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外国人とコミュニケーションするための「入門・やさしい日本語」No.4

私たちが、やさしい日本語ミュージックビデオを作った理由

2022/01/26

2021年9月に公開した、やさしい日本語をテーマとするラップのミュージック・ビデオ(以下、MV)「やさしい せかい」。2022年1月現在、再生回数3万回を突破。多くの方に視聴されています。


やさしい日本語とは、日本語を母語としない外国人など、日本語のコミュニケーションに何らかの困難を抱える人のために、語彙や文法などを調整した日本語のこと。

このMVは、電通ダイバーシティ・ラボのプロジェクトである「やさしい日本語ツーリズム研究会」で連携している、明治大学国際日本学部・山脇啓造教授の協力のもと、多文化共生社会について学んでいる山脇ゼミの学生たちと一緒に作り上げました。日本語学習の難しさや日本人とのコミュニケーションにおける悩みなどをラップで表現し、言葉の壁をやさしい日本語とやさしい気持ちで乗り越えていこうというメッセージを込めています。

前回の記事では、このMVの制作について作詞に携わったメンバーに話を聞きました。今回は、山脇教授が2021年11月に主催したオンラインセミナーをリポート。学生をはじめ、MV制作に携わった方たちが想いを語りました。

やさしい日本語


 

当事者の想いと、「ハサミの法則」を知ってほしい

最初のスピーカーは、本プロジェクトの発起人であり、MVのプロデューサーを務めた、電通ダイバーシティ・ラボの吉開章氏。同氏は、やさしい日本語ツーリズム研究会の代表を務め、やさしい日本語の普及活動に取り組んでいます。ウェビナーでは、MV制作に至った背景や狙いを語りました。

「やさしい日本語を世の中に知ってもらうため、これまでもいろいろな取り組みをしてきました。次はどんな取り組みがいいかと考えていたとき、コロナ禍により自宅で仕事をするようになり、仕事中にさまざまな音楽を聴くようになりました。その中でやさしい日本語をラップで表現してみたらどうかと思ったのがきっかけです。ヒップホップは、一定のリズムに歌詞をのせて、聴衆に自分の気持ちを訴えかける音楽。これはいいなと思いました。そこで日本語のコミュニケーションに悩むさまざまな人の思いを盛り込みたくて、多文化共生社会の実現に取り組む山脇教授に相談したことからプロジェクトがスタートしました」

このMVは、日本語を母語としない人たちの「日本語に対する想い」を赤裸々に表すものにしたいと考えたとのこと。「日本で生活している外国人が、日本語についてどんな悩みを感じているかについて、山脇ゼミの学生たちにヒアリングしてもらいました。取材は、都内にあるイーストウエスト日本語学校の留学生にも協力いただきました」

MVでは、やさしい日本語のメソッド「ハサミの法則」を伝えることも目的だったと言う吉開氏。「『ハサミの法則』とは、はっきり言う、さいごまで言う、みじかく言うの3つ。これらは外国人に日本語で話しかけるときの心得で、それぞれの頭文字をとって『ハサミ』と名付けました(ハサミの法則を紹介した記事は、こちら)。ハサミの法則は1番の歌詞に盛り込み、2番の歌詞では、言葉で解決できないことは、やさしい気持ちで乗り越えていこうというメッセージを込めました」

やさしいせかい


 

出演した学生たちがMV制作を通して、改めて感じたこと

続いて、歌詞の制作に携わり、MVにも出演した山脇ゼミの男子学生2名とシリア出身の女子学生1名が、印象に残っていることを語りました。

歌詞は、イーストウエスト日本語学校の学生たちにヒアリングし、さらに普段学んでいるゼミの授業も振り返りながら作りました。歌詞作りで苦労したこととして、「外国人の日本語コミュニケーションの悩みを踏まえ、それをいろいろな切り口からラップのフレーズを100パターンほど考える作業は、何より大変だった」と語っていました。それでも、学生たちにとって貴重な体験になったことは間違いないようです。

学生たちが「特に印象に残っている歌詞」として挙げたのは、「ゆっくり話せばわかるのに いつも先行きがち君が話すとき」「こっちは望んでる親しい関係 仲良くなりてぇただそれだけ」というパート。歌詞を通して、外国人と話す際に気を付けるべきことやコミュニケーションの難しさなどにあらためて気づかされたそうです。さらに女子学生からは「『自動詞他動詞どうしてわかる』という歌詞が印象に残っている」との感想も。自身が感じていた日本語習得の難しさと重なり、やさしい日本語の重要性を感じたと言います。

レコーディングについては「初めてで緊張した」という感想や、「当事者が抱える想いを、歌で表現できているか不安だった」という声も。ただ歌うだけでなく、気持ちを乗せて歌うというテクニックの部分まで意識して臨んだと語りました。

最後に学生たちからは、「YouTubeで誰でも見ることができるので、たくさんの人に広めていきたい」「このMVを通して、やさしい日本語や多文化共生社会に興味を持ってほしい」といった熱いメッセージが寄せられました。

日本語教育の専門家から見た「やさしい せかい」

MV制作には、イーストウエスト日本語学校の学生たちも携わりましたが、吉開氏が協力を仰いだのが、一般社団法人アクラス日本語教育研究所の代表理事・嶋田和子氏です。日本語教育の第一人者である嶋田氏は、過去にイーストウエスト日本語学校の副校長を務めたこともあり、そのつながりから学生たちとのコラボレーションが実現しました。当セッションでは、「日本語教育から見た、『やさしいせかい』」というテーマで、MVに込められた想いを語りました。

「日本語を母語とする私たちにとって、日本語は空気のような存在。だからこそ、外国人が難しいと感じる日本語やコミュニケーションの壁など、見えにくくなっている点が多々あると思うんです。『やさしい せかい』には、そうした当事者の声や事例がたくさん盛り込まれています。マジョリティである日本語母語話者が、その視点に気づくことはとても大切です。つまりこのMVは、日本語教育から見ても大きな意味があります。また、やさしい日本語には『簡単』という意味に加えて『相手を思いやる気持ち』が込められています。『やさしい せかい』でも、その想いをたくさんの人に伝えたいと考えていました」

実際に歌詞の中には、日本語ができない親のために子どもが病状を説明する、病院のシーンが登場します。嶋田氏は「そうした現状があることを知り、多文化共生社会の実現に向けて、さまざまなことが求められていることを知ってほしい」と言います。

「やさしい気持ちがあふれる世界は、一人一人が誠実に他者に向き合う、その姿勢から生まれるのだと信じています。ぜひ皆さんも、このMVを通して日本語話者である自分自身の振り返りとともに、外国人の日本語話者について考えていただければうれしいです」

国際交流基金が後援した理由と、世界を巻き込む「替え歌」プロジェクト

最後のスピーカーは、このMV制作を後援している、国際交流基金日本研究・知的交流部企画調整チーム長・原秀樹氏。なぜ後援に至ったのか、そして現在進行中の新しいプロジェクトについて語ります。

国際交流基金は、移住者や少数者によってもたらされた文化的多様性を好機と捉え、多文化共生社会実現を目指す「インターカルチュアル・シティ」という欧州発の仕組みを広げていくために、さまざまな活動を続けています。山脇教授とは、そうした活動を通して10年以上の交流があるとのこと。

「私は去年まで、アメリカのロサンゼルスで活動をしていました。日本に戻ってきて、山脇ゼミと何かできないかと考えていたところに、ラップのプロジェクトがあるとお話をいただきました。われわれは日本語教育にも力を入れているので、ぜひ一緒にやりたいと思いました。

また、歌詞の中にある『やさしい気持ちが溢れてる世界をつくろう』というフレーズにとても引かれたのも、後援に至った一つの理由です。私がロサンゼルスに住んでいた頃はちょうど“Black Lives Matter”が叫ばれている時期でもありましたし、2021年はアフガニスタン情勢にも大きな変化がありました。そうした状況を見ていると、けっして日本語だけの問題ではないと思ったんです」

そうした想いから国際交流基金は、海外の日本語学習者を巻き込んだ動画制作プロジェクトを企画、現在作品を募集しています。

「現在世界には、約400万人の日本語学習者がいるといわれています。そうした世界中の人を巻き込んで、オリジナルの『替え歌動画』を作ってもらうプロジェクトを進行中です。これは、日本語学習者が日本語コミュニケーションを取るときに感じたことや、日本語が好きな理由など、自由な歌詞をラップに乗せて、YouTubeまたはTikTokに投稿してもらおうという企画です。最終的には応募作品の中から10作品を選び、グローバル・ミックス動画を制作する予定です」

セッションの最後には、今後の展望について山脇教授がメッセージを発信しました。

「『やさしい せかい』は、さまざまな方の協力があったからこそ、とても完成度の高いMVに仕上がりました。しかし、これがゴールではありません。『替え歌プロジェクト』をはじめ、このMVを生かしてやさしい日本語のメッセージ、そして多文化共生社会実現に向けてのメッセージをどれだけ広げていけるかが重要です。再生回数が2万回(2021年11月時点)を超えましたが、まだまだ多くの人に聞いてもらいたいです。これからも皆さんと一緒に、世界中に多文化共生のメッセージを届けていきたいと思います」

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