これから、マーケティングはどうなるのか?
2022/05/02
電通の現役戦略プランナー・阿佐見綾香氏の新著『電通現役戦略プランナーの ヒットをつくる「調べ方」の教科書』をもとに、ビジネスの成功に“直結”するリサーチの方法をお伝えする本連載。
青山ブックセンターで開催されたトークイベント「これから、マーケティングはどうなるのか?」より、『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』を刊行したブランドリサーチャーの廣田周作氏と阿佐見氏の対談を2回にわたってお届けします。
企業のブランド開発を専門に行うHengeを設立し、イギリスを拠点とするイノベーションリサーチ企業のチーフ・コンサルタントやVogue Businessの日本市場におけるディレクターとして企業の戦略立案に携わる廣田氏。電通の戦略プランナーとして化粧品や食品、レジャーなど幅広くマーケティング支援を行う阿佐見氏。共にリサーチを武器とするお二人の視点から、“調べること”の意義を語り合いました。
「勝ち抜くマーケティング」から「価値を残すマーケティング」へ
廣田:僕は元電通で阿佐見さんと同期だったので、このような場で再会できることがとてもうれしいです。まず阿佐見さんの書籍を拝読して最初に抱いた感想は、「この分厚さを書き切るのはやばいな」と(笑)。
阿佐見:ありがとうございます(笑)。
廣田:特に印象的だったのが、ゴールをちゃんと考えずに調査をなんとなく始めるのが一番危険というところ。ゴールに向かう仮説をどうつくれるのかというところで、リサーチャーは左脳ばかり使っているイメージがあると思うんですが、実はアイデアや発想もすごく大切で、そういったことを大切にしているところがまず印象に残りました。
あと後半の「リサーチでよくある悩み・失敗パターンTOP12」は、まさに実務でお客さんがよく躓いているところがまとめられていて、同じリサーチャーとして共感できる部分がたくさんありました。
阿佐見:廣田さんは前職が放送局のディレクター出身ということもあって、電通でも入社当時から自分なりの仮説や考えを持って調べていくタイプでしたよね。私はあまりそれが得意ではなくて、たくさん失敗を繰り返してきたので、これは新入社員時代の私自身に向けて書いた本でもあります。
廣田:電通のノウハウを惜しみなく載せているので、よく許可が降りたなと驚いています(笑)。マーケティングリサーチの入門書としてはもちろん、専門書としてもおすすめです。
阿佐見:ありがとうございます。廣田さんの書籍は、「マーケティングの仕事ってやっぱり面白い!」ということを思い出させてくれる本だと感じました。「バーンアウト」(燃え尽き症候群)というキーワードが出てくるのですが、私自身もバーンアウトした経験が何度かあったので、その時にこの本を読みたかったなって思ったり。バーンアウトから立ち直る過程で私が大事だと感じていたことが言語化されていてすごく共感できました。
廣田:バーンアウトに関しては、保健師などマーケター以外の方々からもけっこう反響を頂いていて、メンタルヘルスの問題は業界を問わず大きな課題なんだと改めて感じています。
阿佐見:序盤に書かれていた、「勝ち抜くマーケティング」から「価値を残すマーケティング」へ、という考え方にも感銘を受けました。バーンアウトしてしまうマーケターの中には、勝ち抜こうとし過ぎて疲弊してしまう人も少なくありません。だから、この視点の転換はすごく大事ですよね。
廣田:いま、多くのマーケターが膨大なデータを追い続け、高速PDCAを回し続けることが求められています。でもマーケティングの歴史を紐解いてみると、遊びながら大きな仕事を成し遂げている人も少なくありません。
例えばサウナブームを牽引している人たちは、データも見ているかもしれないけれど、本当にサウナが大好きで日々通い詰めて、一次情報となるインサイトにたくさん触れているんです。その熱量や体験からマーケットを生み出している側面もあると思うんです。もちろん、データは大事ですが、遊びやカルチャーに対する愛情もないと続かないのではないかと感じています。
良いインサイトをリサーチすることから、良いアイデアは生まれる
廣田:一方で、海外のマーケターが新しいトレンドや時代の変化をいち早く捉えて動いているのに対し、日本では情報のキャッチアップやリサーチが活性化しなくなった印象もあります。戦後の日本は、頑張って海外の情報やトレンドを取り入れて、日本人の器用さやていねいさでクオリティの高いものをつくるぞ!という気概があったと思うのですが、いま何も調べなくなったと感じているんです。
でも、調べることはとても面白いということを今のマーケターの人たちには伝えたいですよね。こんなに面白い時代はないぐらいに世の中では大きな変化が起きていて、だからこそ調べれば調べるほどアイデアが湧いてくるし、調べて情報を正しく理解できることで勇気も湧いてくる。なんとなくやれば不安になるけれども、ちゃんと調べればこんなにチャンスがある時代もないのではと思うんです。
阿佐見:確かに、リサーチというジャンル自体がニッチというか、専門の調査機関しか行わないものだと捉えられている側面はありますよね。世に出ている書籍も高度な専門書がほとんどで、日常的に使えるリサーチの価値を説いた本は少ない印象です。
廣田:電通のインターン講師としてアイデアを出す授業を担当していた時、2週間のワークショップの中で最初からアイデアを出そうとする学生たちに、「アイデアは最後の30分くらいで出せるから、時間ギリギリまで、インサイトに固執しなさい」と教えていました。
とにかくインサイトを徹底的にリサーチさせるんです。そうすると、最後の30分で出てくるアイデアのクオリティが格段に上がるのを目の当たりにしてきました。だから、リサーチとアイデアをつなぐインサイトの価値をもっと面白がってくれると良いなと思っているんです。良いアイデアは良いインサイトがあって初めて出てくるのもので、良いインサイトを見つけるためには良いリサーチが欠かせません。
阿佐見:そうですよね。でも、良いインサイトに辿り着く確率を上げるのって、何年もマーケターを続けていてもなかなか難しいですよね。
廣田:確かに。だからやっぱり、先ほどの「遊びが足りない」という話にもつながるのですが、一次情報に触れることが大事だと思うんです。例えば本やデータで「チル(※1)という言葉が流行っている」という情報を見つけた時に、シーシャが流行っているからと自分も行ってみるとか。シーシャでまったりくつろいでいる人たちに自分もなってみて、初めて意識化されるところを、データと突き合わせてみた時に、「これはインサイトだ!」と言えるものが見えてきたりしますよね。
阿佐見さんの本でも、仮説を立てるために肌感が大事だという話がありましたが、その精度は自分で経験している人、一次情報に触れて体験している人がやっぱり強いと思うのです。疲れて家でのろのろしたい時もありますけど、現場に出ていくというのが大事ですよね。
阿佐見:確かに遊びが足りないと、アイデアもインサイトも見えなくなってバーンアウトするという悪循環に陥ってしまいますよね。昔話ですが、電通では「時間が空いたなら、映画でも見に行きなさい」「机にしがみついていないで、街でもブラブラしてきたら」と上司に言われることもありましたよね。
※=1 「チル」=英語の「chill out」(チルアウト)が由来で、「ゆっくりくつろぐ」「まったりする」「落ち着く」という意味で使われている流行語。シーシャ(水タバコ)を楽しみながらくつろぐシチュエーションでもよく使われる。
これからのマーケターに求められるのは、パーパスを言語化する力
阿佐見:もう一つの視点として、近年は目先の利益だけではなく、自分たちの存在意義を問い直し、そこから逆算した未来を描き、そのために何をすべきかを掘り下げて商品開発やコミュニケーションを考えようとする企業が増えてきています。その変化に応じて、マーケターが関わるべき領域も広くなっていると感じます。
廣田:企業が生活者に対してどこまで未来の安心を約束し、実行できるかが問われている時代ですよね。マーケターが考えるべきなのは市場や経済だけでなく、環境や社会的包摂、人びとのメンタルヘルスにまで及んでいます。
阿佐見:私が廣田さんの本の中で良いなって思ったのが、会社が社会の役に立つことが従業員の自己肯定感を高め、やりがいにつながるという話。私が担当しているクライアントでも、自分たちのアクションが売上だけでなくより良い社会にも貢献できることで従業員のモチベーションを高めている企業があります。
その際に、ただ何となく良いことをするのではなく、会社の存在意義や提供価値に基づいて、だからこれに取り組むのだ、というストーリーを描くことが重要です。そのような背景から、マーケターにはパーパスを言語化する役割も求められているのかなと思います。
後編では、マーケティングの未来を紐解くキーワードや、すぐにできる「調べ方」のアドバイスを紹介します!
『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』(廣田周作 著/クロスメディア・パブリッシング)の詳細はこちらから
『電通現役戦略プランナーの ヒットをつくる「調べ方」の教科書』の詳細はこちらから