「なんとなく」買っている人を後押しする広告の力
2022/06/14
電通社内横断の「SNプロジェクトチーム(※)」では、「人はどういうふうに物を買うのか」という行動経済学的視点で発見した新たな市場構造について、これまで2つの記事を公開しました。
※=SNプロジェクトチーム
電通社内のマーケティング部門・データソリューション部門・メディア部門の専門家による社内横断研究チームです。「SN」は研究成果の要点である「広告のシグナル作用/ノイズ作用」にちなんでつけられました。
第1回では、あ る商品の売り上げに関して、その商品カテゴリに関心がない層の購入が多く含まれていることを紹介。商品の売り上げから成り立つ市場構造は下記3つのポイントが重要であることを解説しました。
- デュアルファネル:顧客が「商品に対して関心を高めてくれる」マーケティング活動の中核となる領域
- アウトサイドファネル:商品やカテゴリに対しての関心は低いが購入している層が含まれる領域
- 近接者集団:「口コミ」や「会話」などで話題を広げ、商品購入のきっかけを作り、影響を与える集団
第2回では、市場を構成する人々がどのような心理で購買をしているかを「3つの習性」に分類し、かつそれらが商品カテゴリごとにどのように購買に影響を与えるかを分析しました。
今回は、「広告」が実際の購買行為にどのような影響を与えているのかを、「SNプロジェクト」の名前の由来にもなっている「シグナル(S)」と「ノイズ(N)」という概念を用いて説明します。
<目次>
▼すでに関心を持っている人に影響を与える広告の「シグナル作用」
▼「なんとなく」買っている人に影響を与える広告の「ノイズ作用」
▼売れる商品は「広告のノイズ作用」が効いている?
▼メインターゲットだけを見ない、広告コミュニケーションを
すでに関心を持っている人に影響を与える広告の「シグナル作用」
まず、広告の「シグナル作用」について説明します。広告のシグナル作用とは、ある広告に接触したときに、その広告を「自分向け」だと感じ、商品に関心・好意を抱かせるような作用のことをいいます。
例えば、おなかを空かせたAさんが街中を歩いている時においしそうなハンバーガーの広告を見たとします。この時Aさんはその広告に気付き、「おいしそう。食べたいなあ……」という気持ちを抱いたとします。
この時Aさんに何かしらの強い印象、心理変容を与えるような広告効果のことを「シグナル作用」と呼んでいます。
ある種のターゲティング広告が発揮する効果と同じような効果が期待できるのがシグナル作用です。ファネルの視点で整理をすると、カテゴリに関心が高い層を特に刺激するため、「デュアルファネル」を刺激する特徴があります。
こちらはすでに関心を持っている層に影響を与えるので、特に短期的な購買率向上が期待できます。
「なんとなく」買っている人に影響を与える広告の「ノイズ作用」
一方で、広告の「ノイズ作用」とは、ある広告に接触した時に、その広告を「自分向け」だとその時点では感じないもの。すなわち広告を認知しても心理変容にまでは影響を及ぼさないものを指します。
例えばおなかがいっぱいなBさんが街中でハンバーガーの広告を見ても、その時は広告を認知する程度で、関心を高めなかったとします。ぼんやりと広告の印象を残すくらいで、好意などを大きく高めないような作用のことを広告の「ノイズ作用」と呼びます。
このように書くと、ノイズ作用は意味がないかのように見えますが、実はマーケティング上で非常に重要な役割を果たします。
ファネル上で整理をすると、関心がない層にアプローチをするこの広告作用は、「アウトサイドファネル」を刺激する特徴があります。
ノイズ作用は「なんとなく」購買をする際のブランド想起に影響を与えて、結果的に売り上げ向上に貢献します。アウトサイドファネルの領域にいる層は購買頻度/意欲が低いため、この層を刺激するノイズ作用はより中長期的な購買率向上に寄与することが期待できます。
そして、第1回の記事でも述べたように、市場には多くの「低関心層」がおり、マーケティング上無視できない存在です。したがって、ノイズ作用に着目することは、「低関心層」に影響を与える意味で重要であるといえます。
以上述べたように、シグナル作用とノイズ作用の違いをまとめると、下記のようになります。
売れる商品は「広告のノイズ作用」が効いている?
広告の効果をシグナルとノイズという概念を用いて二分しました。一見すると購買に寄与しづらそうなノイズ作用ですが、重要な役割を果たしていることが電通の独自調査からも見えてきました。
同調査では、レモンサワー主要5銘柄の購買者を対象に、CM認知状況とCMの影響度合いをもとに、下記のように購買者を分類しました。
①シグナル作用あり購買者:
CMを認知し、広告によって心を動かされた購買者
②ノイズ作用あり購買者:
CMを認知したが、広告によって心を動かされなかった購買者
売り上げの異なる各銘柄で、商品購買者が①②でどれくらいの比率含まれるかを見てみると、下記の図のようになりました。
(グレーは、広告を認知せず、商品を購入した層)
まず、シグナル作用のある層(上図、青色)に着目すると、売り上げに対する比率はどの銘柄においても大きく、顧客基盤の重要な部分を担っているといえます。
興味深いことに、この比率は売り上げの大小にかかわらず、各銘柄ほぼ一定の比率で存在していることが分かります。
では、どのような要素が売り上げの大小に影響を与えるかというと、「ノイズ作用」であることが分かります。
ノイズ作用のある層(上図、赤色)に着目すると、シェアが小さくてもノイズ作用が比較的大きい銘柄もありますが、売り上げが大きくなるほどに比率が高まっていることが分かります。
こちらはレモンサワー市場特有のものではなく、衣料用洗剤市場でも同様の傾向でした。
短期的な売り上げに貢献しづらいため、見過ごされてしまいそうなノイズ作用ですが、人気商品ほど売り上げに占める影響は大きくなりやすい傾向があります。
メインターゲットだけを見ない、広告コミュニケーションを
今までのマーケティングにおいては、「メインターゲット」と呼ばれる自社銘柄に興味関心が高い/高そうな人を主軸に置いた戦略を策定することが一般的でした。もちろん、それは自社銘柄の核となるターゲットで、売り上げの大部分を担う重要な存在です。
しかし、それだけではブランドの成長は行き詰まってしまいます。自社商品を買っているのはもちろんメインターゲットだけではありません。多くの「なんとなく」買っている人も含まれています。そのような購買者も含め、自社商品を選んでもらうためには、継続的な広告コミュニケーションを続け、いざ購買機会が来た時に選ばれるようにすることが重要です。そのためにもノイズ作用の影響をマーケティング戦略上でも考慮すべきだと考えています。
今回はシグナルとノイズという概念を導入し、特定のカテゴリについての分析を行いました。次回は、この分析を自社商品に落とし込み、実際のマーケティングで生かしていくための「実践編」を予定しています。