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DENTSU DESIRE DESIGNが考える、「欲望理論」からのマーケティング再構築No.4

ヒット作品を深読みすれば、次の時代の欲望が分かる!

2022/07/28

本連載では、電通の新たな消費者研究プロジェクト「DENTSU DESIRE DESIGN(電通デザイアデザイン:以下DDD)」メンバーが、「欲望」を起点とした消費者インサイトへのアプローチ方法と今後の展開について紹介していきます。

<目次>
ヒット作は、マーケティングに生かせる情報の“宝の山”

新しい欲望は「物語」でつくられる

「ブルーピリオド」が生み出す新しい欲望は「自己表現欲求」説

コロナ下のヒット作品から読み解く、欲望の未来

欲望を生み出すストーリーのつくり方

ヒット作は、マーケティングに生かせる情報の“宝の山”

DDDの分科会であるチーム「FUKAYOMI」では、映画や小説、漫画に代表される物語、とりわけ多くの人を魅了したヒット作品の“深読み”を通じて、半歩先の未来に一般化しそうな価値観や欲望の萌芽(ほうが)を捉えようと試みています。

さらに、その作品がどのような話法や構造で人々に影響を与えたのかを考察することで、マーケティング手法としてのストーリーテリングのモデル化も行っています。実は、ヒット作品はマーケティングに生かすことのできる情報の宝の山なのです!

本記事では、物語から欲望を抽出する理由と手法、昨今のヒット作品から読み解かれた日本人の半歩先の欲望、マーケティングへの応用のヒントについてお伝えしていきます。

新しい欲望は「物語」でつくられる

ありえない舞台設定やかっこよすぎるキャラクター、ドキドキハラハラの展開。物語はそのすべてが作り手の作為であるにもかかわらず人を魅了し、しばしば見た者の価値観に強い影響を与えます。多くの方に、人生観への影響を受けた作品というものがあるのではないかと思います。どうして物語にはそのような強い力があるのでしょうか。

それは物語を見る中で、「欲望の生成」と「欲望の解消」と「価値観の更新」が行われるからだと、「FUKAYOMI」は考えています。例えば前半部に劇中で解決したくなる問題の提起があり、それがクライマックスで解決されて満足を得る。さらに観客は感情移入しながらそのプロセスを目撃することで、自らの人生観を相対化して顧みることになります。

重要なのはそのような性格を持つ物語がヒットしたときです。ヒットは、作り手の個人的な問題意識から生まれた欲望、作り手の発案による欲望の解消方法に大勢が共感した結果と捉えることができます。また何よりも、同時期に同コンテンツを目撃した大勢の日本人が、そこから同様の新しい価値観を獲得し、半歩先の未来に向けて同様の新しい欲望を発露させる可能性があることを示しているのです!

DDD連載#4_図版01

「FUKAYOMI」では、そうした“半歩先の未来の欲望”を見つけるために、ヒット作品を見た人の脳内でどんな「欲望の生成」「欲望の解消」「価値観の更新」が行われているか、その構造を抽出し、分析しています。

「ブルーピリオド」が生み出す新しい欲望は「自己表現欲求」説

例として、2020年のマンガ大賞を受賞した「ブルーピリオド」の藝大受験編を深読みしてみましょう。(以降はネタバレを含みます。知りたくない方はこちらに飛んでください)

美術の世界に身を投じた主人公の成長物語である本作は、“文科系スポ根”の系譜に位置付けられることが多いように思われますが、その本質は「本当の自分を生きているか」という強烈な問いだとわれわれは捉えています。

DDD#4_ブルーピリオド表紙
©山口つばさ/講談社

主人公・矢口八虎(やぐち・やとら)は成績優秀で少しやんちゃなリア充生活を送っていましたが、あることをきっかけに未経験のアートの世界に飛び込みます。そして自己表現に伴うさまざまな困難や挫折を乗り越えて、最終的には東京藝術大学への合格を果たします。「努力は報われてほしい」⇒「報われた!」という明快な欲望の生成と解消があり、さらに未経験の状態から2年弱で大成するのですから、自分もそうありたいと願う読者の共感性は非常に高いと言えます。

しかし「FUKAYOMI」の分析はそこで終わりません。八虎が体験したのは「本当の自分を世に問う自己表現のリアル」だと掘り下げます。

アートに目覚める前の八虎は、世間から評価される自分をつくり上げていました。本当の自分の「外側」につくり上げた偽物の自分なので、褒められても感動は薄く、否定されても傷は浅かったのです。しかしアートは「内面」、言い換えると自分の「感性」の発露です。それを褒められたら天にも昇るような気分を味わえる一方で、否定されたら地獄です。評価されるのは紛れもなく「自分そのもの」ですから。

このプロセスを目撃した読者の心の内に、

「自分も世間の評価に合わせた自分を生きていないか」
「自己表現をすると、どれだけ素晴らしい気分が得られるだろう」
「ちょっと怖いけど本当の自分で勝負してみたい」、

そんな価値観が生まれるのではないでしょうか。
さらに、このような価値観が浸透していく先にどのような新しい欲望が生まれるか予想してみましょう。

  • ライスワーク(本業)とライフワーク(趣味)のバランスの見直し。オフの時間に表現活動を行いたい
  • 早期退職→自己実現というルート。後半生を心から楽しめるライフワークに切り替えたい
  • デザイン思考からアート思考へのシフト。社会が何を求めているかではなく、自分が何を実現したいかという意思に従いたい

どうでしょうか。深読みしすぎでしょうか。それとも、ありうる未来でしょうか。

コロナ下のヒット作品から読み解く、欲望の未来

「FUKAYOMI」では同様の方法で2020~2022年のヒット作品を徹底的に深読みし、この時期のヒット作品から読み解ける「新しい欲望」にいくつかの傾向があることを発見しました。

DDD#4_図版02

昨今のさまざまな事象により、社会の不確実性と複雑性が増した現在。かつて日本人が設定した人生モデルは意味をなさなくなり、もはや自分の生き方を自分の内面に問いかけながら自分の意思でつくっていかなければならない。上記の傾向からは、欲望というより覚悟とも言うべき想いを感じます。

欲望を生み出すストーリーのつくり方

ビジネスシーンでも、さまざまな場面でストーリーテリングが注目されています。マーケティング手法としてだけではなく、マネジメントのスキルとして取り入れる方も増えています。

かつてのように機能や事実だけを伝達するのではなく、その背景や想い、エピソードを交えて語ることで、強いインパクトとコミットメントを引き出すことが知られています。しかし何をどのように構成して伝えるのが効果的なのかについては意外と手探りだったり、クリエイターの感性に頼ったりしがちなのが現状です。

そこで「FUKAYOMI」の出番です。われわれはヒット作品の分析を通じて、それぞれの作品がどのような話法や構造を用いて見る者の価値観に影響を与えているのかも併せて考察しています。例えばこのような方法論です。

  • 過去の痛みや負の経験によって、現在の素晴らしい状況があるという逆説を展開する
  • 打倒すべき分かりやすい敵(課題)を設定し、追い詰められながらも最後の最後に逆転する
  • 1人の力では到底及ばない敵(課題)を設定し、個性豊かな仲間と協力することで打倒する
  • とても大きな社会的な成果を上げた事柄の背景に、超個人的な好みや想いがあったことを明らかにする
  • 正解を提示しない、正義の所在を明らかにしない、虚実の境界を曖昧にすることで想像の余白を残す etc.

前述の「ブルーピリオド」ではどうでしょうか。私は矢口八虎が「リア充」であったことがヒントだと考えています。つまり本来であれば自己表現の世界で絶望する必要はなく、またいつでも引き返せたにもかかわらず八虎はアートの道を進み続けた。深く傷ついてまで八虎は何を勝ち取りたかったのか。ここに優れたストーリーテリングを見て取れるのではないでしょうか。

なお、現在「ブルーピリオド展~アートって、才能か?~」(概要はこちら)が東京・天王洲で開催されています。作品世界に没入できる仕掛け満載のイベントですので、矢口八虎の歩んだ道のりを追体験していただけるかもしれません。

「FUKAYOMI」では日々最新のヒット作を分析し「新しい欲望の萌芽」と「欲望をつくる話法と構造」のアーカイブを積み上げています。キャンペーンや事業開発に際しインサイト分析を試みても「当たり前」しか導けずお困りの皆さま、あるいはストーリー化可能な要素は豊富でもどのようにストーリー化すべきかお悩みの皆さま、われわれと一緒に宝の山であるヒット作品から次の一手を見つけてみませんか。

【お問い合わせ先】
DENTSU DESIRE DESIGN(電通デザイアデザイン)
ddd-project@dentsu.co.jp

 

【ブルーピリオド展 開催概要】
展示会名:「ブルーピリオド展~アートって、才能か?~」
会期  :2022年6月18日(土)~9月27日(火)
(前期:6月18日(土)~8月5日(金)/後期:8月6日(土)~9月27日(火))
時間  :10:00~20:00 ※最終入場は閉館時間の30分前まで
会場  :東京 天王洲 寺田倉庫G1ビル(東京都品川区東品川2丁目6−4)
オフィシャルホームページ:https://blueperiod-ten.jp/
※会期・時間は変更になることがあります。
 

DDD連載#4_ブルーピリオド展ポスター画像

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