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戦略クリエイションは、『進撃の巨人』に学べNo.2

『進撃の巨人』編集者と考える、“人を動かす物語”とは

2020/05/11

『進撃の相談室』(発行:講談社)は、大ヒット漫画『進撃の巨人』をベースにした戦略論の解説書です。主に思春期の子どもたちに向けて、「モヤモヤした感情との向き合い方」「捉えどころのない悩みとの戦い方」などを指南しています。

なぜ『進撃の巨人』を題材にすることになったのか、物語の中に隠された深い戦略や思考法とはどんなものなのか…?原作の制作秘話や諫山創先生にまつわる裏話なども交えつつ、講談社の『進撃の巨人』担当編集者・川窪慎太郎氏と、『進撃の相談室』著者である電通の工藤拓真氏が語り合いました。

川窪慎太郎氏と工藤拓真氏のツーショット

選択と理不尽…。『進撃の巨人』は、現代を映す鏡

工藤:僕が思春期の中学生に向けてこの本を書きたいと思ったのは、大人になってからではなく、若いうちに“戦略論”というものを知っておいてほしいと思ったから。何か悩み事にぶち当たったとき、感情で考えるのではなく、出来事を分解して数値や理論で考えるという思考法を知っていれば、グンと楽に生きられるようになると思ったんですよね。ちょっと考え方を変えるだけで伸びる子、戦える子もたくさんいます。そういう子たちに、思春期のモヤモヤした時期にこそ、ぜひ、この本に出合ってほしい、手に取ってほしいと考えました。

『進撃の巨人』を題材にしたいと考えた理由は、なにより「究極の選択を迫られるようなシーンが多いから」です。しかも、主人公たちが選択した道で仲間がバタバタと死んでいったり、逆に弱々しい一手から起死回生の大逆転が生まれたりすることも多い。一つの選択が絶対的なものではないところ、選択の意味合いが裏表どころではなく多元的に変化するところがすさまじいなあと思いました。

面白いのが、すさまじい話であるにもかかわらず、どこか僕たちの日常に似ている点があるところです。右に行くと決めたらありえない数の敵が待ち伏せしていて、上に行ったら矢が降ってきて、そうこうしているうちに、とんでもなく強い新能力を持った敵がやってくる…。こんな感じで予想外の出来事が次々と起こるところが、仕事や学校で、日々、理不尽と戦っている現代人の日常に近いように感じました。

あくまでファンタジーなのだけれど、選択、理不尽、そして壁の内側と外側といった、“普遍的な戦い”のようなものが、ぎゅっと凝縮して描かれているんですよね。そこが、戦略論の解説書として、あるいは現代を生き抜くためのサバイバルブックとしてマッチしているなと思いました。

川窪:お話を頂いて、これまでとは違う形で新規の読者にアプローチできるというのはとてもありがたいし、純粋に面白そうだなと感じました。

選択というのは、どんな人であっても、どんな人生であっても、必ずしなくてはならない、避けては通れないものです。子どもたちも、進学や就職など、常に人生を左右するような選択を迫られています。だからこそ、“選択の連続”である『進撃の巨人』が題材として適しているのだろうなあと思いました。

エレンがリヴァイに「悔いのない方を選べ」と言われるシーンや、アルミンが「何かを変えることができるのは、大事なものを捨てることができる人だ」と言うシーンなど…。少し考えただけでも、いろんなシーンやセリフが思い浮かびますよね。

進撃の巨人画像

工藤:いやもう、名シーンや名言が多過ぎて!選び放題の状態でした(笑)。『進撃の巨人』は、僕自身がこれまででもっとも衝撃と影響を受けた漫画です。課題解決の手法というか、問いの作法というか。そういうものを、『進撃の巨人』と一緒に届けられることがとてもうれしく、ワクワクしながら執筆させていただきました。

原作者・諫山創先生が繰り出す、戦略的サバイブ術

川窪:漫画の中で特に反響が大きかったのは、10巻の、エレンの仲間が自らの正体を明かすシーンです。一般的な漫画の場合は、少しずつ演出を加え、盛り上げて盛り上げて、ようやく最後に白状させるような、いわば“山場”となるような場面だったのですが…。すごく小さなコマで、サラッと済ませてしまったんですよね。超重大シーンを雑談レベルの扱いで見せるという。これはなかなか珍しい演出だったのではないかと思います。

工藤:あれは確かにびっくりしました…。

川窪:その前の8巻で、別の裏切り者が正体を明かすシーンがあって。そこは王道の演出で盛り上げていったので、「同じことはできないね」という話になり、それで作者の諫山創さんが、「10巻で真逆のことをやろう」と言ってくださったんです。

工藤:他にも、裏切りとか反逆とか、そういう事象をさまざまな演出で描かれていますもんね。見せ方の幅広さ、引き出しの多さに、いつもただただ驚かされています。

僕は、シーンというより、物語の流れすべてが印象に残っています。初めて連載を読んだとき、「これは読み切りか!?」と思うような勢いを感じ、その勢いに引っ張られるようにして、次号の展開をあれこれ予測してしまって。次の号でまた引き付けられて、考察したくなってしまうという…。1話1話の全力感と、読者の興味を引くようなくすぐりに、今も引き付けられています。

川窪:それが諫山さんのすごいところですよね。僕は諫山さんのことを、偉大な戦略家であり、クリエイターであり、そして、超優秀なプロデューサーでもあると思っています。

例えば、『進撃の巨人』の連載が始まる前。ちょうど『別冊少年マガジン』が新創刊するタイミングだったこともあって、新人を対象に、掲載作を決めるためのコンペが開催されたんです。そのとき、諫山さんが提出したのが、実際に発表された連載の4話目あたりまでの話が盛り込まれている1話・2話でした。

で、実際に連載が決まり、原稿にするとなったときに、「実は1・2話を直したんです」と言って、相談もなく違うバージョンを持って来たという(笑)。それが今の『進撃の巨人』なんですけれど。

諫山さんがわざわざコンペのためだけの1話・2話を描いたのは、「編集長たちに面白いと思ってもらえるよう、おいしいところまでしっかり描いておこう」と思ったから。一番面白いところまで見せてOKをもらったら描き替えようと思っていたそうです。

そういうことが自分でできてしまう人なんです。それから、常に「自分は名もない新人だから、打ち切られないためにどうしたらいいか」ということを考えているんですよね。毎回、一つ一つの話のお尻に、強烈な引きを持ってきている。今でこそ常識になっている描き方ですが、『進撃の巨人』が始まった頃は、まだそれほど意識されている手法ではありませんでした。そういう時期に、編集者になにも言われなくても、新しい描き方や演出を盛り込むことができる。本当に見せ方をよく考えている、稀有な作家だなと思います。

工藤:その時に立ち向かうターゲットや、求められている条件、遭遇している壁(バリア)に合わせて、アイデアの打ち出し方を巧みに変えていらっしゃる…。まさに名戦略家ですね。

諫山先生ご自身が俯瞰的な視点を持つバランス感覚の優れた方だからこそ、あそこまで智略と示唆に富んでいて、かつ、大胆な物語が描けるのだなと思いました。

物語は、人生をサバイブするために欠かせないもの

工藤:『進撃の巨人』をはじめとする多くの漫画には、冒険や夢、挫折、葛藤、そしてさまざまな知恵などが盛り込まれています。漫画を読んで勇気をもらったという子や、目標を見つけたという子、学びや発見を得たという子も少なくないことでしょう。そう考えると、漫画は、多分に教育的な側面があるような気がしますよね。

川窪:う~ん、そうですね…。漫画と教育のつながりというのは、正直、まったく考えたことがないんですが…。ただ、僕は、物語というものが、人間に必要なものだと思っているんですよね。それだけは、とても強く信じています。もし「人間がどう生きるか」みたいなことを教育と呼ぶのなら、そこに物語は、確実に役立つはずです。人には物語は必要である、そう信じて物語を作り続けていけば、いつか僕たちの仕事が、教育と呼ばれるなにかにつながっていくのかもしれないな、という風には思っています。

工藤:すてきですね。実は、僕、中学生のとき、めちゃくちゃ根暗だったんです。家でダラダラしてばかりいて、半分、引きこもりのような生活を送っていました。そのとき、僕を救ってくれたのがさまざまな漫画や小説たち。物語の裏にある事情を想像したり、背景を考察したり…。そんなふうに漫画や小説を読んで、得た栄養分を元に新しいアイデアを生み出すことが大好きでした。そのうちに、二次創作をし出したり、コピーライティングのようなことをし始めたりして、現在に至っています。そう考えると、僕も、物語から「どう生きるか」を教わったのかもしれないなと思います。

物語は、人生をサバイブするために欠かせないもの。だからこそ、漫画をベースにして本を書きたいと思いました。本書で、「こんな読み解き方ができるんだよ」「こんな解釈もできるよね」というような、物語の、ひとつの読み解き方のようなものを提示できれば、これほどうれしいことはありません。

※後編へつづく

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