性×クリエイティビティ Sexology Creative Labの挑戦No.3
避妊教育から正しい性教育へ、日本をアップデート
2022/06/21
電通の社内横断組織Sexology Creative Lab(SCL)が「性×クリエイティビティ」の枠組みで実現したコンテンツの紹介を通して、性に関する最新の情報を紹介していく本連載。第3回は、Sexology Creative Labの母体である電通のラボ「うむうむ」(※)のメンバーでもあり、「SEXOLOGY(セクソロジー)」の制作メンバーでもあるプロゴルファーの東尾理子さんと、「うむうむ」代表の籠島の対談です。
※=うむうむ
SCLの母体である、東尾理子さんと電通の有志社員によるプロジェクト。専門家やNPOと協業し、妊娠、出産やセクシュアリティに関する信頼できる情報の発信をしている。
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今年2022年4月から不妊治療の一部が保険適用になりました。その背景には日本の少子化があります。東尾さんのように不妊治療で苦労した経験を持つ人が多数いる一方で、望まない妊娠をしてしまう人も多数おり、性に関する知識が必要な人に届いていない現状があります。これから日本の妊活はどうなるのか、そこにある課題について語り合います。
<目次>
▼日本で不妊治療の話はタブー?
▼避妊教育はあるけど、妊娠教育はない
▼SEXOLOGYをつくりながら学んだこと
▼妊活フレンドリーな企業とは
▼日本のDE&Iのアップデートを
日本で不妊治療の話はタブー?
籠島:東尾さんはご自身も妊娠のための治療を経験され、妊活に前向きに取り組むためのTGP(=Trying to Get Pregnant。“妊娠しようと頑張っている")活動を発信されています。まずは、そのきっかけから教えてください。
東尾:私が一人目の子どもに向けて妊活をしていたのが2010年から。治療のため病院に通っていたのですが、その時に妊娠や不妊治療に関する情報不足を強く感じました。その頃は「不妊治療」という言葉はどこかタブー視され、不健全なものというイメージがあったように思います。
籠島:今よりずっとそうでしたよね。
東尾:自分の治療をオープンにすると、「私も!」「僕も実は!」と話してきて下さった方がたくさんいたんです。ネガティブなものとして扱われていたけど、自分たちが頑張ってることは前向きでいいことなんだよ、というメッセージを伝えられたらいいな。そんな思いがきっかけで活動を始めました。
籠島:治療をしていて情報不足を感じたとのことですが、具体的にはどんな時に感じたんでしょうか?
東尾:結婚をきっかけに自分の身体にもう少し責任を、という気持ちで検査を受けました。体の基本的なチェックにプラスして、妊孕性(にんようせい=「妊娠するための力」のこと)のチェックを一緒にやっておこうと思ったのが始まりでした。検査の流れでタイミング法へ、そこから人工授精へ、というように自然と治療に入っていった感じでした。
最初は特に「では治療を始めます」と意気込んだのではなく、「体のチェックのついでに」くらいのつもりでした。大学からアメリカに留学していたのですが、そこでは学生も定期的に婦人科検診を行っていたので、久しぶりに自分の身体に向き合う感覚でした。
籠島:なるほど。
東尾:そんな感じなので妊娠治療の知識は全くなくて。初めて受診した病院はタイミング法と人工授精は対応してるけど、体外授精などの高度医療は行ってない病院でした。当時の私と夫の年齢を考えると、もうちょっと早いタイミングで体外受精にステップアップしてても良かったのかな、と今は思うのですが。その頃は知識がなかったのでお医者さんに言われるがまま、あっという間に一年が過ぎていました。
知識がないということは、自分がどういう薬を使っているかも分からなかったし、薬にどういう副作用があるかも分からないということ。35歳を越えて、一般的には妊娠力がガクンと落ちてくる年代だったので、知識を持つことが大切なんだと治療を進めていて強く思いました。
避妊教育はあるけど、妊娠教育はない
籠島:お一人目をご出産されたあと、一緒に「うむうむ」を結成するわけなんですけど。スタート時は世の中に、もっと妊娠のための正しい情報を広めたいということで始めたんですよね。若いカップルに向けたイベントなどでご登壇していただいたりしました。
東尾:はい。そこで一番に伝えたかったことは、まず、もし生理痛がひどかったら近くのレディースクリニックや産婦人科病院に行ってほしい、ということでした。今の症状がどうなのか、この先何が起こる可能性があって、どんな予防策があるのか。生理痛がなくても検診を怖がらずに受けてほしいと伝えていました。
自分の妊孕力を知りたいとき、その方法の一つにAMH検査があります。血液検査を行う際、AMHも追加してもらうといいかもしれません。
籠島:AMH検査は、自分の卵子があとどれぐらい残っているかが分かる検査ですよね。個人差が非常にあると聞きました。
東尾:はい、卵子の在庫の目安を知ることができます。数値が低いと残りの卵子が少なめ、逆に高すぎるのも多嚢胞性(たのうほうせい)卵巣症候群が疑われます。「普通に生理がきている=妊娠できる体」というわけではないんです。生理痛が軽い方でも、まずは人間ドック的に受けてみて、損はないと思います。
籠島:男性だと泌尿器科に行って自分の精液チェックができます。最近、自分から精液検査をしに行く男子が増えてるそうです。セルフチェックできるキットもあって、スマホのカメラで自分の精液が見れます。女性のAMH検査のキットもありますね。
東尾:そうそう。でも、活動しているうちに発信するだけでなく「こういうことを学べるところがない」という根本の原因から何とかしなければいけない、と思うようになりました。
避妊教育は受けたけど、逆にどうやったら子どもができるかを教わってなかったなって。子どもは望む時にいつでも授かれるという前提だったので。でも、病気や年齢、さまざまな理由で子どもができない人もいる。「妊娠するためにはどうしたらいいか」というのを早いうちからちゃんと学べるものをつくりたいな、と。
籠島:根本原因を何とかしようと話していたところで、#なんでないのプロジェクトをされていた福田さんとの出会いがあり、性教育を学べるスマホの教科書「SEXOLOGY」を開発することになったんですよね。
SEXOLOGYをつくりながら学んだこと
籠島:SEXOLOGYを一緒につくってみてのご感想というか、ご自身で何か変化はあったのでしょうか。
東尾:一つだけでなく、幅広い知識を持つことがすごく大切なんだな、ということです。サイトでいろいろなアイコンが並んでいると、全てがリンクしてつながっていて、一つだけ切り離せないなっていうのを感じます。
今の世の中だからこそ、偏った見方にならないようにしなければいけないし、知識や興味のない人が読んでも分かりやすいかなど、多方面に気をつけるようになりました。
籠島:そうですよね。東尾さんとお話ししていても、端々にすごく感じます。今までの性教育は割と一方的というか、一つの見方でしかなかったなって思っていて。なんか昭和のおじいちゃんの世界観というか。今はいろんな世代の人がいるし、性的嗜好(しこう)もいろんな人がいるのに、抜け落ちてるところが大きいなと思います。
東尾:ですよね。例えばSEXOLOGYのサイトの中にマスターベーションっていうのが入っていて、そこにもちゃんと男女が入っていて。最初、「えっ」てなる人もいるかもしれないけど、性別で要不要を分けず、当たり前に入っているところがSEXOLOGYのすごいところじゃないかなって思うんです。
籠島:そうですね。あと個人的に感じるのは、世の中的にLGBTQ+まわりの情報がすごく充実してきていますよね。
東尾:こういう教育を子どもたちにもしていきたいなって思います。特に今、私は低学年の子どもが家にいるので、赤ちゃんってどうやってできるの?とか、性暴力についてどう伝えるか?など学びたいです。自分が伝える立場になった時の情報をもっと厚くしたいな、とも思います。
籠島:これからもどんどんアップデートが必要ですね!
妊活フレンドリーな企業とは
籠島:もう少し話を進めると、今、子どもを作ろうというカップルの5.5組に1組が不妊の検査や治療を経験しているというデータがあります。また、会社に不妊治療をしてることを伝えてない人が58%、なおかつ離職してしまう女性が23%もいるという資料(※)もあります。
※=厚生労働省「不妊治療と仕事との両立サポートブック」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/koyoukintou/pamphlet/dl/30l.pdf
そんな中、冒頭でも少し触れましたが4月から国の制度が変わって、不妊治療の一部に保険が適用されるようになりました。あわせて妊娠・出産・育児へのパワーハラスメント防止措置が中小企業にも義務化され、事業規模に関わらず企業側の対応も求められています。ただ、いわれたほうの企業は、ちょっと戸惑っている印象を受けます。
東尾:そうですよね。大中小関係なく、制度内容を知らない企業が多いと感じます。大企業は2020年、中小企業は2022年に義務化されましたが、義務化の通知は昨年からされていました。それでも、今まだ知らないという。
籠島:このタイミングで知った会社も、対応を求められてはいるけど、じゃあ具体的に何をすれば?ってところで止まっているのかもしれません。会社はどのような取り組みができるといいんでしょう。
東尾:そもそも不妊治療をしていることを会社に伝えている人が少ないので「うちには関係ない」と考える会社が多いのかもしれません。治療していることを言う必要はないと思うのですが、病院に頻繁に通うなど、言わざるを得ない状況になることもあります。そんなときに伝えやすい会社の雰囲気があるといいなと思います。
籠島:そうですよね。会社だと不妊治療をしてることを深刻に捉えられすぎるので言いづらい、という意見も聞きます。同僚から聞いたんですけど、生理休暇ですら男の上司にはすごく言いにくいとか。
東尾:保険適用が始まり第一歩のハードルは低くなったのですが、働いている方にとっては計画を立てるのが難しい面もあります。いきなり明日の午前中病院に来てください、という時もある。
生理って、ずれるじゃないですか。流動的に休みや時間が取れる働き方体制、それを声にしやすい環境、そして生理やPMSや不妊治療など、まとめて対応できる寛容で曖昧な休暇があるといいですね。わざわざ詳しく理由を言わなくていい休暇制度があるといいなって。
籠島:相手が古い価値観の上司だったら、なんで休む理由まで細かく報告しなきゃいけないのか?となりますよね。
東尾:その後の待遇や働き方に影響がある可能性も、言いづらい要因の一つと聞きます。生理や不妊治療だけでなく、男性の育休や子どもをつくらない選択をした人、いろいろな人に平等な休暇制度が広がるといいなと。そうやってみんなが寛容に認められる社会になるといいですね。
日本のDE&Iのアップデートを
籠島:不妊治療の話と反対のことを言うみたいですけど、子どもを持つ、持たないっていうのは、個人の選択の自由ですよね。里親になるという選択もあるし。
東尾:はい、SRHR(Sexual and Reproductive Health and Rights=性と生殖に関する健康と権利)は大切ですよね。それとプレコンセプションケア(Preconception care=将来の妊娠を考えながら女性やカップルが自分たちの生活や健康に向き合うこと)。この二つを進めて広げていきたいです。
どちらにも、自分に産む/産まないの権利があるよっていうのが入っています。産むか産まないかは自分が決めること。質の高い生活の実現は、より健全な妊娠・出産の準備に繋がります。
籠島:SRHR、プレコンシャスケアもみんなが知っておくべき知識ですね。日本の性教育はまだまだこれから、というところだと思いますが、東尾さんは今後、どのような活動をしたいと思っているかをお聞かせください。
東尾:SEXOLOGYに書かれていることは大切ですごくいい内容なので、難しく考えず、これが当たり前という社会になるところまでいきたい。今サイトにのっていることは誰でも普通に当たり前に知っていて、お茶しながら出てくる会話になる。それくらいカジュアルに話せる社会になったらいいなと思います。
籠島:そうですね。僕もSEXOLOGYはこれからも時代に合わせて追加したりアップデートしたりということはやっていかなきゃいけないと思っています。そして、もっとみんなに、こういったことを考えてもらうきっかけを発信するようなことを引き続きやっていきたいなと。
籠島:最後に、この記事を読んで興味を持った方は、最初の一歩として何をしたらいいでしょうか。
東尾:まず自分の状態を知ることから。風邪をひいたら内科へ、肌が荒れたら皮膚科へ、生理痛があったら婦人科へ。身体のサインを見逃さないでほしいです。
籠島:男性にとっては女性の体について知るのが最初の一歩かも、という気もします。女性の生理はこのような仕組みで起こっていて、妊娠するとこうなるんだけど、妊娠って自然にできるとは限らないんだよっていうことだったり。女性をパートナーにと考えている男性は、そういったことをちゃんと知っておいたほうがいいのでは、と思います。
東尾:逆に、女性はもっと男性の体のことを知るといいかもしれないですね。お互いに、お互いの身体を知るのはとてもいいですね。
男女だけでなく、例えば障がいに関することも。まずは、お互いを知っていって、アップデートして、お互いに助け合える社会になっていったらいいなと思います。
性を学ぶSEXOLOGY https://sexology.life/
【Sexology Creative Lab】
「性×クリエイティビティ」の枠組みでコンテンツ開発や情報波及の活動をする電通の社内横断組織。性の課題に関心があるクリエイティブメンバーにより、2019年に発足しました。医療分野や性教育分野の専門家とタッグを組み、性教育や妊活など、さまざまな性に関する課題をクリエイティビティによって解決の糸口をみつけることに取り組んでいます。本連載を通して、性・性教育の課題解決に向けて何か作りたいと思ってくださった方は、ぜひお問い合わせください。