高速PDCAが実現した、「認知と刈取を分けない」CM戦略
2021/03/31
インターネット広告費が伸長する一方で、近年はスタートアップを中心としたテレビCMの出稿が増加傾向にあり、大きな広告成果を叩き出している企業もあります。その一つが、お店のデジタル化を支援するスタートアップ企業「hey(ヘイ)」。同社が手がけるサービス「STORES」は、テレビCMを活用して利用者を着実に増やしています。
【 STORES とは? 】
お店のデジタル化を支援するプラットフォーム。ネットショップ開設・運営サービス「STORES」、お店のキャッシュレス決済サービス「STORES 決済」、オンライン予約システム「STORES 予約」を展開している。https://stores.jp
なぜheyは事業を拡大できているのか?テレビCM効果を最大化するために、heyと電通が二人三脚で取り組んだチャレンジとは?
本連載では、heyのマーケティングディレクター・山﨑佑介氏、電通のアカウントリード・阪口真衣氏、プランナー・濱大毅氏が、「STORES」のCM戦略について語り合います。
視聴者のアクションが起こせないテレビCMは、やる意味がない
阪口:「STORES」のテレビCMは、2020年11月に関西と福岡でオンエアを始め、徐々にエリアを追加して今年1月から全国展開しています。
濱:私はCM効果を分析して出稿をプランニングする役割を担っていますが、正直、我々も驚くほど非常に良い結果が出ています。改めて、山﨑さんの「STORES」におけるマーケティング戦略や狙いを教えてください。
山﨑:これまでheyは、「ネットショップ開設・運営サービス」「店舗向けキャッシュレス決済サービス」「オンライン予約システム」を別々のブランド名で展開していました。この3つのサービスを昨年、「STORES」ブランドに統合。お店のデジタル化を支援する「STORES プラットフォーム」を立ち上げることで、お客様のお商売をサポートできる範囲が格段に広がりました。
しかし、「STORES」はもともと「ネットショップ開設・運営サービス」のブランドでした。「STORES=ネットショップがつくれるサービス」という世間のイメージが根強いため、「STORES=ネットショップも、キャッシュレス決済も、オンライン予約もできるブランド」という認知構造に変える必要がありました。
ネットショップを開設することは、お店をデジタル化する手段の一つであって、イコールではありません。「STORES」というプラットフォームを知っていただいた上で、各サービスを選んでいただくユーザーを増やすことが重要課題でした。
阪口:この課題を解決するために、テレビバイイング全体の戦略を立て、放送局のCM枠を選定・確保、CM素材の配分をマネジメントするのが私の役目です。テレビCMを活用した理由を改めてこの場でお聞かせいただけますか。
山﨑:二つの観点でテレビCMが適切だと思ったからです。一つ目は、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、お店のデジタル化へのニーズが拡大していること。二つ目は、先ほどの「STORES」ブランドの認知構造を変えることです。
阪口:最初のオリエンのときから、山﨑さんの意思や狙いが非常に明確だったのが印象に残っています。KPIも「オンエア直後30分以内の『STORES』サイトへの新規来訪数」に絞り込みましたよね。
山﨑:はい。もちろんブランド指標は別で計測しますが、スポットCMの最適化指標は、オンエア直後に検索してサイトに来ていただく、その一点のみですね。そもそも視聴者のアクションを起こせない広告は意味がないと思っているので、まずはしっかりとサイト来訪を促すこと。その上で、結果をもとに次のアクションを判断し、スピーディーにチューニングしていきたいとお伝えしました。
濱:広告効果を素早く的確に把握して、素早く次のアクションを起こす。そのオーダーに対応する形で開発したのが、「レスポンスコネクター・ダッシュボード」です。
【レスポンスコネクター・ダッシュボードとは】
CM1本ずつに対し、広告主が設定したKPI項目と紐づけすることにより、出稿効果を細かく検証するツール。どの曜日・時間帯でCMに効果があったかを分析し、ユーザーへの「即時的な広告効果」を可視化。さらには、質の高いユーザーの反応、すなわちLTV(Life Time Value)など、「中長期的な広告効果」も継続的に分析することが可能。本ツールの計測ロジックは特許出願中で、既に50社以上に提供実績有(リリースはこちら)。
濱:レスポンスコネクターは、資料請求や電話問い合わせ、SNS投稿など、テレビCMに対するさまざまな“レスポンス”を可視化できるのですが、今回は「サイトへの新規来訪数」をメインに据え、3サービス別の来訪者の特性の分析指標を山﨑さんと議論しながら決めていきました。
阪口:レスポンスを測るシステム自体は以前からあったのですが、これまでは目的が明確でなかったため活用がされておらず、人の手で作業していたので分析に時間がかかっていました。ダッシュボードで広告効果を翌日に確認できる機能がこのツールの特長です。「STORES」のマーケティングは、ダッシュボード形式でなければ対応できないくらいのスピード感だったということですね。
「認知と刈取、分けて考えるのっておかしくないですか?」
濱:最初のオリエンで忘れられないエピソードがあって。我々は広告の役割を「認知」と「刈取(購入、登録などのコンバージョン)」に分けて考えることが多く、テレビCM戦略について山﨑さんのオリエンを聞いたときも「今回のオーダーは刈取CMですよね?」と無邪気に質問したんです。
すると、「え、認知と刈取、分けて考えるのっておかしくないですか?レベル低い話をしていません?」とめちゃくちゃ怒られたんですよね。
山﨑:思い出しました(笑)。
阪口:その場にいた電通メンバー全員の背筋が凍るという……(笑)。
山﨑:認知を上げることと、コンバージョンを取ること、これは一緒にやらないと意味がないと思っています。なぜ別々の仕事になってしまうかというと、普通は異なる部署でそれぞれを考えているからです。広告会社も得意分野があったりして、認知とコンバージョンをそれぞれ別の会社が考えるケースもあります。
でも、ユーザー目線で考えると、そこが分かれているのは企業や広告会社の都合でしかないんです。自身の購買体験を振り返ってみても、CMを見て検索から購入まで一気にやることって普通にありますよね。僕はそれを15秒でできると信じていますし、いま実現できています。
濱:最初に指摘されたときは困りましたけれど、山﨑さんの話を聞けば聞くほど本当にその通りだなと思って。どうすれば認知と刈取を一緒にやれるか?という思考に切り替わりました。
阪口:一気に視野が広がりましたよね。うちのメンバーも最終的には「このプロジェクト、面白い!」って喜んでくれて(笑)。これが全ての始まりというか、ここまでずっと山﨑さんと私たちで建設的な議論が続けられている理由だと思います。
山﨑: 私の仕事は認知まで、私の仕事はコンバージョンから。よりは、ブランド全体の正しさを議論した方が楽しいですよね。その方が視点もぶれにくくなりますし、役割の縮小最適化も防げます。
目的、仮説がデータの価値を向上させる
阪口:先ほど、「レスポンスコネクター・ダッシュボード」は、「STORES」のマーケティングのスピード感に合わせて生まれたと言いました。実際、出稿のPDCAを回すスピードの速さは他に例を見ないものです。
出稿の結果をもとに、毎週ミーティングをして、仮説検証と次のアクションをその場で決定。週の後半には、放送エリアや時間帯、素材選択のチューニングを完了して、オンエアしています。テレビCMのPDCAサイクルは通常2、3カ月で回すことが多いので、異常な速さですよね。
濱:そうですね。CM放送後、キャンペーンデータを頂いて、2週間かけて分析してパワーポイントに落とし込み、その資料をクライアント内部で2週間検討していただき、その判断を2、3カ月後のCMに反映する。このくらいのスピード感が一般的です。
山﨑:でも、マーケットは待ってくれないですからね。特にここ数年は消費行動の形もどんどん変化してますし、都道府県ごとにデジタル化の状況も異なります。
緊急事態宣言時はネットショップのニーズが高まるんじゃないか。一方で、外出可能なエリアは店舗来訪もできるので、キャッシュレス決済のCMも流すべきじゃないか。リアルタイムの状況に合わせて適切なクリエイティブやベネフィットを、いかに早く正確にご提案できるかが勝負なんです。
阪口:今回、テレビCMを制作する際には、「ネットショップも、キャッシュレス決済も、オンライン予約もできるブランド」を伝える、「お店のデジタル、まるっと。篇」のほかに、山﨑さんのオーダーで、3サービスを別々に訴求する素材や、CTA(Call To Action)(※)に特化したバージョンも作りました。
※CTA(Call To Action):検索などの行動を誘導させること。付随して検索窓を入れたり、ナレーションなどを入れること。
そして、レスポンスコネクターの数値を見ながら、あるタイミングで、オンエアする素材比率を変えたり、CTA特化のバージョンに切り替えたりしたところ、サイトへの誘導効率が3倍も向上したんです。
山﨑:あれはCMの効果をまざまざと実感して、CM制作に取り組むみんなが盛り上がりましたね。
阪口:週次ミーティングでCMの切り替えが決まり、数日後には反映され、1週間後のミーティングで効果検証を行い、次のアクションを決める。社内の人間からは「テレビCMなのに、デジタル広告並みにPDCA回しているよね?」と驚かれました(笑)。
濱:山﨑さんの判断スピードが、スタートアップの中でも恐ろしいほど早いんです。
山﨑: 早い方が良くないですか?(笑)
あとは、上司にCM効果のレポートを出すために「レスポンスコネクター・ダッシュボード」を使っていない、という点もあります。ダッシュボードの計測データを社内に展開すれば“やってる感”は出せます。でも、マーケティング責任者として僕がやるべきことはそれではない。数字をもとに仮説を立てて、次のアクションを素早く判断し、結果を出すことです。
濱:CM出稿の結果だけ見せるのが「レスポンスコネクター・ダッシュボード」であり、その結果をどう判断するかが非常に重要ですよね。
山﨑:テレビCMの反応を素早く可視化できるようになったことは画期的です。しかし、どんなにデータが揃っていても、それをアクションに活かせなければ全く意味がありません。「レスポンスコネクター・ダッシュボード」のデータを考察の軸に使い、それ以外の外部データも補強しながら判断していく。「レスポンスコネクター・ダッシュボード」があることで仮説が出せるし、その精度も上がるというイメージです。
阪口:山﨑さんがおっしゃる通り、システムやデータがあるからみんな同じことができるわけではありません。企業のマーケターが明確な目的や仮説を持ち、結果の考察と具体的なアクションを示せなければ、どんなデータも無駄になってしまいます。
PDCAを回すってこういうことなのか!と、お恥ずかしいですが山﨑さんに教えてもらいました。
濱:その気づきがあったからこそ、阪口さんもスピード感を持って、CM枠の選定やバイイング、各テレビ局との交渉やマネジメントなどができたんじゃないですかね。
クライアントの明確な意思決定と判断スピード、プランナーのツールを駆使した仮説検証、営業の調整力と実行力が揃えば、テレビCMでも高速PDCAを回して、事業を拡大していける。今回、heyと電通が二人三脚で取り組んだ「STORES」のCM施策を通して、このことを証明できたと感じています。
―次回は、視聴者に伝わるテレビCM制作のポイントやメディアの考え方をお届けします!お楽しみに!