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CARTAと電通のデジタル航路No.2

2020/06/09

希代の起業家が語る、スタートアップが東証1部上場を果たすまで

国内電通グループのDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させると期待されているのが、CARTA HOLDINGS(以下、CARTA)です。同社の会長には、広告事業からメディア運営まで幅広く手掛けるVOYAGE GROUP創業者・CEOの宇佐美進典氏が就任しました。

本連載では、新たに国内電通グループに加わったCARTAってどんな会社?宇佐美さんってどんな人?という疑問に答えるべく、宇佐美氏にインタビュー。

後編となる今回は、宇佐美氏が実現してきた数々の新規事業開発の極意と、会社を上場させるための思考を中心に聞きました。

<目次>
技術部門を「内製化」する最大のメリットとは?
どのようにして次々と強力な新規事業を生み出す組織になったのか?
キャリアの岐路で選ぶべきは「より大変だけど面白そうな道」

 

マザーズから東証1部に鞍替えした際の社内集合写真。創業15年での快挙だった。
マザーズから東証1部に鞍替えした際の社内集合写真。創業15年での快挙だった。 

技術部門を「内製化」する最大のメリットとは?

前回は宇佐美さん率いるアクシブドットコム、後のVOYAGE GROUPが、2001年にサイバーエージェントの連結子会社になった話を聞きました。2005年からは宇佐美さん自身が役員としてサイバーエージェントの経営にも関わるようになったのですね。

宇佐美:はい。連結子会社になってからも、私自身は自社の運営するメディア事業に集中していたのですが、サイバーエージェントの藤田晋社長から、本体の仕事を一緒にやらないかとお声掛けいただいたんです。当時はサイバーエージェントがメディア事業を拡大していこうという時期で、私自身興味のある事業があったので、やらせてくださいと言いました。

私がサイバーエージェントのメディア担当役員として担当したのは、例えば「比較サイト」などの事業があります。ある分野における各社のサービスを横断的に比較して、ユーザーが検討できるというものですね。価格比較サイト「ECナビ」の運営をしていたので、ノウハウがありました。

宇佐美会長とVOYAGE GROUPの歩み その1

―「MyID」「ECナビ」などのメディアをゼロから立ち上げて育ててきた宇佐美さんが経営陣に加わることで、メディア事業を育ててくれることを期待されていたのでしょうか。

宇佐美:そういう面もあったのかもしれません。また、プロパー社員でも中途採用でもない、M&Aでグループに入ってきた起業家が入ることで、経営陣の活性化も期待されたのかなと思います。5年間役員を務めましたが、藤田さんたちの仕事の仕方や考え方を学べたことは、経営者として非常に大きな経験でした。

―メディア部門だけでなく、途中から技術部門の担当役員にも就任されていますね。

宇佐美:当時のサイバーエージェントでは、「アメーバブログ」のシステムを外注でつくっていたのですが、どんどん移り変わるインターネットのサービスをやる上では、外注だとどうしてもスピードに欠けるところがありました。そこで社内の開発力を強化して内製に切り替える方針になり、それを誰が推進していくのかといったときに、当時の役員の中で一番システムについて知見のある私がある意味消去法的に任命されました。

というのは、私は新卒で入社したトーマツコンサルティング時代にシステムコンサルの経験があり、プログラミングまではやらないにせよ、要件定義や設計までは行っていたんですね。その経験を踏まえ、自社のECナビでもシステム設計から参加していましたから、適役だろうということになったのだと思います。

担当役員として、サイバーエージェント技術部門の立ち上げから始まり、メディアの効果測定の仕組みなども構築していくことになりました。当初はアメーバの開発を主にやっていたのですが、次第にサイバーエージェントの広告事業の領域でも、外部パートナーから内製に切り替えていきました。

―ところでVOYAGE GROUPも、サービス開発は基本的に内製ですよね。インターネットサービスをやるなら内製だという意識は持っていたのでしょうか。

宇佐美:そう思っています。社内に技術者がいると、開発や改良のスピードが上がるメリットもあるのですが、もっと大きいのは、チームとしてゴールへの思いを共有し、同じ方向に走りやすいんです。

どのようにして次々と強力な新規事業を生み出す組織になったのか?

CARTA HOLDINGS  宇佐美進典会長

―テック系ベンチャーの話を聞くと、エンジニアサイドとビジネスサイドが一つのチームになるという部分では苦労をされている会社もあります。その点、VOYAGE GROUPでは部門間の垣根のないカルチャーができていると思いますが、宇佐美さんはどういう工夫をされているのでしょうか。

宇佐美:いくつか心がけていることはありますが、組織面でいうと、プロジェクトごとに「事業部制」を採用したことが大きいです。2006年までは、社内は「サービス部門」と「開発部門」のように職種別の組織体制でした。開発部門が“社内受注”するという、よくある構造だったのです。

そうではなく開発部門、サービス・企画部門、営業部門を全部一つのチームにしようということで始めたのが、事業部制です。事業部/子会社ごとに裁量を持ってもらい、かなりの部分を自分たちで判断して進めてもらうようにしました。このやり方で、エンジニアも非エンジニアも垣根なく目的に向かって取り組む、VOYAGE独特のカルチャーができたと思います。その結果、誰もが自由に意見発信できる空気ができ、社内からたくさんの新規事業が生まれるようになりました。

―ここ数年、VOYAGE GROUPの大きな柱となってきたのが、DSPやSSPといった広告プラットフォーム事業、いわゆるアドテクの領域だと思います。この領域に力を入れていった経緯は?

宇佐美:「これからはアドテクをやろう」と言って取り組んだわけではないです。会社創業以来ずっとデジタルメディア事業をやってきた中で、メディアの収益源である「広告枠の売り上げ」を最大化することは常に追求していたんですね。その結果、バナー広告だったり、メール広告だったり、「デジタルメディアをマネタイズするノウハウ」が社内にかなり蓄積されました。この築き上げたものを、競合メディアにも提供できるのではないかというアイデアが社内から出て、広告プラットフォーム事業に繋がりました。

―社内で使ってきたノウハウや技術を、サービスとして競合他社に外販できると。

宇佐美:はい。それを最初に始めたのは2008年頃で、メディアの「サイト内検索」と連動した商品でした。顧客のメディアに、個別にカスタマイズしたサイト内検索を埋め込んで、検索連動型広告が表示されるとレベニューシェアされるという契約です。元となる検索エンジン自体は他社のサービスを使用していたのでシンジケーション事業と呼び、順調に収益も拡大していきました。

サイバーエージェントの役員を5年務め、自分がいなくても技術部門は十分強化されてきたため、2010年からはサイバーエージェントの役員を退任して、自社事業に集中するようになったのですが、あるとき会社に大きな危機が訪れました。シンジケーション事業において突然、元となる検索エンジンを提供してくれていた会社から、今後は提供するのが難しいと連絡があったんです。そのとき自社の営業利益が5億円程度あったのですが、この事業がなくなると、マイナス5億円くらいになりそうだったんですね。社内では、この危機を「ハリケーン」と呼んでいました。

―大きな柱になっていた事業が突然失われそうになったわけですね。

宇佐美:そこで次の柱を作ろうと、複数の新規事業を同時に立ち上げたのですが、その中の一つが、「ディスプレイ広告の最適化」にフォーカスしたSSP事業の「fluct(フラクト)」でした。他社のプラットフォームに依存する事業ではなく、今度は自分たちのプラットフォームを作り、メディアの広告収益最大化を支援していこうということです。すでにシンジケーション事業でさまざまなメディアとの関係性ができていたので、このサービスを提供し始めました。

宇佐美会長とVOYAGE GROUPの歩み その2
―やはり起業家には何度も危機が訪れるものなのですね…。強いストレスにさらされることもあったと思いますが、どういう心境で乗り越えてきたのでしょうか。

宇佐美:ランナーズハイみたいな感じですね(笑)。あとは、売り上げが5億円マイナスになる危機といっても、キャッシュで20~30億くらいはありました。それだけあれば、4年間くらいは会社がもちます。「過去を振り返ってみると3年に1個くらい新しい事業を当ててきているから、4年あれば大丈夫」と、楽観的に考えていました。その頃にはもう社内からどんどん事業のアイデアが出てくるようになっていたので、その4年間の中でいくつか事業を走らせて、うまくいったものを残していこうと。

キャリアの岐路で選ぶべきは「より大変だけど面白そうな道」

CARTA HOLDINGS 宇佐美進典会長

―自社の事業が大きくなり、また数も増えていく中で、2012年にサイバーエージェントからMBO(※)を行いました。このときはすでに危機を脱していたのでしょうか。

※マネジメントバイアウト=親会社から株式や経営権を買い取って独立すること。


宇佐美:脱していなくて、まだ夜明け前というか(笑)。fluctを含めて内部的にはいろいろ仕込んではいたものの、業績的には一番悪いタイミングでした。いけそうかなという手応えはあっても、まだ仕込んだ新規事業の結果が見えていませんでしたね。

―そんなタイミングでMBOを決意した理由は?

宇佐美:もともと僕らは、アクシブドットコム創業時から「将来は上場して、会社として次のステージに成長していきたい」という思いがありました。それで藤田さんにもいつか上場したいということは言っていたのですが、売り上げや利益が伸びているタイミングだと、なかなか連結から切り離すのが難しかったわけです。

でも、そのタイミングではちょうど業績が足踏みしていたので、藤田さんから「今ならグループから離れて上場を目指すやり方もあるけど、どうしたい?」とおっしゃってもらったんです。僕らとしても悩みましたが、ここはリスクを取って、チャレンジしていこうと。

―99年の起業時とは、起業家を取り巻く投資環境も全く違ったと思います。独立するに当たっての資金調達などはスムーズにできたのでしょうか。

宇佐美:リーマンショック(2008年)以降、調達環境は悪化していたんですが、その頃にはまた少し整ってきていましたね。当社の場合、もともとアクシブドットコム創業の時点で、インキュベイトファンドというベンチャーキャピタルの赤浦徹さんに出資していただいたんですが、このときも赤浦さんと一緒に苦労して資金調達しました。最終的にはPEファンドから支援を得て、3年間で5億ずつ利益を増やしていく中期経営計画もつくりました。

―2012年のMBOから、2014年の東証マザーズ上場までの道のりはどんなものでしたか?

宇佐美:想定した以上に業績が伸びてきたため、予定よりも前倒しで上場となりました。今振り返ってみると、上場そのものよりも上場を目指す過程が印象に残っています。ガバナンス構造を見直し、規定を整備して、コンプライアンスを遵守する。ある意味、上場企業として当たり前のことを当たり前にやれるような環境を整えるのは、思った以上に大変でした。

―創業以来の目標達成ということで、上場セレモニーの鐘を鳴らしたときは感慨深いものがあったのではないでしょうか。

宇佐美:目標というより、マイルストーンですね。上場がゴールというわけではないので。でもやはり、マザーズ上場は、個人的にも思い入れが強かったのでけっこう感動しましたっけ。その後、東証1部に市場変更したときは、「やるべきことをやって1部に上がれてよかった」という気持ちでした。

マザーズ上場時の写真

マザーズ上場時の写真
マザーズ上場時の写真。創業15年でたどり着いたマイルストーンだ。

 ―上場したことでモチベーションに変化はありましたか。

宇佐美:変わらないですよ。「やるからには世界を変えるようなすごいことをやりたい」というのが原点なので、そこはずっとぶれていません。

―なるほど。宇佐美さんの目指す方向は、上場にしても、国内電通グループへの参加にしても、「よりすごいことをやるにはどちらに向かうべきか」という判断軸が根っこにあるのですね。

宇佐美:そうですね、「より大きな挑戦はどちらなのか」という軸で判断をしています。去年サイバー・コミュニケーションズ(CCI)と経営統合をして国内電通グループに加わりましたが、VOYAGE GROUPとして経営統合しないと会社は成り立たなかったかといえば、全然そういうわけではなく、そのまま独立性を保ちながら成長を志向していく道も十分ありました。でも、これまでやったことのない経営統合を実現し、自分たちが今までできていない領域に可能性を広げていけるなら、経営統合の方が面白いとシンプルに思ったんです。

―そこがVOYAGE GROUPとCCIが経営統合することになった最大のポイントでしょうか。

宇佐美:もともとVOYAGE GROUPはパフォーマンス領域の広告を中心にやっていて、要は販促に近い広告ですね。一方でCCIや電通はブランド広告に強い。そして今は、広告主がその二つを明確に切り分けなくなってきているんですよ。運用型広告のプラットフォームを、ブランドにも使うし、パフォーマンスにも使う。それを別物として分ける意味は、広告主の側にはなくなってきています。

広告主側が変わってくるのであれば、それに合わせて両方提供できるプラットフォームが必要ですよね。そのためにVOYAGE GROUPとCCI、国内電通グループが一緒になることに大きな可能性を感じています。

―最後に、宇佐美さんのような起業家に憧れる若いビジネスパーソンや学生に向けて、今後の人生でチャレンジしていくためのアドバイスをもらえますか。

宇佐美:参考になるか分かりませんが、僕は「わらしべ長者」みたいな形で今に至っている、という気がすごくするんですよ。どういうことかというと、決していつも戦略的に何かを選んできたわけではなくて、いろんな分岐点で常に「より大変だけど面白そうな道」を選んできた結果、いろんな可能性が広がって、いろんなご縁ができてきたんですね。前回「レール」の例え話をしましたが、今はすでにレールがある時代ではないと思うんです。それなら自分の意志で自分の進む道を切り開いていった方が納得しやすいし、そっちの方が成長する。

あともう一つ、物事をシニカルに見過ぎると面白くないと思いますね。それよりも自分が当事者になっていくということと、そこで自分がどれだけのことができるのかということに取り組んでいれば、いろんな可能性が開けていくのではないでしょうか。