Web3と法律No.1
Web3の兆しと適切な市場形成
2022/07/14
ブロックチェーンやNFTをはじめとした、Web3(ウェブスリー)と呼ばれる新しいテクノロジートレンドが大きな注目を集めています。
さまざまな業界での活用が積極的に検討されている一方で、関わる法律があまりにも多く、現在の法規制の中でどのように解釈されるかがまだ不明瞭であり、参入の足かせになっているケースがあります。あるいは、Web3をビジネス展開する過程で法的リスクを知らずうちに犯してしまう可能性もあります。
そこで、電通ではブロックチェーンおよびNFT領域に詳しい法律事務所ZeLo・外国法共同事業による勉強会等を通じて、法的論点への正しい理解を深めながら、Web3の適切な市場形成に貢献することを目指しています。
本連載では勉強会の内容を中心に、NFTなどWeb3領域に関心のある読者にナレッジシェアを行います。初回は、法律事務所ZeLoの代表弁護士の小笠原匡隆氏と電通の星野怜生氏の対談をお届けします。
Web3と法にイマ取り組む理由
星野:電通のデータテクノロジーセンターでWeb3領域の事業開発を担当している星野です。近年、NFTやWeb3というワードがトレンド化するとともに、クライアントからご相談いただく機会も急激に増えています。Web3は応用できるビジネス領域の広さから、将来、相当大きなマーケットになるのではないかと予測されています。実際に、金融領域のDeFi、組織モデルのDAO、識別子としてのDID、アプリケーションとしてのdAppsなど既にそのマーケットは大きく広がっています。
一方で市場が形成されていく中で、企業や世の中が乗り越えなければならない、かつ難しい課題の一つとして、法律をどう乗りこなしていくかがあると考えています。クライアントの事業成長を支援する立場として、われわれが率先して法的論点を理解し、適切な市場の発展に貢献していきたいという思いから、今回法律事務所ZeLoに勉強会を実施していただきました。
小笠原:ありがとうございます。私は日本ブロックチェーン協会(JBA)のリーガルアドバイザーを務めたり、金融庁の法改正に協力したりするなど、ブロックチェーン業界に長らく携わっています。2022年4月には、経済産業省「スタートアップ新市場創出タスクフォース」構成員にも就任し、いま盛り上がっているNFT領域においても、法規制をどのようにデザインしていくのかを官公庁や企業などと一緒に進めていきたいと考えています。
私たちは主に法律が論点に挙がった際に相談を受ける立場ですから、まだ法的な論点があるか分からない段階で事業者側の課題を真正面で受け止められている電通で勉強会を行い、議論できることは非常に大きな一歩ですね。
星野:今回の勉強会を企画した動機は、ひと言でいうと、近年はテクノロジーの市場へのアダプションと法律が切っても切れなくなってきており、NFTやWeb3においてもまさに今がそのタイミングだと思ったからです。私は日々あらゆるテクノロジーの最新領域の探索や研究を行っています。その中で感じることとして、近年のテクノロジーの進化は、これまでに制定された法律で想定されていない領域まで到達しており、その市場の萌芽にはいつでも法律の話がついてまわるようになってきていることです。また、それが市場初期で正しくデザインされないと、市場の成長速度が著しく損なわれるとも考えております。
例えば、暗号資産に関しても、2017年頃にICO(Initial Coin Offering:企業等が電子トークンを発行し、資金調達を行う行為のこと)が流行りました。この頃は法律が未整備な状態で、詐欺が横行したことで、法規制が強化され、暗号資産は冬の時代を迎えたと認識しています。私はこれが繰り返されないようにするためにも、今改めて盛り上がったこのタイミングで適切な市場形成がされるように、微力ながらでもまずは社内に働きかけていきたいと思い、今回の勉強会を企画しました。
小笠原:実際に官公庁等でも、特に2021年頃から盛り上がっているNFTの法規制については強く議論され始めています。直近では、2022年3月末には、自民党から、日本のNFTの戦略に関して「NFTホワイトペーパー(案)」が公表され、その中で法的規制についても触れられていますね。現状、一般的ないわゆるNFTに関するビジネスを行う場合、NFTが暗号資産に該当することにはならないため、現行の暗号資産交換業に関する法規制(資金決済法等)には抵触しないという整理がされています。
ただ、新市場や新しい技術は未知のものであるがゆえにグレーゾーンが生じやすいといえます。盛り上がりを見せている時には、詐欺的な事案が出てきたり、あまりに攻めすぎたビジネスモデルが採用されたりして、規制も強まってきてしまう可能性もあります。ですから、適切に規制すなわちルールを作ることによって、法律側からも市場の形成をエンパワーメントしていくことが大切だと考えています。
星野:同感です。ちなみにですが、そもそもWeb3はテクノロジー自体がかなり難解であり、その知見を正しく理解して初めて論点を明らかにできるとすると、法整備が非常に難しい領域なのかなと感じています。そのあたりについては、どのように法律が定められているのでしょうか?
小笠原:金融商品取引法や資金決済法が関与する法規制をつくる場合、専門分野に詳しい有識者の意見を取り入れながら進めていくというプロセスを踏んでいます。法律事務所ZeLoでは、もともと最先端のテクノロジーに関するビジネスを扱うクライアントが非常に多く、テクノロジーへの理解を深めるために所内で日々情報共有を行っています。
星野:テクノロジーの難解さだけではなく、関わってくる法律についても、かなり多岐にわたりますよね。また法律が掛け算のように複数連なって論点に挙がるケースも、Web3領域だと多分にあるかと思います。一つの法律だけの専門だと、他の法律の論点を見落とすケースもある気がしたのですが、このような状況に対して各法律事務所はどのように対応しているのでしょうか?
小笠原:法律の分野としては、民法や資金決済法、金融商品取引法、刑法、景品表示法、著作権法など、さまざまな法律が関わってきます。何を扱うのかによって関係する法律が変わるのは、Web3の大きな特徴の一つかもしれません。
関連法規が一つに定まらないケースも多分にあります。例えば、NFTをランダムに付与するビジネスであれば賭博や景品規制の問題が関わってきますし、アートであればそのアートの権利をどのように処理すべきかといったところで、著作権法などが絡んできます。本当の意味でのWeb3については、どの法律を適用するかといった話の前に、法規制の対象となる主体は何なのかといったより根源的な論点もあります。そこで法律事務所ZeLoでは、法律ごとに対応するというよりは、ビジネスモデルごとに法律を理解し、幅広い論点に対応できるような体制としています。
法的議論をどうアラインするか
星野:Web3が盛り上がってきていること、この段階で法的議論にしっかりと向き合うべきこと、ただその議論もなかなか難解を極めることは、ここまでお話ししたとおりかと思います。一方で、やはりこれを現実的にやっていくことはまた1段ハードルがあると思っています。ちなみに法律事務所側でも、Web3の中でも2021年から特に盛り上がりを見せているNFT領域の相談などは増えているのでしょうか?
小笠原:NFTやWeb3を絡めたビジネス設計についてご相談いただくケースはかなり増えています。2017年頃のICOバブルの時も一年中お問い合わせ続くような状態でしたが、それに近いものを感じています。中にはビジネスの壁打ち段階でご相談をいただくこともありますが、多いケースは企画がそれなりに具体化した段階でのご相談ですね。
星野:われわれもクライアントからご相談いただく機会が増えているのですが、私たちはNFTとは何かという説明から入ることもかなり多く、相談の解像度がやや違いそうですね。そのようなケースでは、NFTやWeb3とは何かという部分をまずしっかりと説明をしてから、どのような未来を志向しそこにどうNFTやWeb3を活用していけるかを検討していっています。この段階で法律の知見を併せ持てていない場合、最後で法律に抵触するので実行できない、など企画がひっくり返ってしまうこともあるので、そこをケアすることは大切だと最近相談を受ける中で強く感じています。
小笠原:世の中を見ていると、法律へのケアの観点が不足していたり、はたまたWeb3は非中央集権なので法律の縛りを受けないなどと誤解されていたりするケースも散見されますね。あるいは、法律に対する意識があっても社内の法務ではカバーできなかったり、Web3に詳しい法律事務所にたどり着けていなかったりで、曖昧なまま進んでしまっていることも多いのではないかと思います。
星野:まさにそのような状態を法律事務所ZeLoとの連携で減らしていくことができればと思っています。電通はクライアントに常日頃から接している立場であるからこそ、専門家ではないにしろ少なくとも法的論点に関するアラートを出せる状態になればいくらか貢献できると感じています。仮にもグレーゾーンのビジネスを助長してしまうと、どんどん法規制が強化されていき、市場の成長を阻害してしまう可能性があり、これは1企業にとっても、経済全体にとっても望まれない展開だと思っています。
小笠原:私も、適切に市場を形成するためのサポートは、非常に重要だと考えています。企画設計の際にどこまでがビジネス的に、および、法的にOKなのかという線引きを、外部の専門家を交えながら決めていくことで、面白いビジネスが出てくることが阻害されない市場にしていきたいです。
星野:勉強会では金融、アートや不動産、ゲームなど業界ごとの法的論点を教えていただきましたが、ビジネスサイドでは自分たちのやりたいことが、どの法律に該当するのかが見えていない点が課題だと思っています。企画を考える上で、いつの間にかゲームに該当していたり、商品の景品になっていたりするケースも出てきます。一つの視点だけで法律をケアすると重大な落とし穴を見逃してしまうリスクがあるので、まずはさまざまな論点が存在することを、この連載等を通じて発信していきたいですね。
小笠原:そうですね。明確な規定がないからこそ、どこまでやっていいのかという線引きをみんなで考えることが、黎明期の業界にとって、とても大切だと思っています。また本連載の内容とはずれますが、現在の商習慣の中で形成された契約などとWeb3の世界観における“ソレ”をどのように融合して、なめらかに落としどころを見つけにいくかというのもまさにこのタイミングで検討が必要ですね。
Web3のチャンスとリスク
小笠原:ここまで法的論点という部分で、やや慎重な、どちらかというとリスク観点の話をさせていただきましたが、Web3にはその分大きなチャンスが眠っているということかと思っています。今後Web3はどうなっていくと考えていますか?
星野:Web3は、インセンティブも含めて評価指標をルール付けして、それに合意した人たちで組織(DAO=自律分散組織)を作れますよね。そう考えると、自分が正しいと思う行動をインセンティブにした経済を設計できるインフラだと捉えることができます。今後、それぞれの価値観に共感する人たちが集まった、新しい経済がどんどん出てくるのではないでしょうか。
また同時に、Web3を機能的な部分のみで切り取ると、トラストレスなシステムであること(第三者の信頼や信託がなくてもシステムで信頼が担保されている特性)に着眼して、単純に経済の流動性を上げたり、個人にデータの帰属を返したり、という方向の発展も加速していくはずです。
小笠原:同感です。従来のビジネスは、アイデアを考える人と資本家によって生まれていました。これが株式会社を基礎にした資本主義ですね。しかしWeb3では、面白いアイデアに共感する人たちが集まって経済圏が生まれ、その仕組みをシステムとして体現できる点に大きな革新性がありますよね。資本=権利ではないような、新しい経済の形ができる可能性があります。
ただ、Web3の本質は、色々なものの管理や価値を分散化させることにあると考えています。あらゆる領域がWeb3に塗り替わるというよりは、Web3の本質であるインターネット上で権力や価値を分散化させることになじむ領域に特化して浸透するのではないでしょうか。
Web3のど真ん中が、非中央集権型のガバナンス体制をとるとすると、既存のエクイティファイナンスを基礎とした、スタートアップのエコシステムとは矛盾する部分があります。Web3の基盤を中心とした周辺のビジネス(GameFi等)については、既存のスタートアップのエコシステムに基づいて発展していくのだと思っています。
星野:非中央集権や分散というと、一般的に現在の大企業は中央集権型で運営されているので、相対すると受け取られるケースも散見されます。しかし、今後は大企業が従来のビジネスを維持しつつも、Web3をどう捉えていくのかが大きな論点になってくると思っています。結局何事もマスアダプションしていくためには大きな勢力が動くことは必須です。ゆえに、Web3においても大企業がどのような形でWeb3にアラインしていくかが、ここ1〜2年のひとつのトピックスになるだろうと考えていますし、そのチャレンジを電通としてはサポートしていきたいと思っています。
次回以降、より具体的な法的論点を紹介していきますので、Web3に興味のある方はぜひチェックしてください。