TANTEKI -新しすぎるアイデアが、伝わる。加速する-No.6
事業名も、コピーだ。-TOKIMEKU JAPANの場合-
2020/02/18
コピーライター/CMプランナーの諸橋秀明です。当たり前ですが、スタートアップがスケールしていくためには社会の欲望(ニーズ)を受け入れていく必要があります。どんな種類、サイズの欲望を事業として受け入れていくのか。
今回ご紹介するTOKIMEKU JAPANとの仕事では、その定義を言葉で実践していきました。
<目次>
▼がんサバイバーが立ち上げたスタートアップ。
▼成長に必要なのは、社会の欲望。
▼「事業名」を再定義する。
▼事業名の再定義がもたらすこと。
▼「社会」が抜け落ちているスタートアップは少なくない。
がんサバイバーが立ち上げたスタートアップ。
TOKIMEKU JAPANは入院患者のためのファッションブランド「KISS MY LIFE」を展開しているスタートアップ。カラフルな病院服、ケア帽子、車椅子スカートなどの、高いファッション性と機能性を兼ね備えたアイテムを展開しています。
この「KISS MY LIFE」の成り立ちには、“がんサバイバー”という塩崎社長個人のバックグラウンドが大きく関係しています。
がんと闘病していた頃の彼女のストレスは、オシャレを奪われたこと。
アパレルショップを経営していた彼女にとって、毎日同じ入院服を着させられるのは耐え難かった。そんな中で「入院患者でもファッションを楽しめるような社会をつくる」という思いが、起業の着火剤となりました。
成長に必要なのは、社会の欲望。
しかし、私がとあるご縁で塩崎社長にお会いしたとき、彼女は漠然と不安を抱えているようでした。
事業は徐々に軌道に乗り始めて、自分の理想が形になってきている。なのに何だか不安。社員のモチベーションは大丈夫だろうか。ちゃんと事業はスケールするだろうか。そのために今すべきことは何なんだろうか。不安の正体が分からず、やみくもに悩んでいる印象を受けました。
そこで、何回か電通にお越しいただいて、不安の正体をいろいろと掘り下げていきました。その過程で見えてきたのは、もろもろの不安の根源は、今のTOKIMEKU JAPANが受け入れられる欲望のサイズが小さいことにあるかもしれない、ということでした。
TOKIMEKU JAPANが受け入れていたのは、塩崎社長の、もしくは同じような境遇にいる方の欲望でした。それはとても尊重されることではありますが、ビジネスで考えた場合に十分な大きさではないという意識が、不安の原因だったのです。
やはり、企業が持続的に成長拡大するには「社会の欲望」を受け入れなくてはいけない。会社の受け入れる欲望のサイズの適正化。それがTOKIMEKU JAPANの抱える本質的な課題だと考えました。
「事業名」を再定義する。
浮き彫りになった課題を解決するのに、やはり言葉が必要だと感じました。
会社の受け入れる欲望の種類とサイズを定義し、宣言する言葉。ただ、頭を悩ませたのは、その言葉の形態(フォーマット)でした。
企業ビジョンか、タグラインか、はたまたウェブサイトの社長挨拶文か。どこに配置され、どのように記載される言葉がいちばん正確に強く伝わるのか。
私たちがたどり着いたのは「事業名」でした。事業の根幹の言葉をコミュニケーションのアイテムと捉え直し、アップデートしましょう、と提案しました。事業名をコピーとして機能させるというアイデアです。
入院患者向けのファッション事業
という事業名では、ミクロ視点の事業に見えて大きな欲望をつかまえづらいかもしれない。塩崎社長も、ファッションはあくまで手段で「どんな状況でも自分らしくあること」を提供したい、とおっしゃっていました。
ならば、この考えそのものを事業名として据えることで、もっと大きな面で社会と向き合うことができるのではないか。顧客も患者だけじゃなくてもいい。自分らしさを奪われそうになっているすべての人と捉えれば、たくさんの欲望を受け入れられる。
そんな考えをまとめ提案したのが、
クリエイティブケア事業
という言葉でした。
人間の創造性をケアする、ということをTOKIMEKU JAPANの事業名にし、ファッションビジネスはクリエイティブケア事業のひとつの手段という整理にしました。
以下が事業名の提案の際に補足として書いたステートメントです。
さらには社名ロゴの上にいつも「CREATIVE CARE COMPANY」と入れて、事業名を大々的に標榜しましょうと提案しました。
事業名の再定義がもたらすこと。
この事業名の再定義には、社会の欲望を集める以外の目的もありました。
ひとつは社内からのビジネスアイデアを出やすくすること。クリエイティブケアであれば、必ずしもファッションでなくてもよいのです。軸足を定めながら自由に発想ができるという、アイデアを出す上で理想の状態になります。
もうひとつは、資金調達の際などに効果を発揮する会社のプレゼンテーション力の向上です。ありふれた事業名ではないところに、新しい市場を開拓するフレッシュさと挑戦の精神が滲み出てきます。
「社会」が抜け落ちているスタートアップは少なくない。
「自分たちが受け入れる欲望」を定め明文化した今回のような作業を、スタートアップは早いうちに取り入れるべきだと考えます。
というのもたくさんのスタートアップと出会う中で、欲望の種類が特殊過ぎたり、サイズが小さ過ぎると感じるケースは少なくないからです。「社会の欲望」という視点が抜け落ちてしまっています。
集めたい欲望の種類とサイズ、さらには集め方までを冷静に定めておく。できればそこには、外部から客観視できる頭や目線を投入できるとベストだと考えています。
「経営における言葉」をテーマに掘り下げてきた一連のシリーズは、今回で最後です。次回は、特別版として、初回に登場いただいたIetty(イエッティ)の小川さんとの対談を掲載します。