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アート・イン・ビジネス最前線No.4

2020/05/19

作品ではなく「作家と出会う」。アートとあなたの新しい関係性

「アート・イン・ビジネス—ビジネスに効くアートの力」筆者のひとり、美術回路(※)メンバーの上原拓真と申します。私が担当した連載第2回ではビジネスパーソンが経験するアートの内在化、第3回では東京理科大でアートマーケットの科学的研究をする大西浩志による寄稿として「ビジネスにおけるアートの効果」について紹介しました。

(※) 美術回路:アートパワーを取り入れたビジネス創造を支援するアートユニットです。専用サイト。

 

「アート・イン・ビジネス」ではアートを内在化したビジネスパーソンが、どうやって初めにアートと出合ったのか、きっかけを紹介しています。主に①作品をたくさん見る、②作品に向き合う、③人と話す、④描いてみる、⑤作品を買う、に分類できるのですが、こういったアートに出合うきっかけをつくるための実践例─というか恥ずかしながら私、上原がどんなアート・イン・ビジネスをみずから手掛けてきたのかお話しさせてください。

日本の現代アートはまだ多くの人にとって「自分には関係ないもの」

現代アートを理解して楽しむには、膨大な数の作品を見ること、歴史や知識を理解することが必要です。とはいえ、ずっとハードルが高いままでは、作品はアート業界の中だけに閉じてしまい、作家にも資金が回りません。
そこで、「作品よりも作家に触れることで、アートの面白さを感じてもらえるのではないか」という仮説の下、あるプロジェクトを始めました。それが作家と話して、作品に出合えるアートテリングツアー、「RUNDA」です。RUNDAは冒頭に示したアートに出合うきっかけ、そのすべてに少しずつ触れることができるツアーとして実践しています。
今回はこの取り組みの紹介を通して、「アートを所有すること」の意味について、改めて考えてみたいと思います。

アートスクールの課題からライフワークへ

私がこのツアーを始めたきっかけは、AIT(Arts Initiative Tokyo)というNPO団体が主催するアートスクールでした(過去記事)。6カ月におよぶプログラムの締めくくりとして、アートに関するプロジェクトを企画することとなり、そこで当時の受講生仲間と共に構想したのがRUNDAの原型です。講座が修了した後、自主的な課外活動として、2016年から実際にこの活動を始めました。
一人一人に深い体験をしてもらうために、あえて少人数で開催していますが、これまでの参加者は延べ200人に上ります。当初はAITを通じて知り合った人が参加してくれていましたが、現在はビジネスパーソンを中心にした20代から60代まで、幅広い層から申し込みがあります。

RUNDAの企画概要図

美大卒なのに「作品を買う」発想がなかった10年間

今でこそこうした活動をしているものの、私自身、元はというと「アートを普通の個人が買う行為」に正直ピンときていませんでした。しかも学生時代、美大でアートマネジメントを専攻していたにもかかわらず、です。

振り返ってみると、その理由の一つには当時の時代背景が関係していたように思います。私が通っていた大学は比較的、アートとビジネスの関係について焦点を当てた教育がされていましたが、当時、日本の美大の多くは美術館のキュレーターや学芸員といった、どちらかといえばアカデミックな人材を育成する色が強い内容でした。そのため、無意識にアートは「団体や美術館が買うもの」という認識があったのかもしれません。

そんな私が初めてアートを買ったのは30歳前のこと。照屋勇賢氏の「Heroes」という作品です。

照屋勇賢氏の「Heroes」

私が当時、ボーナス2回分くらいの金額はする絵を所有することに決めた理由。それは作品に魅了されたことはもちろんですが、一番背中を押してくれたのは“縁”です。実は照屋氏は高校の先輩であり、デッサンを教わったこともある仲だったので、作品に出合う前からその存在を知っていました。加えて、作品を置いていたギャラリーには大学時代の同級生(マキファインアーツの牧高啓氏)が勤めていました。

先輩がつくった作品を同級生から買う──。

この瞬間、あることが急に腑に落ちました。それは「作家にお金が回ることが重要だ」という、大学時代にはたどり着くことがなかった、でもアート産業の発展のためには絶対に欠かせない発想です。

作品そのものではなく、人の縁をきっかけにしてアートを所有する。この原体験を自分以外の人にもしてもらいたい。そこから、今でもアート業界では珍しい「作家の声を直接聞く場を提供する」「作品と鑑賞者の距離を縮める」というRUNDAのコンセプトが生まれました。

展示された作品はもちろん、作家のインスピレーションの源泉になった場所を一緒に巡り、対話する。この行為自体も一つのアートとして位置づけられそうだと思いました。

ツアー参加者の中には、その場で作品を買ってくれた人もいます。別の人からは、ツアーから数か月たって「買うことにした」という報告を聞いて驚いたこともあります。

ギャラリーに所属している現代美術家の作品は、安くても10万円前後。ビジネスパーソンにはハードルが少し高いかもしれません。なにより、アートマネジメントを専攻していた私ですら、大学卒業から初めて作品を購入するまでに10年弱近い期間がありました。

当然、RUNDAの参加者も全員が作品を買って帰るわけではありません。それでも個人的に始めた地道な活動が誰かのアートの入り口になるのはとてもうれしく、やりがいを感じる瞬間でもあります。

RUNDAツアー後の飲み会の様子
RUNDAで大切にしていることのひとつ、ツアー後の作家を交えた飲み会。(RUNDA 第6回 17年12月2日より)

購買は一線を越える境界線

私はなぜここまで“買う”ことにこだわっているのでしょうか。先ほど挙げたように、作家にお金が渡ることの重要性もありますが、理由はそれだけではありません。

私は、「買う瞬間にしか真実は現れない」と思っています。
これはアートに限らず、私が普段の仕事でマーケティングを担当している消費財や自動車といったクライアントの製品でも同じです。

資本主義経済において、購買は非常に重要な行動です。

会員登録が必要ないメディアの記事や動画(電通報もそうです)、街で配られるガムや化粧水などの試供品、自動車や電動自転車の試乗。こうしたものに対して、人は簡単に「いいね」と言います。それは身銭を切っていないからです。ある種の無責任ともいえるかもしれません。

では、もしそれらをお金を払って手に入れるとしたらどうでしょうか。人は自分のお金と商品を交換するとなると、「対価として見合うか」を厳しく判断します。ここに初めて商品と自分との対話が生まれます。

RUNDAツアー過去の様子
(RUNDA 第1回 2016年2月27日 より)

アートも同じです。同じ作品でも、単に鑑賞するだけ(もちろん入館料が必要な場合もありますが)の場合と、購買を通して作者や作品と向き合うのには、大きな違いがあります。

「この作品を家に置きたいか」

言い換えれば、作家が生み出した“身体の一部”を所有し、自分の“生活の血肉”にすること。あるいはその判断をすること。

作品を受け入れる所有者も、受け入れられる作家も、このプロセスによってお互いの接し方や関係性が変わるのです。RUNDAは時としてこの、「売り手と買い手の本当の声が聞ける、尊い瞬間」を間近で目撃できる、とても“アート的”なインスタレーションの舞台でもあるのです。

皆さんもぜひ作家との対話を体験してみてください

作品と鑑賞者の間に作家が入ることで、結果として作品を理解するための最短ルートになる。時代背景や前提知識など、難しいことを一旦抜きにして作家と直接対話すれば、アートが実は身近なものであることを感じられます。

そして一人でも多くの人にそれを体験してもらうべく、RUNDAでは初の試みとなるオンラインツアーを開催します。今回ゲストとなる作家は、「緊急事態宣言下の東京の夜の街」を二つの視点から切り取る作品「Night Order(秩序ある夜)」を発表したフォトグラファー・小田駿一氏です。

小田駿一氏「Night Order」の作品
緊急事態宣言下の東京の夜の街を、客観的・記録的に写し取った作品(吉祥寺ハーモニカ横丁)
小田駿一氏「Night Order」の作品
東京の夜の街に灯る照明を捉え、その温かさ・楽しさを主観的に写し取った抽象作品(有楽町ガード下)

この作品は非常事態宣言の中で経営に苦しむ飲食店を救うべく、作品収益の一部を飲食店に寄付するという、ソーシャルアクションの要素も含んだとても興味深い活動です。クラウドファンディングサービスのmakuakeでも、プロジェクト開始から1週間で120万円以上を集め、現在注目が高まっています。

オンラインツアーでは小田さんの作品に懸ける思いや、当事者である飲食店経営者のリアルな声をお届けする予定です。トークセッションの後は、RUNDA恒例の「作家と直接話せる飲み会」もオンラインで行います。

ギャラリーや美術館に足を運ぶのはハードルが高いという方も、オンラインなのでぜひ気軽に参加してみてください。新たな作品、そして新たな自分の内面との出合いがあるはずです。

RUNDA「オンラインアートツアー」詳細はこちら