loading...

性×クリエイティビティ Sexology Creative Labの挑戦No.4

触って学べる性教育。「ポケット避妊教室」って知ってる?

2022/10/04

image
コンドームや低用量ピルはどう使うの?緊急避妊薬ってどうやって手にいれるの?そんな避妊についての情報を、実物や実物大の写真をつかって見て触って学べるキット「ポケット避妊教室」が2022年5月に開発されました。

開発背景にある性教育や緊急避妊薬のアクセスに対する課題などについて、企画・開発を行った「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト(通称:緊急避妊薬を薬局でプロジェクト)」共同代表でNPO法人ピルコン※理事長である染矢明日香さんと、「ポケット避妊教室」のデザインを担当したアートディレクターでSexology Creative Labに所属する間野麗さんが対談しました。

image
「ポケット避妊教室」緊急避妊薬、経口避妊薬、コンドーム、妊娠検査薬などのサンプル・見本、その説明を中心に、避妊法、性暴力、性感染症、相談先・情報サイトなどを掲載したカード型教材がセットになっている。
NPO法人ピルコンとは「人生をデザインするため性を学ぼう」をコンセプトに、科学的に正確な性の知識と人権尊重に基づく情報発信により、若者と共に、これからの世代が自分らしく生き、豊かな人間関係を築ける社会の実現を目指す非営利団体。
 


緊急避妊薬へのアクセス改善を目指して開発された「ポケット避妊教室」

間野:はじめに、染矢さんが避妊啓発や性教育に関する活動に携わるようになった経緯から教えてください。

染矢:私が大学3年生の時、当時付き合っていたパートナーと思いがけない妊娠を経験して、すごく悩んだんですが中絶という選択をしました。それが自分にとって、とても大きな決断でした。妊娠をする前にもっと知識があったら防げたかもしれない、妊娠って女性の人生を大きく左右するのに、これまで学ぶ機会がなかったなと思いました。周りの友達にも性についてもっと知ってほしいと思って、勉強会などを始めたのがきっかけです。

ピルコンも大学生の時につくり、卒業後も働きながら活動を続けていたのですが、自分が本当に必要だと思う、世の中に広めたいことはピルコンの活動だと思い、2013年にNPO法人として立ち上げました。

間野:ピルコンでは中高生を中心とした若者の相談を聞きながら、講義やTikTokなどのデジタルコンテンツを通して、性についての知識を伝える活動をされているんですよね。

染矢:はい。秋田県の事例で、中高生に向けて医療従事者の方などが性に関する講演を年に1回実施したら、秋田県の十代の中絶率が約3分の1に減ったというものがあります。中高生の頃から正しい性の知識を身に付けることで、性に関する不幸なことを減らしていけるのではないかと考え、仲間たちと学校での性教育講演の活動をはじめました。若者から若者へ知識や経験談を伝えることで、より興味や当事者意識を持ってもらいやすいと感じてきました。

間野:同年代同士だから受け入れられる情報ってたくさんあると思うので、若者同士のコミュニティを広げていくことはとても大事ですよね。

今回のキット「ポケット避妊教室」は、緊急避妊薬のアクセス改善活動の一環でもあると思います。キット開発の経緯を教えてください。

染矢:中高生の皆さんからの相談を聞いていると、妊娠に関する不安がとても多いんです。望まない妊娠を避けるためにも、緊急避妊薬にアクセスしやすいことはとても重要です。緊急避妊薬はWHOで指定されている、手頃な価格でいつでも利用できなければならない「必須医薬品」で、この薬にアクセスできることは基本的な人権であるといえます。にもかかわらず、日本は諸外国と比べても、とても手に入りづらい環境にあって……。その課題の重さを、実際の相談の声からも感じてきました。

署名運動や政策提言を重ね、国会議員などを巻き込んで緊急避妊薬の薬局販売についての検討をするところまでこぎつけることはできたのですが、「性教育の充実が先」「転売の懸念がある」といった課題ばかりが挙げられ、具体的な対応策への議論が進まない状況が続います。。今まさに必要で、手に入らず不安を抱えている人がいるのに、当事者の状況が加味されないまま、あるべき権利が提供されないということに絶望を感じました……。

image
緊急避妊薬は約90カ国で、薬局で買うことができるのに比べ、日本は入手場所・価格面でアクセスに大きなハードルがある。(緊急避妊薬を薬局でプロジェクト資料より作成、為替レート2021年2月19日時点で算出)

間野:日本の性教育や意識の遅れが如実に表れていますね……。

染矢:そうですね……。ですが、政策提言のような制度の改善と一緒に、知識の啓発も両輪で行うことが、より安全にアクセスできる環境整備につながると思い、クラウドファンディングで「ポケット避妊教室」の開発プロジェクトを立ち上げました。

日本は今、変わらないといけないタイミングです。でも、誰かが変えてくれるのを待っているだけじゃ、やっぱり動かないんだなと思いました。絶望を感じながらも、問題意識を絶やさずに、声を上げ続けることが、すごく大事だと思っています。

手に触れて、体験できて、会話が生まれる

間野:クラウドファンディングで約900人の賛同が集まり、2022年の5月リリースされました。このキットを作るにあたって、どんなところにこだわりましたか?

染矢:緊急避妊薬が必要となる若い人はもちろん、親や先生など、伝える側にとっても使いやすいツールになればと思い、企画を進めました。海外には、“Contraception Kit”といって、さまざまな避妊具の見本がセットになった啓発キットがあると知り、緊急避妊薬だけではなくて、避妊や性の健康をもっと身近に感じてもらえたらという思いを込めて開発しました。

間野さんにはキットをどんな形状にするか、どんなネーミングにするかを含め、プロダクトを含めたプロジェクトデザインをお願いしました。最初のミーティングから、完成まで1年かかりましたね。

間野:海外と違い、日本にはこのようなキットはないですし、私自身、見たことがなかったので、初めて知った時は「こんなものも入れるんだ!」とびっくりしました。デザインは、お弁当箱のような日本らしさを意識して作りました。パッと開いた時にキットがきっちり収まっていて、見ただけで何を伝えたいものかがわかることを大切にしました。

image
染矢:見た目の第一印象ってすごく大事です。キットを提供した学校や薬局からも反響を頂きました。ニュートラルなデザインでポップさもありながら、しっかり信頼感もあって。このデザインだったことでより手に取っていただきやすいものになったと思います。

間野:ありがとうございます!リリース後、他にどのような反響がありましたか?

染矢:キットを300個作って提供先募集をしたら、学校や薬局から400件を超えるお申し込みを頂き、日本でも避妊に関する知識を伝えたいというニーズがこれだけあるんだと感じました。また、実際に手に取っていろいろ話しながら学んでいけるつくりになっているので、生徒からの質問や感想が出やすく、双方向的に一緒に学べるところがとても良い点だとお声を頂いています。

間野:学校では、具体的にどのように取り入れられているのでしょうか。

染矢:個別指導に使っていただけるようなイメージです。例えば保健室に生理痛の相談できた生徒に対して、最近こういうのをもらったよという話から、コンドームをつける練習まで一緒にしたという声も頂きました。

間野:それはうれしいですね!コンドームをつける練習って、実際は恥ずかしさもあって笑っちゃうと思うんです。ですが、そうやって笑いながらでも、ふざけながらでも広まっていくといいなと思います。

染矢:そうですね。ピルやアフターピルも初めて見たという子が多いんです。見たこともないものの知識を身に付けるというのはなかなか難しいですよね。サンプルではありますが、実際に手に取ることで距離感がずっと近くなると思います。また、キットを通じて話し合った経験があると、その後の相談にもつながりやすいと思うんです。そんな性について話したり学んだりする関係づくりのきっかけになるといいですね。

間野:確かに、ネットで情報を見るだけよりも、手に触れて人と話すことで理解がすごく深まります。リアルであることはとても大事ですね。

キットを一緒に開発された、産婦人科医の遠見才希子さんや、「#なんでないの プロジェクト」代表の福田和子さん、薬剤師の矢澤瑞季さんはもちろん、提供先に手を挙げてくださった学校の先生や薬局の方、そしてキットに触れた生徒の方たちと、知識だけではない、性教育に関する‟志の輪”が広がっていくことが素晴らしいなと感じています。


性を学ぶことは、豊かに生きるためのメソッドを学ぶこと

間野:「ポケット避妊教室」や性教育について、今後の展望を教えてください。

染矢:「ポケット避妊教室」でいうと、今後は増産して学校に提供したり、個人の勉強用に使うために販売のお問い合わせも頂いているので販売用にも展開したいと思っています。

今回のキットをリリースした時も、テレビやウェブニュースなど多くのメディアで取り上げられました。このキットの特性やデザインに興味を持っていただいたのだと思いますが、メディア全体で性教育やSRHR(セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ、性と生殖に関する健康と権利)に対する関心が高まっていると思っています。今はまだ女性の記者の方が問題意識に共感してくださることが多いんですが、今後は男性の記者の方や、男性向けメディアでも、性教育やSRHRへの関心や議論が広がっていくといいなと思います。

間野:女性は共感しやすい課題でもあって広がりやすいですが、男性にとっては苦手なテーマなのかもしれません。性というと性行為や性器のイメージが強いのかも。

染矢:性教育に長年携わってきた方が「性は本能じゃなくて文化」だとおっしゃっていて、なるほどと思いました。性と聞くと本能的でコントロールできないものと思われがちですが、実は学ぶことができるものです。性とは本来、人と人の関係性や人権に結び付くものですが、日本では性行為や性器のイメージが強くて、タブー感があると思います。ですが、安心・安全な場所でフラットに学んだり、対話したりすることで、大切なものという認識に変わっていくことも感じてきました。

どうやって変えていけるか、みんなが主体性を持ってアクションしていくことが必要だと思います。

間野:そうですね。性=タブー感の中で育ってきた私たち世代が、子どもたちに対して、性をポジティブに捉えてもらうためにできることはありますか? 

染矢:自分のことは自分で決めていく「自己決定」の視点がすごく大事だと思います。大人は科学的に安心できる知識を伝えた上で、じゃあ子どもはどうしたいのか、自分で決めていけるようにサポートしていくことが大事ではないでしょうか。

例えば、普段の生活の中でいろいろなニュースについて話し合う、子どもの意見を頭から否定しないようにする、家族であっても別の人間を触る時は同意を確認する、自分と相手の考えは違う中でお互い心地よく折り合いをつけていくことの大切さなど、話し合える土壌づくりをしていくことが大事だと思います。それが、これまでの日本の性教育では「性教育」として捉えられてこなかった関係性づくりや、人権教育につながっていくのだと思います。

そのためにも、今後は関係づくりのきっかけとなった「ポケット避妊教室」のように、大人側の支援にもなるような活動にも、より取り組んでいけたらなと思っています。

間野:とても大切なことですね。今、子どももスマホを見るにもかかわらず、間違った性の広告がところ構わず流れてきます。そういう時に「見ちゃだめ」と子どもを責めるのはお門違いですよね。社会と大人側が変わらないといけないと、心から思います。

自分を肯定しながら相手を尊重する性教育の考え方は、子どもだけでなく、大人にとっても大切なことだし、恋人同士や友人同士、全てに通じることだと思います。性を学ぶことは、とても大切な人権や関係性づくりにつながる、‟豊かに生きるためのメソッド”を学ぶことだとして、広めていけたらいいなと思います。

image


【Sexology Creative Lab】
「性×クリエイティビティ」の枠組みでコンテンツ開発や情報波及の活動をする電通の社内横断組織。性の課題に関心があるクリエイティブメンバーにより、2019年に発足しました。医療分野や性教育分野の専門家とタッグを組み、性教育や妊活など、さまざまな性に関する課題についてクリエイティビティによって解決の糸口をみつけることに取り組んでいます。本連載を通して、性・性教育の課題解決に向けて何か作りたいと思ってくださった方は、ぜひお問い合わせください。

twitter