【グローバル】加速するサステナビリティ&サーキュラーエコノミーNo.8
コロナ禍でメンタルヘルスが悪化する若者。パンデミアルとは?
2021/09/02
世界経済フォーラムは、2021年1月に「グローバルリスク報告書2021年版」を公表しました。この中で、今後10年間に発生する可能性の高い、あるいは影響が大きいリスクなどについて指摘しています。その一つとして「パンデミアル(Pandemials:パンデミックを生きる15〜24歳世代)」が取り上げられました。
将来を担う若者のメンタルヘルスの裏側には何があるのか。また、どのような議論が行われているのか。コロナ禍で制限された環境が続く中でのメンタルヘルスの「今」を紹介します。
<目次>
▼パンデミアルの苦難
▼模索される職場のメンタルヘルス対応
▼コロナ前から注目されてきたメンタルヘルス
▼パンデミアルの苦悩は長期化する?
▼若者のウェルビーイングと向き合う鍵となるインターナルブランディング
パンデミアルの苦難
グローバルリスク報告書は、15〜24歳のパンデミアルを、「合わない教育システム、根深い気候変動問題、各地で起こる暴力行為」によって「傷ついた世代」であると指摘。この世代は、世界金融危機、新型コロナウイルス感染症拡大という2度の世界的な危機により社会的、経済的な衝撃にさらされ、「21世紀のダブルロストジェネレーション」となる恐れがあると警鐘を鳴らしています。
経済や教育の見通しが不透明な状態が続くと、格差が拡大し、若者の不満は強まる可能性が高くなります。それが、「社会への過激な抗議活動や世代間の社会的分断につながるといった長期的なグローバルリスク」を生むと予想しています。
報告書では、コロナ禍で「世界中の子どもおよび若者の80%はメンタルヘルスが悪化している」とのデータも紹介しており、リスクを最小化するための国際的な対応が必要と強調しています。
模索される職場のメンタルヘルス対応
傷痕を抱える若者世代が社会に出た際の受け皿となる場所、「職場」におけるメンタルヘルスへの対応についても、世界的に模索段階です。世界経済フォーラムが開催したオンライン形式の会合「ダボス・アジェンダ」で、1月25日にワークショップ「Prioritizing Workplace Mental Health(職場のメンタルヘルスの最優先化)」が開催されました。ポイントは、地に足の着いた仕組みづくりに向けて当事者の議論参加を促す「インクルージョン(包括)」や、企業の垣根を越えた協力体制を整える「アライアンス(提携)」の動きでしょう。
具体的には、当分野の世界的リーダーの一人、デロイトグローバルの元CEOパニー・レンジェン氏からは、自ら率いるグローバル企業がメンタルヘルスが健全である労働環境をつくるために始めた取り組みにおいて、HSBCホールディングスやSalesforceなどの複数のグローバル大企業と協力しながら、メンタルヘルス改善のベストプラクティスを探っているとの報告がありました。
また、ジョンソン・エンド・ジョンソンやマスターカードなども参加する、グローバルに職場のメンタルヘルスを唱道する組織One Mind at Workの共同設立者ギャレン・スタグリン氏は、同じ環境でも人によって状況やストレスの受け止め方が異なる「ニューロダイバーシティ(neurodiversity:脳多様性)」に対する理解も必要だと指摘しました。昨今はメンタルヘルスに効果のあるテクノロジーも開発されていますが、いまだ科学的な検証根拠の乏しい手法も多く、最適解は見つかっていないと統括されています。今後はますます多くの人が知恵を共有して若者のメンタルヘルスを守る流れが強まると考えられます。
活発な議論を促すには、若い世代のメンタルヘルスについて語ることをタブーとしない、若者の声が聞き入れられやすい空気感の醸成も不可欠です。世界的に、前向きな兆候も見られます。
例えば、英ウルヴァーハンプトン市では、8~19歳の若者の身心の健康に寄与するアートスペース地区The Way Youth Zoneが設けられています。同地区にはウィリアム王子夫妻が2021年5月に訪問したことから、若者のメンタルヘルスが公に取り扱われる傾向もうかがえます。
そして6月にはプロテニス選手が、長期の抑うつ状態を理由に世界大会を棄権する意向を表明するなど、強さが美徳とされてきたスポーツ界のメンタルヘルスに関する議論が表面化しました。「it’s O.K. not to be O.K(大丈夫でなくたっていい)」という言葉が、スポーツ業界を含め、世界にメンタルヘルス議論の在り方を問いかけています。
コロナ前から注目されてきたメンタルヘルス
そもそも、「メンタルへルス」という言葉を聞くと、触れてはいけない個人の問題のようなイメージをもつ方も多いかもしれませんが、コロナ禍前からビジネス面でその重要性が議論されてきました。
WHOとILO(国際労働機関)の合同調査によると、2000年代はじめから、毎年米国はうつ病によっておよそ2億日分の年間労働可能日数を失い、対策費用に約300〜400億ドルの国費がかかっているといわれていました(※1)。
さらに、2030年までに達成を目指すSDGsの目標3「すべての人に健康と福祉を」にメンタルヘルスが含まれていることもあり、近年は具体的な対応を促すためにも、費用対効果試算も出されています。
2016~2030年の間に36カ国で915億米ドル(約10兆円)の治療費が必要ですが、仮に米国が治療費に投資し、対策を行った場合、健康寿命延長による経済的利益と、その他健康増進効果を合わせて、5.3倍の利益をもたらすとの試算です(※2)。
※1
出典: Gaston Harnois, Phyllis Gabriel. World Health Organization and International Labour Organization. 2000年3月1日. Mental health and work : impact, issues, and good practices.
https://www.ilo.org/skills/pubs/WCMS_108152/lang--en/index.htm
※2
出典:UN Task Force. World Health Organization. 2021年3月22日. Mental health investment case: a guidance note.
https://www.who.int/publications/i/item/9789240019386
パンデミアルの苦悩は長期化する?
米国国立医学図書館が運営するデータベースに登録されているコロナ関連論文のトピック数を見てみると、コロナ初期の2020年4月頃は疫学、8月頃は公衆衛生に関する研究が増えました。しかし、11月にはメンタルヘルスに関する論文数が最多となりました(※3)。
※3
出典:Holly Else. 2020年12月16日. “How a torrent of COVID science changed research publishing — in seven charts,” Nature.
https://www.nature.com/articles/d41586-020-03564-y
コロナ禍でのメンタルヘルスの悪化は、ワクチンの接種が進めば改善されるとの期待も寄せられています。その一方で、パンデミアル世代の苦難は、過去を振り返ると「長期化」するのではないか、という声もあります。
SARS(重症急性呼吸器症候群)の影響をみるために2003年以降、12年間行われた台湾での継続調査においては、精神障害と自殺の危険性の長期的増加が認められています(※4)。
今回の新型コロナウイルス感染症に関しても各所で研究、調査が進められていますが、2020~2025年の間にオーストラリアだけでも、メンタルヘルスの影響で失われる生産性の累積コストは1140億豪ドル(約9兆円)、そのうち約1割の113億豪ドル(約9,000億円)が若者層による損失とのデータが昨年9月に発表されています(※5)。
※4
出典:Nian-Sheng Tzeng, Chi-Hsiang Chung, Chuan-Chia Chang, Hsin-An Chang, Yu-Chen Kao, Shan-Yueh Chang & Wu-Chien Chien. 2020年10月6日. “What could we learn from SARS when facing the mental health issues related to the COVID-19 outbreak? A nationwide cohort study in Taiwan,” Translational Psychiatry.
https://www.nature.com/articles/s41398-020-01021-y
※5
出典:Vivienne Reiner. 2020年9月2日. “The impact of COVID-19 on the mental wealth of Australia” The University of Sydney.
https://www.sydney.edu.au/news-opinion/news/2020/09/02/the-impact-of-covid19-on-the-mental-wealth-of-australia.html
若者のウェルビーイングと向き合う鍵となるインターナルブランディング
コロナ禍のメンタルヘルスへの注目を背景とし、インクルーシブに、そして組織横断型で知恵を分かち合うコミュニケーション環境を整えようと動く世界の潮流において、日本企業の対応も問われます。
企業広報戦略研究所(電通PR内)が2021年に実施した「第2回 インターナルブランディング調査」では、コロナ禍における勤務先のメンタルサポートに関し、全国男女20~69歳のビジネスパーソン1000人の約半数(49.3%)が、“サポートがあった”と回答していますが、サポートがあっても「あったが、なくてもよかった」(19.3%)、「あったが、逆にわずらわしかった」(14.2%)と回答しています。つまり、「そのようなサポートはなかった」(50.7%)と合わせると8割以上(84.2%)の人は適切なメンタルサポートを受けておらず、日本の職場も、効果的なメンタルサポート体制が整った企業が多いとはいえない状況です。
組織内の課題を共有し、意識をそろえて行動していくことで組織の魅力・価値を高めるインターナルブランディング。今後、若者の心身の健康を考えた職場づくりをするうえで、企業が向き合う一つの課題かもしれません。