「無事でいること」が何より重要な今、企業ができることを世界から学ぶ
2020/04/23
世界人口の半分に当たる39億人が外出制限を経験した2020年4月。日本でも「ソーシャルディスタンス」や「テレワーク」という言葉が定着し、報道やSNSの投稿に、海外動向を目にすることが増えました。
しかしニュースだけでは、実際の海外での日常やビジネスがどう動いているのかまでは見えません。ここでは、世界300拠点に展開する電通イージスネットワークの各地レポートをとりまとめ、2~3月の外出制限がもたらしたものを各地域で比較し、有事に企業はどういう情報発信をすべきかを考えていきます。
未曽有の外出制限がもたらしたものは?アジアが世界の羅針盤になった2~3月
電通イージスネットワークでは既に2月中旬、危機に対応するブランド事例やビジネスへの影響のレポートが、台湾・中国・シンガポールから発信されていました。新型コロナウイルスの流行によるビジネスへの影響は、2002年にアジアで起こったSARS流行時との類似があり、先読みして手を打てると考えられたからです。
実際にSARS後のアジアでは、観光業と製造業への打撃が大きく、一方では、医療関連・Eコマース関連・テレワーク関連・家庭内の娯楽関連の産業にはプラスの影響があり、その後の中国の発展を支えるEコマースやオンラインサービスが飛躍的に伸長するきっかけになりました。生活様式の変化でビジネスチャンスが生まれることが分かっていたのです。
(注:4月現在では、短期・アジア限定で収束したSARSより、長期・数回にわたって世界に蔓延したスペイン風邪に学び、長期に備える動きが活発になっています)
中国では今年2月の外出制限で、「O2O(Online to Offline)」「オンライン教育プラットフォーム」「家庭内での健康志向」ニーズが高まり、孤立を回避するための「即時・正確な情報把握」と「社会とのつながり・共感が得られるコミュニティー活動」も盛んになりました。これらの事象は、翌月の3月には世界中で確認され、欧米のレポートにも2月期のアジア各地域の示唆が引用され、類似の事象がデータで確認されていきました。
台湾ではSARSの教訓を生かした「防疫大作戦」、韓国ではMERS(中東呼吸器症候群)の教訓を生かした「三つのポリシー(1:情報公開、2:透明性、3:民主的プロセス)」が、新型コロナウイルスの感染確認の初期段階から実行されました。どちらも市民の混乱を防ぐ目的で、政府内の複数組織の見解をまとめ、自治体・民間企業と連携して正しい情報を素早く届ける仕組みです。韓国・台湾ともに、政府による毎日の記者会見、公式情報の積極的なソーシャルメディア発信、自治体と連携した感染経路の公開、市民からの問い合わせ先や検査の際にどこに行けばよいかの案内が徹底して行われました。
世界に学ぶといっても、もちろん地域によって諸条件も違うため、最終的な舵取りは、状況を見ながら、各地域で判断するしかありません。しかし他地域の情報や過去からの学びは、正確な地図にはならなくても、方向を知るコンパスにはなります。
他地域と同じように推移するかどうか、もし異なるならその変数は何かなど、正解のない時は「比較」することで行動の手がかりを得られます。特に今回の危機は、アジアと世界とで空間的・時間的なラグがあり、長期戦で第2波・第3波に備える必要もあるため、引き続きアジアは世界の先行事例として注目されそうです。
混乱期のソーシャルムーブメントはどのように起こるのか?
イタリアで全土にわたる外出制限の際に、自宅の窓辺で歌う住民たちの動画やニュースが流れました。心の痛む、非常に深刻な状況が続きますが、日本で「宅飲み」が流行したように、深刻な中でも明るく、ワインを片手にがんばろうと団結していたというイメージを、この窓辺で歌う光景から受けたかもしれません。
しかし実は、外出制限の初期のイタリアではスーパーの入店制限があり、小麦粉・パスタ・お米・油・調味料などの購入が優先され、不要不急の品である、ワイン・ビール・スナックは後回しでした。そして当時のブランド広告も「今は我慢の時」というまじめな内容が目立ちました。
その後、外出禁止令よりも人々の心を防疫に動かしたのは、#iorestoacasa宣言(私はうちにいます)。インフルエンサーが「おじいちゃん、おばあちゃんのために、会いに行かないで」と訴えました。このハッシュタグが出るようになってからレシピ検索が急上昇し、DIYへの関心が高まるなど、ようやく積極的に家にいる、という覚悟が決まり、3月下旬からは、クリック&コレクト(ネット注文商品を受け取り専用のピックアップポイントで消費者自身が受け取ること)の利用者が2倍以上に伸びました。そして広告でも積極的に家で楽しむ工夫や、サプライチェーンに関わる従業員に感謝するなど、外出制限以外の表現が増えていきました。このように、イタリアの外出制限時には、危機に慣れて、気持ちや行動がついていくまでに段階があったのです。
一方で中国に目を向けると、初期の外出制限に入ってすぐ、「加油」(がんばろう)というポジティブメッセージが早い段階から広告でもSNSでも受容されていました。台湾では「防疫大作戦」の政府広告に、医者や政治家だけでなく、俳優やインフルエンサーが出演し、自治体の公式アカウントから人気ドラマやアイドルをモチーフにした投稿など、深刻一辺倒ではなく、興味を持って情報を見てもらうためのユーモアにもあふれていました。
韓国では、武漢からチャーター機で戻った人々の隔離・受け入れ先となった牙山(アサン)市で、「市民が反対している」という報道に対して、それは全員ではないと伝えるため、自発的に「#Weareasan」(私たちはアサン市民です)のハッシュタグをつけ、隔離されている人々に温かいメッセージを届けました。
イタリアと中国・台湾・韓国におけるソーシャルムーブメントの立ち上がりの速さの違いは、感染者数や、もともとの国民性によるものとは思えません。人々が緊急事態に慣れて「何をすればいいか」分かっている段階と、心の準備ができていない不安な段階では、情報に対する許容度が違うのでしょう。中国・台湾・韓国ではSARSやMERSの記憶も新しく、政府の対応も迅速で、人々が自分たちのやるべきことが分かっていたのです。
日本を見ても、3月中旬までは何が正解か分からず、全体として情報に対する不信感がありましたが、いよいよ緊急事態宣言となったときにはある程度、状況にも情報にも慣れてきていました。そして3月末頃、ユーチューバー、スポーツ選手、芸能人などからも次々に「家にいよう」というメッセージが発信されていきます。そこでようやく政府や専門家が発信する警告に従うだけでなく、「家にいることが、一人一人ができる社会貢献なのだ」という共通認識が生まれ、企業からの「みんなで乗り越えよう」「医療関係者の人に感謝しよう」という前向きなメッセージが受け止められるようになっていきます。
次の連休も、三密を避けるだけでなく、人と距離をとることを徹底することが医療関係者の方への最大の貢献となります。人々が警告の情報に飽きないよう、表現を変えて「やるべきこと」のメッセージを出し続けることが、情報発信に一層求められる局面です。
実は、東日本大震災時にも買いだめがあり、情報の正確さを問いただすパニックがあり、情報が一巡して落ち着くと、みんなで復興支援しようというムーブメントが起こりました。しかしながら、いずれ「一丸となって戦おう」となると分かっていても、いち早くメッセージを打てばいいわけではありません。先に見たイタリア同様に、実際に自分ごととして受け入れられるまでには大量の多様な情報に接する「咀嚼の時間」が必要でした。
他アジアの例に学べることは、雰囲気を盛り上げる企業からのメッセージを出す前に、「早期・短期間に大量の公式情報を出し、何をすれば何の影響があるかを示し、パニックを防ぐ」ことの大切さです。政府からの深刻なメッセージだけでなく、オピニオンリーダーからも批判ではなく、前向きに一人一人が何をすべきかを発信しつづけた後で、やっと人々に企業からの前向きなメッセージが受け止められるようになります。パニック時の段階別の情報発信については、海外に学ぶことはまだありそうです。
ブランドパーパス(存在目的)の有無は、有事の時の初動と長期ファンベースの獲得に直結する
この有事の時に初動の速かったブランドは他と何が違ったのでしょうか。もちろんオンラインサービス系の社会貢献活動やメッセージは活発でした。しかしそれ以外で好調なカテゴリ、例えばマスクや消毒による肌荒れでスキンケアが売れるからといって、製品の効能を知らせるメッセージを望むでしょうか。ユニリーバが複数の国・複数の衛生商品ブランドでメッセージをする際に「他のブランドを使ってもよいので、手をよく洗いましょう」という発信が注目されたように、個別の製品特長を伝えるよりも企業姿勢が心に響くタイミングでした。
また、直接的に外出制限でニーズが生まれていない領域でも「この機にできることはないか?」という積極姿勢を見せたブランドがいくつかあります。例えば、日本ではローソンが「街のほっとステーション」というスローガンが古くから存在したように、地域社会貢献という姿勢が現場まで徹底されていました。そのため、3月2日からの小中高の全国一斉休校に即時対応して、学童へのおにぎり無償配布を告知する、給食の牛乳を販売できなくなった酪農家の支援のため、カフェオレなどミルク製品を休校期間に半額にするなどの行動が速かったのです。
「どんなときでも、ブランドが大事にしていることは変わらない」という姿勢があるから、「今こそ、自分たちができることからやろう」という行動喚起を促すメッセージや姿勢に共感や説得力が生まれます。ブランドパーパスに基づいて、下記のポイントを満たす行動がとれるかは、危機の時ほど明らかになります。
- その事業・ブランドは、どう社会に貢献するために存在しているのか
- その事業・ブランドの歴史に紐づいた独自のもので、生活者の今の期待に応えているか
- コンタクトポイントに関わるすべての人々を奮い立たせるものになっているか
- その事業・ブランドは、顧客や従業員が社会貢献の活動ができるよう支援をしているか
危機によって根付いた新しい生活様式は、進化の方向を大きく変えるより、むしろ今の進化を加速していきます。デジタルとリアルを融合した顧客体験の刷新、ECやオウンドメディアなど自社体制の変革、そして今回取り上げたブランドパーパスの浸透。これらは人々の社会的行動を促し、“ME”ではなく、“WE”の力を加速させていくでしょう。