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SNS史、その20年のターニングポイントはどこか~『SNS変遷史』出版記念連載No.1

三大SNSの特性と支持を得た理由

2019/12/23

電通メディアイノベーションラボ主任研究員の天野彬です。2019年10月に『SNS変遷史「いいね!」でつながる社会のゆくえ』(イースト新書)を刊行しました。

社会のありようを大きく変えたSNS。本書では、mixi、Facebook、Twitter、Instagram、LINE、TikTokといった代表的なものはもちろん、2ちゃんねる(現在は5ちゃんねる)、メルマガやブログなども、その前史から説き起こしました。個人ページ型からタイムライン型、さらには体験をシェアする画像・動画共有まで、多様性を増すに至ったSNSの目まぐるしい変化を、ユーザー視点、事業者視点、文化視点などから多角的に描き出しています。

また、オリジナル調査の結果解説に加えて、SNSをテーマとした映画や小説などの作品分析を行っています。そこに描かれたものを分析することで、現代の私たちのコミュニケーションやマインドのあり方の変化に深くフォーカスしています。

この連載では、本書で展開した議論の一部を、ダイジェスト的に編集することでご紹介したいと思います。第1回では、今、最も代表的なSNSといえるTwitter、Facebook、Instagramの特性とその来歴について取り上げます。

Twitter、Facebook、Instagramの特性はどう異なるのか?

Twitter、Facebook、Instagramは、現在のSNSを代表するサービスだといえるだろう。日本国内のMAU(Monthly Active Users)数は、Twitter4500万、Facebook2700万、Instagram3300万となっていて、他のSNSのMAUを大きく上回っている。人と人とのつながりが価値を持つSNSだからこそ、このMAU数をもって「三大SNS」と評することができると思う。

Twitterは、あるニュースが拡散され、それに対する人の反応や意見が見えるという特性がある。「世の中の今を見る場」として、ユーザーも自身のアイデアや考えを広めたり、告知・拡散したりするときに使う。

Instagramは、「個人のとっておきの体験をビジュアルでシェアする場」という際立つ特性があり、自分の“好き”を掘り下げることにアクティブなユーザーが多い。

Facebookは、地元の人や同じ関心を持つ人、会社の同僚など、いろいろな世代の人がつながり、しかも実名なので、フォーマル性を強く帯びる。人生の節目の「ご報告」など、みんなに知らせたい公的な情報を伝える場になっている。もちろん、ニュースや日常の様子を投稿する人もいるので、TwitterとInstagramの中間にあると位置づけることもできるだろう。

各SNSの特性をわかりやすく伝えると、Twitterは世の中の話題を知り、会話に加わるために「広場に出かける」感覚、Instagramはその人の趣味や世界観を知るために「家に遊びに行く」感覚、そしてFacebookは社交的でフォーマルな会話が飛び交う「知った人が参加するパーティー会場に出掛ける」感覚に近い。

Twitter
イラスト:渡邊はるか(電通)
Instagram
Facebook3

Twitterの象徴となった「なう」:リアルタイムウェブの幕開け

Twitterの「なう」は2010年の流行語大賞ベストテンにも選ばれた。この「なう」こそが、Twitterのもたらした変化を最も象徴的に伝えている。つまり、私たちの生活がリアルタイムウェブの方向へシフトしたということだ。

例えば「スタバなう」(今スターバックスにいます)のように使って、何げない近況のシェアを友人知人、ひいては日本中、世界中へと広げる。しっかりとしたメッセージ、つくり込まれたコンテンツを発信するのではなく、何げない「今」のシェアがコミュニケーションとして流通する足場を築き、N to N(多対多)で広がる空間を開拓した。

このような「リアルタイムウェブ」の在り方、その価値観が日本社会にインストールされたことが、Twitterのもたらした社会的な変化のコアにある。それまでの日記・掲示板・ブログ文化にはなかった、“速いコミュニケーション”を生み出した。

実はツイートは「つぶやき」と訳されることが定着しているが、「さえずり」と表現する方が適切だ。それは、Twitterは個人の独白の集合ではなく、小さなコミュニケーションを手早く重ね合いながら交響するようにメッセージが広がっていくさまが頻繁に起こる場であるためだ。

Twitter2

リアルタイムウェブの象徴としてのTwitterは、エンターテインメントのあり方も大きく変えた。例えば、金曜ロードショーで放送される「天空の城ラピュタ」では、クライマックスで主人公たちが唱える滅びの呪文「バルス」がネットでも大きく盛り上がる。その瞬間に、日本中で「バルス!」とつぶやく楽しさは、同期的なつながりのもたらす盛り上がりによって説明できるだろう―実は、Twitter以前の2ちゃんねるでもこの「祭り」は恒例となっており、「サーバーダウンの呪文」としても知られていた。

一般的にコンテンツは初めて接触するときに効用が高くなるものが、この事例はバルスが来るタイミングが分かっている人ほどカタルシスを味わえるという逆説的な楽しさを立証した。

先が分かっていても、いや分かっているからこそ楽しめるということ。加えて、それが社会的な“祭り”のレベルにまで達していたことに、この事例のメディアコミュニケーション史的な意義がある。見る予定のなかった人でも気になってしまうその同期性の引きの強さは、コミュニケーションとコンテンツとの密接な結び付きを示唆している。

Facebookは、なぜ世界一のSNSになったのか?

Facebookは、始めは大学生専用のSNSだった。ハーバード大学を起点に、近隣のアイビーリーグなど優秀な大学同士がつながるネットワークを作ろうというのが元々のアイデアだった。限られた人しか使えないという制限を設けることによって、「ぜひともその優秀な大学生しかいないネットワークに入りたい!」という気持ちが刺激されるわけだ。

Facebookを使う理由は、実名性という最大の機能的特性ゆえの種々のメリットと社会的な価値にあるだろう。創業者のマーク・ザッカーバーグ氏も「大学の社交(ソーシャル)を全部ここに移すんだ」と述べている。匿名性ゆえの「荒れた」コミュニケーションにはなりにくい(という傾向がある)、大人な、穏やかな場になるということだ。

Facebook

企業もその方がマーケティング上有益なので、社会的な注目度は高まり、ユーザーのボリュームも大きくなっていった。そして若者から流行は始まったものの、日本には、大人のためのソーシャルネットワークがなかったため(LinkedIn〈※〉はあったが)、Facebookがそのポジションを代替的に占め、普及への足掛かりとした。

実名で社会的なポジションを背景にしていることから、さまざまなサービスにFacebookのアカウントを使ってログインできたことも普及の要因として大きいと、筆者は考えている。Facebookでアカウントを持っていれば、サービスごとに面倒なアカウント登録作業やログインをしなくても済む。このような利便性は、日々ウェブサービスへの依存を深める私たちにとって重要なことだ。

こうしてFacebookは存在感を高めていった。もともと世界各地にあるローカルのSNSを全て駆逐するように広がってきたわけで、日本でもそれが成功したということができる。「海外の人が使っている」「自分の身の回りの人が使い始めた」といった蓄積がある日、臨界点を超え、一挙に普及していく。まさに「ネットワーク効果」の勝利である。“意識高い系”の大学生が使うところから始まった Facebookは、現在では世界中で22億人のMAUを抱えるまでになった。

※LinkedIn:いわゆるビジネス特化型のSNSで、職歴やキャリアをまとめ、仕事上のネットワークを広げたり交流したりするためのサービス。
 




SNSの成否を左右する「ネットワーク効果」

ここで大事な概念「ネットワーク効果」について説明しておこう。ネットワーク効果とは、物やサービスの価値が、それを利用するユーザーの数に依存して増えたり減ったりすることを指す。より多くの人々が使ってネットワークが広がればその価値は高まる。しかも、ネットワーク内の人だけでなく、ネットワークの外部にいる第三者にとっての価値も高めるという意味から、ネットワーク外部性と呼ぶこともある。

例えば自宅の冷蔵庫は誰が使っていようが関係なく、自分自身の使い心地のみがその価値を決めるが、電話は自分だけが持っていても全く価値がなく、多くの人にコンタクトできるというネットワークの広さが価値となる。SNSもまさにそのようなものだろう。

ネットワーク効果は、SNSの普及を考える上で非常に大切な考え方だ。先ほど述べたように、Facebookのつながりの価値も、ネットワーク効果に基づいて雪だるま式に大きくなっていったのだ。

Instagram誕生の秘密

SNS拡大期の最大の立役者Instagramは、2012年にサービスが開始された。当時からいまのような状態だったわけではなく、始めはそもそも名前さえ異なるものだった。それが現在ではスマホユーザーにとって最も重要なSNSの一つにまで成長した。現在では世界中で10億人のMAUを誇るが、そこに到達するまでに、わずか7年しか要していない。

Instagramは、スマホユーザーのビジュアルコミュニケーションの中心地で、ユーザーが写真を撮って自分の体験を手軽にシェアするための場を築いた。スマホの操作に長けた若年層は、写真の加工もお手の物で、ウォールとフィードによって自分なりの世界観をつくりあげるためにシェアする。

Instagram2

もともとは、「Burbn」という名前で、知り合いと自分の予定や位置情報を共有するためのアプリであったが、使われ方のデータを見たところ、ユーザーはあまり位置情報をシェアしておらず、その代わりそこで撮った「写真」をシェアしていたのだ。創業者のケビン・シストロム氏は、この写真シェア機能を初めはあまり重視していなかったが、当のユーザー自身はこれを求めていたというわけだ。そして、名前も「Burbn」から「Instagram」に変更された。

機能をそぎ落とす、シンプルにする、それはユーザーの体験、そして口コミのためでもある。シストロム氏は「“これは何のサービスなのか”を明快に伝えたいと思っていました。あれこれ機能が詰まったサービスだったら、ユーザーは友達になんと紹介したらいいのでしょう」と述べている。 

当時はまだスマートフォンのカメラの性能が高くなかったため、写真へのフィルター機能(色味の調整や写真全体のトーン&マナーの調整機能)が斬新かつ、綺麗な写真を残しておきたいというユーザーのニーズを満たしてくれるものだった。フィルターをかければ、誰でもオシャレな写真が出来上がるというわけだ。

また、Instagramの初期は、いわゆるセレブではなくカメラマンやデザイナーなどクリエーターたちに告知し、使ってもらうことに注力していた。いわゆるインフルエンサーマーケティングだが、クリエーティブな場を支援するツールという理念がそこに表れている。

こうした戦略が功を奏し、アメリカ国内で感度の高いユーザー層に根付き、日本でも流行に敏感な層、特に女性ユーザーに人気が出始めていった。コアなユーザーに刺さり、そこから広がっていったという構造は、Facebookと同様である。

Instagramと「映え」の切っても切れない関係

そのような出自もあいまって、Instagramは、オシャレな写真をシェアしなければならないというユーザー間でのコード(法律や規則ではない、社会的・文化的に定められたお作法)があり、結果として写真の構図も似通ってくるという現象が見られた。レフ・マノビッチ『インスタグラムと現代視覚文化論』(2018)によれば、四つのタイプがある。

(1)フラットレイ (2)ファーストパーソン
(3)ミニマリズム (4)シーン

簡潔に説明を加えると、

(1)フラットレイは真俯瞰から撮影して被写体/対象物が平らに並べられたもの。高低差がないので構図がシンプルになり、見せたいものを見せられる。

(3)のミニマリズムは背景をシンプルに、被写体を減らし、画面を映したいものだけにフォーカスできるよう「最小限の要素(ミニマル)にする」ということ。

スマホの小さな画面で写真を見るというUXを踏まえた上での最適化という意味では(1)と(3)には共通性がある。

筆者が考えるこの中で最も重要な概念である(2)は、一人称視点(ファーストパーソン)、つまりスマホを持った撮影者の視点で撮られた写真を意味する。例えば洋服の写真であれば、モデルに着せて第三者のカメラマンが撮るのではなく、自分の視点で着ているところを撮影するような在り方を指す。

(4)のシーンもこれと似た概念で、洋服の例で話を続けると、どこかのスタジオで撮るものではなく、実際にその洋服がどんな場所で着れば最も映えるものになるのか、素敵な経験になるのか、それを満たす場所・瞬間(シーン)で撮るべしということだ。

Instagramが個人の体験・経験のシェアの場であるという特性が、(2)(4)には反映されているのだ。

今回は「三大SNS」の出自とその特性を概観してきたが、重要なことはそれぞれの機能を補完し合いながら、ユーザーはSNS上でのコミュニケーションを成立させているということだ。

次回は、SNSがもたらした情報の広がり方について、筆者の提唱するモデルを示しながら分析したい。

SNS変遷史
イースト新書、328ページ、920円+税 ISBN978-4-7816-5118-7