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カンヌの話をしよう。CANNES LIONS 2022No.1

「カンサイ」から「カンヌ」へ

2022/08/05

「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が、6月20日から24日までフランス・カンヌで開催されました。3年ぶりにリアルでの開催となった世界最大規模のクリエイティビティの祭典は、クリエイターの目にどう映ったのか。受賞者、プレゼンター、審査員など、さまざまな立場でカンヌに関わったクリエイターたちが、それぞれの視点で、カンヌの「今」をひもときます。

第1回は、フィルム部門でブロンズ(銅賞)を獲得した電通関西のクリエーティブ・ディレクター、矢野貴寿さん。「カンサイ」から「カンヌ」へ。その躍進の秘密に迫ります。

カンヌライオンズのロゴ

「カンサイ」から「カンヌ」に挑む

「カンサイ」のクリエイティブと聞いたら何をイメージしますか?多くの人が金鳥チームの仕事を思い浮かべるのではないでしょうか。堀井博次さんや石井達矢さん(ほぼ面識がないレジェンドたちですが)から脈々と続く、あのヤンチャだけどほっこりするトンマナ、カッコつけず本音をズバッと言い切る潔さ、そうくるかという裏切り。めっちゃいいですよね。関西人の気質そのもの。ぼくは金鳥チームに属しているわけではありませんが、あのクリエイティブの本質ともいうべきものには強く惹かれるわけで。「カンサイ」にいるだけで自然と影響を受けているような気がします。

そんな「カンサイ」のクリエイティブの一員として今回カンヌに挑み、フィルム部門ブロンズを受賞したわけですが、決して企画していたときから海外の広告賞を意識していたわけではありません。ですが、字コンテが書けたとき、何かしら手応えのようなものはありました。そして、クライアントや営業、プロデューサーや監督に見せた時の反応がすこぶるよかったので手応えは確信のようなものに変わった気がします。カンヌをわずかながら意識したのはその瞬間かもしれません。

 

牛乳石鹸の企業ムービー「穴があったら」篇は、とある男の再生の物語。結婚式のスピーチで台詞を忘れてしまい、頭が真っ白になってしまった新郎の「やっちまった」という台詞から始まります。足もとに突然穴が現れて、落ちた先にいたのは、リモート会議中うっかり立ち上がりパジャマのズボンが映ってしまった男性と、会社のグループメールにメッセージを誤爆してしまった女性。「穴があったら入りたい」と思った瞬間、本当にその穴に落ちてしまったいわゆる「やらかした」人たちでした。でも、すぐに立ち直って前を向きます。そこには、自分にとってはひどい失態だけど、まわりは意外と気にしていないから次へ行こうよというメッセージが込められています。「大丈夫。たいがいの失敗なんてさ、いつかきっと笑い話さ」。毎日をがんばる人のすぐそばにいる牛乳石鹸からのやさしいエールというオチになっています。

今回グランプリになったChannel 4 の「Super.Human」やAppleの「Escape From the Office」もそうですが、今年は人間味のあふれるものが選ばれている傾向にあるように思います。長引くコロナ禍や戦争の影響でしょうか。牛乳石鹸のポジティブで温かみのあるメッセージが今の時代の気分に合っていたのかもしれません。

すぐ隣にいる人に刺さるものをつくる

「カンサイ」のクリエイターはお互いの仕事に刺激を受けながらも、クリエイティブの世界で生き抜くために「自分は何で勝負するか」ということを日々模索しています。いや、これは「カンサイ」に限らず東京でも、その他エリアのクリエイターもみんなそうかもしれません。ぼくの場合、金鳥チームのようなすごいものはつくれないかもしれないけれど「すぐ隣にいる人に刺さるものをつくる」ことにこだわっています。スマホをいじっている妻や娘、釣りに行く仲間たち、たまたまバーで飲んでいて隣に座った人でもかまいません。彼らが「これすごくおもろい」と言って見せてくれたものに自分がたずさわっていること。ブランディングや社会課題などミッションが大きくなるほど、つい、そういう体温のようなものを忘れてしまいがちです。けれど、最後にぼくらがメッセージを届けるのは「人」です。それも遠く離れたところにいる誰かではなくて、自分のすぐ近くにいる人たち。これだけはずっとブレずにいます。

それと、もうひとつが「クリエイティブの拡張」。これに関しては、ぼくのキャリアの変遷が少なからず影響しているかもしれません。今年1月にクリエーティブ・デザイン局(※電通関西のクリエイティブ部門)に異動してくる前は統合的なソリューション局のクリエーティブ部にいました。そこは、マス広告はもちろんSNSやデジタルのキャンペーン、PRやイベント企画、まち開発やプロジェクト、コンテンツやスポーツ、コンサルなど、とにかく「ごちゃ混ぜ」な場所でした。これまでマーケティング、クリエイティブ、営業と渡り歩いてきた自分にとって、この雑多な感じは悪くなかったし、ノーラインでアイデアを考えることにやりがいも感じました(にっちもさっちもいかないことも多々ありましたが)。結果的に「クリエイティブの拡張」に10年ほど取り組むことになります。

牛乳石鹸企業ブービーの字コンテ
最初に書いた牛乳石鹸企業ムービーの字コンテ。ここから何度も推敲を重ねて今のかたちに。

「すぐ隣にいる人に刺さるものをつくる」と「クリエイティブの拡張」。一見すると相反するテーマのようにも思いますがぼくの中では大きくは変わりません。特にCX(カスタマー・トランスフォーメーション)の領域は同じだし、BX(ビジネス・トランスフォーメーション)に関してはビジネスレイヤーの話だけでとどまることもありますが、アウトプットが発生すればやはり変わりません。

余談ですが、魅力的なものをつくっているクリエイターはとにかく「人」としてのベースがおもしろいですよね。もっといろんな話をしたいって思う。仕事うんぬんの前に、そういう人を目指さないといけないな、と。これがいちばんハードルが高いですね、きっと。

クリエイティブを開放する

デジタルの変革スピードってすごいですよね。近未来については賢い人たちがいろいろと語っているので、ぼくごときが偉そうに言うことはないのですが、トップダウンで成り立っていたシステムが根底から覆されようとしています。これまで当たり前のように存在していた「枠」や「線」が一瞬でなくなる。アイデアとテクノロジー次第で新しいビジネスを起こせたり、社会課題を解決できたりする可能性がどんどん生まれています。これはクリエイティブにとっても大きなチャンス。「広告」から「アイデアを必要とする全ての領域」へ。「全ての領域」を規定するのはクリエイターの志次第です。

カンヌも今年「クリエイティブBtoB」の新設でついに29部門になりました。世界は率先してクリエイティブを広い世界へ連れ出そうとしています。そして「カンサイ」に目を向けても、大きな変革の波がやってきています。2025年の大阪・関西万博。日本に、世界に向けてメッセージを発信できるまたとない機会がやってきます。「カンサイ」がいつになく浮足立っていて、それが少し心配ではありますが、新しい何かが生まれる、そんな期待感であふれています。この大きな流れを受けて「カンサイ」でも「クリエイティブの拡張」というテーマは大きくなっているように感じます。ぼく個人にとっても大きなチャンスですね。

趣味の釣りで魚を釣り上げる写真
普段の仕事が内に向かう仕事なので、オフのときは外に向かうようにしています。でも、魚がかかるのを待っている間にもアイデアが閃いたりします。

カンヌの受賞は少しだけ自信をくれました。でもブロンズだし、上はまだまだたくさんいます。国内の賞でももっと頑張らないといけない。壁が高くてありがたいです。一方で「クリエイティブの拡張」というテーマでも何かおもろいことをカタチにしたい。カンヌも拡張という方向と、いまいちど広告表現の力を評価する方向に進んでいるように思うので、そのどちらも追求していきたいです。

「カンサイ」から「カンヌ」へ。近いうちにまたたどり着きたいし、たどり着けるようこれからも日々精進するのみです。

 

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