社員たちが自発的に取り組む、住友商事グループの社会貢献活動プログラム「100SEED」
2021/11/29
SDGsや社会貢献活動を推進する企業にとって、社員一人一人に取り組みを自分ゴト化してもらうこと、自らアクションを起こしてもらうことは、非常に大切です。しかし実際は、社内の意思統一やインターナルコミュニケーションがうまくいかずに悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。
本連載では、SDGsの達成やサステナブルな社会の実現に向けた、企業のインターナルコミュニケーションや社内活動の成功事例を紹介していきます。
今回は、住友商事グループがグローバルで取り組む社会貢献活動プログラム「100SEED(SC Emergent Evolutional Deed)」を紹介します。住友商事の100周年事業「22世紀プロジェクト」の一つとして、社員の発案から始まった同プログラム。2020年から世界各地で本格的に活動がスタートしました。
グローバルレベルで取り組みを進めたり、社員主導でアクションを起こしたりしてもらうためには、どのような工夫が必要なのでしょうか。「100SEED」の立ち上げから実践フェーズまでのプロセスを、同プログラムリーダー・江草未由紀さんにお聞きしました。
時間をかけてでも、みんなが「腹落ち」することが大切
──まずは住友商事の創立100周年事業である「22世紀プロジェクト」について教えてください。
江草:「22世紀プロジェクト」は、2019年に創立100周年を迎えた当社が、次の100年を見据え、持続可能な成長のために変化・挑戦していこうと全社で取り組んできたプロジェクトです。
そもそも、「22世紀プロジェクト」が始動したのは2017年ごろ。私自身もその検討委員会に参加し、まずは「このプロジェクトをどのような位置づけにするのか」を、社内で議論しました。100年に一度の貴重な機会なので、企業文化を時代に合わせて進化させるきっかけにできればと考えましたが、当初は「住友商事はもう十分良い会社じゃない?」「何か変えなきゃいけないの?」と考える人もいて……。お祭りのように楽しく盛り上がるものにしたい、という意見もありました。
最終的に「変化・挑戦することで、持続的な成長を目指そう」という方向性が決まるまでには、相当な時間がかかりました。何か大きなきっかけがあって、みんなが一斉に同じ方向を向けたわけではありません。ヒアリングを重ね、セミナーを受け、また議論を重ねて、少しずつみんなが腹落ちしていったのだと思います。そしてプロジェクトが始動したあと、最初の、住友商事を「徹底解剖」するフェーズでは、あらゆるステークホルダーから、私たちの「守るべきこと」や「変えるべきこと」について忌憚(きたん)のない意見をもらいました。それをベースにさらに議論を重ねたことで、よりみんなの考えや方向性がまとまったと感じました。
全社員が参加対象!社員の発案からスタートした「100SEED」
──「22世紀プロジェクト」の方向性が決まり、その中で「100SEED」はどのようにスタートして進められていったのでしょうか?
江草:グローバルで取り組む社会貢献活動プログラム「100SEED」は、「100周年の節目だからこそ、100年先を見据えて、グローバルレベルで、社会のためにできることをやろう」という社員の発案をきっかけにスタートしました。
「100SEED」は、POST、DISCUSS、ACTの3つのフェーズを設定して進めていくことになり、まずPOSTフェーズでは、取り組むべきテーマを社員投票によって決定しました。最初にPOST(社員投票)を行うことにしたのは、この活動のコンセプトが「全員参加」だったから。一部の社員だけで決めていくのではなく、実際に参加する社員全員に決めてもらうべく、SDGsの17の目標の中から、それぞれが取り組んでみたいと思う社会課題を「投票」してもらうことになったのです。
予想以上に多くの社員が積極的に参加してくれて、驚きましたし、ありがたく思いました。中でも感動したのは、海外から多くの社員が参加してくれたこと。「100SEED」のコンセプトムービーを英語でも発信したことや、各地域で選抜されたグローバルアンバサダーが働きかけてくれたことで、海外社員たちを引き込むことができたのだと思います。
投票の結果は、いずれの地域でもSDGsの目標4「Quality Education(質の高い教育をみんなに)」が1位に。2位以下は国・地域によって実はバラバラでしたが、世界各地の社員代表が⻑期的な視点で「グローバルでともに考え、実行する」社会貢献活動にしたいと話し合い、「Quality Education」をグローバル共通テーマに決定し、「教育は、あらゆる社会課題を解決のする⼟台となる」という考えも共有しました。2019年5月から始まったDISCUSSフェーズでは、このテーマに基づく具体的なアクションプランを策定していきました。
グローバル共通テーマになった「Quality Education」ですが、具体的な課題は地域によって大きく異なります。そのため、「活動の内容は地域ごとに決める」という方法だけを決めて、その後は各地域でディスカッションを重ねました。国内では全国で31回のワークショップを開催し、400以上のアクションプランのアイデアを集めました。その後、市民団体や行政などの専門家にヒアリングしながら活動案を集約し、「共感」「参加意思」の視点で社員投票を実施。全国から4610票が集まりました。
こうして、活動の枠組みを決めるまでに約1年かかりました。多くの人を巻き込み、何度も議論をしたり投票をしたりして企画を進めるのは、正直、時間がかかりますし、地道な作業を伴います。しかし、社員の皆さんを活動に巻き込んでいくために、必要なプロセスだったと私は考えています。
「商社は人が大切」という精神から、「良質な教育」を経営課題に設定
──議論を重ね、投票を経て具体的なアクションプランが決まったあとは、いよいよ実践フェーズですよね。どのように進めていったのか、教えてください。
江草:2020年4月に「100SEED」のプログラムリーダーを拝命し、いよいよ本格的にACTフェーズへ、と考えていた矢先、コロナ禍に突入しました。その影響もあって、2019年12月にアクションプランが決まってから実際に活動を始めるまで、半年近く時間がかかりました。
その間に実施したのが、運営基盤の整備です。社員のボトムアップで始めた活動ではありますが、会社として継続的に取り組んでいくためには、経営層のコミットメントが不可欠です。まず、経営会議で、「100SEED」に取り組む社員の活動時間を一人あたり年間100時間まで、業務時間として参入することが決議されました。
さらに、この活動が経営戦略に組み込まれることになりました。2020年6月、住友商事は新たに「サステナビリティ経営の高度化」を掲げ、今後取り組むべき6つの重要社会課題とそれに対する長期目標を設定しました。その6つの課題の一つに、「100SEED」のグローバル共通テーマである「良質な教育」が掲げられたのです。
住友商事では教育ビジネスを行っていませんが、教育は、未来の社会課題を解決する人材をつくるための活動であり、あらゆる課題解決につながる基盤づくりにつながる。そして、商社には「人」が大切であるという考えが根底にあります。だからこそ、「良質な教育」を重要社会課題に掲げ、これに社会貢献活動を通じて取り組んでいくことが会社の経営レベルのコミットメントの一つに位置付けられたことには、非常に大きな意味があったと思っています。
あらゆる社員を巻き込み、「100SEED」を浸透させた
──活動に社員を巻き込むために、特に注力したのはどのようなことでしょうか?
江草:始動直前には、「100SEED」の再定義とその再浸透を行いました。これにはなかなか根気が必要で……。中でも一番衝撃を受けたのが、いよいよ実践フェーズに入るというときに、一部社員から「100SEEDって終わったんじゃなかったの?」と言われたこと。とてもびっくりして、ズッコケそうになりました(笑)。確かに社員投票をして、喧々諤々議論もした。でも社内で企画を策定しただけ。社会に向け、貢献活動を始めるのはこれからだということをしっかり伝えなければならない、とそのとき感じました。
そこで、「100SEED」の定義をもう一度まとめなおし、ロゴ下のコピーを「Our Commitment to Quality Education」に変更しました。また、活動の拠り所となる「100SEEDの活動理念」を制定したのもこの時期です。世界各地の社員は、グローバル共通テーマの下、それぞれの地域課題に根差した活動を個別に行うため、ともすればバラバラになりがちです。だからこそ、この活動に取り組む意義を理念として体系化し、グローバルで共有できる共通軸とすることにしました。
上司やチームの力も借りて、営業部門、地域組織のマネジメント層を行脚したり、全社や各組織の定例会議、組合セミナーで説明をしたり……。説明だけでなく、意見を聴いたり、経過や成果をフィードバックしたりすることも、全社的な動きに変えていくために非常に重要なプロセスです。また、ここぞというときの社長の言葉は、やはり大きな力になるとも感じました。これから何をしようとしているのか、それぞれどんな役割を担ってもらいたいのか、社内のあらゆる層の人たちと、丁寧に根気強く対話を続けました。
活動を開始してからは、100SEED活動のやりがいや達成感、本業では得られない満足感や気づきなどを、実際に参加した社員の皆さんに、それぞれの言葉で語ってもらい、発信してもらう場をつくりました。こうした動きが、少しずつ「100SEED」の浸透や推進につながりつつあるのだと思います。
──ここまで行動できた江草さんの原動力は何だったのでしょうか?
江草:私が本格的に「100SEED」のプロジェクトに参画したのは、ACTの直前です。ここにたどり着くまでに非常に多くの人たちが尽力してきたので、私も何とか成果につなげなくては、思いに応えなくては、と考えていました。そして、一部社員から「終わったと思っていた」と言われたことも、このままではいけないと強く思った一つのきっかけだったかもしれません。特に実践フェーズの初年度は、課題を見つけたらモグラ叩きのようにすばやく解決する、そんな動きをし続けた期間でした。
2020年から実践フェーズへ。今後はさらに取り組みを広めていくことが目標
──現在、国内で行われている3つの活動について教えてください。
江草:2020年7月にようやく3つの活動を立ち上げることができました。1つ目はキャリア教育支援「Mirai School」です。高校生たちが将来のキャリアを考えるきっかけになればと、社員が全国の高校へ出向いて自らのキャリアや仕事観について話す「出前授業」を行っています。2つ目は、「教育支援プロボノ」という活動。この活動では、教育課題に取り組むNPOに対して、社員たちが5人1組で3カ月間、お悩みを解決する形で運営基盤の強化をサポートしています。そして3つ目が、「多文化共生社会を目指す教育支援」です。外国にルーツをもつ子どもたちが安心して学べる社会の実現に向け、こうした課題に取り組む団体の事業運営サポートや、子供たちの学習支援のサポートを行っています。
実際に活動を始めてみると、それぞれ支援先から感謝の声や良い評価をいただけたりして、とても誇らしく思っています。例えば、キャリア授業を実施した高校の生徒たちからは、授業後のアンケートで「こんな大人になりたいと思った」「初めて大人の世界を知った」などたくさんのメッセージをもらっています。また、「教育支援プロボノ」の支援先団体の中には、プロボノ支援のあと、実際に事業受託につながった事例もあり、きちんと具体的な成果があげられていることをうれしく思っています。
支援先からは、当社社員の「相手に寄り添う姿勢」「仕事の丁寧さ」「頼りがい」などを評価いただいており、私たちの強みがきちんと発揮できていることを実感できています。それと同時に、社員たちにとっても自分のキャリアを見直すきっかけになったり、新たな学びを得たりと、いい機会になっていると思います。さらに、参加した社員の上司が、活動に加わるといったポジティブスパイラルも起きていて、いい活動になりつつあると手応えを感じています。
──今後の「100SEED」での目標を教えてください。
江草:究極の目標は「良質な教育をみんなに」届けること。そのために、社員の参加人数をもっと増やしていきたいと考えています。当面の目標は、毎年継続して全社員の5%以上の社員に参加してもらうことです。国内では2020年度は150人、今年度は200人以上と徐々に増加しているので、今後さらに多くの社員に参加してもらえればと思っています。また、現在取り組んでいる3つの活動は、いずれもある程度の時間を要するものばかりなので、もう少し気軽に参加できるプログラムも今後用意していくつもりです。
──最後に、SDGsやインターナルコミュニケーションに関っている人へ、アドバイスやメッセージをお願いします。
江草:活動を通じて実感しているのは、社員の理解を得るための「特効薬はない」ということ。「100SEED」でも、時間をかけて社員の意見に耳を傾け、対話をしながら、少しずつ歩みを進めてきました。SDGsや社会貢献活動に、社員の自発的な参加を誘い込むには、できることを地道に積み上げていくこと。これに勝る方法はないと私は考えています。
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