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どこからはじめる?インターナルコミュニケーションNo.3

「ポジティブデビアンス」のススメ。現場に埋もれたイノベーションを探し出せ!

2021/01/07

「企業文化変革は、経営が掲げた理念・ビジョンの効果的な浸透によって実現する」

それが、インターナルコミュニケーションの定石です。
しかし、変革の起点は常に経営サイドなのでしょうか?「経営が見たい景色」にこだわるあまり、現場で起きている「草の根の変革」を見逃しているとしたら?

コロナ禍の出口が見えず、組織のあり方にも大きな変容が迫られる中、改めて注目が高まる「インターナルコミュニケーション」についての本連載。2021年最初の記事となる今回は、応用編ともいえる、「現場から始まる変革」がテーマです。

「ポジティブデビアンス」というアプローチ

  • 目標と現状のギャップを分析し、足りない部分を埋めることで解決を図る
  • 成功している企業・組織のベストプラクティスを参考にして、自社に導入する
  • トップダウンで推進する

通常は、上記のようなアプローチで変革に取り組むのが一般的です。

しかしそれは、現場の従業員の気持ちに立つと「今の現場のパフォーマンスは不十分である」「外部の成功事例を学んで、変わるべき」というメッセージが暗黙のうちに込められているとも受け取れます。「やらされ感」にもつながり、場合によっては、変革への心理的抵抗の一因になることがあります。

それに対して、すでに現場に存在する「片隅の成功者」に着目するのが「ポジティブデビアンス」(Positive Deviance=ポジティブな逸脱)と呼ばれるアプローチです。

「他の人たちと同じような困難を抱えていて、しかもリソースに恵まれているわけでもないのに、他とは違っためずらしい行動(PD行動)をすることで、問題を解決している人」

を見つけ出し、そのやり方を広げることで変革を図る手法です。

ポジティブデビアンスは、従来のやり方ではうまく解決できなかった問題に新たな視点を与え、短期間に、かつ低コストで大きな効果を発揮することが期待できるアプローチとして、注目されています。

5万人の低栄養状態の子どもたちを救った「ポジティブな逸脱」

ポジティブデビアンスが注目されるきっかけとなった成功事例が、1990年からNGOセーブ・ザ・チルドレン(SC)のアメリカ支部によって推進された、ベトナムにおける子どもの栄養状態の改善プログラムです。

当時のベトナムは、台風による穀物の壊滅的な被害などによって、5歳以下の子どもたちの約65%が、深刻な栄養不足に苦しむ事態になっていました。しかし、支援を申し入れたSCに対するベトナム政府からの要望は「6カ月間で予算を使わずに解決すること」という非常にハードルの高いものでした。

しかし、そのような厳しい環境の中で、プロジェクトリーダーのスターニン夫妻は、以下のような問いを立てることでブレークスルーを見いだします。

「非常に貧しい家庭にもかかわらず、例外的に栄養状態の良い子どもはいないだろうか?」

そのような問題意識のもと調査を進めた結果、少数ですがそのような子どもたちを発見することができました。そして、他とは違ったどのような行動が見られるかを観察したところ、家庭におけるPD行動を複数発見しました。例えば、下記のような行動です。

  • 通常は食べる風習のない、田んぼの中にいる小エビやカニを食事として与えていた
  • 朝晩2回の食事が一般的な習慣であったが、4~5回に分けて食事をさせていた
  • 食事の前に手を洗う習慣が定着していた

そして、これらの行動について農村の人たちに気付きを与え、普及させていくことで、ベトナム政府に定められた6カ月という短期間で大きな成果を上げました。さらにその取り組みを全国的に拡大していくことで、結果的に7年間で約5万人の子どもたちの深刻な低栄養状態を改善したのです。

外部の専門家が食料を供給するだけでは、持続的な改善効果に限界がありました。農村の人たちが無理なく導入できる行動について、自ら気づき、広める場を提供したことで、低いコスト、少ない労力で大きな成果を上げることができたのです。

ポジティブデビアンスは現在、発展途上国の社会課題解決の支援のみならず、公衆衛生、企業の組織文化変革、営業改革などの領域において、導入が進んでいます。

「ポジティブデビアンス」推進における三つのポイント

PD行動を正確に特定し、効果的に普及させるためには、下記の3点に留意することが必要です。

① PD行動は、その組織特有のものである
ある組織で有効に機能したPD行動が、他でも適用できるとは限りません。あくまでPD行動は、そのコミュニティー固有の文脈の中で見いだされるものです。正確なデータの取得、精緻な行動観察が必須となります。

② PD行動は、その組織の人たちが自ら発見する
ある行動が、その組織内の習慣、文化において「ポジティブな逸脱」であるかどうかは、当然ですが、その中にいる人たちでないと分かりません。外部の専門家が普及すべき行動を「押し付ける」やり方ではなく、「自ら発見する」プロセスを通して、能動的に普及させていくモチベーションを高めていくことができるのです。

③ PD行動は、その当事者自らが普及させていく
変革につながる行動を発見したとしても、それらを組織の上層部が集約し、トップダウンで全体に号令していくやり方では、効果的に行動の変容を促すことはできません。あくまで当事者および「現場」の人たち同士で伝え合い、対話することによって「横に広げていく」手法を検討することが必要です。

「ポジティブデビアンス」が有効に機能する課題

それでは、ポジティブデビアンスは、どのような場面で特に効果を発揮するのでしょうか。

リーダーシップ研究の第一人者であるハーバード大学のロナルド・ハイフェッツ氏は、組織における課題を「技術的問題」(technical problem)と「適応課題」(adaptive challenge)の2種類に分類しています。

図:「技術的問題」と「適応課題」
「技術的問題」と「適応課題」

ポジティブデビアンスは、特に「適応課題」に対して有効であるとされています。ある課題の解決に向けて、技術革新だけではうまく効果が出ない、その組織特有の習慣や価値観に基づく行動の変容が必要な状況において、有効なアプローチであるといえるでしょう。

デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進が急務である日本企業。新しいテクノロジー、ツールの導入が注目されがちですが、組織文化との葛藤や、部門間のリレーションが原因で思うように効果が出ない、という課題もよく耳にします。

「現場に埋もれたイノベーション」を見つけ出す。スター社員やリソースに恵まれた部門だけでなく、「どこにでもいる人たちのちょっとした工夫」を現場発で広げていく。「片隅の成功者」は、皆さんの組織の中にも、きっと存在するはずです。

参考文献:
・Richard Pascale, Jerry Sternin, Monique Sternin“The Power of Positive Deviance: How Unlikely Innovators Solve the World's Toughest Problems”,Harvard Business Review Press,2010
・『図解 組織を変えるファシリテーターの道具箱』森時彦編著、伊藤保/松田光憲著(ダイヤモンド社)