アート・イン・ビジネス最前線No.6
アートを所有することは、クリエーティビティーやイノベーションに関係あるの?
2020/07/15
「アート・イン・ビジネス最前線」の連載第5・6回では、医師であり美術回路(※)のメンバーの1人でもある和佐野有紀氏による、「アートと私たちの関係性」をテーマにした寄稿をお届けします。
(※) 美術回路:アートパワーを取り入れたビジネス創造を支援するアートユニットです。専用サイト。
**
前編では、アートとビジネス、そして私の仕事の1つである医師との類似性について、bisignisseという語源やアーティストのモノの見方などから考察してみました。
今回はその話を踏まえて、アートを所有するコレクターを対象にしたリサーチを材料にしながら、日本人とアート、あるいはこの記事を読んでいるビジネスパーソンとアートの関係性について考えてみたいと思います。
私は社会人になってから慶應のアートマネジメントの大学院で学んでいたのですが、その時は、日本のアートマーケットのリサーチがないことに問題意識がありました。マーケットリサーチのない産業には資本が流入しづらいと感じていたので、一次データとなる顧客リサーチとしてアートコレクターさんのインタビューをやっていました。アートコレクターを類型化することで、マーケットの構造を少しでも見える化したいと考えていたんです。
アートには正解がない。だから、買う理由にも正解なんてない
ところで、皆さんはアートのコレクターと聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか?
自分には縁のない特殊な趣味の人たちという印象を描くかもしれませんが、実はとても普通の方々です。尋ねなくとも自らコレクターを名乗る方は少ないので、案外皆さんの身の回りにもいるんじゃないかと思います。
私のリサーチは、最初は自分の周りのコレクターさん50人くらいにインタビューすることから始まり、最終的には20000人くらいの母集団から400人強のアートコレクターを抽出して定量調査を実施しました。その結果、コレクターの属性としては会社員が圧倒的に多かったです。それ以外でも公務員であるとか、本当に普通のお仕事をされている。
リサーチでもう一つ分かったことがあるんですが、コレクターの中で、消費を牽引しているのはどんな層の人たちだったと思われますか?
面白いことに、圧倒的に購買を牽引しているのはいわゆるイノベーター的なサイコグラフィック特性の方々なんです。彼らは結果的に時間やお金をある程度自由に使えているのもあるとは思いますが、やはりイノベーターとアーティストの思考法がかなり似ているというのがベースにあるんじゃないかと考えています。
「イノベーションのジレンマ」で有名なクレイトン・クリステンセンが破壊的イノベーターのDNAとして指摘している、「世界を観察し、適切な問いを立て、コミュニケーションを図りながら実験を繰り返し、そして意味と意味を関連づけていく能力」があります。これはまさにアーティストが世界を観察し、属人的な目線で問いを立て、試行錯誤しながら、表現手法や表象的な図像をさまざまな関連づけの積み重ねの上で選択し、作品をつくりあげ、誰かの目の前に提示することに通じると感じます。
だから、アーティストと思考パターンが似ているイノベーター気質の方々には、アート作品の意味や価値がスムーズに伝わりやすくて、気に入った作品があれば、その作品購入が正しいとか間違っているとか考えることなく、すぱっとコレクションできるんじゃないかなと考えています。
すぱっとコレクションをするってすごいですよね。「しっかり理解してからじゃないと買ってはいけない」、とかそういう感覚ではないんですよね。
もちろん、ある程度作品を理解する姿勢はあるにこしたことはないんですが、それが正しいとか正しくないとかはないと思います。実際、コレクターたちに、作品を買った理由を尋ねると「自分には経験したことのない世界だと感じるから」とか「よくわからないけれど、新しい刺激を感じるから」といった答えが返ってくることも少なくないんです。
何が自分にとって新しいのか、何が自分にとって必要なのか、自信をもって表現できるというのも、アートコレクターの特性の一つなのかもしれませんね。
欧米に比べ、日本人は正解を求めがちであるというのは、ビジネス、特にイノベーション界隈でもよく指摘されますが、アートの鑑賞や購買に関しても「間違ってはいけない」みたいな意識が働いて、それが日本特有のアート離れ、もしくはアートの神格化みたいなものにつながっているんじゃないかと感じます。
でも実は、そもそもアートに正解なんてないんですよね。さっきもお話ししましたが、アーティストは余白を残して、解釈可能性を担保した状態で作品を送り出すのが常。なので、そこを自由に解釈して自分なりに好きになればいいと思っています。アートを買うのには、そういう意味での勇気と、自分を信じる力みたいなのが求められるんじゃないかと思うんです。
「PROJECT501」でコレクター目線での展示企画を始めたきっかけ
私が2018年に始めた「PROJECT501」では、コレクターの自宅を訪ね、根掘り葉掘りインタビューした映像と並列させる形で、お借りしてきたコレクションを展示したりしています。
欧米なんかだと、たとえばArt Basel in Miami Beachなどの会期中に、コレクター宅のオープンツアーが組まれて、コレクター同士が交流するみたいな文化があったりします。日本にはまだまだコレクターが自らアートコレクションについて語る文化はないので、それをちょっと草の根的にtry and errorでやってみたいというのもあったりしました。新しいことをやるプレイヤーが日本のアートワールドにもいたほうが、面白くなるんじゃないかなっていう、ただの勘だったりもします。ちょっとだけ、イレギュラーな動きをするのが多分昔から好きなんです。
あとは大学院時代に出会ったコレクターたちのお話が本当に面白くて、その人の人生や価値観と、その人のコレクションには強い必然性があることを実感したので、そうやってアートを好きになった先達に翻訳者になってもらって、アートの面白さを語ってもらうことに意味があるんじゃないかと考えたんです。
美術史的な知識や、技法とか作家さんについての知識の有無に関わりなく、誰かの選んだセレクションを見るみたいな見せ方って、例えば有名百貨店のバイヤーや、インスタグラマーをフィルターにファッションやカルチャーを捉えるやり方に似ているところがありますよね。
「アートはなんだか素晴らしいから特別」とかじゃなくて、自分らしい服や靴を選んだり、通勤時間にその日の気分で音楽を選んだり、夜おうちに帰って一番くつろげる椅子を手に入れたりするのと同じ感覚で、自分らしいアートを選べるようになると、もっともっと日常が豊かになるんじゃないかなって思います。
しかもアートって、その後ろにはアーティストという存在があるので、現代アートなら本当に身近なところで作家さんと触れ合えたり、またその作家さんを好きなコレクター同士で仲良くなったりみたいなリアルなコミュニケーションまで生まれて。めちゃくちゃ楽しくなります。
私自身も、同じ作品を観るんでも、人によってまったく異なる感覚を得たりするんだ、みたいな、鑑賞者同志のコミュニケーションからも大きな刺激をもらいますし、アーティスト達とのコミュニケーションで、仕事にも大きなフィードバックをもらっているような気もしています。とてもよく、世界を見ている彼らの言葉には、いつもどきっとさせられています。
アートって、なんだかそんなに特殊なコトではないんです。
アートとかビジネスとか医療とか、そういう壁がもっともっと透明になっていって、ヒトや思考がよりシームレスに交流できる時代がくるのを楽しみにしています。っていうか、気づかないうちに越境していた、みたいなことが起こってしまう仕組みを作っていけたらいいなぁと思います。まずは、自分に馴染みのある立ち位置から、自分だからできることみたいなのを仕掛けていけたらなんて考えています。