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橋口幸生の言葉最前線No.3

「社会派広告」に、コピーを学ぶ

2021/09/13

電通で、クリエーティブ・ディレクター/コピーライターを務めている橋口幸生氏。彼が招待するのは、広告とは全く別の世界で活躍している「言葉の猛者」たち。

本連載では、隔月のペースで開催されるウェビナーの内容を、編集部視点で再編集。「新しいものは、必ず新しい言葉と共にやってくる」という橋口氏の視点のもとで、言葉の持つ力や、その可能性についての考察を深めていく。

第3回にあたる本稿では、広告制作のみならず、商品開発やブランドプロデュース、さらには報道番組のコメンテーターなど、さまざまな分野で「社会課題」と向き合う活動で注目を集める辻愛沙子氏と橋口氏の対談内容から、「社会を動かす広告の言葉」と題されたウェビナーの肝の部分について紹介していきたい。

                        文責:ウェブ電通報編集部

辻 愛沙子

 

「社会派クリエイターって、なんだろう?」(辻愛沙子)

「例えば、ホモソーシャルみたいなことが取り上げられたりしますが、表現を考える上でそういうことを意識することが社会派クリエイターということなんでしょうか?」ウェビナーの冒頭、辻氏はやや難しい投げかけをしてみせた。

確かにそうだ。多様性を認めよう、男女や年齢の垣根を越えてお互いをリスペクトしよう、みたいな意識は持っていても、いざプロジェクトチームを組むとなると男同士、女性だらけの編成になっていたりする。「僕自身、クリエーティブ・ディレクターとして仕事をしていますが、無意識にそれをやっている。その無意識に、というあたりが一番怖いですよね」と、橋口氏も同調する。

「例えば、若い女性向けのブランドを立ち上げよう、といった場合でも、意思決定の席にいるのは多くの場合、年配の男性だったりするわけです。もちろんその方々自体が悪いわけではないのですが、今の日本ではビジネスも政治もクリエイティブ領域でもこの傾向へと著しく偏っているのが現状です。技術や人脈だけでなく、ブランドが届けたい視点を背負えるチーム編成になっているかどうか、といった視点も大事だと思うんです。

長く愛されるブランドになるためには、さらに、ブランドを届けたいターゲットの向こう側、彼ら彼女らを通して見た社会へのメッセージが必要だと考えています。社会がターゲット層をどう見ているのか、逆にターゲット層が今社会に何を感じ何を伝えたいのか、そのリアルな声に目を向けエンパワメントしていくことが重要です。そもそも広告とは社会へ向けてメッセージを発信する行為なのだから、わざわざ『社会派』というレッテルを貼ることそのものに、若干の違和感があるんです」。そう語る辻氏の視点は、のっけから新鮮だ。

辻 愛沙子
辻 愛沙子氏:arca代表、クリエイティブディレクター。社会派クリエイティブを掲げ、「思想と社会性のある事業作り」と「世界観に拘る作品作り 」の二つを軸として広告から商品プロデュースまで領域を問わず手掛ける越境クリエイター。リアルイベント、商品企画、ブランドプロデュースまで、幅広いジャンルでクリエイティブディレクションを手掛ける。2019年春、女性のエンパワメントやヘルスケアをテーマとした「Ladyknows」プロジェクトを発足。同年11月より、報道番組「news zero」に水曜パートナーとしてレギュラー出演し、作り手と発信者の両軸で社会課題へのアプローチに挑戦している。

「『辻は、どう思う?』みたいな環境が、新鮮だった」(辻愛沙子)

辻氏のキャリアは、学生時代に社員数15名ほどの広告会社のインターン(研修)制度を利用したことに始まる。「もともと、 中高生の頃に人種も文化も多種多様な人たちが集まる海外のボーディングスクールに行っていたこともあり、年齢や性別といった“カテゴリー”によってジャッジされたり縛られたりする経験がなかったんです。でも、日本に帰ってくると“女の子なのに”とか“インターン生らしく”といったように型にはめてくる声が大きいということに気がつきました。でも、最初に入社した会社では、制作の現場にいると、インターンでも大学生でもなく、『辻はどう思うの?』といったことを先輩から尋ねられたりする。そのことが新鮮だったし、なんだかとってもワクワクしたんです」

辻氏によれば「自分自身のブランドづくり」といったことには全く興味がなく、フラットな立場で参加できる職場環境そのものが楽しくて、目の前にある仕事をただワクワクとこなしていただけ、なのだという。

「自己実現的なエネルギーの生み出し方が自分自身はあまり得意ではなくて、その時々で誰かの役に立てるアウトプットにとにかく全力で向き合う、という泥臭いキャリアの積み方をしているように思います。広告クリエイティブは、良くも悪くも不特定多数の方にメッセージを届けられる仕事。発する言葉一つとっても、希望を届けることもできればステレオタイプをより強固にしてしまう恐れもある。だからこそ広告というフィールドで、誰かのために、社会のために届けられるメッセージがあるんじゃないかな、と青臭いながらに思い、この業界に足を踏み入れたんです。当時の自分を改めて振り返ると、なんだかちょっと恥ずかしいんですけど」

橋口幸生
橋口幸生氏:電通 クリエーティブ・ディレクター、コピーライター。最近の代表作はロッテガーナチョコレート、「世界ダウン症の日」新聞広告、出前館、スカパー!堺議員シリーズ、鬼平犯科帳25周年ポスターなど。「100案思考」「言葉ダイエット」著者。TCC会員。趣味は映画鑑賞&格闘技観戦。https://twitter.com/yukio8494

 

「思考は、連想ゲーム。仕事は、連鎖のチカラ」(辻愛沙子)

「辻さんの発想法というか、仕事術みたいなことを、伺いたいんです」という橋口氏の質問に、辻氏はこう答えた。「業界でいうところのオリエンってありますよね?私の場合は、何か一つ課題をもらうと、次から次へと、妄想が膨らんじゃうんです。で、言葉にしろ、ビジュアルにしろ、なんだかメモしてたりする。オリエンはもちろん前提として都度立ち返りながら大事にしますが、伺った上で“これがベストなんじゃないか”というオリエン返しをさせていただくことも結構あります」

これまた業界でいうところの「百本ノック」というやつだ。こうがこうだから、こうなる。であれば、こんなこともできるのではないか?そんな連想ゲームを、夜中に一人で始めて、その熱量のまま企画書に落とし込む。そしてこんなことがやりたいんだと社内で話すと、「面白いね。なら、誰々と会ってみる?」みたいなことになって、仕事が回り出す。気がついたら、自分が作ったものに対して、全く知らない人にSNSでつぶやかれていたりする。「自分の企画が自分の手を離れて、知らない誰かの背中を押していたり楽しみになっていたりすることがもう、うれしくて、楽しくて。行き当たりばったり、みたいな生き方なんですけど、今でもそのワクワクの本質は変わってません」

辻さんの仕事は、自己実現とか、何かを達成したい、といったことから始まってはいない。思考の連想ゲームを続けているうちに、自然と人との連鎖が生まれていた、というものだ。

「そういうラッキーな人って、いるよね。まあ、若くて可愛い女の子だからできることなんだろうけど、僕にはできないなあ。会社や取引先とのしがらみとかも、いろいろとあるし」とやっかむおじさんに、一言、申し上げたい。ここまで紹介した彼女の文脈の中に「ラッキー」「若くて可愛い」「女の子」という要素が、どこかにあっただろうか?

RingoRing
辻氏が開発から関わった「RingoRing(リンゴ リング)」。名前がそのままプロダクト紹介になっていて、かつメモラブル。辻氏のコピーライターとしての能力は、もっと評価されるべきだ。(橋口氏)


 

「どんな組織も、気がつくと村(ムラ)になっている」(橋口幸生)

ウェビナーの中で辻氏は、いわゆるイノベーションというものを起こすために必要なことは「内省」と「開示」と「変化(アクション)」だ、という話をしてくれた。「結局、そのアクションは、なんのためにするんだ?ということが大事だと思うんです」

変革のための改革、では意味がない。表面だけの“変化的姿勢”ではなく、アクションが伴う“誠実さ”が必要だと思います。まずは、自分(自社)が過去にしてきたことを振り返って、反省すること。どんな人でも、どんな企業でも、完璧なことをして今に至っているわけではない。思い返してみれば反省すべきことだって、たくさんしてきているはずだ。まずは、その失敗と向き合って反省をすること。その内容を、ブラックボックスではなく誠実さを持って開示していく姿勢を持つこと。その上で、私は(私たちは)、ということを発信することが大切なのだ、と辻氏は言う。

例えば、クリエイティブのような「自由な仕事」においても、村(ムラ)社会になっていることがある、と橋口氏は指摘する。「広告賞をとるためには、こんな修業をして、こんな師匠について、こんな実績を残さなければならない……という暗黙の成功ルールがある。でもそれって、辻さんのおっしゃる『なんのために仕事をしてるの?』という理屈に照らし合わせてみると、ただ単にクリエイティブ業界という狭い村での話に過ぎないんですよね。もちろん、広告のクオリティ向上に、賞が果たしている役割は大きい。でも、絶対視せず、相対化した視点を持つことが欠かせないように思います」

Social Coffee House
内輪体質と批判されがちな広告業界にあって、広く社会に向けて発信しているのは、辻氏の強みの一つ。news zeroやハフライブへの出演に加えて、「現代の大人たちが今改めて知っておきたい教養」を学ぶためのコミュニティ、Social Coffee Houseも運営している。(橋口氏)


 

「思いは、必ず届く。それを、信じたい」(辻愛沙子)


「クリエイティブディレクションに必要なのは『技術』と『視点』だと思っています。『技術』は年齢や経験によって培われていくもの。一方で、『視点』はその人自身の生き様がもたらすもの。価値観やスタンス、思想と言ってもいいかもしれません。いい仕事をするには、その価値観が合うタッグが組めているかどうかだと思うんです。同じ方向を見られているかどうか。だから、例えば相手が人種差別的な価値観で社会を見ているとするならば、その企業の仕事は受けない。そのために、自分のスタンスを明確にしておくことが大事なんです。思いを同じくする人や企業と出会い連帯していくために」

それでも、思いは必ず届くはずだ、と辻氏は言葉を重ねる。「私は、私自身や私が作ったものを評価してほしい、とはあまり思っていません。ただ、これはいいな、と私が惚れ込んだものを、拙い技術でもなんとか形にして、世の中に届けて、それに心を動かされたという人が一人でもいてくださったときに、この仕事をしていて良かったな、と心の底から思うんです」

ウェビナーを通じて彼女が訴えていた「この時代に必要な連帯感」といったことの正体とは、いわゆる「連帯責任」のような縛り(ルールや制約)ではなく、同じ思いを共有できる人と共に社会をより良くしていきたい、という「自由への切符」を意味するものなのだと思った。

Tapista
これからは、ビジネスで排除されがちだった「社会へのスタンス」が、広告を強くする時代になっていく。辻氏が手掛けたTapista(タピオカ専門店)の「選挙へ行こう!キャンペーン」は、その例の一つ。(橋口氏)
 
 
※本連載は、「言葉最前線」と題されたウェビナーの内容を、主催者でありMC役でもある橋口幸生氏(CXCC局)の監修のもと、ウェブ電通報独自の視点で編集したものです。

 

【参加者募集中】 
「言葉最前線」Vol.4ウェビナー 9月28日(火)開催決定!
福満しげゆき×橋口幸生「いつもの毎日にこそ、おもしろい言葉があふれている」

福満しげゆき
ゲストは、「うちの妻ってどうでしょう? 」で第14回文化庁メディア芸術祭マンガ部門奨励賞を受賞した福満しげゆきさん。同作の他にも、青春時代を独特なトーンで描いた自伝的作品「僕の小規模な失敗」(青林工藝舎)、「妻」を題材にした「妻と僕の小規模な育児」(講談社)など、数多くのエッセイマンガを生み出しています。「そささー」「ズボーン」「ししゃもばい!」「チンピラDQNおじさん」など、福満さんのマンガには、独特のおもしろい「言葉」があふれ、エッセイなどの文章作品にも独自の言語センスが感じられます。少女マンガのような大恋愛や少年マンガのような冒険譚ではない、いつもの毎日。そこからおもしろく、愛おしい言葉を切り取る福満さんの観察眼に迫ります。

・日時:9月28日(火)20時~21時30分
・参加費:1,500円(税別)

お申し込みはこちらから
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