サービス開始3年で約90億円を調達。圧倒的成長を続けるタイミーの戦略
2022/02/15
本連載では、スタートアップ企業の起業家、経営者、投資家、CMOなどが、会社や事業の成長過程で直面した課題をどのように乗り越えたのか、スタートアップ支援を行なっている電通社員との対談形式でお届けします。
今回のゲストは、“「働く」を通じて人生の可能性を広げるインフラをつくる”をミッションに掲げ、スキマバイトアプリ「タイミー(Timee)」などの事業を展開する株式会社タイミー代表取締役の小川嶺氏。同社の戦略と急成長の理由を、ビジネス・プロデューサーの加藤涼がお聞きしました。
「スキマバイト」という新しい市場を開拓
加藤:「タイミー」は2018年8月から数年で、ワーカー数230万人超、56,000の店舗が利用する巨大プラットフォームとなり、企業としても累計約90億円を超える資金調達を実施するなど、急成長中のスタートアップとして注目されています。はじめに、改めてタイミーのサービス内容とスキマバイトの市場性を教えていただけますか?
小川:タイミーは、「働きたい時間」と「働いてほしい時間」をマッチングするスキマバイトサービス。ワーカーは働きたい仕事を選ぶだけで、履歴書・⾯接なしですぐに働くことができ、勤務後すぐにお⾦を受け取ることができます。事業者は、来て欲しい時間や求めるスキルを設定するだけで、条件に合った働き⼿を自動的に見つけることができます。
現在、スキマバイトの領域を手がける企業は世界で20社ほどあります。サービス開始当初は働き方改革や副業解禁といった社会の潮流の中で取り上げられることが多かったのですが、最近は少子高齢化に伴う人手不足への対策や、「個のエンパワーメント」といった観点でも市場ニーズが広がっています。
加藤:スキマバイトというニッチな事業ドメインでありながら、現在はまさしくHR領域のど真ん中の課題解決に取り組まれていますよね。
小川:ドメイン規定の部分に関しては、加藤さんにもかなり相談させてもらいましたよね。今までにない価値や新しい概念を作るのがスタートアップの役割であり、社員も「自分たちは新しいことにチャレンジしている」と自負できることが重要だと考え、「スキマバイト」という言葉を開発しました。
加藤:とてもユニークかつキャッチーで、スキマ時間を有効活用したい人のニーズを的確に表していますよね。基礎認知が低い段階で自社のドメインをどのように規定するかはマーケティング戦略上とても大切なので、この点は何度も議論させていただいた記憶があります。ちなみに、タイミーはワーカー側にはどのようなメリットがあるのでしょうか?
小川:スキマ時間を有効活用して、履歴書や面接不要ですぐに働けるというメリットがありますが、今後はこの「リアルなインターン」が社会から評価されるような仕組みを作りたいと思っています。自分がどこで働き、どのような評価を得られたのかという履歴が蓄積され、例えば就職活動の時にその情報を活用できる。タイミーを利用してくださるワーカー様の「努力の可視化」に注力していきたいです。
2位以下のスタートアップと圧倒的な差を付けるためのマーケティング
加藤:アルバイトのプラットフォームは国内にも多数ありますが、その中でも急成長できている理由をどのように捉えていますか?
小川:いくつか要因はありますが、やはりスキマバイトというニッチな市場でポジションを獲得したことは大きいと思っています。新しい市場を開拓するスタートアップにとって一番脅威になるのが、同じように24時間365日サービスのことを考えているような競合のスタートアップです。
加藤:なるほど。その脅威に対してどのような戦略を立てたのでしょうか?
小川:競合のスタートアップに圧倒的な差をつけることが重要だと思ったので、いち早くマーケティング施策への投資を行いました。加藤さんにテレビCMの相談をしたのも、まだ売上が1000万円にも満たず、ユーザー数も30万ダウンロード程度の段階でしたよね。
加藤:そうでしたね。小川さんに「CMをやりたい」と言われて、僕らが戸惑うという(笑)。当時の規模で大々的にCMを打つのはマーケティングのセオリーではなかったので、プロダクトやカスタマーサクセス、社内営業体制の観点でも深く議論させていただきましたよね。
小川:不利な状況だからこそ、クリエイティブが鍵になると思っていました。でも、キャスティングからクリエイティブまで尽力していただいたおかげで、結果的に数カ月で認知が5倍、10倍と拡大していきました。スタートアップの場合、同一市場の競合に10倍の差を付けられてしまうと投資家が出資したがらないので、一気に戦いにくくなります。
加藤:小川さんは常に、自分が正しいと思ったことを早めに口に出して、われわれのような相手と壁打ちをしながら、過去のトレースではない新しいマーケティングにトライされている印象です。とはいえ、30万ダウンロードの時点でCMを打つという意思決定は勇気がいることだったのではないでしょうか?
小川:何本か出稿できる体力がある状態で、「これだけ打てばミニマムでもこれだけの効果がある」というシナリオを立てられたことが大きいと思います。たとえ一発で当たらなくても、何発か打てば当たるだろうなと(笑)。もちろん、一発で当てるための努力は最大限すべきですが、これが当たらなかったら潰れる、というわけではありません。スタートアップは資金調達が大きな武器であり、それを得るためには企業価値を高める必要があります。CMは最もレバレッジを掛けられる手段の一つ。その成長スピードとリスクの双方を見て勝算があると判断しました。
加藤:目先の成功を追い求めすぎず、正しいことを正しくやろうという判断基準がありますよね。クリエイティブ案をいくつかご提案した時も、そもそもCMのゴール設定はどうするのか?という議論に立ち返ったことがありましたよね。われわれのチーム内でも意見が分かれたのですが、小川さんが「まずは認知を広げるタイミングで、CPIはその次だ」と明確な意思決定をされたことでみんなの心が一つになったと感じました。
小川:そもそも、CMを打つこと自体に効率性はないと思うので、そこだけにCPIを求めるのは違うと考えています。CMで自分たちの第一印象となる“顔”を作り、それを営業やウェブ広告などに活用しながら効率性を高めていくことが大切です。
スタートアップのCEOはエンジニアスキルが必須
加藤:タイミーの戦略について、もう少しお伺いしたいことがあります。タイミーはtoBとtoCの性質を持つプラットフォームだと思いますが、いわゆる“鶏が先か、卵が先か”問題で、導入企業とアプリユーザーの双方をどのようなバランスで増やしていったのでしょうか?
小川:私自身が学生起業家ということもあり、学生への認知は比較的広げやすいという強みがありました。おかげさまでリリース約1年で、マーケティングコストをほとんどかけずに10万ユーザーまで拡大することができました。だからこそ、注力したのは企業のクライアントを集めることですね。それから、認知のないサービスはウェブ広告を出してもクリックされないので、初期段階では広報・PRに注力してテレビやYouTubeなどへの露出を高めました。
加藤:初期の露出はかなり効果的でしたよね。地方の番組にも出ていただきましたが、スキマバイトはローカルに行くほど効くのだと感じました。それから、初期段階でかなりプロダクト改善を行なっていたことも印象的です。それこそ、小川さんが一番サービスの中身を理解されていると言ってもいいほど、細部まで把握されていてすごいなと。
小川:以前起業した会社が失敗した時の経験から、エンジニアの気持ちや感性が分からないCEOはダメだと思い、プログラミング言語を学んでプロダクト設計も自分でやってみました。
加藤:他にも、事業の中のさまざまなポジションをご自身で経験するなど、非常に泥臭いと言いますか、人をすごく大切にされていると思いました。
小川:スタートアップは基本的に泥臭くやらないと伸びません。頭でっかちにならないよう常に気をつけています。
人生の中で大きなウェイトを占める「働く」を豊かにしたい
加藤:冒頭でお話しいただいたように、スキマバイトという領域から徐々に個のエンパワーメントや人手不足解消など、向き合う社会課題が大きくなってきていると思います。今後、タイミーを社会の中でどのような位置付けにしていきたいとお考えですか?
小川:まずは「タイミーに頼めば安心」というブランドを作ること。そして、業種を広げて、より柔軟な働き方を支援していきたいと考えています。それから、ユーザーにとって使いやすい機能開発を追求していきます。ひと昔前は企業が人を選ぶ立場でしたが、今は企業が人を募集しても面接に来てくれる人が少ないなど、ワーカーの立場が強い時代なので、徹底的にユーザー目線で優れたサービスにすることが、結果的に企業の課題解決につながると考えています。
加藤:改めて、“「働く」を通じて人生の可能性を広げるインフラをつくる”というミッションに込められた想いを教えてください。
小川:ウェルビーイングが叫ばれて久しいですが、生活満足度は人が生きていくうえで本当に大切なもの。働くことは人生の中で大きなウェイトを占めているので、働きがいを感じられること、働くことが楽しく、新しい選択肢や人との出会いが生まれることで人生が豊かになり、ひいては日本を豊かにすることにつながると思っています。
加藤:ちなみに、いま何の制約もなく時間もお金も自由に使える状態だったら何がしたいですか?
小川:そうですね、きっと世の中の課題を見つけて解決しようとするんだと思います。起業家は「自分が生まれなかった世界にはないもの」を作るのが生き甲斐で、何回世界を変えられるかに人生を捧げています。これからも後世に残る価値のあるものを作り続けたいなって思います。
加藤:自分がこの世に生まれてどんなインパクトを残せるのか、その使命感が原動力となっていますよね。そんな小川さんとご一緒できて私も大きな刺激を日々受けています。今後ともよろしくお願いいたします!