多数のベストセラーを生む敏腕プロデューサーに聞く、「調べ方」の極意
2022/04/28
電通の現役戦略プランナー・阿佐見綾香氏の新著『電通現役戦略プランナーの ヒットをつくる「調べ方」の教科書』をもとに、ビジネスの成功に“直結”するリサーチの方法をお伝えする本連載。
前回に引き続き、本屋B&Bで行われたトークイベント「ヒットは調べることから始まる」より、日刊書評メールマガジン「ビジネスブックマラソン」編集長で、出版マーケティングコンサルタント/ビジネス書評家の土井英司氏と阿佐見氏の対談をお届け。国内160万部、世界1300万部を突破した『人生がときめく片づけの魔法』をはじめ、数々のベストセラーを手掛けてきた土井氏に、調べ方のコツやヒットのつくり方をお聞きしました。
『「調べ方」の教科書』をつくるプロセスで調べたこと
阿佐見:『「調べ方」の教科書』は土井さんのプロデュースのおかげもあって、さまざまなメディアや著名人のSNS等で話題に取り上げてくださり、3刷増刷(※)も決定しました。実はこの本自体も、調べ方のフレームワークを駆使してつくっています。
※2022/4/22現在は6刷増刷、1万5000部突破
土井:ぜひ、種明かしをお願いします(笑)。
阿佐見:まず担当編集者のPHP研究所の中村康教編集長と一緒に、マーケットサイズを調べることから始めました。具体的には似たような書籍の発行部数などを出版社が持っているデータや紀伊國屋書店が公開しているPubLine(パブライン)というPOSデータなどを参考に出していきます。いわゆるリサーチに特化した専門書籍のヒット作はだいたい1万部ぐらいだったのですが、さらにこの本のターゲット層に好まれているヒット作のデータも参考にマーケットサイズを検討しました。
ここ最近、在宅時間が増えた中で、ビジネス書の市場では、「鈍器本」と呼ばれる鈍器のように分厚くて重い本がヒットし話題になっていました。具体的には『独学大全――絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』(ダイヤモンド社・読書猿 著)、『取材・執筆・推敲――書く人の教科書』(ダイヤモンド社・古賀 史健 著)『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社・入山 章栄 著)などの「鈍器本」がヒットしており、私の本は500ページを超えてしまったのですが、強引に削らずにこのボリュームのままでもターゲットに受け入れてもらえるだろうと判断しました。
分析する中で、「マーケティング」や「リサーチ」という言葉が強調されるとターゲットボリュームが絞られてしまう可能性があることが見えてきました。そこで中村編集長が捻り出してくれた「ヒットをつくる」というキーワードと、私の方で考えた「調べ方」というキーワードを前面に出すことにしました。
次に競合のリサーチ本を調べた上で、電通ならでは(自社ならでは)のユニークポイントを分析しました。“ヒット”や“売れる”というキーワードや、ビジネスに直結するリサーチを実践する内容と、電通のイメージとの親和性が高いことに着目しました。さらに書籍の場合は著者のパーソナリティも重要なポイントの一つです。私は生まれつき重度の難聴を抱えていることもあって、幼い頃から調べることや情報を集めることを生きる手段として使ってきました。そんな私だから書けることは何かを突き詰めて、本のタイトルや方向性を固めていきました。
土井:表紙や装丁もかなりリサーチをかけて検討しましたよね。
阿佐見:はい、装丁家の三森健太さん(JUNGLE)にデザインのプロトタイプを多数つくっていただいてリサーチを行いました。実は単純な多数決だと、ピンク色の表紙よりもブルーを基調としたデザイン案のほうが評価は高かったのです。本の中身(本文)のデザインもブルーの2色刷りで、頭が冴えて勉強がはかどりそうな色だったので、私自身も第一印象ではブルーが良いと思いました。
ただ、メインターゲットであるマーケターや広告業界の方々、そして土井さんをはじめとする書評家や編集者、書店員といった出版業界への感度の高い方々からはピンク色の評価が高かったので、そういったことも加味して最終的にはピンク色の表紙に決めました。
土井:確かに、メインターゲットの意見と合致するかは大切なポイントですよね。ある人にとってはオシャレに感じる商品が、ある人にとっては機能的じゃないと感じるかもしれない。人によってモノの良し悪しは変わります。そのあたりのターゲティングのコツは何かありますか?
阿佐見:最初から大きなターゲットを取りに行こうとすると失敗することも多いので、ターゲットをメインターゲットとサブターゲットに分けるようにしています。まずはメインターゲットにものすごく好かれることを目指し、サブターゲットには嫌われなければ大丈夫ぐらいに割り切るという判断も時には必要です。
ベストセラーの法則は、マーケットの弱点×著者の強み
土井:伝説の編集長と言われる方にターゲティングのコツを聞くと、近くを歩いている女性を指さして「あの子に向けて作っているんだよ」と言われました。つまり、一人の女性の奥には何十万人という読者がいるということ。一人の理想とする読者の裏側に、どのくらいのマーケットがあるのかを見極めることが、売れる本をつくるコツなんです。
阿佐見:なるほど。ヒット作を多数生み出している土井さんが考える、ベストセラーの傾向はありますか?
土井:僕は歴代のベストセラーで手に入るものは全部読んでいるのですが、例えば自己啓発本だったら、日本ではポジティブなものよりも、ネガティブなテーマを起点にした本のほうが売れる傾向にありますね。読者の抑圧された部分や弱点を解放してあげる本がベストセラーになるのだと思います。
阿佐見:読者の弱点に着目する、ということでしょうか?
土井:例えば、僕は大学時代にギリシャへ留学していたのですが、その時にアメリカ人は自分たちの歴史が浅いことにコンプレックスを持っていて、それを埋めるためにギリシャやローマの歴史や文化を学びに来ていることが分かりました。つまり、伝統的なものや歴史的権威のあるものに憧れを抱くということです。
近藤麻理恵さんをプロデュースした際も、彼女の片付けメソッドが神道に根ざしていたので、アメリカのマーケットでも受け入れられるのではないかと考えていました。読者やマーケットの弱点を調べて、そこに最大の武器をぶつけることが戦略の要諦だと思います。
阿佐見:著者の強みを知ることはもちろん、マーケットや読者についても入念なリサーチをされているのですね。
土井:極端に言えば、マーケットと著者をマッチングするのが僕の仕事なので。そのためには、日頃からいろんなものを見て触れる、調べることに関して投資を惜しまないことを心がけています。
これからの時代に合った、インクルーシブという考え方
阿佐見:日々たくさんのリサーチをされている土井さんが、いま気になっていることや“ヒットの予感”を感じている物事はありますか?
土井:『「調べ方」の教科書』にも出てきた「インクルーシブ・マーケティング」(開発過程に多様な人が関わり、最終的にニッチでも中途半端でもない真に価値のある商品・サービスを生み出すこと)という考え方が気になっています。例えば、自転車競技で水分補給に使うボトルは、口で開けられるようになっているんです。あれは片手が不自由な人にとっても使いやすいし、単純に便利なので僕もセミナー中にあのボトルを机に置いていたりします(笑)。キャンプや登山のグッズも機能性に優れているので、実は日常生活でも使えたりするじゃないですか。だから、障害のある方やアスリートのために作られた商品・サービスが、みんなにとっても心地よいものとして広まる可能性は大いにありますよね。
阿佐見:同感です。私も難聴の人専用に作られたものを、みんなも使いたくなるようなワクワクするものに変えていけたら良いなって思います。
土井:ちなみに僕は長崎県の古民家に住んでいるのですが、この家は自然光で全ての部屋が明るくなるように工夫されていたり、換気扇を回さなくても空気が循環するような設計になっていたりと、ただ情緒的なだけでなく合理的でもあるんですよね。こういうサステナブルな暮らしのアイデアを都市にも生かす方法があったら面白いと思うんです。
阿佐見:良いですね。最近は在宅勤務が浸透する中で、自然への憧れや五感を取り戻したいと考えている方も増えていますよね。
土井:それこそ、抑圧ですよね。都市部の人たちは田舎的な暮らしを我慢しているし、田舎の人たちは都会的な暮らしを我慢している。その両方をかなえていくソリューションに次のヒットの可能性があるのではないでしょうか。
阿佐見:抑圧されているところに、ヒントがあるということですね。
土井:はい、そういう意味では有名企業の最前線で、しかもマーケターとして活躍されている女性は、今まであまり表に出てこなかったと思うんです。これからの時代は、そういう方々がどんどん世の中に出てくるべきだと思うので、ぜひその役割を阿佐見さんに担っていただきたいです。
阿佐見:ありがとうございます。確かにコピーライティングやクリエイティブと比べると、戦略はここまで赤裸々に表に出ることがあまりないので、ぜひ本書を皆さんに使い倒してもらえたらうれしいです。
土井:とにかく分厚い本なので気後れされる方もいらっしゃるかもしれませんが、図版も交えながら大事なポイントを押さえて書いてくれているので、初学者から実務家の方までオススメです。