こどもの視点ラボ・レポートNo.4
【こどもの視点ラボ】こどもの時間と大人の時間、どれほど違う?
2021/08/02
こどもは時計ではなく「できごと」で時間を計っていた
こどもは大人の時間感覚でまったく動いてくれない。「保育園に遅刻しちゃうよ」と言っても朝食をだらだら食べているし、「電車が行っちゃうよ」と言ってもダンゴ虫を転がし続けている。公園やおもちゃ売場に行くと、そこらじゅうで親が「早くお昼ごはんを食べに行こう」「もう5時だよ。いいかげんに帰ろう」と、動かないこどもたちに説得を重ねて失敗している。不思議生物・こどもは、なぜこんなにも時間にルーズ(?)なのか。彼らはどんな時間を生きているのか?
今回は「時間学」の研究者である千葉大学の一川誠先生をお迎えして、こどもの視点ラボの石田文子と沓掛光宏が大人とこどもの時間感覚の違いについて聞きました。
石田:こどもの視点ラボは「大人がこどもになってみる」ことで、こどもを理解するための活動をしています。でも今回は、どうやってこどもの時間を経験すればよいかわからなかったので、まず、写真家のてんてんさんと一緒に「こどもの時間」を可視化してみました(冒頭の写真作品)。
沓掛:こちらはてんてんさんのお子さん、(撮影当時)4歳のいとちゃんの朝の行動を定点カメラで撮って1枚の写真にまとめた作品です。お母さんはキッチンと食卓を行ったり来たりという感じでしたが、いとちゃんは猫とじゃれあったり、あれこれおもちゃで遊んだり、机やソファにのぼったり、テレビを見たり、着替え中もふざけたりと、実にたくさんのことをしていました。
石田:公園バージョンもあるんだよね。
沓掛:はい。こちらは公園での30分。すべての遊具で遊び尽くすというか、可視化すると改めてけっこうな行動範囲だなと。一方、お母さんは「見守る」行動が中心でした。
一川先生(以下、先生):すごく面白い作品ですね。大人に比べてこどもがいかによく動いているかがわかって興味深いです。
石田:これを見るだけでも、こどもの方がずいぶん時間を長く感じている気がしますが、実際どうなんでしょう?
先生:大人とこどもの時間感覚がかなり違うことは、さまざまな研究でわかっていることです。心的要因として、人間は多くのイベントを体験すればするほど時間を長く感じる傾向にあります。この写真のように短時間で多くのことを体験すると、当然、感じる時間は長くなります。こどもは大人より代謝がいいので、身体的要因からも時間を長く感じています。
沓掛:代謝がいいと時間を長く感じるんですか?
先生:はい。こどもほどではないですが、大人でも運動して代謝をあげると時間を長く感じますよ。そもそもこどもは、時計という道具を使い慣れていないので「1時間がどれくらい」という感覚がありません。起こった出来事の多さで時間の長さを推測する、いわば「できごと時間」で生きているんです。
石田:「できごと時間」ですか!確かに、小さい子は時計の見かたすら知らない。そのことを大人はうっかり見落としているかもしれません。
先生:そうですね。こどもが時計に合わせて行動するというのは、大人が思っているほど容易なことではないんです。
衝撃!こどもに「早くして」と言ってもムダだった!?
石田:先日、こどもが小学校に入学したんですが「8時までに家を出なきゃいけないよ、あと5分だよ!」と言ってもまったく急ぐ様子がありません。時計の時間を認識できるようになるのはいつごろなんでしょう?
先生:一般的に発達心理学でいわれているのが、「昨日・今日」「明日・あさって」など、過去と未来の感覚がついてくるのが6歳くらい。もちろん個人差はありますが。小学校にあがって時計を基準にした生活習慣に慣れていくことで、9~10歳くらいでやっと大人と同じ感覚になるといわれています。
石田:9~10歳ですか!ということは、うちの子はまだわかってないですね。いや、わかってない感じがヒシヒシとします(笑)。
沓掛:ということは、「おやつは後で」とか「公園は明日だよ」と言っても、当然幼児は理解していないということでしょうか?
先生:「今じゃない」ことはわかっても、どのくらい待てばいいかはわからないでしょうね。なぜ今はダメなのかピンときてないと思いますよ。
石田:じゃあ「早くして!」もわかっていない?
先生:「早くする」「急ぐ」というのが時間的にどれくらいなのか理解していないので、単純に怒られている感覚しかないでしょうね。
石田:私のここ数年間の「早くして!早く早く!」は「こらー!こらこら!」と同じだった、ということですかね……。衝撃です。申し訳なかったという気持ちにすらなります。では、こどもに何かをやめてもらいたいとき、急いでもらいたいときはどうすればいいでしょう?
先生:先ほどお話ししたように、こどもはイベントを目印に時間を判断するので「ちょっとだけ」ではなく「1回だけ」とはっきり回数で伝えたり、「この歌が終わったら終わりだよ」とイベントを基準にしたりすると理解しやすいでしょう。急いでほしいときは「競争だよ」「どっちが早く着替えられるかな?」というふうに、やってほしいことに集中できる指示を出してあげるといいと思います。
石田:このお話、5年前にお聞きしたかったです(笑)。
沓掛:今日からやります。すぐやります。
こどもと大人の「体験」の数を比べてみた
石田:先生の著書で、「食事というイベントは、大人にとっては栄養摂取のための単独の出来事だが、こどもは食事の間ですらいろいろな出来事を体験している(※)」というお話を読んでとても面白いと思い、食事時間の行動を観察して可視化してみました。
※出典:「大人の時間はなぜ短いのか」一川誠著(集英社新書)
沓掛:うちの3歳児と私の行動、7歳の息子さんと石田さんの行動。それぞれを円グラフにしたものです。食べたり話したりする以外に、手についたヨーグルトで遊んだり、こぼして泣いたり、歌をうたったり、動きまわったりと、食事の間だけでも実にいろんなことをしているなぁと改めて思いました。
石田:うちもです。食べ物で遊んでしまうので注意すると、すねて食事を中断してしまったり、機嫌を直したかと思うと踊りだしたり……。
先生:面白いですね(笑)。やっぱり、お子さんの方がかなりイベントの数が多い。お二人の場合はお子さんを叱ったりこぼした食べ物の掃除をしたりというイベントがありますが、大人が1人で食べていると「話す」もないので「食べる」だけのグラフになりますよね。そうすると、後から思い出したときにとても時間は短く感じます。しかも、「食べる」という行為自体はルーチン化していく出来事なので「体験した」という感覚もどんどん弱くなり、そもそも記憶にすら残さなくなっていくんです。
石田:そういえば、1人で食べた昼ごはんのことはぜんぜん思い出せません……。
沓掛:ルーチン化した普通の出来事は記憶に残らない。ということは、逆に、初めての体験が多いこどもは大人より相当長い時間を生きていそうですね。
先生:そうですね。でも、初めての体験をするこどもと過ごすことは、親にとっても初めての体験です。こどもと一緒にいることで親も時間を長く感じられていると思いますよ。
沓掛:それは親にとってうれしいことですね。こどもの1日(日曜日)の行動も円グラフにしてみました。これでも少し省いているほどで、ものすごい量のイベントの数でした。
先生:なるほど。7歳でもこんなにイベントの数が多いんだな、ということが可視化されていてとても面白いですね。
沓掛:3歳児は「寝る」「食べる」以外はほとんど遊んでいるんだな、と改めて思いました。しかも午前中の方がやることの数が多く、夕ごはん以降はイベントの数が減る傾向にありました。
先生:それは意外ですね。代謝があがってきて体が動きやすいのは午後なんですが。朝起きてすぐは集中力がもたないので、それでいろいろな遊びに手をだしている可能性はありますね。夕ごはん以降というのは、こどもの場合、就眠時間が近いために動きがスローになっているのかもしれません。昔は日の出と日の入りを基準に起きて寝ていましたから、こどもは大人よりも行動が昔のペースに近いのかもしれませんね。
石田:現代は寝る時間がどんどん遅くなるのに伴って、こどもの寝る時間も遅いことが問題になっています。
先生:身体的にはほんとによくないですね。寝る時間や食事の時間が遅いと、生活習慣病にかかるリスクもあがってきます。
石田:こどもでもですか?
先生:はい。将来、生活習慣病である糖尿病や高血圧などが起こりやすくなります。このことはもう少し知られてもいいことかな、と思います。
石田:将来の健康にも関わってくるというのは驚きです。気を付けたいですね。寝る時間が遅くなると、起きる時間も当然遅くなります。まだ集中できないうちに学校の授業が始まってしまって授業についていけなくなり、学力が低下する、という話も聞いたことがあります。
先生:起きてから集中力が高まるまで、2時間くらいはアイドリング的な感じですからね。頭がシャキッとしてくるのは1時間後くらい、体を動かすなら起きて2時間後くらいがよいと思います。
「見守る」より「一緒に遊ぶ」方が、大人もお得!
石田:ところで、大人でも時間がすごく長く感じるときがあります。こどもの公園などにつきあっているときです。まだ遊ぶの?もう帰ろうよ、と。
先生:人が行動しているのを見ているだけの「待つ」という行為は、時間を長く感じさせます。人間はなにもしないと時間経過に注意を向ける傾向にあって、時間経過に注意を向ければ向けるほど時間はどんどん長くなる。そのときの「待つ」はとても長いんだけど、充実した感覚ではないので、後で記憶としてたどると短くなっています。
石田:そのときは長く感じているのに、思い出すと短いんですか!なんだか損ですね……。
大人はこどもといるときのスタンスをもうちょっと変えた方がいいですね。
先生:充実した感覚は「豊かな時間」として記憶に残り、思い出されやすくなりますから、ただ待っているより一緒に遊んだ方がいいでしょうね。
石田:そういえば、こどもが3歳くらいのころ、公園に行こうとしても道草が多くてなかなか公園に着かないことにイライラしていたんですが、ある時ふと「道端で時間をつぶせているんだ。ラッキー!と考えよう」と意識を変えたら、とてもラクになりました。
先生:単なる「移動」をイベントに変換したわけですね。大人は公園に行ってからを「遊び」と考えがちですが、こどもにとっては道でいろいろなものに出合うことも「遊び」。それも含めて「公園へ行こう」ってことですからね。
沓掛:ほんとにそうですね。ところで、あれこれ道草するのとは逆に、ずーっと砂場で遊び続けているときもあります。こどもは大人よりも集中力があるのでしょうか?
先生:興味がないことに関しては、こどもの集中力は大人より持ちません。10分くらいが限界ではないでしょうか。この場合は、砂遊びという一つのイベントに集中しているだけなので、そんなに長く時間がたっている意識がないんだと思います。日が暮れてくるとさすがに時間経過を感じるでしょうが、日中の明るい時間に「もう1時間たったよ」と言われても、本人はピンとこないでしょうね。
石田:なるほど。一つのイベントを楽しんでいただけなのに「いつまでやってるの!」となぜか親が怒っている。こどもからすると理不尽でしょうね。
沓掛:ところで先生、赤ちゃんの時間感覚というのはどんな感じなんでしょう?
先生:3歳より前のこどもの時間感覚はよくわかっていません。より「できごと時間」を生きている傾向が強いようだ、ということぐらいでしょうか。現在・過去・未来の感覚がありませんから、より即時的に「今」を生きている側面が強いのではないかと思います。
石田:「できごと時間」を生きているのだから、いろいろなものに触れさせてあげることがやっぱり大事ですかね?
先生:多すぎる必要はありませんが、お散歩に出かけて何かを見せてあげたりすることは、学習の準備という意味でも大事でしょうね。
大人には多くの「盗まれた時間」があった
石田:私の悩みになってしまうのですが、こどもといると「早く早く」と言ってしまうことが多くて、自分はせっかちなのかな?と思っていました。せっかちな人とそうでない人というのは、生まれついた性格なんでしょうか。
先生:生まれついた性格よりも、生活習慣の影響が大きいといわれています。せっかちな人は心理学用語では「Aタイプの人」と言いますが、時間を効率的に使ってうまくいった成功体験がAタイプを助長するようです。ひと昔前のモーレツ社員がその典型ですね。寝ることもムダと感じてしまうため、睡眠時間は短い。ムダがあることにイライラするためにストレスが多い。そういう要因から、Aタイプは心疾患や高血圧など循環器系の病気にかかりやすいといわれています。Aタイプじゃない人のことを総称してBタイプと言うことが多いですが、病気のリスクは低いです。
石田:せっかちなのは、仕事上はよくても健康上はよくないんですね。
先生:いや、Aタイプの人が労働生産性が高いかと言うと、長い目で見るとそうではありません。アクセルをふかし続けていられる時間はそんなに長く持ちませんから。時計は人間が作り出した道具ですが、現代はその道具に人間が使われているところがある。こんなに時計が出回ったのは、日本では戦後から。いわば長い人類史の中でたった75年ほどです。もっと昔は「一刻、二刻」と、2時間単位くらいを行動の目安にしており、人間の時間感覚はそもそも分刻みで生活するようにできていません。急に分刻みの生活をしようとしても身体的にも無理がかかりますし、チームとしての生産性も実は下がりやすい。今のやり方は持続可能な働き方とは言えないと思います。
石田:なるほど。すきま時間にも打ち合わせを入れてしまう、自分の働き方についても考えさせられます。こどもと一緒のときも、仕事のメールを確認したりするためについスマホを見てしまい、「ケータイばっかり見て」と言われてしまいます。自分では長く見ないように気を付けているつもりなんですが……。
先生:スマホやPCを見る時間を、人は過小評価する傾向にあります。検索したりネットサーフィンをしている時間です。リンクにつながるまでや、キーワードを入力して目当ての情報にたどり着くまでに実はけっこうな時間がかかっているんですが、イベントとしては認識しない。その時間を人間は正当に評価しないので「盗まれた時間」になってしまう。なんとなくネットサーフィンをしていたら2時間くらいたっていた、というのは「盗まれた時間」の典型です。
石田:「盗まれた時間」。こわいですね!スマホを見ている時間は自分が思っているより長いということを意識して、こどもと一緒のときはとくに気を付けたいと思います。
沓掛:最後にお聞きしたいのですが、こどもの時間を大人が疑似体験したいと思ったら、どんなことをすればいいでしょう?
先生:とりあえず、時計やスマホを体からすべて外して、体験で時間を計ってみることでしょうか。時計もスマホも持たないで無人島のリゾートにでも行って、非日常を生きてみる。それがこどもの日常にいちばん近いかもしれませんね。
石田:なるほど!その発想はありませんでした。非日常に身を置くことは、日々新しい体験をしているこども(の感覚)に近そうです。でも、大人はスマホや時計がないことにソワソワして、慣れるまでに数日かかってしまいそうですね(笑)。
先生:短い時間でも新しい土地にいって時計を見ずに過ごしてみると、面白い発見があるかもしれませんよ。
沓掛:夏休みなどにぜひやってみたいです。いやー、すべてがこどものためにも自分のためにもなるお話ばかりでした。ものすごく面白かったです。
石田:本当ですね。貴重なお話、ありがとうございました。
今回も目からウロコの学びがたくさんありました。
●こどもは時計を理解していないことを忘れずに。「ちょっとだけ」「早く」ではなく、「1回だけ」「ママと競争だよ」と行動に移せる指示をだしてあげよう。
●こどもが遊んでいるのをただ待つ時間は、長く感じるが思い出には残らない。どうせなら一緒に遊んで、充実した「豊かな時間」として記憶に残そう。
●こどもは体験ごとに時間を推測している。砂遊びなど、一つの体験に熱中しているとき、本人はそれほど時間がたったと思っていないことを知っておきたい。
●スマホで検索している時間を、人は過小評価している。自分が思っているより長い時間スマホの画面を見ているので、こどもと一緒のときはとくに気を付けたい。スケジュールに追われ、時間に使われている大人と、一つ一つの体験を大切に生きているこども。よりよい人生を送るためには、大人はこどもから「豊かな時間の使い方」を学ぶべきかもしれません。まずは時間を気にしないでいい日をつくって、日暮れまでこどもと一緒に遊んでみたいと思います!