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ラグジュアリーブランドの「グレート・リセット」No.3

ラグジュアリー業界に求められるSDGsとは?

2021/06/16

コロナ禍がラグジュアリーブランドのビジネスに与えた影響に関する調査(電通、ザ・ゴール、コンデナスト・ジャパンの共同調査)を基に、ラグジュアリー業界における「グレート・リセット」と呼ぶべき地殻変動を明らかにする本連載。

【グレート・リセットとは】
資本主義を再定義し、現在の世界経済のシステムをあらゆる側面から考え直さなければならないという考え方。2021年世界経済フォーラムのテーマにもなっている。


今回は『VOGUE JAPAN』などを発行するコンデナスト・ジャパン副社長の平石敬晴氏をゲストに迎え、電通の松田融氏、天野彬氏がSDGsの潮流やグレート・リセットを踏まえたコミュニケーションの在り方についてお話を伺った。

調査概況については、連載第1回、第2回を参照
第1回:コロナ禍のデジタルシフトが生んだ、新たなカスタマージャーニー
第2回:今、ラグジュアリーブランドに求められているもの

平石氏、松田氏、天野氏

若い世代がブランドに求めるRealityとは?

天野:はじめに、今回の共同調査を実施した背景について、改めてお聞かせいただけますか?

平石:共同調査を企画したのが2020年6月ごろ。当時、多くの店舗がクローズし、百貨店も含めてラグジュアリーブランド各社が甚大なビジネスダメージを受け、われわれメディアとしても先行きの見えない未来を案じる毎日でした。

一方、コロナ禍をきっかけにテクノロジーが急速に浸透したことも相まって、生活者のライフスタイルや価値観にも大きな変化が生まれています。メディアの選び方、情報の捉え方、ショッピング体験などが変わる中、生活者のラグジュアリーブランドに対する興味・関心や購買行動を深く知ることで、未来への明るい展望を見いだし、それをパートナーの皆さまと共有したいと考え、今回の調査を実施しました。

天野:調査結果を受けて、特に平石さんが興味を抱いたポイントを教えていただけますか?

平石:「Reality」と「Reliability(信頼性)」という2つのキーワードに着目しました。バーチャルな生活環境で日々膨大な量の情報を浴びるようになり、生活者は「自分にとって信じられるものは何なのか」をますます重視するようになっています。ブランドと顧客、あるいはメディアとオーディエンスという両者のエンゲージメントを高める上で、2つのキーワードは非常に大切なポイントであると感じています。

松田:同感です。定量調査の結果はもちろん、定性調査のインタビューでも「公式ECで気に入ったアイテムを見つけたら、フリマアプリなどで一般の人が撮影しているリアルな写真をチェックしてイメージと違わないか確認する」といった意見があり、Realityが求められていることをひしひしと実感しました。

第二回抜粋
連載第1回より抜粋

Reliability(信頼性)が示す、オーセンティックメディアの価値

天野:Reliabilityに対するニーズの高まりも注目すべきポイントですよね。コロナ禍の中でSNSの利用率やそれに伴う影響力が増す半面、その情報の真偽や拡散を巡ってメディアリテラシーの重要性が改めて問われるシーンも増えています。また、そもそもSNSでシェアされる情報は元をたどるとパブリッシャーの情報であることが多いのですが、『VOGUE』のようなオーセンティックな(信頼に値する)メディアの価値はどのように定義できるでしょうか?

『VOGUE JAPAN』2021年7月号
『VOGUE JAPAN』2021年7月号

平石:『VOGUE』は1892年の創刊以来、常に「クリエイティビティー・クオリティー・リライアビリティー」を追求しながら、世界中のオーディエンスを魅了するコンテンツを届けてまいりました。

その源泉にあるのは、編集者の企画力・ジャーナリズム・クリエイティブです。これらの結晶が雑誌のみならず、ウェブサイト、ソーシャルメディア、動画、イベントなどさまざまなプラットフォームで評価され、オーセンティックメディアとしてのポジションを得ることができていると自負しています。

Reliabilityに対する生活者の志向が強くなればなるほど、オーセンティックメディアの存在価値や(それに対する)期待もますます高まると思いますし、だからこそ、信頼を裏切らないようにクオリティーを追求し続ける必要があると感じています。

天野:お話しいただいたように、『VOGUE』はさまざまなプラットフォームに展開されていますが、雑誌というメディアの価値はどのように捉えているでしょうか?

平石:今回の調査結果では、ミレニアルズ世代(25~39歳)やジェネラル(35歳以上)の世代ではファッションなどの情報源として雑誌は高い評価を得ていることが分かりました。一方、Z世代(24歳以下)ではソーシャルメディアやウェブサイト、動画プラットフォームなどデジタルが上位を占めています。

ここで、さらに掘り下げてみたいと感じたことがあります。それは、デジタル優勢の時代にあえて紙の雑誌に触れている読者とは一体どういった人たちなのだろうか、ということ。Z世代は決して数は多くありませんが確かに存在しますし、ミレニアルズ世代ではさらに多くの評価をいただいています。そして、弊社の調査では昨年1年間での雑誌『VOGUE』購買者のうち約40%の人たちが、実はZ世代とミレニアルズ世代で構成されていることが分かりました。

若い人たちが雑誌を手に取って1ページずつめくることに、どのような価値を見いだしているのか。それは同じく若い世代とのエンゲージを課題としているラグジュアリーブランドにとっても有益なインサイトになり得るので、今後も研究を重ねていきたいと考えています。

グレート・リセットを率先して行うフランスの動き

天野:SDGsが国際的なアジェンダとなり、各産業でさまざまな取り組みが広がっています。この潮流はファッション業界にどのような影響をもたらしているでしょうか?

平石:全ての産業が避けては通れない課題ですが、特にサステナビリティー・環境問題というテーマに関しては、ファッション産業は最も取り組まなければならない産業の一つです。

なぜなら、世界的にみるとファッション産業は第2位の環境汚染産業ともいわれており、自ら率先して改革していく必要があるからです。『VOGUE JAPAN』も日本のファッション業界がもたらす環境負荷の改善を求める「サステナブルなファッションの促進に向けた提案」に署名し、小泉進次郎環境大臣に提出するなどさまざまな取り組みを実施しています。

松田:一昔前はSDGsがブランディングの一環として捉えられる側面もありましたが、今やSDGsに取り組まないブランドはラグジュアリーブランドと名乗れないのではないかと思うほど、必須条件になっているように感じます。

平石:サステナビリティーに配慮したブランドであるかどうかを、購買時に考慮するユーザーも増えています。

松田:特に若い世代はその傾向が強いですよね。また、ラグジュアリーブランドのコングロマリット化が進み株式市場を無視できない中で、欧米では投資家がSDGsへの取り組みを注視していることも影響していると思います。

天野:本連載のテーマはグレート・リセットですが、ラグジュアリー業界でこれまでの在り方が見直されるようになったのはなぜでしょうか?

平石:私の印象としては、2018年にとあるブランドの売れ残り商品廃棄処分問題に端を発し、パリ協定に基づく「ファッション業界気候行動憲章」(※1)、2019年のフランスG7サミットにおける「Fashion Pact」(※2)の発表など、フランスがイニシアチブをとって、これまでの在り方を大幅に見直す流れがどんどん加速していったように感じます。

※1=ファッション業界気候行動憲章
パリ協定の長期目標の一つ、「世界の気温上昇を産業革命以前の水準より2℃未満に抑える努力を追求する」を支持する条約。2030年までに温室効果ガス(GHG)の総排出量の30%削減を達成し、2050年までに実質ゼロにすることを目標にしており、コンデナストもメディアカンパニーとして初めて署名。
 
※2=Fashion Pact
2019年8月にフランス・ビアリッツで開催されたG7サミットにおいて、欧州を中心とするファッションおよびテキスタイル業界の32社が、気候変動、生物多様性、および海洋保護の3分野で、共通の具体的な目標に向かって取り組むことを誓約したもの。


天野:その中で、ブランド・メゾンの動きとして印象的だったものを教えてください。

平石:ケリング・グループ傘下のグッチが、ラグジュアリーブランドを扱う中古品販売プラットフォーム「ザ・リアルリアル」とパートナーシップ契約を締結しました。同グループは、中古ブランド品マーケットプレイスの「ヴェスティエール・コレクティブ」への出資も発表しています。また。ラルフローレンは洋服のサブスクリプション・レンタルサービスを開始しました。

ラグジュアリーブランドがリセールマーケットやレンタルビジネスに参入することは、これまでになかった新しい動きとして非常に注目しています。

他にも、LVMHジャパンが女性の再就職支援プロジェクトをスタートしたり、プラダが再生ナイロンの「Re-Nylon」コレクションを発表したりするなど、各ブランドがSDGsのそれぞれのテーマで社会課題解決に取り組んでいます。

天野:ラグジュアリーブランドは偽物も多く出回っているからこそ、ブランド主体のリセール展開はユーザー側にも大きなメリットがありますよね。

平石:そうですね。公式の中古品であれば、間違いなく本物だし、丁寧にメンテナンスされたものだとユーザーも感じると思います。

インパクトの有無にかかわらず、SDGsに取り組むことが当たり前の世界に

天野:ラグジュアリーブランド業界のグレート・リセットが進む中、コンデナストとしてはどのような取り組みに注力しているのでしょうか?

平石:『VOGUE』はオーセンティックメディアとして、各ブランドのさまざまな取り組みを世の中に正しく、多くの人に伝えていくことがミッションだと思っています。

とりわけ、SDGsをテーマとして深く掘り下げた情報発信を行う場として、2020年に「VOGUE CHANGE」(※3)を立ち上げました。

※3=VOGUE CHANGE
サステナビリティーやダイバーシティー、インクルージョンをテーマとして国内・国外を問わず、あらゆる情報を紹介し、読者やオーディエンスと共に少しでもより良い未来社会を目指してCHANGEしていくプロジェクト。


SDGsへの取り組みは、企業主体で発信することが難しいテーマだと思っています。例えば、とあるブランドの担当者は、「当然SDGsに取り組んでいるけれど、自分たちからそれを発信することはブランドの哲学にそぐわないのでやらない」といったことを言っていました。

「言う/言わない」の是非ではなく、どのブランドも素晴らしい取り組みをしているという事実を、正しく顧客やオーディエンスに知ってもらうことが大切であり、そこにオーセンティックメディアとしての役割と責任があると思っています。

天野:SDGsへの取り組みをあえて発信しないブランドがあることは非常に興味深いです。一方で、SDGsにどのように取り組めばいいのか分からない企業もまだまだ多いと思います。改めて、SDGsがブランドのマーケティング活動にどのようなインパクトをもたらすのか、お聞かせいただけますか?

平石:インパクトの有無にかかわらず、取り組むことが当たり前に求められる世界になりつつあります。どのテーマにフォーカスするかはブランドの哲学やプロダクトで異なりますが、SDGsのテーマをベースに考えたマーケティング活動が欠かせないことは間違いないでしょう。

松田:昔はSDGsが“意識高い系”と揶揄されることもありましたが、今の社会はもう違います。特に若い世代にSDGsの重要性を聞くと、「そんなの当たり前じゃないですか」とあきれられることもあるほどです。

平石:未来の顧客となる若い世代の人たちに、今からきちんと評価されるコミュニケーションを行うことが大切ですよね。私たちもオーセンティックメディアとして、今後もさまざまなブランドの情報発信を積極的にサポートしていきたいと思います。

天野:本日はありがとうございました!

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