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月刊CXNo.5

メタバース内で人間のアイデンティティはどう変わる?

2022/06/21

日々進化し続けるCX(カスタマーエクスペリエンス=顧客体験)の領域に対し、電通のクリエイティブはどのように貢献できるのか?

その可能性を解き明かすべく、電通のCX専門部署「CXCC」(カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センター)メンバーがCXとクリエイティブについて情報発信する連載。それが「月刊CX」です(月刊CXに関してはコチラ)。

今回お話を伺うのは、Dentsu Lab Tokyoの岸裕真氏。クリエイティブのR&D(研究開発)に携わり、プライベートでは、AIアーティストとしての作品制作や音楽アーティストとコラボレーションを行う気鋭のクリエイターです。

岸氏が携わった、バーチャル試着体験「ALT SKIN(オルトスキン)」の事例を題材に、「メタバースにおける人間のアイデンティティ」について考えました。
 

岸氏
【岸裕真氏プロフィール】
電通 Dentsu Lab Tokyo クリエーティブ・テクノロジスト
大学・大学院では主に画像処理系の機械学習を研究。卒業後は画家である父の影響を受け、AIとヒトが相関関係にある美術制作をしている。
電通に入社後、ディープラーニングを用いたビジュアルコミュニケーションや、テクノロジーを活用したクリエイティブ制作に従事。プライベートでは美大に通いながらAIアーティストとしても活動中。

 

バーチャル試着体験で、“現実とデジタルのつなぎ目”に触れる

月刊CX:バーチャル試着体験展示「ALT SKIN」とは、どのようなものですか。

岸:「ALT SKIN」は、ユーザー一人一人のオリジナルアバターを生成し、バーチャルウエアの試着をすることで仮想空間「メタバース」を体験できるプログラムです。スタートバーン社から依頼をいただいて、Dentsu Lab Tokyoの姉妹組織であるDentsu Craft Tokyoと共同開発しました。

※アバター=仮想空間上におけるユーザーの「分身」のこと。「ALT SKIN」では、AIがアバターを自動的に生成してくれる。
 
「ALT SKIN」

月刊CX:どのように体験するのでしょうか。

岸:まずデバイスの前に立ち、「自身の性格や信条を表す言葉」をタブレットに入力します。すると、AIがオリジナルのアバターを生成し、その生成されたオリジナルアバターを使って、ファッションブランド「ANREALAGE(アンリアレイジ)」のバーチャルウエアを試着体験できるという流れです。バーチャルウエアを気に入ったら、「NFT(非代替性トークン)」として購入できるようにもしています。

バーチャルウエアを着た状態で体を動かすと、バーチャル空間での自分の見た目がどのように変化するのかも確認できます。

バーチャルウエアを試着するアバター
バーチャルウエアを試着するアバター

月刊CX:鏡のように自分のアバターがデバイスに表示され、その中でバーチャルウエアを試着できるということですね。そうしたインタラクションには、どのような狙いがあったのでしょうか?

岸:現実世界とデジタルを連動させることで、“現実とデジタルのつなぎ目”を感じてもらうことが狙いの一つでした。

バーチャル空間にアバターとして存在する「メタバース」は確実に進化していて、今後私たちの生活に進出してくるでしょう。そんなメタバースやNFTに触れたことがない人が、それらについて深く考えるきっかけになれば、という思いから「ALT SKIN」が誕生しました。

「メタバース」で広がるファッションの多様性

月刊CX:「ALT SKIN」がテーマとして提示している「メタバースにおけるデジタルファッション」には、現実世界のそれとどのような違いがあるのでしょうか?

岸:現在、ラグジュアリーブランドや大手ブランドが続々とNFTに参入していて、今のところは、デジタルにおいても基本的に「人型」のデザインが採用されています。

しかし、今後NFTに慣れ親しんだ“NFTネイティブ”な人たちが登場した際に、彼らが人型のアバターを採用するかどうかはわかりません。「動物型」や「宇宙人型」など、さまざまなパターンのアバターの登場が考えられます。デジタルファッションにはそうした人型以外のアバターへの対応も求められるでしょう。

現状のメタバースでは人間タイプのアバターが一般的
現状のメタバースでは人間タイプのアバターが一般的

月刊CX:現実世界のファッションよりも、さらに多様なものになりそうですね。

岸:例えばくらげのような造形のアバターであれば、「腕」という概念もありません。そもそも服を着ない可能性もあるでしょう。このように、メタバースにおけるファッションは、「アバターをどのような造形にするか」という部分も深く関連してくると考えています。

またプラットフォームがどのようなものになるかによっても、メタバースにおけるファッションの立ち位置が大きく異なってくると思います。例えばFPS(一人称視点のシューティングゲーム)のようにキャラクター視点でプレイできるプラットフォームでは、プレイヤーの視界には自分の手元が入ることが多くなります。そうなると、ファッションアイテムとして「手袋」の価値が高くなるかもしれません。

月刊CX:なるほど、手袋が、現実世界におけるスニーカーのような定番のアイテムになりえると。

岸:はい。また、常に自分の後頭部が見えているようなプラットフォームの場合には、「後頭部の装飾」に特化したヘッドアクセサリーが登場するかもしれません。

月刊CX:採用されるプラットフォームによって、新たなファッションが開拓される可能性があるわけですね。

岸:ファッションは、人間が自分のアイデンティティを表現するツールの一つです。メタバースで自分を表現するときに、そこにファッションがどのように絡んでくるのか。考えているだけでワクワクしてくる、面白い領域です。

不平等だからこそアイデンティティが生まれる?メタバースにおける「個」の存在意義

月刊CX:ファッションはアイデンティティを表現するツールだというお話が出ました。メタバースにおけるアイデンティティとは、どのようなものだと思いますか?

岸:一人につきアバターが一つだとは限らないと思っています。例えば、昼と夜で姿が異なるかもしれませんし、1時間単位で外見が変化していく可能性もありますよね。メタバースではそういった“ブレ”が発生していくのではないでしょうか。一つの姿に縛られるのではなく、多様に変化できるということが、メタバースにおけるアイデンティティの可能性として提示できるようになると良いなと思っています。

また現実世界では体が思うように動かせなかったり、自身の見た目にコンプレックスを抱えていたりする方も、メタバースでは自由に自己表現できるようになると考えています。

月刊CX:メタバースでは、ルッキズム(外見至上主義)から解放されるかもしれないということでしょうか。

岸:ルッキズムの問題は、メタバースでも起こり得ると思います。

現実世界よりも手軽に姿を変えられるアバターでは、その美への追求が過激になっていき、現実世界とはまた違ったルッキズムの課題が出てくるような気がしています。

ALT SKIN内で試着されるウエアのテクスチャバリエーション
ALT SKIN内で試着されるウエアのテクスチャバリエーション

月刊CX:逆に、あるファッションや造形を「美しい」として、みんながこぞって同じものにする、「アイデンティティの均一化」のような世界がやってくる可能性もあるのでしょうか。

岸:そこはまだわかりませんが、NFTがどのように使われるかが影響すると思います。NFTとは「そのデータに唯一無二の価値があると証明する技術」です。デジタルデータはいくらでもコピーできてしまうので、現実世界の物質のような価値を生みづらかったのですが、NFTの登場で唯一性の証明ができるようになった。これはつまり、コピーし放題の“超平等”な世界にある意味“不平等”を作るべく登場したともいえるのです。

月刊CX:たしかにNFTによってデジタルファッションのデータの唯一性が証明されれば、自分の姿を自由にデザインできる仮想空間であったとしても人々が同じ見た目にはなりにくい。
NFTはメタバースの世界を不平等にする効果があるということですね。

岸:あくまで考えの一つですが、そういった見方もできます。そもそもメタバースにおいて平等が良いことなのかどうかはわかりませんし、「不平等=悪」といった単純なものではないと思っています。

例えば「Aさんのような見た目になりたい」と思う人が増えた時、Aさんと同様のアバターが大量に存在する可能性もあります。そんな状態の世界に、果たしてアイデンティティは存在するのでしょうか。

月刊CX:私も今回、「ALT SKIN」を体験させていただいた際に、画面に映るアバターに対して「これは確かに自分の分身だ」という実感を強く持ちました。そんな大切な自分の分身といえるアバターが自分以外にたくさん存在する状態はうれしくないですね。
これまでのバーチャル空間でも課金アイテムを購入することでアバターの個性が主張されていましたが、NFTによってそれらの唯一性が保証されれば、今まで以上にアイデンティティが表現されやすくなると?

岸:はい。メタバースにおけるアイデンティティがどのような形で表現されていくのかはまだわかりません。現実世界にある美の基準は、メタバースにおいては適用されなくなり、“理想像”のようなものがなくなるのかもしれません。

そういった世界の中で私たちは「メタバースにおける“制限”とは何か」「それを誰がどのようにして作っていくのか」といったことを考えていく必要があるでしょう。

月刊CX:メタバース内でNFTのような制限がどのように設定されるか次第で、メタバースでのアイデンティティのあり方が大きく左右されるということですね。

テクノロジーは善か悪か?最先端技術を通して、現代社会に問い続ける

月刊CX:メタバースの中で、現在のネット社会と同様の問題が生まれる可能性もありえますか。

岸:そうですね。例えば、現在はフォロワー数が多いほど就職活動をする上で有利になるケースもあるくらい、SNSを基準にした評価を重視する傾向にあります。その評価軸がメタバースにも適用された場合、「いいね」数やフォロワー数が重視される傾向がメタバース内でさらに加速するかもしれません。

メタバースの世界では、自分の姿やファッションに対して通りすがりにGOODやBADなどの評価をされる可能性もあります。そこに購入ボタンが実装されれば、通りすがりの人が着ている服を購入できるようになるかもしれません。それは便利な機能のようにも思えますが、常に他人からの評価を意識しなくてはいけない世界になります。

月刊CX:自分の体に表示される「いいね数」を気にして行動する、気の休まらない世界になるかもしれない。

岸:評価をし合うことが楽しい人もいれば、それを避けたい人もいるでしょう。そうした価値観の違いによって、メタバースの中で分裂が起きる可能性もあります。

月刊CX:新しい世界がそれを使う人にとって良いものになるのか、それともそうではないのか、今はまださまざまな可能性が考えられる状態ということですね。

岸:はい、だからこそ、メタバースやAI、NFTなどの新しい技術を通して「人間が大事にするべきものは何なのか?」「個性とは何か?」「幸せとは何か?」といった“問い”を、これからも創っていきたいと考えています。


(編集後記)
月刊CX 第5回では、最先端技術を活用した多様なクリエイティブを制作している岸氏に、メタバースやNFTの進化と普及によって、ファッションが大きな変化を遂げる可能性があるといったお話を伺いました。新しいテクノロジーが人のアイデンティティや価値観に影響を及ぼしうるというお話はとても刺激的でした。

今回のインタビューは、「CX Creative Studio note」(CX Creative Studio noteに関してはコチラ)とも協力しながら行っています。電通CXCCチームだけでなく電通デジタルのCXクリエイティブチームとも連携した、より幅広い事例の収集や紹介等も行っていますので、興味がおありならそちらも併せてご覧ください。

また今後こういう事例やテーマを取り上げてほしいなどのご要望がありましたら、下記のお問い合わせページから月刊CX編集部にメッセージをお送りください。ご愛読いつもありがとうございます。

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