DENTSU DESIRE DESIGNが考える、「欲望理論」からのマーケティング再構築No.3
「欲望」はいかにして生まれるか?モデル化への挑戦と現代の欲望理論
2022/04/01
本連載では、電通の新たな消費者研究プロジェクト「DENTSU DESIRE DESIGN(電通デザイアデザイン:以下DDD)」メンバーが、「欲望」を起点とした消費者インサイトへのアプローチ方法と今後の展開について紹介していきます。
「欲望」は「ニーズ」の奥に潜むマグマのようなもの
現代の「欲望」は複雑です。それは単一の欲求だけで成立しているのではなく、複数の欲求や思い、個々の考え方、事情、さまざまな背景、社会現象、環境などが絡み合い、生み出されているものだからです。
昨今、「ニーズ」や「ウォンツ」などの顕在化した需要を把握するだけでは、事象の本質を捉えられない状況が散見されるようになってきました。
「ニーズのさらにその奥に潜むもの」を探り当てることが必要になってきたともいえます。
私たちDDDは、こうした問題に立ち向かうことを決意。まずは、ニーズの奥に潜む「したい/欲しい」気持ち、行動に駆り立てるドライバーを「欲望」と呼び、「欲望」はどこからくるのかを探索する旅に出発することにしました。今回は、その旅路から見いだした「欲望」の生まれ方についてお伝えします。
多くの欲望は、必ずしも意識されているわけでなく、「ニーズ」の形となって初めて知覚されます。「ニーズ」が地表に噴出する溶岩だとすれば、欲望は地中に眠るマグマに例えることができます。
地中に眠る欲望をどのように明らかにしていくか?
人の根源的な意識へと潜っていく旅路の中で、私たちは、まず「欲望」が生まれるメカニズムを明らかにする必要があると考えました。
人間誰もが持つ「根源的欲求」は、価値観と掛け合わさることで、欲望化する
これまで、多くの人により、無数の「欲望」が生まれてきました。
欲望は固定化されることなく、時代や環境によって絶えず揺れ動きながらその姿を変え続けています。
一方で私たち人間は、元来、誰もが基本的な「欲求」を有しています。
心理学用語としての「欲求」は、「欲望」とは別の概念です。
この基本的な「欲求」は、マズロー(※1)をはじめとした先人たちが発見したもので、人間が本来的に持つ肉体的・精神的な「求め」であり、時代や個人によらない共通不変のものです。
※1 = マズロー(Abraham Harold Maslow)
アメリカの心理学者。マーケティングを行う上で重要な考え方の一つとされている「マズローの欲求5段階説」を提唱した。
変動的な「欲望」と明確に区別するため、この普遍かつ不変的な欲求を「根源的欲求」と呼ぶことにします。
「根源的欲求」は、人の性格や生きてきた時代、その過程で育まれた価値観等によって形成される個々人固有の特質と出合うことで、ある性向は強まりを見せ、別の性向は弱まりを見せます。また他の性向と組み合わさる等の影響から、無数の複雑な欲望が生成されるものと考えられます。
この個々人固有の特質は、根源的欲求に対していわば“フィルター”の役割を果たすものです。DDDでは、これを「価値観基盤」と名付けました。
すなわち、個々人が持つ「価値観基盤」という変数と、根源的欲求を掛け合わせることで、「欲望」が形を成していくというメカニズムを見いだしたのです。
こうして生成された欲望に基づき生じた具体的なニーズ、そこから起こした行動は、経験として個人の「価値観基盤」に影響を及ぼすことが想定されます。そこで、絶えず「価値観」が変化し、また「欲望」も変化していくループが生まれると考えられます。
この考え方をモデル化することにより、これまで事象から推測する以外に特定の手段がなかった「欲望」を、定量的に捉えることが可能となります。その結果、次に発生するであろうニーズや行動を、従来よりも確固たる根拠を持って予測できると考えています。
欲求を表す従来図の研究から作成!「根源的欲求」を8つに集約し再定義した「欲求オクタグラム」
欲望のメカニズムをより深く研究するためには、まずその出発点となる、人間の根源的な欲求を明らかにすることが不可欠です。
「欲求」については、マズローをはじめとする多くの先達により古くから研究が行われ、諸説存在しています。
私たちは多くの文献、論文を読み進め、そこに多くの発見をしました。
その中で、マズロー、マレー(※2)の「39の欲求リスト」、シュワルツ(※3)の「価値理論に基づく欲求分類」、アルダファー(※4)の「ERG理論」(※5)などを俯瞰で眺めた際に、「すべての欲求を完全にカバーしたモデルが存在しない」という事実に気づきました。
※2 = マレー(Henry Alexander Murray)
心理学者。人間の持っている欲求を網羅的に書き出してリスト化した。
※3 = シャロームH.シュワルツ(Shalom H. Schwartz)
社会心理学者、異文化研究者。人間の価値理論を開発。人間の価値観を10個に分類できるとした。
※4 = クレイトン・ポール・アルダファー(Clayton Paul Alderfer)
心理学者、コンサルタント。マズローの欲求階層説をERG理論(存在、関係性、成長)に分類することにより、発展させた。
※5 = ERG理論
アルダーファーにより提唱。人間の欲求をExistence(存在)、Relatedness(関係性)、Growth(成長)の3つに分類。ERG理論では最高次欲求を成長欲求としている。
下図のとおり、マズローの欲求5段階説とシュワルツの欲求の分類とでは、分類の軸が異なるため、差異が生じています。
大きな違いは、マズローが「低次の欲求が満たされるごとに、もう1つ上の欲求をもつようになる」という“成長軸”で分類しているのに対して、シュワルツは「個人⇄社会(内と外)」、「防衛⇄拡大」という2つの軸で切った4象限に分類しているところです。
そこで、「生理的・安全的欲求」にはじまり「自己実現」へと向かうマズローの成長軸に、内と外という視点を加えることで、より網羅性のある欲求マップが作れるのではないかと考えました。
中央大学で消費者行動論を専門に研究している田中洋教授に監修していただき、成長軸を中心に置きながら、その両脇に「内(自己への影響)」と「外(社会への影響)」という対立軸を配置し、マズローとシュワルツの図に出てくる各欲求を8つの「根源的欲求」に集約して、構造化することに成功しました。結果出来上がった下図が、DDDで「欲求オクタグラム」として再定義したものです。
8つの「根源的欲求」を細分化し、11の重要な「欲望因子」を特定
次に、根源的欲求が、価値観と出合い、掛け合わさることでどのような欲望が生まれてくるのか?についてお伝えします。
現代の「欲望」を導くため、その輪郭を因子分析という手法を用いて、明らかにすることにしました。
そこでまずは、8つの根源的欲求を、アンケート等で実感を持って回答できる具体的な内容へとブレイクダウンし43の項目に細分化しました。
その後43の具体的欲求項目を提示し、反応を確認する調査を電通「心が動く消費調査」(調査概要はこちら)において実施。 欲求項目への反応を把握し、因子分析(※6)を行うことで個々の欲求を組み合わせ、結合した結果、特に注目すべき下表の11のグループが導かれました。
下表は関係性が強いことが分かった個々の欲求のまとまりを示しています。
この11の因子(グループ)をさらに深く分析することで、「欲望」の輪郭がよりクリアになっていくと考えられます。
※6 = 因子分析
複数のデータの関連性を明らかにするための統計手法の一つ
私たちは、この11の欲望因子に対して、現代の象徴的な価値観への反応を調査し、どういった価値観の影響を受けているかの確認も同時に行い、「欲望」の輪郭をより鮮明にしていく作業に取り掛かりました。
次回は、11の欲望因子のひもときと解釈を、多面的な角度から行った模様をお伝えしたいと考えています。
欲望を考察する旅は、まだまだ続きます。
【お問い合わせ先】
DENTSU DESIRE DESIGN(電通デザイアデザイン)
ddd-project@dentsu.co.jp