リスキリングのススメ。DXの本質は“既存人材のトランスフォーメーション”にある!No.1
“DX騒ぎ”に隠された、既存人材リスキリング(能力再開発)の重要性
2021/11/04
「DX推進の課題は、スキル人材不足」といわれています。世界と比べても、日本は特に深刻です。
その解決策として注目されているのが、既存人材のスキル再開発、すなわち「リスキリング」(Reskilling)です。
今回の記事では、DXの本質と課題、そしてそれを解決する鍵となるリスキリングについて解説します。
「DX人材」の確保に悩む企業の人事担当者。
新しいスキルの習得で、デジタル領域でのキャリアアップを目指す人。
また、家庭の事情等でキャリアを離れてしまったが、新しい働き方を模索する人。
そんな方々に読んでいただけたらうれしいです。
<目次>
▼DX人材が不足している?そもそも「DX人材」とは?
▼既存人材のDX、「リスキリング」という概念
▼「デジタル〇〇が死語になる時代」に向けての人材育成
▼リスキリング導入の課題、「必要スキルを誰が伝授するのか」
ちなみに筆者の所属する電通イノベーションイニシアティブ(以下、DII)は、世界各国の最先端のデジタル・データソリューションを発掘・検証し、企業のDXとイノベーションを推進するチームです。
リスキリングの領域でも、フランスのOpenClassroomsとパートナーシップを組み、日本で実際にプログラムを提供することで、DX人材育成の実証実験と調査を進めてきました。
DX人材が不足している?そもそも「DX人材」とは?
DXの推進には、デジタルとデータ技術を核に、
「業務フローの改善」
「ビジネスモデルのアップデート」
「新規事業の開発」
が求められます。
そして、三菱総合研究所のレポートによると、DX推進上の課題トップ2は、
「DXの全体工程を管理する人が不足している」
「ビジネス案を実際に形にする人が不足している」
です。つまり “DX人材不足”です。
さらに、今後はこれまで労働人口の多くを占めていた「生産職」や「事務職」が淘汰(とうた)されていき、結果、人材需給のアンバランスは、ますます加速することが予想されています。
同レポートによると、2030年には、「デジタル人材を含む専門技術人材」(技術革新をリードしビジネスに適用する人材)が170万人も不足するといいます。
一言でいえば、産業構造の変化によるスキルギャップ(=スキルのずれ)の発生です。AIやロボティクスが台頭する“第4次産業革命”の中で、企業が求めるスキルは大きく変化しています。
では実際、DXの領域では、どんな人材が必要とされているのでしょうか。そもそも「DX人材」とは何なのでしょうか。
世界の労働市場のデータによると、「システムエンジニア」などの技術系の人材はもちろんのこと、従来のようなビジネス知見+データ・デジタル知見の両方を持って価値を生み出せる、いわばハイブリッドな人材も、急速にニーズが高まっています。
例えば以下のような人材です。
「DXリード」
「データアナリスト」
「AIエンジニア」
「UXデザイナー」
「プロダクトマネージャー」
「デジタルマーケター」
「デジタルプロジェクトマネージャー」
環境の変化は激しく、「創造力」「適応力」「問題解決力」といった認知能力によるところのソフトスキルも、ますます重要となります。
ただ、これらのスキルと知見を併せ持つ人材が足りないというのは、いってみれば当然のことです。過去の第1次~第3次産業革命でもそうでしたが、大きな技術進化があるたびに、必要なスキルは変化し、人は学び進化してきたのです。
既存人材のDX、「リスキリング」という概念
そこで、注目されているのが、「リスキリング」という概念です。
定義:リスキリングとは?
「既存人材」の再開発で、デジタルとデータの知識やスキルを兼ね備えた人材を、トレーニングを通して増やしていくこと。
そしてそれを通して社会やビジネスのあらゆるニーズに柔軟性高く対応できる人材を生み出し続けること。世界的にDX人材が不足している今、最初からスキル条件を満たす人材を採用市場から見つけてくるのは、時間とコストがかかり、非効率的です。いざ採用できても、結局スキルがその企業のニーズと合致していなかった、というケースも少なくありません。
だからこそ、今後は、採用や人事異動において、「既存人材のDX=リスキリング」を前提とした人事戦略も検討する必要があります。
リスキリングを通して、以下のような方々がDX領域で活躍できるようになり、企業の課題解決と個人のキャリア形成が実現できます。
- 社員にとっては、仕事を継続しながら、全く別の領域への異動の可能性が広がる
- 転職希望者は、成長領域での将来性のあるキャリアアップを目指せる
- 育児・介護など家庭の事情等で一度キャリアを離れてしまった“潜在的人材”も、選べる選択肢が増え、活躍の場が広がる
これまでデジタル領域と縁が薄い職種だった方も、「今まで培ってきた領域」だけにとらわれて、自分の可能性を狭める必要はありません。
企業の求めるものと、実際の人材の“スキルギャップ”が顕著な産業転換期だからこそ、リスキリングという選択肢を知ってほしいのです。
ここで、私自身のお話をさせてください。DIIのメンバーである私ももともと、DX領域のエキスパートではありませんでした。
大学卒業後、電通で営業として何年か勤めた後は、グローバル教育領域での事業や、大学院で講師などをやっておりました。30代で夫の仕事でロンドンに移住し出産、育児をしながら、遠隔で教育関連のプロジェクトを続けました。
そして、4年ほど前、子供も保育園に入り、次の働き方を考え始めた私は、ロンドンでも「教育機関でのポジションがないかな」と考え、同じく教育に興味を持つ先輩にキャリア相談をしました。すると、先輩から思いがけない言葉が返ってきました。
「あやちゃんさ、デジタルとか、自分ともう関係のない話だと思ってるでしょ?」
「俺も以前はそう思っていたんだけど、もうデジタルはどの領域に入っても避けて通れないものになっていると思うんだ。せっかくデジタル領域のスタートアップがいっぱいあるロンドンにいるなら、まずはそういうところに飛び込んでみたら?」
その時は、すぐにその言葉の意味するところを理解して、積極的にデジタル領域の仕事を探すほど、腑(ふ)に落ちたわけでもありませんでした。
ただ、そんな時に、動画データ分析プラットフォームのベンチャー企業で、事業サポートをさせてもらうポジションのお話をいただきました。心に残っていた先輩の言葉を思い出し、正解は分からないけど、まずは飛び込んでみようと思いました。
こうして、私の飛び込みリスキリングが始まりました。
ほぼ全員がエンジニアのチームの中で、メンバーとの情報連携は、会話の3割くらいの理解で何とかこなしているような気持ちでした。私の楽しみは、チーム内唯一の女性でCTOのエマと、仕事の合間に近くのカフェに行くことでした。
とてもおいしいコーヒーを飲みながら、ある日は、クラウドの仕組みやアジャイル開発、プログラミング言語の違いについて教えてもらい、また別の日は、ロンドンの有名なクラブに私が行ったことがないと知ると、「信じられない!必ず一緒に行こう!」と誘ってくれました。
こうして、数カ月たつと、異次元の言葉に聞こえたチームの会話が少しずつ自然と分かるようになり、いつの間にか、新しい自分がそこにいる感じがしました。
適切なリスキリングで、誰もが「従来の経験、スキル」×「デジタル・データ関連のスキル」により、新しい領域での挑戦が可能になります。
私自身も、現在、企業のDXを支援するチームに参加できているのは、ロンドン時代に自分のリスキリングに挑戦できたからこそだと思います。
「デジタル〇〇が死語になる時代」に向けての人材育成
私自身のリスキリングの経験から言うと、例えば自分の興味関心領域が「教育」であっても、使うツールという視点でも、教育内容という視点でも、「デジタルとデータ理解」は未来の教育の形を考えるには不可欠なものでした。そう、先輩は正しかったのです。
これは、教育だけでなくあらゆる領域で当てはまることなのだと思います。多くの人は、まだデジタルを「特効薬」だと考えています。しかし、DXの本質を考えると、デジタルは「水」です。
つまり、みんなが使う水のようなものとなり、あらゆる企業や人がデジタルをごく自然なものとして駆使していける世界では、「DX」はもちろん、「デジタル〇〇」という言葉自体が死語になるでしょう。そのシフトの鍵が、既存人材のリスキリングなのです。
このリスキリング領域をリードする企業の一つが、冒頭でも少し触れたフランスのOpenClassroomsです。「今後、需要が高まるスキル」に特化して、専門デジタル人材を育成するオンライン学習プラットフォームです。
OpenClassroomsのリスキリングでは、本格的な6~18カ月間の実践型プロジェクトに取り組みます。毎週、専門家と1on1の“メンターセッション”があり、また、オンラインならではの柔軟なスケジュールで、働きながら学習ができます。
最終的には習得スキルを証明するための課題プレゼンテーションがあり、合格すると、フランス政府認定の学士や修士レベルのディプロマが取得できます。
さらに、OpenClassroomsは受講者全員に「就職の保証」もします。そのための、OpenClassroomsの「学習コンテンツ制作」のプロセスは特徴的です。各領域で求められる最新スキルを、現場専門家へ聞き取り調査し、労働市場データの分析をした上で、プログラムを制作しています。
その結果、OpenClassroomsが提供するスキルは「市場でのニーズが高いもの」であり、コース修了者で、就職ができなかった人は、これまでゼロ(!)とのことです。
共同創業者のMathieu Nebraは、「誰でもデジタルスキルを身につけられるように」と、分かりやすさにこだわった学習コンテンツを、13歳からオンラインサイトに無料でアップし続けてきました。そしてついにフランスではプログラミングを学ぶ際の定番サイトになったのです。
彼の情熱から始まったOpenClassroomsは今も“Make education accessible.”をミッションに、動画学習教材は全て「無料」で公開しています。
デジタルスキルを身につける機会を「全ての人」に提供することで、未経験者も含め、あらゆる世界の人々のキャリアアップを目指しているのです。
リスキリング導入の課題、「必要スキルを誰が伝授するのか」
さて、企業にとってリスキリングの導入の課題は何でしょうか。
実は、日本では「領域を跨(また)いでのリスキリング」は、欧米に比べると「元々やってきたこと」であり、幸いにも全く新しい取り組みではないと思います。
というのも、日本の多くの企業では「総合職採用」などにより、例えば最初の配属が営業でも、その後、人事にいったり、アナリストになったりと、流動的な異動が受け入れられている土壌がすでにあります。
結果的に、変化の激しい時代に最も求められる「適応力」においても、強みを持つのではないでしょうか。
ただ、それも「すでに各企業内に、それら領域への知見や継承ノウハウが蓄積されている」ことが前提です。DX時代のリスキリングにおける課題は、
「企業に欠如するデジタル領域の必要スキルを、誰が伝授するのか」
です。
これまでは、社内に蓄積したナレッジ共有や、先輩からの丁寧な指導、個人の学習努力で、何とかなってきたという日本ならではの特徴もあります。
しかし、技術進化によるこの巨大な転換期においては、最新のスキル習得は、今までの社内完結のトレーニングでは非効率なだけではなく、本当の意味での事業シフトの足かせにさえなりかねません。
実際、電通デジタルのレポートによると、DXに関する人材の課題のトップは「自社内で育成を担える人材が乏しい」であり、社内での育成の難しさが顕著となってきました。
今後、企業がDX人材の育成・確保を進めるためには、まずは通例のやり方の枠を超え、外部の専門機関も効果的に活用する必要があるでしょう。
また、リスキリングの可能性を理解した上で、“潜在的人材”にもポジションの枠を広げていくことが、デジタルを自然に使いこなす企業としての成長に直結するはずです。潜在的人材については、次回の記事でまた詳しく触れていきます。
ここまで、DX時代における「企業にとってのリスキリングの重要性」を中心にお話しさせていただきました。
最後に。この転換期は、企業にとってだけでなく、さまざまな理由で「リスキリングを目指す個人個人」にとっても、新たな可能性に満ち溢(あふ)れています。全く新しい世界に飛び込むことには不安もつきものです。一方で、また新しい自分が見えてくるチャンス、人生をポジティブな方向に導いてくれるチャンスかもしれません。
リスキリングという挑戦が、皆さんにも新たな出会いや発見、チャンスをもたらしてくれることを願っています。