人間の知られざる“ホンネ”を科学する、顧客体験の新アプローチ
2021/06/09
電通メディアイノベーションラボは「オーディエンス研究機構」を立ち上げました。ここで言う「オーディエンス」とは、ITの進化やメディア環境変化の激しい現代におけるメディア情報の受け手、コンテンツの受容者、また、ブランドコミュニケーションの体験者といった人々のこと。
当機構では、学術者、研究機関、ジャーナリストなどと広くつながり、オーディエンスにまつわる社会からのさまざまな関心イシューに応える情報発信を行っていきたいと考えています。また、このような活動により、ビジネス拡大へのヒントや気づきを提供したり、新しいマーケティングへの知見・手法を開発したりすることを目的としています。
今回は、受け手が心理的にどう捉えるかという視点を重視した設計や開発を手掛けておられるBBSTONEデザイン心理学研究所日比野社長をゲストに迎え、デザイン心理学の秘めるソリューションの可能性について伺いました。
言葉に表れない人間のホンネを科学する
長尾:日比野さんが社長を務めるBBSTONEデザイン心理学研究所とは、技術顧問の日比野治雄先生(千葉大学工学部教授)と雑誌広告の高級感に関する研究をご一緒して以来10年以上にわたり共同プロジェクトを続けさせていただいています。ただ、去年くらいからは、コロナ禍の影響でなかなか皆さんとも直接お会いできず残念です。
日比野:しばらくは仕方ないことかもしれませんね。千葉大学の学生さんもコロナでアルバイトなどがなかなか見つからないなど、大変だと伺っています。これからは、時代の流れに対応していくことが重要ではないでしょうか。当社では、非接触型の新しい調査手法なども開発を進めており、おかげさまでさまざまな企業からお問い合わせをいただいています。
長尾:私は長い間共同研究をしているので御社のことはかなり分かっているつもりですが、この記事で初めて知る読者のために、BBSTONEデザイン心理学研究所とは一体どんな会社で、どんなことを目指しているのか、また最近力を入れていることなどをご紹介いただけますでしょうか。
日比野:当社は、千葉大学から誕生したベンチャー企業です。デザイン心理学とは、人間の「行動や言葉」で見極められない部分を実験心理学の手法を応用しひもといていくという、今までにない科学です。心理学的視点を用いることで、従来のアンケートや主観的な評価では得られなかった消費者の本音、嗜好、意思決定のプロセスを明らかにすることができます。
これによって言葉にならない人間の本音(内臓感覚と呼んでいます)を数値化することが当社の事業テーマで、取得した特許技術によるコンサルティングサービスを社会へ提供しています。
単にデザインの見やすさ、分かりやすさ、印象だけではなく、企業の抱える多様な問題解決も独自の実験手法で行っています。おかげさまで、クライアントの9割以上が一部上場企業で、金融機関・大手メーカー・官公庁など多岐にわたっています。
人の感性にフィットする “仕事がはかどる罫線” 開発
長尾:さっそくですが、何か具体的事例をご紹介いただけますか?
日比野:例えば、最近手掛けているものとしては、知財特許を正式に取得した「新しい罫線」の開発があります。
人間は罫線のような幾何学的規則性を持つものに対して視覚的なストレスを受ける傾向があります。そこで当社では、いわゆる「錯視」の効果や「主観的輪郭線」と呼ばれる効果に着目し、これを応用して作業効率や勉強効率をアシストするオリジナルな罫線を開発しました。イメージは、こんな感じです。
当社による実験結果では、この罫線を用いたノートでは他の罫線に比べ視覚的ストレスや疲労が軽減されることも示されており、使う人の作業効率の向上が見込まれます。
長尾:人間が潜在的に持っている感覚にフィットした罫線と言ってよいでしょうか。今まで誰も考えなかった画期的な発明ですね。
先述のとおり私の属する電通メディアイノベーションラボでは、情報やメッセージの受け手のことをオーディエンスと呼んでいます。オーディエンスにフォーカスした研究を社会とより幅広くつながりながら推進する「オーディエンス研究機構」というユニットを立ち上げ活動を始めました。
受け手という意味では、御社はデザインの受け手が心理的にどう捉えるかという視点を重視した設計や開発を手掛けられていますよね。例えば、ダイキン工業と進められた「シニア層の感性にフィットするリモコン」の開発などさまざまな成功事例があり、グッドデザイン賞も受賞されていますね。
日比野:当社は人間の奥深い部分にこだわっています。特に、言語化できない嗜好、人間の見えない心理、自分自身でさえ気づいていないような潜在意識下の気持ちなどにスポットライトを当てたい。これを客観的に数値化することによりクライアントのニーズに合う課題解決を行っており、オーディエンスは私たちの提供するビジネスのテーマでもあります。
顧客体験(CX)が着目される時代
長尾:ところで、昨今のマーケティングでは特に顧客体験(CX)に注目が集まっています。購買時点あるいはサービスを受けた時点における体験だけでなく、購入前から、あるいは購入後も含めた顧客のブランド体験全体を通しての価値の最大化を図る。それがマーケティングの評価ポイントになってきています。
日比野:商品やサービスを購入検討するプロセスを通し、そのブランドに関連するドキドキしたりワクワクしたりする体験をお客さまへ創造することが、当社でも重要なポイントの一つではないかと考えています。
最近の事例ですが、ある化粧品メーカーと共同で、お客さまの「深層⼼理」に光を当て、お客さまの顔のあるお悩みと深層心理の相関関係を科学的にひもとく仕組みを開発しました。このメソッドを使うと、自身でも気付いていなかった深層⼼理が自分の“顔のお悩み”をつくっているということを、お客さまに理解していただくことができます。
その相関関係をもとに、ある心理テストを開発しました。お客さまは簡単なテストで将来の自分の顔に起きるであろうお悩みが分かり、それを改善するスキンケアブランドが訴求されるという仕組みです。
長尾:なるほど!とてもユニークで斬新な試みですね。しかも厳格な科学的分析で裏打ちされた仕組みという点が大きなポイントですね。
日比野:女性にとって“顔のお悩み”という概念は、一般的にはネガティブに受け止められるかもしれません。しかし日本で唯一、当社だけが推進するデザイン心理学をベースとしたワクワクする検討体験をからめることで、よりポジティブにこのテーマに向き合うことが可能になります。同時にクライアントのブランドへの親近感や信頼感の醸成にも寄与する結果となったと自負しています。
保険サービスの検討顧客へ、潜在的価値観テストの体験を
長尾:顧客体験に関連して、今後お考えのことはありますか?
日比野:そうですね、当社としては、CXをDXと有機的にからめて実現していきたいという志があります。前述の“顔のお悩み”テストも、リアルの売り場からデジタルの施策へと誘う仕組みが導入されています。
そして、これはまだ構想中、妄想中?(笑)の段階ですが、人間の持つ潜在的なライフスタイル志向・価値観といったものをあぶり出すメソッドも検討しています。
これは、たとえば保険商品についてお客さまと商談する際に、お客さまの「人生への考え方」を画像呈示ツールによるテストでひもとき、結果をお客さまにお見せしながら、その人の潜在的な価値観に見合った保険のタイプをご提案していくというものです。こちらは、「Lifestyle Diagnosis Test」と命名して開発中です。
長尾:保険サービスのチョイスにつながっていく導線上でのドキドキする顧客体験となりますね。サービス契約後に事後体験としてお客さまのその後の潜在的な気持ちの変化などをオンライン上のテストで検証できるようにすれば、DXとの連携もさらに深まるかもしれません。
日比野:「Lifestyle Diagnosis Test」はデザイン心理学が用いる代表的な手法であるIAT(Implicit Association Test, 潜在連合テスト)というものを応用したソリューションになると考えています。当社では、お客さまとの商談がはかどる空間や、企業の執務スペース内における快適な空間のコンサルなども手掛けており、これらも有機的・立体的に絡ませることによってさらに未来的な顧客体験が創造できるかもしれません。
デザイン心理学が用いるIATで、企業の人事や採用にも貢献
長尾:いま言及されたIATについて、もう少し教えていただけますか?
日比野:IATは米国のハーバード大学・ワシントン大学などで開発されたもので、従来のアンケート方式と異なり、自分を意図的に“見せかける”ことが難しい心理テストです。当社では、同じくIATの概念を応用して企業の人事戦略や採用戦略に活かせるメソッド(CPAT, Career Personality Aptitude Test)も開発中です。こちらは言語を用いずに行う潜在的な職業適性検査のようなものです。
従来の適性検査では、応募者が採用基準に応じて“無意識に自分を良く見せる”という傾向も見受けられるんです。その点、CPATは言語に依存しないアプローチとなるため自分を装うことができず、本当の自分がさらけ出されます。
なお、合否の材料というよりは、職業選択のミスマッチを防ぐこと、あるいはキャリア選択の幅を広げること活用目的として考えています。将来的には、たとえば自社のトップ営業スタッフの価値観を分析で抽出し、そのような価値観を持った応募者とマッチングするといったことも可能になるのではと考えています。
長尾:まさに秘められた可能性は無限大!ですね。デザイン心理学のソリューションには今後ますますの重要性を感じました。本日はお忙しい中、貴重なお話をありがとうございました。
メディア情報やブランド体験の受け手であるオーディエンスは、その一人一人が生身の人間であるという点をまず忘れてはなりません。ゆえに、彼らとのコミュニケーションにおいては、人間の持つ奥深い部分まで丁寧に掘り下げて扱うことが非常に重要です。このような意味で、人間の潜在的な部分を科学するデザイン心理学を用いたアプローチを活用することは有効な顧客体験の鍵になっていくと考えます。
ご興味がありましたら電通メディアイノベーションラボの長尾までご連絡(mediainnovation@dentsu.co.jp)をお願いいたします!