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アート・イン・ビジネス最前線No.3

ビジネスにおけるアートの効果をどうやって検証するか?

2020/04/23

初めまして、美術回路(※1)メンバーの大西浩志と申します。本業は東京理科大経営学部の教員で、オンラインデータを用いたマーケティング解析を専門としております。

本連載「アート・イン・ビジネス最前線」は、「アートはビジネスに効くのか?」というテーマを取り扱っています。第1回では、われわれの著書『アート・イン・ビジネス —ビジネスに効くアートの力』(有斐閣)で提唱している、ビジネスにおいてアートが効果をもたらす仕組みを「アートパワー」と「アート効果」というキーワードを軸に解説しました。また第2回では、もう一つのキーワードである「アートの内在化」について、今のような時代状況だからこそビジネスパーソンが目指すべきビジネスの実践方法を、事例を交えながら紹介しました。

第3回となる今回は、ビジネスにおけるアートの効果はどのように検証することができるのか、これまでの学術研究を概観しつつ、われわれが実施した定量調査による効果検証の取り組みをご紹介します。

(※1)美術回路:アートパワーを取り入れたビジネス創造を支援するアートユニットです。専用サイト

 

ビジネスにおけるアート効果、これまでの実証研究

いきなり少し学術的になりますが、ビジネスにおけるアートの活用に関する、これまでの実証研究を整理すると、効果面から以下の三つのカテゴリーに大別することができます(※2)。

1    Art infusion(ブランディング効果)
2    Art-based management(リレーションシップ/組織活性化効果)
3    Artistic intervention(イノベーション効果)

一つ目の「Art infusion」(ブランディング効果)は、アートの挿入効果と呼ばれる学術研究領域で、企業が広告・コミュニケーションなどにおいて、アート作品やアーティストを活用することでコミュニケーション効果が高まることを研究しています。つまり、アートが挿入されることで、商品などへのイメージ構築を助け、付加価値を高めるといったブランディング効果が期待できます。

例えば、高級ファッションブランドがアーティストとコラボレーションしたり、アートアワードなどで育成支援したりするなど。しかし面白いことに、これまでの実証研究によると、せっけんやミネラルウオーターのような高級ではない実用的な商品の方が、アートを商品パッケージなどに利用することによる効果が高いことが示されています(※3)。

二つ目の「Art-based management」(リレーションシップ/組織活性化効果)は、アートを取り入れることによって組織内のコミュニケーションを円滑にしたり、組織を活性化したりする効果を研究する領域です。これらの実証研究では、アーティストが従業員に対してワークショップを行ったり、従業員たちが共同してアート体験をしたりすることによって、組織間のコンフリクトが解消され一体感が高まったり、仕事へのモチベーションが高まったりするなどの効果が確認されています。

ただし、小規模な組織には短期的に効果があるのですが、大きな組織への効果は限定的なことが多く、効果を高めるためには長期的な組織文化の構築が必要とされています(※4)。

三つ目は、アーティストがビジネスに入り込んで深く関与していくことを対象とした「Artistic intervention」(イノベーション効果)で、アートの介入効果とも呼ばれます。近年、欧米を中心に数多くの実践事例による研究が行われています。言葉そのまま、アーティストが企業のプロジェクトなどに参加・介入することにより、従業員のインスピレーションを刺激し、クリエイティビティーを高めるといった効果があります。

2018年に、Journal of Business Researchという学術雑誌において『The arts as sources of value creation for business: Theory, research, and practice』(ビジネス価値創造の源泉としてのアート:理論、調査と実践)と題する特集号が出版され、約20本の研究論文が掲載されています(※5)。それらの研究で共通して指摘されているポイントは、アート介入が成功するためには、アーティスト側とビジネス側とでは考え方も異なり、その共通言語もわずかであるため、両者の考えを仲介しコミュニケーションを取り持つ媒介者(ファシリテーター)の存在がカギだという点です。

しかしながら、以上で紹介した学術研究は、ケーススタディーや少人数の対象者へのヒアリング調査を基にした分析がほとんどで、多数の量的データを使ってアートの効果を確認しているものは限定的です。

(※2)筆者による独自の分類です。既存研究の分類では、Art-based managementとArtistic Interventionを同一カテゴリーとしているものも見られます。

(※3)Lee, Chen & Wang (2015) "The role of visual art in enhancing perceived prestige of luxury brands," Marketing Letters, 26、Huettl & Gierl (2012) "Visual art in advertising The effects of utilitarian vs. hedonic product positioning and price information," Marketing Letters, 23、Hagtvedt & Patrick (2008) "Art infusion: the influence of visual art on the perception and Evaluation of Consumer Products," Journal of Marketing Research, 45(3)などをご参照ください。

(※4)Berthoin Antal (2012) ”Artistic Intervention Residencies and Their Intermediaries: A Comparative Analysis,” Organizational Aesthetics, 1(1)、Sutherland (2012) "Arts-based methods in leadership development: Affording aesthetic workspaces, reflexivity and memories with momentum,” Management Learning, 44(1)、Taylor and Ladkin (2009) “Understanding Arts-Based Methods in Managerial Development,” Academy of Management Learning & Education, 8(1)などをご参照ください。

(※5)Journal of Business Research (2018)『The arts as sources of value creation for business: Theory, research, and practice』
 
この特集の掲載論文については、八重樫文,後藤智,重本祐樹,安藤拓生(2019)「ビジネスにおけるアートの活用に関する研究動向」立命館経営学、第58巻、第4号で詳細にレビューされています。


定量調査でアートの効果を検証する

そこでわれわれは、これまでの既存研究を参考にしつつ、定量調査によって数多くのデータから「アート効果」を検証する取り組みを行いました。書籍でも事例として取り上げた、アートに関わる取り組み(アート・イン・ビジネス)を実施している寺田倉庫、マネックスグループ、スマイルズの3社に協力いただき、2019年3月から4月にかけて従業員の方々への定量調査を実施しました。

一方で、その他の一般企業の従業員に対しても同じ調査を実施し、これらの結果を比較してビジネスにおけるアートの効果を分析しました。

「アート効果」合成評価指標スコア平均の比較

一番分かりやすく、そしてわれわれも驚いた結果として、ブランディング、イノベーション、組織活性化などのビジネスにおけるアート効果すべてで、アート・イン・ビジネスを実施している3社の従業員の方が、一般企業の従業員よりも合成評価指標の平均スコアで上回っていました。

特に、本書で新たに追加した四つ目のアート効果「ヴィジョン構想」について、例えば、寺田倉庫がアートに関連した新事業を次々に生み出していったことや、スマイルズの従業員やステークホルダーが「自分ごと」として新規ビジネスを企画・実施していく企業文化の構築につながった効果などを検証することができました。

これらの企業は、長期にわたってアートに関連する取り組みを行ってきており、連載第2回で紹介したように従業員の方々の「アートの内在化」が進み、それらがビジネスにおける成果として従業員たちも知覚し評価できるまで効果を挙げていると考えられます。

書籍では、より詳細な定量調査データの分析として、連載第1回で解説した「アートパワー」が、どのように「アート効果」と結びついているのか関連性の分析を行ったり、また、アート・イン・ビジネスが組織文化や職場の働きやすさにどの程度貢献をしているのかについても分析を行っています。

とはいえ、「アートはビジネスに効くのか?」という大きな問いに対して、今回の定量調査による検証は、まだその第一歩にすぎません。今後も、ビジネスにおけるアートの効果検証にご関心のある皆さまに協力を頂きつつ、これから先も定量調査を基軸に取り組みを行い、検証を深めていきたいと考えています。