebマーケティングの幅広いパートに携わる鈴木良和氏に、デジタルトランスフォーメーションにおける組織の課題、活躍する人材像など、カスタマー・エクスペリエンス・マネジメントの実現に必要な要素について対談してもらった。


クリエイティブを「つくる」「届ける」を一気通貫

──アドビといえば写真処理のPhotoshopやデザインのIllustrator などクリエイティブ向けソフトウェアのイメージが強いです。改めてアドビのビジネス領域を教えてください。

安西:私たちアドビのミッションは、「“Changing the world through digital experiences(世界を変えるデジタル体験)”」です。クリエイティブそのものも大事ですが、それを正しく届け、その先にある体験までも作ることが大事だという思想によるものです。

“クリエイティブ”には、アート以外に企業の業務として発生しているものもあります。例えば、プロモーションにおけるクリエイティブが代表例です。そのクリエイティブは、必ず届ける先がある。Webサイト、メール、アプリなどさまざまなチャネルもある。正しい人に届けなければ意味がありません。

安西敬介(アドビ システムズ株式会社 プロダクトエバンジェリスト兼シニアコンサルタント)
安西敬介 アドビ システムズ株式会社 プロダクトエバンジェリスト兼シニアコンサルタント
2001年から国内大手航空会社でWeb解析やデジタルマーケティングを担当し、2008年オムニチュアに入社。2009年の買収によりアドビシステムズへ。解析・パーソナライゼーション・デジタルCoEなどのコンサルティングを実施。2017年3月から製品エバンジェリストに従事。

顧客「管理」ではなく顧客「体験」のためのデータ

安西:背景には、消費者の企業に対する期待値が高まっている状況があります。

宅配ピザが始まった頃、30分以内で届く体験に、驚きがあったでしょう。ところが今はそれだけでは消費者は驚いてくれない。消費者はさらに上の「体験」を求めているのです。

(写真 iStock/PeopleImages)
(写真 iStock/PeopleImages)

こうした期待に企業も応えるためには相応のシステムが必要です。

一般的に、企業のデジタルへの投資は、まずはERPのようなバックオフィスを整えるためのシステムから始まります。その次に顧客管理を目的としたCRMのようなフロントオフィス領域へと発展していきます。

ただ、確かにデータが蓄積されますが、顧客体験のためのデータではありません。これでは、体験をコントロールして正しく届けることはできません。

Web、PC、スマートフォン、アプリ、広告、サイネージ、スマートスピーカー、こうした全てがコンタクトポイントになっているなかで、これらを個別に管理していると体験が断絶されてしまい、一貫したコミュニケーションができない

それを統合しようという発想が、CXM(カスタマー・エクスペリエンス・マネジメント)です。

“コンテンツ”と“データ”の両方を持ち、正しい人に、正しいコンテンツを、正しいタイミングで提供していくコミュニケーションにより、顧客体験をより良いものにしていく。そのためのプラットフォームとして「Adobe Experience Cloud」を2009年から提供しています。

なぜアドビ×電通デジタルなのか

──アドビが電通デジタルと組むことで何ができるようになるのでしょうか。

鈴木:CXMにより、技術的には一人ひとりに最適なメッセージを届けることができるようになります。

しかし、一企業が持つ1st パーティーデータだけでは十分でないケースも出てきます。そこで、データを更にリッチにするためのツールが、“人”基点でデータを統合する電通グループ独自のマーケティングプラットフォーム「People Driven DMP」です。

これをアドビのデータ管理プラットフォーム「Adobe Audience Manager」を通じAdobe Analyticsで計測されるオンライン行動情報やオフラインの属性情報等の1stパーティーデータと連携します。すると、Webサイト内での情報や配信広告を、より消費者にとって価値のあるものへと変えることができるのです。

鈴木良和(電通デジタル  データ/テクノロジー部門 マネージャー)
鈴木良和 電通デジタル  データ/テクノロジー部門 マネージャー
大手広告代理店を経て、2007年電通イーマーケティングワン(現電通デジタル)入社。入社当初より様々な業種の各マーケティングパートでのWEBマーケティング・コンサルティングのPDCA業務を担当。2008年8月よりカスタマーサクセス マネージャー/アカウントマネージャーとして従事。

安西:広告だけ、Webサイトだけ、メールだけと、コミュニケーションを点で考えるとミスコミュニケーションになる時代です。

消費者にとっては、「メールにあった情報がWebサイトにない」という不便さ、あるいは「興味がないから配信停止したメールの広告がWebサイトに表示される」といった煩わしさが生まれてしまいます。

電通デジタルは広告をはじめ、あらゆる接点を見ているので、コミュニケーションにつながりを持たせなければならないという課題認識をお持ちだと理解しています。

アドビは、オウンドメディアなど企業寄りのデータを持っているので、電通グループが保有する消費者寄りのデータとつなげることで、より価値を高めていけると考えています。

安西敬介(アドビ システムズ株式会社 プロダクトエバンジェリスト兼シニアコンサルタント)

消費者の利益になることが大前提

──データを連携すると、具体的にどんなことができるようになるのでしょうか。

安西:企業は、数ある製品やサービスのなかから選ばれ、価値を提供したい。しかし、会員や契約者について必要最低限の情報は持っていても、通常ビジネスに必須となるデータではない限りそれ以上は持っていません。

新規事業への参入を例にしてみましょう。この数年規制緩和が進み、電力や通信、保険や金融といった事業に参入しやすくなりました。既存事業の顧客基盤を活用できることもあって、異業種がこれらの動きに参入しようという動きが活発です。

このとき、ある顧客のライフイベントの予兆が分かれば、その人が気づかない提案ができる可能性があります。例えば、「結婚したから保険を見直す必要があったのか」という喜ばれる体験につながる。

それが分からないと提案のタイミングが難しく、保険を見直したばかりの人に提案するようなミスコミュニケーションが生まれてしまいます。

鈴木:「People Driven DMP」で行動・意識データを掛け合わせて既存顧客を分析すると、結婚や引っ越しといったライフイベントの予兆を捉えることができます。

安西:最も重視すべきなのは顧客体験。保険の例でいえば、ミスコミュニケーションになれば悪い顧客体験となってしまいますが、必要なときであればうれしい体験となるでしょう。

鈴木:企業にとっては、保有している1stパーティーデータを広告にも使うことで、無駄打ちを無くしたり確度を上げたりすることができます。

電通デジタルとアドビの連携は、届けたい顧客に効率よく広告配信を行うことで、企業のマーケティングROIが向上します。

安西:当然、データの取り扱いには細心の注意が必要です。国内外でデータの取り扱いについて議論されていますが、企業が自分たちの利益ばかりに目がいってしまうことが問題なのです。

鈴木:本当にそのとおりで、消費者無視のデータ活用は、広告を扱う立場として考えられません。企業利益を優先した広告やメッセージは、いくらプラットフォームを駆使しても、消費者の心にまでは届かないでしょう。

鈴木良和(電通デジタル  データ/テクノロジー部門 マネージャー)

ローテーション人事の功罪

鈴木:データがつながれば、企業内のつながりも変わってきます。部門間が連携しないと施策になりません。デジタルによってマーケティングだけでなく、事業部門も多様化しています。

安西:データを使って顧客体験を作るとなると、消費者とテクノロジーの両方を深く理解する必要があります。ところが日本の多くの企業では、大体3年から5年で異動してしまい、深く理解する人がおらずナレッジもたまりません。

この課題に気づいている企業は、異動スパンを長くする傾向にあります。あるいは、全部を担える企業に外部委託するケースも見られますね。

異動がいい効果をもたらすこともあります。大きな組織で、デジタルのナレッジを他の事業部に横展開するような場合。もう一つは、顧客からの電話を受けるお客さまセンターをとりまとめていた方がデジタルの部門に異動することで、よくある問い合わせをデジタルで解消するようなケースです。

デジタルトランスフォーメーションを推進するために

安西:全般的に見ると中堅クラスの方の多くは、デジタルトランスフォーメーションを「やらなきゃ」と思っています。既存の価値観や枠組みにとらわれることなく、柔軟な発想でイノベーションを推進するため、中心メンバーを中堅だけにしたケースもあります。

ただ、社内のエグゼクティブスポンサーを見つけることも重要です。鈴木さんのおっしゃるように、顧客体験を提供するには部門を超えた連携が必要になるため、部門間の認識の共有や組織体制構築の段階で役員クラスが動くかどうかが、非常に大きなポイントになると思います。

もう一つ組織の話をすると、デジタルトランスフォーメーションを推進するために作る横断組織を「CoE(Center of Excellence:横断組織)」といいます。コアメンバーには、「ビジネスを理解」「テクノロジーを理解」「クリエイティブを理解」している3人が絶対に必要です。

そして、もう一人必要なのが、社内ネゴシエーションも含めて、強い気持ちを持ってリーディングできる人です。リーディングできる人の有無で、デジタルトランスフォーメーションの進み方は全然違います。

横断組織(CoE=Center of Excellence)が成功する3要素

安西:横断組織は構築できても、全部の人材や組織を一企業がそろえるのは、なかなか難しい。幅広く対応できる電通デジタルは、私たちの支援する企業にも安心して推薦できています。

鈴木:電通デジタルは2019年4月時点で従業員数が1400人を超える規模に拡大し、これまで以上に最適な人材、違う領域の人材による提案が可能になってきました。

ただ、最適なサポートを行うためには、データとデジタルテクノロジーを活用して、企業が具体的に製品やサービス、ビジネスモデルをどのように変革したいのか、明確にできるリーダーの存在が前提にあると考えています。

デジタルトランスフォーメーションの言葉の弊害

安西:「デジタルトランスフォーメーション」という言葉を用いて提案を行っているのですが、一方で、この言葉の弊害も大きいと感じています。

「デジタルで何かやらなきゃ」が強くて、目的が「何か」になってしまう。顧客体験にどうデジタルが使えるのかが重要なのに。

私がアメリカでコンサルタントのトレーニングを受けていたときのこと。企業には実現したいことがあって、そのためにアドビ製品を「どう使えばいいか」を質問してくるんです。ところが日本だと「何をしたらいいですか」から始まる。もちろん一緒に作っていくことに私たちの価値があるわけですが、ものすごく大きな違いがありますね。

(左から)安西敬介氏、鈴木良和氏

B・T・Cのうち2つを押さえる

安西:マーケティング領域のデジタル化は、まだまだ伸びると予測されています。テクノロジーが前進し続けている以上、次の一手を打ち続けないといけないといったほうが正確なのかもしれません。

需要に応えるために電通デジタルでも人材を増やしていますよね。どういう人が転職してくるんですか。

鈴木:システム、コンサル、広告運用など、幅広いですよ。でも共通しているのは、新しいことに興味があって、やってみようと思う人ですね。

それから、プロフェッショナルとして持つとがった武器を、電通デジタルでどう生かすかというビジョンがある方に入社してほしいです。

今はツールも簡単に扱えるようになり、デジタルとはいえ、プログラミングの知識がなくても活躍できる領域は広いです。

ただ、技術の言葉が分かって話ができることは、やはり重要だと思います。個人のキャリアを考えても、他の領域へ出て行きやすいですしね。

安西:CoEと同じように、「BTC人材」といわれている「ビジネス」「テクノロジー」「クリエイティブ」の軸で考える人材が必要で、このうち2つを押さえられているかが大事だと思うんです。

例えば私の場合、ビジネス側にいてテクノロジー領域に来たのでBとTがあります。最近だと、TCをカバーするデザインエンジニアと呼ばれる人がいます。

キャリアを次にどこへ伸ばしていくか。2つ以上あったほうが面白いことができるのは、私の経験でも間違いありません。

ジョブローテーションの弊害の話をしましたが、意思を持たない会社の人事に従うのと、興味を持って狙って取りにいくのとでは、まったく別物。そういうキャリア選択の軸を常に持っておくといいと思います。

(左から)安西敬介氏、鈴木良和氏
(制作:NewsPicks Brand Design 執筆:加藤学宏 編集:久川桃子 撮影:的野弘路)