マーケターがいま注目する、4つのキーワード
2022/05/02
電通の現役戦略プランナー・阿佐見綾香氏の新著『電通現役戦略プランナーの ヒットをつくる「調べ方」の教科書』をもとに、ビジネスの成功に“直結”するリサーチの方法をお伝えする本連載。
前回に引き続き、青山ブックセンターで開催されたトークイベント「これから、マーケティングはどうなるのか?」より、『世界のマーケターは、いま何を考えているのか?』を刊行したブランドリサーチャーの廣田周作氏と阿佐見氏の対談をお届け。リサーチを軸にした戦略立案やマーケティング支援を行うお二人が、マーケティングの未来を紐解くキーワードや、リサーチのコツを語り合いました。
マーケターがいま注目する、4つのマーケティングキーワード
廣田:「これから、マーケティングはどうなるのか?」ということで、今回はお互いにマーケターの立場からマーケティングの未来を紐解くキーワードを挙げてみたいと思います。阿佐見さんはいかがでしょうか?
阿佐見:書籍にも書かせていただいたのですが、これからは「インクルーシブなマーケティング」が主流になっていくと思っています。簡単に言うと、いろんな人が心地よく一緒に存在していける空間を作るイメージです。
例えばEONEの腕時計が視覚障害の方のニーズに特化した商品でありつつも、視覚障害を持っていない人にとっても、便利で美しくて使いたくなる商品であるように、1人のニーズに特化して、みんなからのニーズがあるものをつくるというアプローチがあります。
また、多様性を受け入れて、価値として生かせる機会や場を企業が率先してつくるというアプローチ。ファッションモデルの多様性も話題になっていますし、従来の男らしさや女らしさにとらわれずに自分らしさを追求しようというメッセージを発信したコスメブランドが好感を集めるといったこともありました。LGBTフレンドリーを表明するレインボーマークを置いているお店のように、一緒に過ごせる楽しい空間をつくっていくことも大切ですよね。
あるいは、これまで用意されていなかった選択肢を増やしていくアプローチもそうです。例えば商品のサイズ展開の拡張とか、車いすや補聴器をつけている人形のおもちゃをつくるとか、通称名でクレジットカードをつくれるようにするなどですね。
インクルーシブなマーケティングは、開発プロセスに多様な人を巻き込んでいくのがコツですが、それによって前述のような価値ある商品やサービスが生み出されていきます。多様な個性が発揮されずに、多様な人がそこに存在しているだけでは意味が無いので、各々の視点から話ができる状況をつくることも大切です。そこから生まれた視点をマーケティングにも生かしていくことが「インクルーシブなマーケティング」です。
廣田:多様な視点から、新しい価値が生まれるわけですね。
阿佐見: それから、「エフォートレス」というキーワードにも注目しています。これは努力を最小限にするようなイメージです。近年はファッション・コスメ領域でも周りから視点ではなく、自分らしさや自分にとっての心地よさを大切にしたいというインサイトに変わってきています。
ヒット商品を調べてみても、糖質ゼロではなく低糖質といったように少し砂糖が入っていることも許容するものが増えています。心のストレスを開放するCBD(※1)の入った食品や化粧品も話題になりましたね。このように、ストイックに努力することから少し脱力していく流れがトレンドになっていくのかなと思っています。
※=1 CBD(カンナビジオール):麻薬の「大麻」からとれる合法の天然成分で、リラックス効果があり、痛みや不眠の改善に良い効果があると言われている。依存性のない安全性と有効性についてはWHO(世界保健機関)も認めているというもの。
最後にもう一つ、「オリジナリティ」というキーワードを挙げたいと思います。いまはモノが世の中に溢れているため、それが本当に消費に値するモノなのかを生活者からシビアに問われる時代です。だからこそ、自分たちの本質的な価値を正しく捉え、独自性を打ち出していくことがいろんな企業に求められています。
出版業界でも数を打てば当たるという考え方から、発行するコンテンツを厳選して、オリジナリティがあって長く愛される本を作っていく流れに変わりつつあると聞いています。
長くなりましたが、この3つキーワードがマーケティングの未来を紐解くカギになると思っています。
廣田:まさに阿佐見さんのリサーチ力が存分に発揮された、秀逸なキーワードですね。僕からは「コンポーザビリティ」というキーワードを付け足したいと思います。自分の本を出した後にリサーチを続けていた際に見つけて、本に書けばよかったなと思っているキーワードでもあります。
「コンポーザビリティ」はシステム系の世界から出てきている言葉で、日本語では構成可能性と訳されることが多く、複数の要素を臨機応変に組み替えていくことを指します。
いまは、ちょうどWeb2.0からWeb3.0に移行する夜明け前ぐらいに僕らは生きています。それで昨年くらいからNFTやメタバースが話題になっています。僕は、Web3.0の可能性は「コンポーザビリティ」にあると理解しています。
阿佐見: Web3.0と関連したキーワードなんですね。
廣田:そうなんです。少し解説するとWeb1.0はホームページをつくれる時代で、Web2.0になると書き込みできるようになります。FacebookやTwitterに書けるとか、Instagramで自分の写真を上げられるとか、あるいは、食べログに自分が評価を載せて点数を書けるとかがWeb2.0です。
Web2.0の問題点として、一部のプラットフォーマーの力が強くなりすぎていることを懸念する声が出てきています。ハーバード大学のショシャナ・ズボフ教授の『監視資本主義』では、「あなたがSNSに写真を上げる時、あなたはユーザーなどではなくて、あなたはそのSNSのプロダクトである」という主旨のことが指摘されています。つまりユーザーが投稿することはそのSNSの運営会社のために仕事をしているのと同じで、そこからSNSは広告で儲けているということです。
Web3.0の世界では、知財やIP、個人の写真などのコンテンツは個人が所有できるものとして保証されるようになります。ブロックチェーン上にサービスが乗ってくるので、基本はコピー可能ですが、対価が支払われる形になり、他のサービスとの連携や共有がしやすくなります。
Web2.0にもAPI連携(※2)という発想はありますが、基本はつながらず、独占市場になっています。例えばShopifyの曲をApple Musicで聞いたり、Twitter上で1曲通して聞くことはできないですよね。Web3.0ではAPIでつなぐという言い方をせず、「コンポーザビリティが高い」という言い方になってきます。適応可能性が高く、いろんなプロダクトやサービスとコラボレーションしやすくなると考えることができます。
※=2 API:は「アプリケーション・プログラミング・インターフェース(Application Programming Interface)」の略で、異なるソフトウェア同士の機能の一部をつなげる仕組みのこと。
阿佐見:適応できるかが、企業にとっても重要になるわけですか?
廣田:はい。まさにコンポーザビリティは経営のキーワードとしても注目を集めています。つまり、変化の激しい時代に対して柔軟に組織や事業を組み直して適応したり、他社と協力関係を結んだりできる企業はコンポーザビリティが高いと言われています。阿佐見さんに挙げていただいた「インクルーシブ」というキーワードともつながるし、「オリジナリティ」がちゃんと保証されるということになっていきますね。
そういうことがすごく大事になっていく中で、アメリカではカルチャー・コンポーザビリティや、カルチャーをコンポーズするのが上手い会社が活躍していると言われています。つまり、テクノロジーだけ知ってる会社ではイケてなくて、音楽や映画とかドラマについて詳しくないと相手にされなくなってるんです。
Web2.0は広告発想でしたが、Web3.0になると、仲間探しみたいになってくるんです。独占しなくてもちゃんと皆が成長できるような形に変わっていくので、まず広告打ちましょうというよりも、協力・協調関係をどう探していくかというのが、Web3.0の時代の発想に切り替わっていきます。「インクルージョン」とか「コードレス」とか「協力関係をつくる」ということがキーワードになるかもしれません。
どちらかというと、ちゃんとリサーチをしたりインサイトを発掘したりする、ということの価値が相対的に上がり、クリエイティブということ自体の価値が上がってくるという点からも「オリジナリティ」というキーワードともつながるのかなと思います。
解像度の高いインサイトは、“遊び”から見つかる
阿佐見:前回から2回にわたって、いまの時代にリサーチが果たす役割や、マーケティングの未来展望をお話しいただきました。最後に、リサーチに興味を持ってくださった方々に向けて、すぐに始められるリサーチのコツを紹介したいと思います。
まず私からおすすめしたいのは、「事例収集テンプレート」です。これは参考になりそうな事例をリサーチする際に、事例概要や面白かったポイント、プランナーの分析視点、一番言いたいポイントなどを書き込めるシンプルなテンプレートを用意してみんなで埋めていく方法です。私が所属する電通の女性マーケティング専門チーム「GIRL’S GOOD LAB」でも、このテンプレートを用いて定期的にみんなで事例を持ち寄り、新しいアイデアを考えています。
複数人でリサーチする場合は、なるべく得意分野別に役割分担をしてみてください。すると、本人にとっては当たり前に入ってくる情報が、他の人にとっては新しい気付きになったりするんです。集まった事例を俯瞰で見たり、組み合わせてみたりすると、まだ話題になる前の半歩先のインサイトを発見できるかもしれません。
廣田:面白いですね、さすがです。僕がおすすめしたいのは、「人軸」で理解するという調べ方。本の読み方はいろいろあると思うのですが、僕の読み方は、固有名詞が出てきたらWikipediaとかで調べるということをすごくやっているんです。
例えば、アメリカで人気の掲示板サイトでRedditというサービスがあって、その共同創業者が、Black Lives Matterの時に辞任したんです。一般的なニュースだと、自分の後任として黒人に経営権を渡すという話しか書かれていないのですが、よく調べると妻がテニス選手のセレーナ・ウィリアムズだったんです。ということは自分の娘にとってより良い未来をつくるために社長を退いた人という姿が見えてきます。多角的に固有名で考えて、テック業界とBlack Lives Matterといろんなことが人でつながっていくっていう風に描けると、自分なりにすごく「人」の話として聞けるようになるんです。
表面的な理解から一歩踏み込んで、その時多分この人はこう変わったんだろうな、というふうに。僕はどうしても人起点で理解しようとしてしまうので、いろんなことを聞いたときに抽象度の高い情報こそ、人の話というところまで調べ直して、エモーションの部分で理解するというのを習慣にしています。
阿佐見:人軸のつながりでどんどん自分の中にインプットしていってるから、廣田さんってめちゃめちゃ引き出しが多いんだなと思いました。
廣田:もう一つ、ちょっとマニアックな視点なんですが、音楽業界をウォッチすることをおすすめしています。音楽はデータが軽いこともあって、最初にイノベーションの影響を受けやすい業界の一つなんです。だから、ビジネスモデルが最初にぶっ壊されて、ラディカル(急進的)なことが最初に起こる業界でもあるんです。
それこそレコード→CD→MD→MP3という技術革新はもちろん、データ配信サービスやサブスクリプションといったビジネスモデル改革もそうですし、最近だとメタバースやアバター、仮想通貨、NFTを活用するアーティストも出てきています。そして、だんだんデータ容量が重い業界にそれらが波及していくんです。
例えばiTunesから10年くらい経って、ファッション界のiTunesと言われる「FARFETCH(ファーフェッチ)」というサービスが出てきました。ちょうどテスラが出てきたのも、音楽で最初に起こったことがだんだん重くなっていって自動車にも落ちていったのです。
容量が軽い音楽で、新しい才能がどんどん生まれて、ヒットチャートの構造も一瞬で変わるのが音楽業界の面白いところで、マーケターとしては、何が起こっているのかを観察するんです。
阿佐見:へー、その視点で見たことはなかった!
廣田:音楽だけでなく、食とかファッションも変化のサイクルが早いので、まずは自分が興味のあるカルチャーの最新情報に触れ続けることが大事だと思います。リサーチよりもまずはカルチャーを楽しもうって僕は思っているので。
阿佐見:遊びに行かなくちゃですね。ちょっと逆説的なんですが、リサーチで重要なのは自分の主観だと思うんです。きちんと調べれば、出てくるインサイトは大体似たり寄ったりなものになりがちです。その中でも「いま、これがキテる!」という感覚や自分なりの共感があるものは信じられるじゃないですか。だから自分の感性を磨くことが大切で、そう考えると遊びもリサーチの一つなんだなって思いました。
廣田:1次情報に触れている人とそうでない人では、調査結果から導き出せるインサイトの解像度がかなり変わると思うんです。遊びが結果的にリサーチに役立つ部分は大いにありますよね。
ちなみに僕、今年から体調を整えることを意識的に取り組んでいて、自分の体調が良くなって幸せを感じると、その幸せを誰かに配りたくなるんですよね(笑)。本ではマーケティングの未来という大きなテーマを語っていますが、それこそ大きな未来は電通さんにお任せして(笑)、零細企業の僕はまず自分の幸せを満たし、それを周りに配っていくことでより良い未来を少しずつ作っていきたいと思います。
阿佐見:あはは(笑)。でも、私自身がLGBTQ+のプロジェクトに5年以上取り組む中で、企業が営利活動として参入できるアイデアを作れると、社会的なインパクトも大きくなることを感じていました。今回、廣田さんの本を読んで、世界のマーケターも企業の力を使ってより良い未来を作ろうとしていることが分かったので、とても大きな勇気をもらえました。綺麗事に聞こえるかもしれませんが、素敵な未来を思い浮かべながら仕事に取り組めるマーケターを増やしていけるといいなって思っています。本日はありがとうございました!
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